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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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【オールド・パル】(1)



「総は、飲んだ事があるのかな?」


 カクテルに使うグラスを、いつものように冷凍庫へと送ったところでトライスの声がした。

 俺はスタスタと早足でショーケースに向かい、その中で冷やしていたミキシンググラスを手に作業場へと戻り、答える。


「舐めるなよ。バーテンダーが自分の出すカクテルの味を知らないでどうする」

「なるほどね。良い自信だよ。しかしそれはバーテンダーの口調じゃないね」

「恐縮ですが、これでもバーテンダーですので、多少の経験はございます」

「うん、それはそれで気持ち悪いね」


 先程までのシリアスな雰囲気をどこに置いてきたのか、トライスは面白そうに笑む。

 そんな彼女の言った言葉が、昔友人に言われたこととダブって、俺は少々面白くない。

 言い返さずに、作業に集中した。


 カクテルグラスと入れ替わりに冷凍庫から取り出しておいた氷を、厚手のビーカーのようなミキシンググラスへと詰めて行く。

 半分程度の氷を詰め、そのあとに水をグラスへと注いだ。

 バースプーンを使って、するするとグラスの中をステアする。氷は角が取れてより滑らかに、グラスの内部もカクテルのための空間へと生まれ変わる。


 十分と判断したところで、一度ストレーナーを装着し、水だけを排出する。

 最後の一滴までを切ると、ようやくメインの作業だ。


 今回使う材料で注意することと言えば、やはり温度だろう。

 使用するのは、ライ麦を主原料にした『ライ・オールド』に、店でもそれなりの人気を築き始めた『ドライ・ベルモット』。

 そして、この世界では魔草ポーションに分類される、真っ赤な色をした薬草系リキュールの『カンパリ』だ。


 ベースは『オールド』──つまりウィスキーでありウチの店では常温保存。

 他の材料もベルモットが冷蔵保存で、カンパリは常温保存。

 つまり、この中に零度以下で保存されている材料はないのだ。


 ミキシンググラスでカクテルを作る場合は、極めて繊細な作業が必要になる。

 氷が溶けやすい材料を使い、氷が溶けやすい製法で作るカクテル。こう書けば、この【オールド・パル】が、それなりに緊張する一杯だと分かってもらえるだろうか。


 トライスが、俺に喋りかける気配はない。

 俺の集中を乱さぬように気を使っているのか、じっと俺の作業を見ている。

 彼女に見られている、という状況を意識して考えないようにし、計量を始めた。


 元々のレシピは、材料比が1:1:1──つまり三つの材料が全て20mlずつだ。今回は二杯分なのでその倍、40mlずつでカクテルを作る。

 メジャーカップの容量が大きい45ml側を上にし、表面張力を使わないですりきり一杯、よりほんの僅かに少ないくらい。これくらいが40mlだ。


 まずは『カンパリ』のボトルに手を伸ばした。

 カクテルではそれなりにメジャーな材料だ。味わいはまさしく甘苦。人の目を引く鮮やかな赤色から想定されるスイートな味わいに、ビターなイメージを足した感じ。

 その赤色を作り出すのに、かつてはカイガラムシの出す色素を利用していたというのは、よく聞くうんちくだ。

 比較的大きめのボトルに入れてあるその赤を、すっと40mlミキシンググラスへ計り入れる。


 間髪を入れず、今度は『ドライ・ベルモット』だ。

 これが生まれた経緯には、この世界に来て今まで俺の面倒を見てくれたヴェルムット家が大きく関わっている。

 もし、俺がこの世界に来て初めにあったのがスイでなければ、俺はこうまで順調にバーを始められただろうか。

 ベルモットを使う度に感慨深い気持ちになりかけるが、今はそうやって手を止めて良い時ではない。

 ほんのりと黄色かかった透明な液体を、同じく40ml注いだ。


 そして最後に『ライ・オールド』である。

 もはや詳しい説明をする必要もあるまい。

 小麦を主原料にすることが多いウィスキーの中で、ライ麦をメインにした若干変わり者のウィスキー。しかし、そのライ・ウィスキーをカクテルの材料に指定するレシピは意外と多い。

