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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

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スイが選ばなかったもの


 ローズマリーは、もはや眺めてすらいなかった手元の本を放り、頬杖を付いて俺の方を見た。

 先程まで熱心に生き返りについて語っていた彼女だ。

 それが彼女の研究のテーマの一つなのは、間違いないだろう。


「……昔、スイとも同じような話をしたわ」

「……生き返りの話を?」


 ローズマリーは頷く。

 そして、記憶の中のスイに話しかけるように、遠くを見たまま言った。


「あなたは、死んだ母親を生き返らせたいとは思わないの? って」


 俺はもう一度、ローズマリーの言葉に聞き入るように、耳を傾けていた。

 言われてみれば、そうだ。スイがその研究を行っていたとしても不思議ではない。

 そもそも、スイがポーションの道を志した理由には、母親の死が深く関わっている。

 スイほどの才能があって、なぜ、彼女を変えた『母親の死』を覆そうとは思わなかったのだろうか。


「その時の彼女の言葉は、今でもはっきり覚えている」

「……スイは、なんて?」


 ローズマリーの目は、どこか悔しげだった。

 悔しげで、寂しげで、行き場のない怒りを込めているようにも見えた。


「スイはひと言『興味ない』と」


 その時のスイの表情が浮かぶようだった。

 ただ単純に、その方法には『興味がなかった』だけなのだろう。

 何かを考えた上で、『ポーション』を選んだのがスイなのだから。


「……君は、どうして『生き返り』の研究を?」


 ふと気になった。

 スイが『ポーション』の研究を始めたのと同じように、ローズマリーにも何か、ローズマリーなりのきっかけがあった筈だ。

 ローズマリーは、それを尋ねられたことが意外だったように、目を丸くした。


「……どうしてって?」

「いや、単純に、なにかきっかけがあったんじゃないかと」


 ローズマリーは、一度口をつぐんでから、得意気に微笑んだ。


「決まっていることです。誰も成し遂げられていないからです」

「……それだけ?」

「ええそうよ。誰もできなかったことを、私がやると決めただけ。それ以外に、何か理由が要るのかしら?」


 それは大きな野望なのか、それとも野心なのか。

 自信満々に言い切った彼女は、きっと魔道院に通っていたころからそうだったのだろう。

 誰もできないから、自分がやる。そう言って、そして実際に、能力を見せつけてきたのだ。周りの人間からの、様々な期待に応えてきたのだ。

 自分の研究にしか興味がなかったスイと違い、彼女は規範となる生徒だったのだろう。


 ただ、一つだけ気になったことがある。それは、そう言ったローズマリーが、拳を握りしめているのが見えたこと。

 自信満々な笑みの裏に潜む、何かを、握りつぶしているみたいだった。


『本当にそれで良いのか?』


 と、なんの根拠もない言葉が、喉元まで上がってきていた。

 しかし、俺はその無責任な言葉を、意識して呑み込む。

 俺は彼女の事情も、人生も知らない。もし、彼女がそれで揺らぐ何かがあったとして、俺にはそれを背負うだけの覚悟もない。


「……いや、やりかたはどうあれ、目指すものはスイと似てるのかもなと」


 結局俺は、当たり障りのない言葉を返していた。

 これも俺の、本心だ。

 動機はどうあれ、ローズマリーが言ったことは、スイがやろうとしたことと似ている。

 誰もやらなかったことを、やろうとしたのはスイも一緒だ。


 この世界に安価なポーションがなかったから、それを作ろうとした。そして今、その目標が形を持って、世界に広がっていこうとしている。

 不可能と思われていただろうことを、可能にしようとしている級友がいる。

 ローズマリーが、何も思っていないわけはないだろう。


「やめてくださいます? あの子と似てる部分なんて、一つもないわ」


 ローズマリーは、心底嫌そうに表情を歪めた。

 だが、その嫌そうな表情は先程までの、年齢以上に責任感を持った態度とは違った。

 きっと、スイに同じことを言ったら同じ様な返答がくる気がして、俺はくすりと笑ってしまう。

