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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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選択の自由(7)


 ノイネの問いかけの意味を理解できないほど、俺は考え無しにはなれなかった。

 だけどそれでも、俺はおうむ返しで尋ね返してしまった。


「……どうして、自分が?」


 どうして俺が、それを選択しなければならないのか。

 いや、そうじゃなくて。

 そもそも俺に、そんな大それたことを選択する、資格があるのか。

 俺の胸中を渦巻くのはそんな戸惑いだ。


「そうですね。それはこの話が『カクテル』の話だからです」

「…………」


 ノイネの言葉を、俺は静かに呑み込んだ。

 同時に、そんな話をスイと最初にしたときのことを思い出していた。


 それはこの世界に初めてのバーが出来た日。

 それはつまり、初めてカクテルという魔法が生まれた日でもある。


 俺のカクテルが『炎の龍』と化したとき、まず真っ先に俺を外に連れ出して事情を説明したのはスイだった。

 彼女は、俺のカクテルがこの世界を変える可能性を秘めていること。その可能性と危険性の話を、はっきりとした。

 国に報告をすれば、巨額の金が動くだろうが、同時に『カクテル』は飲み物ではなく、魔法としてこの世界に組み込まれることになるだろう、と。


 その時の俺は、確かこう答えたはずだ。

 金になんて興味はなくて、俺は俺を必要としてくれるこの場所にずっと居たい。

 俺が作るカクテルではなくて、俺を必要と言ってくれたスイの力になりたい、と。


 その後に、結局その魔法は俺にしか使えないと分かり、その可能性の話はうやむやになって消えたはずだった。

 だが、ノイネがその消えた筈の可能性に気づいた。気づいて、そしてこの場所で奇跡的に可能性は、形を伴って現れた。

 限られた人間にしか扱えない筈の『魔法』を、誰もが扱えるようになる。そんな未来が確かに目の前に存在していた。


 それは一度、俺が切り捨てたものだ。

 もともと興味もなかったし、そんなことよりも、飲み物のカクテルを広めるために必死だった俺には、関係のないことだった。


「あなたが悩むのも分かります。気が済むまで誰かに相談しても良いですし、急いで結論を出す必要もないと思います」


 ノイネの言葉は静かだが、あまり優しくはない。

 たくさん悩むことも、誰かに相談することも許してくれた。だが、俺が選択から逃げることは許してくれない。

 彼女の言葉に俺は息を呑み、小さく拳を握りしめていた。


 小さな沈黙が挟まる。分かった自分が考える、というひと言を言えばいいのは分かっていたのに、その言葉が喉に詰まっていた。

 情けない話なのだが、決心をつけられないでいた。


「……しかし、こうやってあなたにばかり責任を押し付けるのは、やっぱりフェアではありませんね。ですので、一つ私の意見を言わせてください」


 俺の表情の強張りを感じ取ったノイネは、非情になりきれなかった親のように、困り顔を浮かべて言った。


「私は、そんなに悩むくらいならば捨ててしまえば良いと思いますよ。何故なら、あなたのカクテルは、既に飲み物として広まりつつある。あなたがカクテルを飲み物として広めたいと思う限り、この『試作銃』は必要のないものでしょう?」


