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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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選択の自由(6)



 基盤となる銃器のパーツは、全てイベリスが手がけた。失敗を繰り返し、次々と要求の変わる形状や連結方式に、イベリスは泣き言ひとつ言わずに付き合ってくれていた。

 その作業自体は、彼女が言っていたほど楽しくはなかっただろう。それでも、それがノイネの、ひいては彼女と約束を交わした俺のためだと、その腕を振るったのだ。

 俺を助けるのが『専属契約』をした自分の役目だとでも言うように。


 そうして出来上がったパーツに、特殊な魔法を刻んで行ったのはノイネである。彼女はパーツの一つ一つに、エルフが編み出してきた魔法を移していた。

 エルフである彼女の魔法体系は人間のそれとは大きく異なる。特に、魔法回路と呼ばれる魔力の伝達系の設計思想が異なるらしい。

 論理的で、遊びを排除するのが人間の思想なら、あるがままに、素材に合った自然な経路で魔法を扱うのがエルフの思想。

 人間は一から設計して魔法具を作るのが得意だが、エルフはそこにあるものを魔法具へと変換するのが得意なのだ。


 それが、俺のあまり理解できていない、有機魔法回路と無機魔法回路の話に繋がるらしい。


 この『試作銃』は、有機魔法回路が組み込まれている。

 それはどういうことかと言えば、魔力を込める度に、回路はそれを受けて独自の成長を遂げるのだとか。

 魔力を受け、それを成長促進し、放つことで再び元に戻る。

 与える栄養によってどのような花でも咲かせることができる、種のような回路が、この『試作銃』の根幹であるらしい。


 だが、エルフの魔法回路の理論は、いわゆる『個』に対応するものだとか。

 どういう意味かと言えば、銃のようにいくつものパーツが組合わさった道具には、大きな回路を組み込むことができないらしい。

 一つ一つの小さなパーツに魔法回路を組み込んでも、それを大きな一とすることができないのだという。


 その一つ一つを、人間流の無機魔法回路で連結し、擬似的に大きな有機魔法回路へと変換する理論を組んだのが、スイだった。


 彼女のやったことは、本当に並大抵のことではないらしい。

 俺がさっきまで、有機魔法だの無機魔法だのと説明していたが、それはあくまで凡人の考える話だ。

 結論から言うと、スイの頭の中には有機と無機の違いが存在しなかった。

 アルバオから聞いていたスイの理論は、理論といえる範疇を度々跳び越える奇想天外なものだった。それは今考えればエルフ寄りの思想だったのだ。

 だが、ノイネから見たスイの理論は、エルフの考える自然な回路をより効率的に引き延ばすようなもの。それはどう見ても、効率的な人間の思想だ。


 今までは無機の理論のみを学んでいたので、スイの中でも良く分からない部分があった。

 それが、ノイネから有機の理論を学んだことで、全てが繋がってしまったのだ。

 エルフにできない整然を無機理論で、人間にできない不可思議を有機理論に担ってもらい、それでも良く分からない部分は、スイの直感に従って組み立てた魔法回路。

 その集大成と言えるのが、今回完成した『試作銃』ということだ。


 だが、その構造には一つ大きな欠陥が存在する。

 それは、この魔法具が誰にでも扱えるわけではない、ということ。

 だがしかし、同時に誰にでも扱える可能性を秘めているということ。


 この『銃』は、発動者の『カクテルの技量』を、そこから生み出される『カクテルの完成度』を、なんとそのまま『魔法の完成度』に直結しているのだ。

 これまで失敗し続けてきた『試作銃』は、魔力を正確に込めれば、誰にでも一定の魔法が使えるものを目指していた。

 だが、その平均化が悪い方向に働いて、魔法の威力をおしなべて下げていた。

 ならばいっそのこと、その部分を排除して、代わりにもともと持っていた『カクテル』の性格を全面に押し出したのが、今回の『試作銃』であるとか。


『誰にでも扱える』という理念を取払った結果。

『カクテルを極めれば誰にでも扱える』という、簡単なのか難しいのか良く分からない魔法の杖へと生まれ変わったということだ。




「……本当に、なんでも撃てるな」


 水球の爆散を引き起こす【スクリュードライバー】。

 小規模な風の刃を生み出す【ジントニック】。