 ローズマリーは、俺が笑ったことに憮然とした。


「とにかく、スイが何をしようとしているかは、私には関係ありません」

「そのスイが心配で、ここに来たんじゃないのか?」

「心配? 違います、失敗したら面白いから、それを笑いに来たのです」


 そう言って、それきり俺と会話する気を無くしたらしい。

 さきほど、テーブルの上に放り投げたはずの小説に手を伸ばし、冷めた目をしながらラブストーリーを読みはじめる。

 俺も俺で、中断していた調べ物を再開する。


 図書館で調べ物をしている隣に、とてつもない美人がいる。普通だったら落ち着かないだろうその状況に、俺は不思議と懐かしさを感じていた。

 さっきまで、鳥須伊吹のことを思い出していたからかもしれない。




「……二人で何を話してたの?」


 それからそう間もなく、スイとアルバオが俺達を見つけた。

 時間もいい具合になってきていたので、調べ物にキリをつけて、昼食に向かおうと提案した。

 そんな折、ローズマリーが何か思いついた顔で『さっきの話は、スイには内緒で』とか言ったから、スイのさっきの台詞である。


「軽い世間話だって」

「本当に?」

「本当に」


 スイは、俺の返答に納得していなさそうに、尚も俺を睨んでいる。


「なんでただの世間話を、私に秘密にする必要があるの?」

「それこそ、ローズマリーに聞いてくれ」


 肝心のローズマリーは、本を借りてくるといって、アルバオを引き連れて貸し出しカウンターへと向かっていた。

 彼女はこの街の住人ではないので、色々と手続が必要なのだそうだ。


「この短い期間で、随分ロージーと親しくなったみたい」

「それは、まぁ、話す事もあったから」

「ふーん」


 スイが、ずいっと睨んだ顔を近づける。

 相変わらず、嫉妬深い少女だ。しかし、今回のはいつもよりやや言動がストレート。

 実のところ、怒っているというよりは、拗ねているのかもしれない。

 それも多分、俺と、ローズマリーの双方に対して。


 ローズマリーと俺が気安く話すのが少し気に入らないのと同じように、友人であるローズマリーが、俺と気安く話すのも落ち着かないのだろう。

 それで、なんとなくもやもやして、八つ当たりの一つでもしないと気が済まないのだ。


「……なあスイ」

「なに、私ちょっと機嫌が悪いんだけど」

「一つ、聞きたいことがあるんだ」


 このままスイのペースに付き合っても良い事がないので、無理やり話題を変える。

 それは、ローズマリーと話をした時から、実は気になっていた質問。


「スイは、『生き返り』って、どう思う?」

「…………」


 スイは無言で、ただ問い返すような視線を俺に向けていた。

 俺も無言でスイを見つめ返す。それだけで、スイは俺とローズマリーがどんな会話をしていたのか、なんとなく察したみたいだった。


「……興味ない」

「……それは、何故?」


 重ねて尋ねた。

 先程のローズマリーとの会話では分からなかった部分。スイはなぜ『生き返り』の研究をしなかったのか。


「……だって、それじゃ母さんは救えない。あの日の母さんの死をなかったことに出来ても、あの日救えなかったことは変わらない」


 そう言ったスイもまた、先程のローズマリーと同じように、掌を握りしめていた。

 ……スイはああ言ったが、本当に興味がないわけじゃ、ないんだ。

 スイはその道を選ばなかっただけだ。


 母親が甦ったときに、救われる『今の自分』と。

 ポーションを作る事で、救われる『かつての母親』を天秤にかけて。


 自分のポーションで救われる『かつての母親』と同じ境遇の人達を取っただけだ。

 俺は、強く握りしめていたスイの手を、そっと包んだ。


「総?」

「大丈夫だ。俺も、いるから」

「……うん」


 スイは、固く閉じていた掌を開いて、俺の手を握り返してくる。

 その手の温かさを感じる。彼女の幼い頃の、熱意に触れた気がする。


 それでいて、俺は頭の片隅でトライスのことを思い出していた。

 もしあいつが、本当に甦った伊吹なら、それは確かに、存在するということになる。

 彼女まで辿り着いたとき、俺は──俺は、スイやローズマリーのために、何かができるのだろうか。


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