 この誕生に込められた諸々は、一々説明していたら夜が明けてしまう。たくさんの人に助けられて、世に出すことができたものだ。

 その琥珀色を、40mlミキシンググラスへ。


 材料をすべて呑み込んだグラスに、俺はバースプーンをそっと差し込む。

 するすると、先程水で行ったような丁寧で素早いステア。十分に冷やされたグラスと氷が、材料の温度を吸収し、それを冷やしていく。

 仄かにグラスに霜が張るか否か、その絶妙のタイミングを見計らって俺はステアを止めた。バースプーンを抜いてストレーナーを被せれば、準備は完了だ。


 冷凍庫で冷やしておいたグラス二つを取り出し、一つはトライスの前にあるコースターへと置く。もう一つは、先程まで作業をしていた台に置いた。

 俺はまず、出来上がった赤色の液体を、トライスのグラスへと注いだ。

 一人分の60mlに、氷が溶けて生まれる+α。その微量を経験からほとんど感覚的に注いで、すっと切る。

 そして残った液体を、俺のグラスへと注いだ。

 わざわざ隣同士に置いて比べるまでもなく、ぴったり半々だ。


「お待たせしました。【オールド・パル】です」


 俺の言葉を受けて、トライスはうっとりと目を細めた。

 まず見た目が美しい。

 その赤色は、カンパリが基本だ。だがそこに、ウィスキーのシックな琥珀の色合いが混ざり、ドライベルモットが全体を明るくする。

 その三つの組み合わせが作り出す赤は、もはや芸術品とでも呼べそうな、深く澄んだ綺麗な赤なのだ。


「綺麗だよね。赤くて、透き通ってて、本当に宝石みたい」


 俺の考えと同期するように、トライスも感想を述べた。


「見た目だけならとっても甘くて美味しそう、に見える」

「……見えるな」


 見える、という部分をトライスはわざと強調したように思えた。

 その点に関しては俺もそれなりに同意しよう。


「総くん、このカクテルの味は知ってるって言ったじゃん」

「言ったな」

「じゃあ、このカクテル……好き?」

「……嫌いじゃないよ」


 自分で注文したくせに、少し躊躇うような表情のトライス。

 俺は頭の中で、パッと見は甘くて美味しそうな【オールド・パル】の味わいを浮かべてみる。

 ……まあ、俺は嫌いじゃない。嫌いじゃないが、あまり初心者向けだとは思わない。

 俺の返答に、トライスはふーんと曖昧な声を出し、じっと自分のグラスを見つめる。


「私は、ほんの少しだけ、躊躇していたり、いなかったり」

「なら、なんで頼んだんだよ」

「私だって嫌いってわけじゃないし、あやかりたいじゃない?」


 あやかると言えば、やはりその名前の意味だろうか。

『古い友人』『懐かしい友人』。とても意味有りげな名前だ。

 彼女はそういう、酒に込められた名前を広げるのが好きだった。


「私はね、このカクテルに名前を付けた人って、きっとすごいロマンチストだと思うんだ」

「というと?」

「このカクテル、ほら、結構飲みにくいじゃない? 日本舌だからってのもあるとは思うけど、本場アメリカでだって、若者が好んで飲むタイプじゃないと思う」


 このカクテルが生まれたのは、アメリカの禁酒法時代のさらに前だという。それほど歴史のあるカクテルであり、世界では広く飲まれているものらしい。

 だがまぁ、本場だろうと、若者が好んで飲むというよりは、もっと大人の酒通が飲んでいるようなイメージは確かにある。

 炭酸も使って無ければ、果実も含まれていない。純粋な、酒同士で作られたカクテルだから。


「でも背伸びして若い時に友人同士で一回飲むじゃない。それでしばらく疎遠になって、飲む機会もなくて、久しぶりにその友人と再会したときに、また飲むの。美味しくなってるかもしれないし、まだ苦手なままかもしれない。それで昔話に花を咲かせる。そういうのの繰り返しとかが、このカクテルの理想だと思ってみる」

「……そうか?」

「そうだよ! そういう意味では、このカクテルはすっごく人と寄り添ってくれるカクテルだと思うの。とある友人とそれをずっと繰り返して、その人とのかけがえのない思い出にもなってくれる。例えば片方が居なくなっても、このカクテルを飲めば思い出せる。そういうことを、命名した人は考えていたんじゃないかな」


 と、トライスはなんの面識もない命名者について、語った。

 少し身を乗り出して熱くなっているその様に、俺は苦笑いを浮かべて返した。


「……お客様は、想像力が豊かですね」

「……なんか、馬鹿にされてる感じ」

「褒めてるんだよ。だけど、そろそろ飲まないか?」


 俺に言われて、トライスはしまったという顔をした。

 熱く語るのも良いが、カクテルは鮮度が命だ。長々と語っていてはカクテルの美味しい時間が刻々と過ぎていってしまう。

 トライスは静かに赤色の液体を乗せたグラスを掲げた。


「乾杯は……さっきしたけど、もう一回」

「今度は何に?」

「……では『友人』に」

「……『友人』に」


 乾杯。と再び声を合わせて、俺達は軽くグラスを鳴らした。

 軽くではあるが、静かな店内にはやはり、硬質な音は響いた。


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