 炎の壁を作り外敵から身を守る【キューバリブレ】。

 そして、指定された箇所に中規模な風の刃を生み出す【ジンフィズ】。


 俺は興奮冷めやらぬイベリスやノイネに乞われるがまま、色々な魔法カクテルを撃った。

 驚いたことは、俺が『シェイカー』のようだと感じたボディについて。

 この銃は、本当に材料を『シェイク』する前提で設計されていたのだ。


 この世界のポーション──ひいては魔力というものは、俺の世界の酒に似ている。

 それはつまり、混ざりやすい混ざりにくいというのも、似ているということ。

 シリンダーに込めた弾薬が、混ざりやすい材料であれば良い。特別な動作を行わずとも魔法は発動する。

 だが、混ざりにくい組み合わせの場合には、外側から物理的に衝撃を与えてやることで、魔力の活性化を促進する必要があるのだとか。


 そのアイデアも、息詰まっていたイベリスとノイネに、スイがあっさり提案したとか。

 カクテルで考えれば当たり前の帰結なのだが、スイの言ったことは、『動かない、動かさない』を前提とする、精密な魔法装置にあるまじき発想であった。

 だが、それで上手く行ってしまったのだから、本当にスイは天才なのだろう。


 とにかく、まだ色々と問題は山積みのようではあるが、ここに一つのモノが完成した。

 その完成の興奮が一段落すると、今度はカウンターにみんなで座って、その『試作銃』を眺める時間となっていた。

 とりあえず飲み物のカクテルを皆が手にしつつ、ちょっと重い雰囲気になっていた。


 で、頭の『本当になんでも撃てる』というのが俺の感想であった。


「……うん。流石にポーションから魔法を撃てる、っていうのは魔力量的に無理があったから、そこは魔石で代用だけどね」

「あー、つまり『オールド』の魔法は撃てないってわけか」


 スイの少し悔しそうな補足に、俺は納得した。

 この『試作銃』から放たれる魔法と、俺が『カクテル』を弾薬化して放つ魔法で決定的に違うのはその部分だ。

 この『試作銃』は、弾薬に魔石を使う。魔石はポーションの原料でもあり、魔力が塊になったもの。

 この銃で魔法を扱うためには、そのくらい大きな魔力を核にする必要があった。

 当然、この銃で魔法を使うには魔石を購入する必要があるということ。自身の魔力が必要ない代わりに、金がかかるというわけだ。

 そしてそれは同時に、魔石が存在しない『第五属性』──『オールド』の魔法は、この『銃』では扱えないということ。


「それでも十分でしょう。断言しますが、この『試作銃』は、この世界で初めて生まれた技術です。そして未来永劫、生まれない技術です」


 そうやって言葉を引き継いだのは、ノイネだ。

 彼女は、俺達をそれぞれ流し見て、何時にも増して真剣な顔をする。


「総。これは確かに私が、私の目的のために欲したものです。そして、あなたもそれを承諾していた、そこまでは良いですか?」

「ええ」

「では、それを踏まえた上であなたに問いたいことがあります」


 ノイネは、そうやって溜めを作った。

 スイとイベリスがノイネの方を向いて同時に頷く。それにノイネも頷きを返した。どうやら、彼女達の間では何かの話し合いが既に行われていたらしい。

 そんな三人を代表して、ノイネが言う。


「この『銃』は、今、世界でこの場所にしかありません。そして、過去にも未来にも、自然に生まれることはありません」

「……いや、現にこうして生まれているわけだし、そんな大袈裟な」

「大袈裟ではありません。断言したのには理由があります」


 彼女は、まずイベリスを見る。


「まず、機人は基本的に自分の好奇心でしか動きません。ですが例外があります。つまらない作業であっても、その人の為に働いてくれる『専属契約』という条件。これが、この『銃』の誕生には不可欠です」

「……あー、いや、でもそれくらいなら」

「ええ。そうは言っても、専属契約をしている機人は居ますから、ここはありえない話ではないでしょう。イベリスが恐ろしく優秀だという点は置いておいて、ですが」


 ノイネの言葉に、イベリスは「照れるなー」とはにかんでいる。ノイネがこういう場で冗談を言わない女性なのは分かっているので、本心から喜んでいるようだ。

 イベリスの態度に、少しだけ緩んだ唇を引き締めて、ノイネは続けた。


「次に私です。エルフが戦う力を求めて、その魔法の知恵を与えるという状況が、相当に珍しいものです。そもそも私はエルフの中では変わり者、そんな変わり者の数に、さらにその切羽詰まった状況が重なることは、そうそう無いでしょうね」


