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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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一縷(2)


 トライスが俺の話を聞いている間、彼女の目の前には二つのテイスティンググラスがあった。

 一つはストレート、そしてもう一つはトワイスアップにするために用意したものだ。

 だが、トライスはそのもう一つに手を付けることはなく、そっと俺に返してきた。


「ん?」


 俺が視線でその意図を尋ねると、トライスは少し寂しげに言う。


「一人で飲むのは、落ち着かないよ」

「……そうか。悪い」

「いえいえ」


 気持ちが急いてしまっていたらしい。確かに、バーテンダーにじっと見つめられながら一人で飲む酒は、少し美味しくないかもしれない。

 俺は彼女から返されたグラスを手に取って、軽く掲げた。乾杯の合図だ。

 トライスもグラスを手に、自然に言った。


「じゃあ、何か良い事は……て、そうだね。今日はこのウィスキーに乾杯だね」


 いつも何か『良い事』に乾杯する。それは、そのお酒を作った人と、これから飲む自分のためだと伊吹は言っていた。

 この場合、その作った人というのが何割か『俺自身』になるので、そこまで考えるとどうにも照れくさかった。


「……乾杯」

「乾杯!」


 俺はやや目線を逸らし気味にボソリと、対するトライスは元気に言った。

 控えめに鳴らされたグラスと、波立つ湖面。

 幾度も飲み、味を知り尽くした筈の液体を、俺はまた楽しもうと口に含んだ。


 この琥珀色を口に含む度に、俺はそれらのことを思い出す。ふわりと香る樽香と抜けて行く麦の甘さに、想いが膨れる。


 スイの研究から作られた無属性のポーション。

 酒文化の遅れているこの世界で、なお酒に人生をかけた職人達の麦芽。

 好奇心で生きる機人たちの厚意によって完成した熟成機械。

 そして、完成を全力でサポートしてくれたホワイトオークの面々。


 味わいとはまた別の感慨で、俺は喉を滑って行く液体に心地よさを感じていた。

 ふと、先程の俺のように、トライスがじっとこちらを見つめているのに気づいた。


「……どうした?」

「うん。改めて、良く作ったねって。お疲れさまって」


 トライスの目は優しかった。人が人に向ける視線というより、もっと大きな、人を包み込む慈愛の表情にすら思えた。

 だが、そんな表情を浮かべていたのも束の間。何かを思い出したみたいに、あっ、という顔になって、さりげなく言ってきた。


「そういえば、このボトルの名前は?」

「……名前って」

「だから銘柄。まさか『アレ』とか『ソレ』で通しているわけじゃないよね?」

「……うっ」


 俺はそれを尋ねられて少しびくっとなった。そんな俺の面白い反応を、トライスが見逃すはずもない。

 彼女は鼠を見つけた猫のように、にやりと唇を歪めた。


「うっ、て何? 名前は?」

「いや、なんていうかな」

「そんな恥ずかしい名前なの?」

「恥ずかしいって言うか、な」


 恥ずかしいと言えば恥ずかしい。実は、その名前は俺が付けたわけではない。

 そしてその名前は『俺が作ったこのウィスキーに与えられた名前』……という意味だけではないのだ。


 この世界で俺は、初めて『第五属性』のポーションを作った。

 表向きはもちろん『ホワイトオーク』の研究なのだが、ポーション界の人間は、俺の存在に気づいていた。

 ホワイトオークのアパラチアン氏と、アウランティアカのヘリコニア氏のせいだ。


 この二人は俺の知らぬところで情報を共有していたらしく、オールドポーション誕生のストーリーを詳しく知っているようだ。

 そしてその二人と親しい人間は、なんとも誠実な二人のおかげで『オールド』の誕生についてを知ってしまっている。

 そして、現状では俺の功績が正しく評価されていない、と思っているらしい。


 だが、ポーション界的に俺は『カクテル』の生みの親であり、正統派ではなくアウトサイダー。

 まだ業界全体が『カクテル』を認めていない部分もあるし、ポーション研究者としての名前が売れているわけでもない。

 つまり、俺の存在を知り、オールドの功績まで分かっていても、殊更にそれを取り上げるには俺自身が異端過ぎた。


 そんな折に、俺が俺独自の比率でブレンデッドウィスキーを作り上げた。

 それを知った二人はこれ幸いと『俺への称号』として、とある名前を送りつけてきたのだ。


 表面上は、ただのウィスキーの銘柄として。しかし裏の意味では『カクテル』と『オールド』という二つの『始まり』を興した者として。


 だから、この銘柄の名前を言うのは、俺自身を紹介するみたいで気恥ずかしい。

 そのため、なるべく目を逸らしながら小声で言った。



