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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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選択の自由(13)


 男性客はふらりと立ち寄っただけらしい。二杯ほどのエールと軽いつまみを食べて店を出て行った。

 だが、もしかしたら、俺とギヌラのやり取りを避けて帰ったのかもしれない。

 少しうるさくして迷惑をかけたことを謝ると、女性は愉快そうに笑った。


「良いのよ。ウチに来る人って結構自由な人多いから。みんな気にしてないわ」

「そう言って頂けると」

「それより、何か、悩みは解決したのかしら?」


 女性の尋ねに、俺は曖昧に頷いた。


「そう。でも、良い顔してるわね」

「良い顔、ですか」

「ええ。なんというか、吹っ切れた顔をしてるわ」


 女性の言葉に、俺はなにも返さなかった。

 結局、明確な答えなんてものは初めからないのだ。何を選んだら正しいのかなど、神様にでもならないと、分からないこと。

 しかし、何を答えにしたいのかは決まっている。


 多分だけど、伊吹があのとき言ったことも、似た様なことなんだろう。

 人生に答えなんてない。自分が何者であるかという問いに、答えなど存在しない。

 だけど、自分が何者でありたいかという答えなら、自分の中で決められる。


 身の回りに起こる出来事がどのようなものになるのか、そんなことは分からない。身の回りに起こる出来事を選ぶ自由は、人間にはない。

 だけど、身の回りに起こる出来事を楽しむか楽しまないかは、自分に決められる範疇のことだ。それを楽しめる自分でありたいと思うことが、伊吹の選んだ生き方だ。

 あいつにとって人生が楽しかったかは分からない。だけど、あいつは人生を楽しむと決めていた。


 この先に起きる出来事が、幸運であっても、不幸であっても。

 その選択の結果、命を落とすことになったとしても。


 それを『カクテル』に当てはめて実感したとしても、俺は彼女の死を、楽しめる出来事だとは到底思えない。

 そしてトライスの存在を、どう思っていいのかすら選びかねている。

 それでも、俺は、カクテルを『良いモノ』として広めたい。そのために俺が出来る限り、立ってカクテルの形を定めて行くのだ。


 カクテルに縛られていると言われても構わない。

 それを選んだのは、俺なんだから。

 ……俺の筈なんだから。


「ま、私としてはこれからも気にせず、ちょくちょく来て下さいねってだけね」


 女性は俺の表情に何を見たのか、にこりと魅力的な笑みを浮かべて、商売っ気のあることを言った。

 それからちらりと、澄まし顔でエールを飲むギヌラを見る。


「ギヌラ君の友達に、こういう人が居てくれてちょっと安心したわ」


 そう言われたギヌラは、まるまる五秒は固まっただろうか。

 ようやく硬直が解けた後に、間の抜けた返事をした。


「はい?」

「あれ? 友達なんでしょう?」


 その言葉で、ギヌラは俺を見る。

 まんまるに見開いた目が、ちょうど俺の目と合う。

 そして、ものすごく分りやすく眉間に皺を寄せたあとに、女性へと苦情を言った。


「冗談じゃない。こんな男が僕の友達なものか。良い所が知り合い、いや、精々が商売敵ってところだ。まかり間違っても、友達なんかであるものか」


 ギヌラのはっきりとした物言いに、呆れつつも感心した。

 たとえ行きつけの店であったとしても、年上相手にこうまで堂々と相手の推測を否定できるのか。

 女性はちらりと俺を見る。無言で「そうなの?」と尋ねてきている様子だ。


「まぁ、友達ではないです。こいつのせいでウチの店が大変な目にあったり、嫌がらせもされたり、あとはまぁ、適度に腹の立つことがあったりしましたし」

「うるさいぞ。僕がお前を悪く言うのは構わないが、お前に悪く言われるのは腹が立つ」

「そっくりそのまま返す」


 色々あってお互いに和解というか、不干渉を決めているが、蓋を開ければこんな感じだ。

 ギヌラの父親であるヘリコニア氏には、結構お世話になってもいるし、尊敬するところも多い。だが、その息子は割と関わりたくない部類の人間ではある。

 そんな俺達の関係であるが、女性はふふっと主にギヌラに笑いかける。


「でもギヌラ君。今日はいつもよりずっと楽しそうじゃない」

「なっ」

「あなた、機嫌が良いと悪口が進むものね。今日は一段と楽しそうに嫌味を言っているわ」


 指摘されたギヌラは、痛い所を突かれたみたいに言葉を詰まらせた。


「そうなんですか? 俺が知っているギヌラはいつもこんな感じですけど」

「そうよ。この人、気になる人ほどちょっかいをかけたくなるタイプでしょ」

「あー、それは確かに」


「ぼ、僕を勝手に分類するな!」