 それは、なんとなく分かる気がした。

 俺のゲーム知識であっても、エルフは武器を率先して作るタイプには思えない。

 そりゃ、弓の名手というイメージや、魔法の使い手のイメージはある。だが、より攻撃的な魔法を求めて、『銃』に魔法を込めるイメージはない。


 俺の頭になんとなくの理解が浸透している間、今度はノイネの目がスイに行った。


「更に、その二つの条件が奇跡的に重なっても、それを実際に形にするには、とてつもない『魔法理論の天才』が必要でした。スイの──『二千年の魔女』とまで呼ばれるような、彼女の天性の素質がなければ、この銃は形にはならなかったでしょう」

「……あの、その『二千年の魔女』とかいう、恥ずかしい称号は、その……」


 スイがイベリスとは別方面で恥ずかしそうな抗議をしているが、ノイネは聞いていない。

 だが、先程も述べた通りにこの『銃』の完成にスイの存在は必要だった。

 人間の理論だけでも、エルフの理論だけでも足りない。その二つを、天性の感覚で繋ぎ合わせる『千年に一人レベルの天才』が、先程の奇跡的な状況に重なる必要があるのだ。


 なるほど、こうまで条件を重ねると、確かにこの先でも『銃』が生まれないというのは分かる気がする。

 そう俺が納得していたところに、ノイネの声が刺さった。


「そして最も重要なのが、あなたの存在です」

「……俺、ですか?」


 ノイネに最も重要だ、などと名指しされるが、俺にはピンとこない。

 だって、俺はこの『銃』の作成になんら関わっていない。イベリスがパーツを作り、ノイネが魔法を込め、スイが理論で組み上げた。そういうものだ。

 俺は彼女達の理論の話の十分の一も理解していない。意図的に、それを理解するのを避けて居た気すらする。

 だから、その単純な要素が頭から抜けていた。


「そもそも、『カクテル』を『魔法』として『銃』から放つ人間が居なければ、このような『試作銃』を作ろうという発想に至りません。あなたの持つその特異な能力そのものが、この『試作銃』の発端であり、同時に未来永劫作られないという根拠です」


 俺が居たから、この世界に『カクテル』が伝わった。

 そんな俺が『カクテル』を魔法として扱えたから、それを見たノイネが、誰にでも扱えるようにという発想に至った。

 俺自身が何かをしなくても、この『試作銃』の誕生に俺のような特異点は必要だったというわけか。

 それが本当に『俺』である必要があったかはさておいて、納得はできた。


「……えっと、はい。つまり、この先でもこの『試作銃』が自然に発生することはないだろう、というのは理解しました」

「いいでしょう。ようやく本題に入れるというものです」


 それまでの説明は、壮大な前振りだったらしい。

 ノイネはそこでもう一度、イベリスとスイに確認をした。二人は頷いて、そして揃って俺を見る。

 ノイネはといえば、カウンターの脇にでも隠してあったのか、いつの間にか取り出した分厚い紙の束を、カウンターに乗せた。


「これは、この『試作銃』の完成に必要な、理論の集大成です。まとまってはいませんが、必要なものは入っています。イベリスが作った銃の構造も、エルフがモノに魔法を込める方法も、それらを繋ぎ合わせるスイの理論も、揃っています」


 俺は紙束の分厚さよりも、その物言いが気になっていた。

 要するに、ノイネが取り出したのはこの武器の基礎理論──設計図というわけだ。

 機人の技術と、エルフの魔法と、スイの理論が合わさった資料。言い換えれば、それを読み解き、再現することでこの『試作銃』を第三者が作れるようになるもの。


「……つまり、さっき言っていた奇跡がなくても、それさえあれば『試作銃』は作れる?」

「はいその通りです。それ故に、私達はあなたに決めて欲しいと思いました」


 何を、という返事をする間もなかった。

 その質問をせずとも、彼女の言いたい事が分かった。



「総。あなたは、この資料を後世に残すべきだと思いますか? それとも、この場で破棄するべきだと思いますか?」



 ノイネは、俺の想像と寸分違わぬ選択を、俺へと迫るのだった。


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