 彼女の意見は、大きく共感できるものだ。少なくとも、俺はそう感じた。

 必要ないのだ。飲み物としての『カクテル』に、魔法としての側面など。

 俺はそれを、この場の誰よりも知っている。俺の元居た世界には、そんなものはなかった。


 カクテルはオシャレな酒の一種で、決して火や水が出るようなものではなかった。

 争いの道具にされることもなく、精々が法律の抜け穴や隠れ蓑になったりで──そう言うとあまり平和には聞こえないが、それでも平和な代物だった。

 それを俺は良く知っているし、そうであるべきだとも、確かに思える。


 しかし、それを知ってなお『ならば破棄すべきだ』と即答できない。

 そんな俺の感情を拾うように言ったのは、スイだった。


「でも、飲み物のカクテルと同じくらい──ううん、下手したらそれ以上に総を救ってきたのは『魔法』としてのカクテル、だよね?」


 スイの言葉にもまた、俺は頷くしかなかった。

 俺の世界とこの世界で大きく違うのは、争いがもっと身近である、という点だろう。

 もちろん、日本の治安が良いから地球がより安全に思える、というのはある。

 だが、俺の世界には魔物なんていなかったし、一般人に戦う力などはそれほど必要とは思えなかった。


 それがこの世界に来てからはどうだろうか。頭が痺れるくらいの、命の危機に俺は何度も遭遇している。そして幾度となく、俺は『カクテル』という魔法に救われてきた。

 飲み物としてのカクテルを一番良く知る人間が俺なら、同様に魔法としてのカクテルを一番良く知っているのも、また俺だ。


 この『試作銃』が量産され、たくさんの人の手に渡れば世界は変わる。

 それがより良い世界になるのか、それとも悪い世界になるのかは、正直に言えば判断がつかない。

 だが、俺のように戦う力がなかった人間に、力が与えられるのは確かだ。それによって救われる人間は、必ず現れるだろう。

 例えば目の前のノイネがそうだし、それ以外だってそういう話はある筈だ。

 力のない人間が、魔物と戦う力を得るというのは、今の俺が考える以上にこの世界で大きな意味を持っているだろう。


 ノイネとスイの二人の言葉で、俺の迷いは大きくなった。

 メリットとデメリットを天秤にかけて、どちらが正しいのかを選択できるほど、俺は頭が良いわけじゃない。

 俺の頭にあるのは、いつだってカクテルのことだけだったから。


 しかし、その二つの条件。

 飲み物としてのカクテルも、魔法としてのカクテルも俺が一番良く知っている。

 それを自覚したときに、詰まっていた言葉は自然と喉を通った。


「……分かりました。俺が、考えます」


 結論など何一つ出ていないが、それでも俺は頷いた。

 俺の言葉にノイネが見せたのは、悲しげな微笑だった。


「ごめんなさい。私が求めたことであるのに、あなたに責任を押し付けてしまって」

「いえ。むしろありがとうございます。カクテルのことだから、これは俺が、考えなければいけないことです。俺がカクテルをどうしたいのか、そういう問題なら、それは自分の領分です」


 強がりではなく、本心だ。

 言葉にしてみれば、考えて無かっただけで、なんとなくの予感はあったのだと思えた。

 この『カクテル』の行き先は、俺が選択するべきなのだろう、と。

 その選択を重苦しいとは思う。だけど、そこで逃げる訳にはいけない。


「なぜなら自分は、バーテンダーですから」


 俺が、専門であるカクテルの話から逃げるわけにはいかない。

 それが、この世界で初めての『バーテンダー』である、俺の仕事の一つなのだから。

 俺の決意に、ノイネはほっと安堵の息を吐く。

 それから、少し本音の混じった冗談を言うように、最後に一つ付け加えた。


「関係のない話ですが、あなたはこの国の名前を覚えていますか?」

「……『エルブ・アブサント王国』ですよね」


 俺がこの世界の、この国にきて何時くらいに聞いた名前だっただろうか。

 その時、俺は国の名前に入っている『アブサン』という単語に反応したものだ。

 その『アブサン』の地球での逸話は、ノイネにも話した覚えがある。そしてそれに対して、ノイネもまた言った。

 この国で『アブサン』は神聖な魔草であり、同時に危険な魔草でもあると。


「この『試作銃』は、新しい『アブサン』となり得るものです。ひとたび広まれば、爆発的に普及して、容易く人々の世界に根付くでしょう。しかし、扱いを誤れば、毒として容易く人々を傷付ける」


 フランスで生まれた『アブサン』は、大流行した後にその成分から中毒者を生んだという。そしてそれは、この世界でも似た様な話があったのだとか。

 魔草の中でも特別に効果の強い『アブサン』は、その強力な魔力と、独特の魔力特性から多数の魔力中毒者を生んだ。魔力中毒とは、魔力欠乏症とは真逆の現象だ。魔力過剰の状態が頻発することで、次第に身体がボロボロになることだという。

 それ故に、この国では『アブサン』の取り扱いは厳重だ。現在は中毒を引き起こさない様に調整された『ポーション』が作られているらしいが、それでも流通は管理されている。

 それもまた、どことなく地球の『アブサン』を思わせるものだ。


「どうか、バーテンダーとして扱いには十分注意してくださいね。それであなたが苦しむことになったら、私は悲しいですから」


 ノイネの、俺を案じるような響きの言葉に、俺はもう一度、静かに頷くのだった。



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