修羅場の知り合い
それから暫く、魔道院時代の話にどこまで触れて良いのか計りながら、会話を回していた。
アルバオとの会話は、久しぶりとあっても特に詰まることもなかった。
そして意外なことに、ローズマリーとの会話でも、最初以外、話しにくいという印象は受けなかった。
見た限り、彼女はどうにも、スイを意識しすぎているときは空回りするようだ。
しかし、それ以外のときは、思慮深く、こちらの言葉の意図を掴んで的確な返答をするタイプに思えた。
まぁ、その返答が、ナチュラルに偉そうなのは玉に瑕だったが……そのあたりを気にしなければ、むしろ会話をしやすいタイプの人間だった。
「まぁ、私としてはどうでも良いことですけれど。あのスイがポーションで名前を上げているなんて、異常じゃない? ライバルとして、そのような異変を見過ごすわけにはいかないと思って、色々調査を続けていたのよ」
「つまり、スイがポーションで名前を上げるなんておかしいから、何か危ない事とかに巻き込まれていないか、心配で調べていたと」
「誰もそのような話はしていないわよね!?」
俺が大雑把に、彼女がこの場所に来た理由を噛み砕いてみたが、ローズマリーは不服そうだった。
だが、俺の隣のアルバオの顔がいつも通りだったので、あたらずとも遠からずというところか。
ローズマリの起こったような顔も、彼女なりの照れ隠しなのだろう。ローズマリーはきっと、スイが心配で仕方なかったのだ。
俺の感覚に置き換えれば、国語の心理描写が苦手だった友人が、ある日唐突に心理学の分野で大きな発見をした、という感じだろう。しかも、自分が全く知りもしない、謎の人物との共同研究で。
パッと浮かぶのは、友人の隠れた才能が目覚めた……ではなく、失礼ながら、何か詐欺の片棒でも担いでいるのでは、という心配だ。
友人として、何かに巻き込まれているのでは、と思う気持ちは分からなくはない。
とはいえ、それで実際に様子を探りにくる行動力は大したものだ。
彼女の気質もあるのだろうが、それ以上に、スイのことを気にかけているというのが本当のところなのだろう。
しかし、その相手であるところのスイはといえば。
「そんなに気になるなら直接聞けば良いのに」
「べ、別にあなたのことなど、そんなに気にしていたわけではないわ」
「じゃあ、そんなに気にしなければ良いのに」
「ぐ」
と、このような塩対応であった。
そしてたちの悪いことに、スイは本当に思ったことを言っているだけなのだ。
スイにとっては、自分のニュースはさして重要な意味は無い。それを誰が気にしようがどうでもいい。そんなことをローズマリーが気にかけることがおかしい。
だからローズマリーは、スイのことなどきにしなければ良い。
スイにとっては語ることもないほどの、正論なのであろう。
ローズマリーもそれができれば苦労はしないだろうが、それができない性格であることは見て分かる。
スイは、普段は言葉が全く足りないくせに、研究のことになると容赦がない。そして研究に関しては、恥とか、見栄と言うものもあんまりない。
そんなスイと、どう見てもプライドの高そうなローズマリーが、魔道院でやり取りをしていたときも、きっとこんな感じだったのだろう。
「……私だって、それができれば……」
「なに?」
「なんでもありませんわよ! あなたに直接尋ねるなんて、癪だっただけよ!」
俺の分析の通りか否か、結局二人はまた微妙な会話の着地をさせていた。
これでは、スイの中でローズマリーの印象が良くないのも仕方ない。この態度を取るローズマリーを面白いと思うほど、スイの対人スキルは高くはない。
正々堂々突っかかって来る女──というのは、いつの日かスイの口から直接聞いた評価だったか。
「……これじゃ、親友にはほど遠そうだな」
「……仕方ないよ。それでも、スイに突っかかって行ける人間は少なかったからね。数少ないスイの友人さ」
俺が再び小声でアルバオに尋ね、アルバオもまた小声で返す。
俺の想像とあまり違わぬ光景は、きっと魔道院でも良く見られたのだろう。
「ん?」
と、歩いている最中のことだった。
人通りの多い道に差し掛かったくらいのところで、前に人だかりが出来ているのが見えた。わいわいガヤガヤとした、民衆の壁だ。
無視して通り抜けるのは難しい程度の人垣で、俺達はそこで立ち止まらざるを得なくなる。
「どうしたのかしら?」
「いや、分からない。普段はこんなことないけど」
ローズマリーの怪訝そうな声に、俺も分からないとだけ返した。