「『オリジン』」



 銘柄は『オリジン』。何々シリーズのオリジンボトル、とかではなく『オリジン』だ。

 その名前を聞いたトライスは、うん、と頷く。


「……もう一回」

「だから『オリジン』だって!」


 俺が少しキレ気味に繰り返すと、トライスはふふっと笑い声を上げた。

 そう……『オリジン』だ。

 起源とか発端とか、原点とかの意味を持つ単語。この世界では多くの意味を持つ、特殊な称号でも付けられたのだろうと思っている。

 そう思うと、その名前を紹介するのに、若干気が引ける。

 例えばの話だが、自分の功績に対して『ポーション皇帝』みたいなニックネームを与えられて、それを嬉々として使えるかって話だ。俺には無理だ。恥ずかし過ぎる。


 トライスはそんな俺の感情までをしっかり把握し、してもなお、からかうと決めたような目つきであった。

 彼女はうんうん、と満足気に頷いている。俺が認められたのが、自分のことのように嬉しい、とでも言いたげに。


「うん良い名前だよね『オリジン』。私も最初聞いたとき、おっ、て思ったもん。カッコいいなって。ね? 夕霧総オリジン君」

「やめろ! というか知ってたのかよ!?」


 自分が無意味な羞恥プレイをさせられたことを知って、少し声を荒げる。

 トライスが最初から『オリジン』のことを知っていたのなら、それを聞いた理由は十中八九、俺が恥ずかしがるのを見たかったからだろう。

 少なくとも、サリーとライはその理由で、思い出したようにからかってくる。

 俺は鼻息荒く、不機嫌な顔をしてやるが、トライスは「ごめんごめん」と軽く謝ったあとに、続けた。

 今度はからかいではなく、真剣な表情で。


「もちろん知ってるよ。君の前には出なかったけど、私はずっと君のことを気にしてたんだから」


 声の雰囲気が、大分変わっていた。笑いの含まれない、静かな声だ。

 俺は逸らしていた目を、彼女へと向ける。


「……今日は、どうして?」


 じゃれ合うような会話の空気はもう無い。彼女の抑揚を抑えたような声が、唐突な終わりを告げていた。

 トライスが今日ここに現れたのには、理由があるはずだ。それを知っていながら、俺はなるべく先延ばしにしていた。しかし、それもここまでだ。


「どうして……かぁ。総はどうしてだと思う?」

「……そう、だな」



 俺が最初に思ったのは、トライスの用事が終わったのかということ。彼女が何をしているのかは知らないが、それが一段落付いたのではと。

 しかし、仮にそうだとしても筋が通らなかった。もともと彼女が言っていたのは『俺が、カクテルの先に辿り着いたら、また合おう』といった感じだ。

 俺にその実感は全く無い。カクテルの先になど、まるで辿り着いてない。常に足取りの覚束ない迷子のままだ。

 ならば、彼女がここに来たのは、また別の用事と考えられる。



 俺はそんな自分の思考を、簡潔に言葉にする。トライスは、俺の考えにほとんど肯定を示した。


「うん、さすが総だね。合ってるよ」

「ってことは?」

「私はある用事でここに来た。ウチの一つは、もう終わったけど」


 トライスは、指で軽くグラスを突いた。細い指先の爪が、微かにグラスを鳴らす。

 用事の一つというのは、どうやら『オールドポーション』にあったらしい。そしてそれを飲んだことで、その用事は済んだと考えても良さそうだ。


「てことは、他にも用事があるってことだよな」

「うん。だけど、それには可能なら、総の協力が欲しいんだ」

「協力?」


 その単語に俺は驚いた。

 今まで、トライスが何をしているのか、俺は決して知り得なかった。時折ふらっと現れては、俺の手助けをしたり、壁として立ちはだかったり、そんなことをしていた。

 だから、協力を求められたのは初めてだ。それを珍しいと思ったし、できることなら協力してやりたいとも思った。


「分かったけど、その内容は? 俺は何を協力すれば良いんだ?」

「何をっていうか……私の望みは、言う事を聞いてくれればそれで良いんだ」

「望みとか、言う事を聞くとか、また曖昧な」


 その望みが何かを聞いているつもりだったのに、返ってきた答えはあやふやだ。

 俺のそんな気持ちが伝わったらしく、トライスは緩く首を振った。



「そうだね。あまり曖昧なことを言っても意味がない。単刀直入に言うね」



 それから彼女は、決意をした目つきになって、こう言った。





「総。私は今日、君を連れ去りたいと思ってここに来たんだ」



ここまで読んで下さってありがとうございます。


思った以上に書くのに時間がかかってしまいました。申し訳ありません。

次回更新予定はいつ、と指定できませんが、なるべく早く更新致します。

コメントの返信、少し遅れるかもしれませんがご了承ください。


※0225 誤字修正しました。

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