 女性のギヌラ評に相槌を打っていると、ギヌラは尚更に嫌そうに宣言した。


「ふざけるなよ。僕がお前を気にしているなどと。そんなことはありえない」

「気にしてないのか?」

「気にしてないね。僕はお前なんかに関わっているほど暇じゃないんだ。これでも、次期トップとして、色々と忙しいんだからな」


 ギヌラはそう宣言した。

 次期トップとして忙しいとか、出会った頃のあの体たらくで信じろというのが無理な話だ。

 しかし、実のところそれが正しいらしいというのも風の噂で聞いていた。

 つまり彼は『アウランティアカ』の次期トップとなるべく、忙しくしているらしいのだ。


 俺が来る少し前あたりでは、ギヌラとその取り巻きは酒場で評判が悪かった。ヘリコニア氏はこの街で一目も二目も置かれる名士だが、その息子はダメだと言われていたらしい。

 それが、いつの間にかぱったりと悪い評判を聞かなくなる。それどころか、ここ最近では、ちらほらと違う話を聞くようになる。

 ギヌラが『アウランティアカ』で人望を集めているという話だ。

 そこに働く人々の声に耳を傾け、業務改善や上層部とのパイプ役を進んで引き受けるようになった、みたいな噂が広まっていたのだ。


「本当に、真面目に働いてるのか」


 そんな噂を聞きつつ半信半疑だった俺は、思わず聞き返していた。

 対するギヌラは俺を睨みつけ、やや低い声で言う。


「……ちっ、本当に腹の立つ奴だな君は。僕が働いていたら不味いことでもあるのか?」

「いや。良い事だと思う」

「…………ふん」


 素直に返すと、ギヌラは軽く鼻を鳴らしただけで、またエールへと向き直った。

 女性は俺達の様子を見て、にんまりと笑っているだけで何も言わない。何かを言ったら、またギヌラが怒ると分かっているからだろう。

 だが、そんな女性の後ろで旦那さんがまたポロリと言ってしまう。


「君達は『好敵手』と書いて『友』と読むタイプの間柄なんだね」


 少なくとも、同意はしない。同意はしないが、聞き流すくらいはする。

 が、エールを口に含んでいたギヌラは違った。思いっきり動揺して液体を気管に入れ、盛大にむせた。それが落ち着いた後に、今まで座っていた椅子から立ち上がり、否定する。


「冗談じゃない! 僕の友達にこんな男が必要なものか!」


 旦那さんは、ギヌラの否定に面食らった様子でしゅんとした。

 だが、俺はギヌラの発言がちょっと気になって尋ねてしまった。


「え、そもそもお前友達いたのか?」

「失礼だな君は本当に!」


 俺の言葉にギヌラはキッと目を向いて、それから、少し無言になる。

 頭の中で、友達と呼べる人間を検索するような、そんな幾ばくかの沈黙。

 それから、ぼそりと言った。


「……アルバオ、とか」

「…………そうだな」


 ギヌラの言ったアルバオは、恐らく俺の思い描いたアルバオと同一人物だろう。

 この街からずっと北に行った所にあるポーション屋──『アウランティアカ』のライバルとも呼べる大きな店である『ホワイトオーク』──そこで働いている、同い年くらいの青年がアルバオ・グレイスノアだ。

 俺とギヌラは、偶然同じ時期に『ホワイトオーク』に研修に向かい、そこでよく三人で行動を共にしていたのだ。

 そんな時に、俺とギヌラが反目するのを繋ぎ止めていたのがアルバオである。

 俺とギヌラは友達ではないけど、アルバオは双方の友達と言えるだろう。


「……ふん。良いのさ。上に立つ者には、身近な友人など必要ない。信頼できる人間が少し居ればそれでいい」


 なんだか、寂しい感じで終わってしまいそうな雰囲気であった。

 それを見る女性は、ここで上手く話題を変えるには、と思案するように苦笑いをしている。俺も店の側であれば、一つ上手い事でも言って、客を店に繋ぎ止めようと考える。

 しかし、女性が何かを言う前に場は動いた。

 そんなギヌラの様子を見て焦った旦那さんが、どうにか空気を変えようと口を挟む。


「そ、そうだ! せっかく『バーテンダー』さんが来たんだから、何か作って貰うのはどうかな?」


 決して旦那さんは、ギヌラをさらに煽ろうと思った訳では無いだろう。

 ただ、俺が噂のバーテンダーであることと、何とか話題を変えようと思ったところで、うっかり口にしてしまっただけに違いない。



 だが、そのせいでギヌラが更に嫌そうな顔になったことだけは、間違いないのだった。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


更新が大幅に遅れてしまい申し訳ありません。

そして次で幕間最後になるカクテルシーンの予定です。

今回はほぼノーヒントなので予想は難しいかもしれませんが、有名なカクテルで、かつ今のギヌラに合わせたものを用意しているつもりです。


※0725 誤字修正しました。

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