ガヤガヤとした声の向こうから、風に乗って聞こえてくるのは、我を忘れたかのような、女性の強烈な怒声だ。
「最低! 最悪! 信じてたのに! 馬鹿! 浮気者! 最低男!」
姿は見えないが、歳若い女性が、男に対して怒りをぶつけているところらしい。
それに対する男の声は、喧騒で聞こえない。だから俺の耳には、女性の声が続いた。
「もう二度と姿を見せないで! 馬鹿! 顔だけ男!」
ここで、俺は「ん?」と思った。
響いた女性の声が、最初に聞いたものとは別のものだった。つまり、この人垣の向こうでは、二人の女性が声を張っているということ。さて、それはどんな状況だろうか。
女性二人分の声と、彼女達の言葉を総合すれば、二股がバレた男が捌かれているというところだろう。
この国では一夫多妻は一般的ではない。貴族、それもかなり上の方ではそういうのも無くはないと聞いた気がするが、一般家庭でそんな裕福な家はあるまい。
となれば、女性からしたら自分以外の女が居たとしたら大問題だろう。
だが、そんな俺の思い描いたイメージは、軌道修正を余儀なくされた。
聞こえる声は、二つでは止まらなかった。
「馬鹿な女って、笑ってたんでしょう!?」
「都合の良い女としか思って無かったんでしょう!」
声の聞き分けに自信があるわけじゃないが、それでも、四人分の女性の声がした。
それに対して、言われている男が何か言ったのか、人垣が急に色めき立った。
「っ! こんな時まで! そんなこと言って!」
「知らないわよ! 死んだら!?」
咄嗟に叫んでいたのは、四人の中でも特に気の強そうな声の二人か。
その直後、集まっている人々が急に息を呑む気配があった。突如緊張感が増した、とでも言えば良いか。
俺はなんとなく、何が起こっているのかを想像した上で、その音を待った。
しかしいくら待っても、誰かが頬を叩かれる、パチンという高い音は響かない。
「……もういいわ。行きましょ、あなたたち」
「……そうね。もういいわ」
何が起きたのかは分からないが、どうやら渦中の男はビンタを免れたらしい。
その後に、人ごみに僅かに動きが見える。どうやら中心にいた女性達が、この場から離れようと歩き出したらしい。
そんなイメージを膨らませていたところで、主役であっただろう男の声が聞こえた。
「待って欲しい!」
響いた声。それは聞く者をうっとりさせるような不思議な魅力のある声だ。
……というかこの声、どこかで聞いたことがあるような……。
「なによ」
俺の思考を遮るように、女性の一人が言ったようだった。
その声には、どことなくだが期待の色があった。
まるで、この場で男性が自分一人だけを選んでくれるのを、心のどこかで望んでいるような、そんな声。
だが、続いた言葉は、こうだった。
「君達は諦めるから、良かったら君達の友人を紹介して──」
「死ね!!」
パチンという音はやっぱり聞こえなかった。
その代わり、ブオンという鈍い風切り音と、ドズンと何か重い物が地面にぶつかったような音。そして、男のうめき声が続いた。
それから間もなくして、人垣が割れて渦中の女性達が大股で歩き出てきた。
見目麗しい女性が四人。脇目も振らずに、その場を立ち去って行った。
女性達が去ったところで、見世物も終わりと思ったのか、パラパラと人が散り始めた。
「なんだったんだろうか」
「さぁ」
アルバオが零したひと言に、俺は気のない返事をしていた。詳しい事は良く分からないが、人が散ってくれればすぐに道も通れるようになるだろう。
だが、俺はどうにも嫌な予感を感じずにはいられない。
だって、ようやく男の声の出所に気づいてしまったところだったから。
「いつつ。何も思い切り叩き付けなくても」
女性達が去って行ってからすぐに、人垣から一人の男が姿を表した。
相変わらずとてつもない美貌で、物腰の柔らかそうな雰囲気に、引き込まれるような綺麗な声の男。
そんな男が、今は痛そうに腰をさすりながら、とぼとぼと歩いていて。
そして、俺の顔を見て、ぱっと表情を輝かせた。
「マスター! マスターじゃないか!」
「……あー、どうも、リトロさん」
「さん付けなんてよそよそしいな! リトロで良いと言ったじゃないか!」
さっきまで修羅場を演じていたはずだろうに、清々しい声で俺を呼ぶのは、最近ウチの店に顔を出すようになった吟遊詩人であった。
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