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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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一縷(1)



「悪い店員だね、君は」


 口調とは裏腹に、カウンターに座ったトライスはとても楽しそうに笑っていた。

 すっかり冷えきった店内で、日の光を映す月のような綺麗な白髪が輝いている。

 うっすらとだけ明かりを付けたイージーズの中には、俺とトライスの二人しかいない。


「いっつもいっつも、閉まっている店を自分の都合で開けたりして」

「仕方ないだろ。他に話をするところなんて……」

「確かに、この時間に空いている店なんて、女の子の店とかだしね」

「…………」


 まるでどこかで俺の選択を見ていたかのように言うトライス。

 返答に詰まっていると、悪ノリしたのか更に追撃をかけてくる。


「でも私ガールズバーとかキャバクラとか行った事ないし、興味はなきにしも?」

「勘弁しろよ。いや、別に行っても良いけどさ」

「だね。流石に久しぶりにあって『じゃ、ガールズバーでデートする?』みたいなのは、無いね」


 にしし、と行儀悪くカウンターに肘をつけ、両手で頬を抱えるように笑う彼女。

 そんな何気ない仕草も、俺の家で良く見たものだった。たまに伊吹は、何がそんなに嬉しいのかも分からない、幸せそうな笑みを浮かべた。

 俺は酔いと一緒に唾を呑み込んで、トライスに尋ねる。


「招いたのは俺だから、一杯作るぞ。何が良い?」

「サービス?」

「サービス」


 サービスだがタダではない。あとで俺の財布から一杯分出しておく。練習に使うならまだしも、人に飲ませるというのならば、払うのが道理だ。

 トライスはうーん、と相変わらず幸せそうに目を細め、棚を見ていた。


「……随分と、バーっぽくなったね」

「……まぁな」


 彼女の視線を追う。果実系、薬草系、特殊系のリキュールと滑って行く。色合いから味から様々な、飲む宝石の原石たちだ。

 以前トライスと会ったのは半年ほど前だが、彼女が店の中に入るのは一年ぶりくらいだろう。その頃に比べれば、ボトルの種類はとんと増えた。

 だが、大きな違いと言えば一つ。


 ウィスキー……いや『オールドポーション』が並んでいることだ。


 もちろん、地球の数限りない銘柄に比べれば、余りにも少ない。『ホワイトオーク』で作られた原酒──原ポーションをさまざまに変えて実験した数種類のみ。

 味わいと材料を見て、基準も満たさずに勝手に『バーボン』だの『アイラ』だのと言っているだけのまがい物。

 だけど、俺がこの世界で生み出した、大切なものだ。


「……それじゃ、その琥珀色のでオススメを」

「好みはございますか?」


『オールド』を彼女が選択したことに、少しだけ胸がざわめいた。

 俺はそんな心の揺れを隠すように、わざとバーテンダーらしい態度を気取る。俺の内心に気づいてか、なお揺さぶるようにトライスは言う。


「んー、私『デュワーズ』とか『ターキー』とか、あと『白州』とか結構好きなんですけど」

「……それ、は」

「あははー。意地悪な注文だったね」

「……いえ」


 俺はすかさず、彼女から視線を逸らして、棚の方を向いた。心臓は信じられないくらいにドクドクと脈打っている。

 今すぐに、トライスの肩を掴んで色々と問いただしたい衝動が湧いている。

 だが、俺はそれらを深呼吸でゆっくりと腹に沈め、一本に手を伸ばした。


「では、これを」

「……うん」


 俺がボトルをカウンターの上に置くと、トライスは慈しむように声を漏らす。

 なんの変哲もない瓶に、飾り気のないラベルだ。中の琥珀色がゆらゆらと穏やかに揺れている。


「……俺が作った、ポーションだ。俺の魔力から生まれた液体を、俺自身がブレンドした一本」

「マスターあらため、マスターブレンダーになったんだね」


 彼女の言葉におちょくるような響きはなかったが、それでも俺は否定した。


「そんな大層なもんじゃない。俺が作ったって言っても、一人で作ったわけでもない。色んな人に意見を聞いて、調整して、それで出来た一本なんだ」


 俺はバーテンダーであって、酒の生産者ではない。だから、同じ混ぜるという作業でも勝手は違う。

 ホワイトオークから貰った原酒を、自分の舌を信じて混ぜ合わせる。その試作品のうち、満足行くものを今度は人に試してもらう。

 この店に関わったたくさんの人の意見を反映して、ようやく満足の行くブレンデッドウィスキーが完成した。

 トライスは俺の言葉に、短く、しかし深く頷いた。


「……そう」

「是非、飲んでみて欲しい」


 俺は小さなチューリップ型のティスティンググラスを二つ用意する。

 清潔な布で軽く拭き、道具は出してないので目だけで30ml。丁度膨らんでいるところまでだ。

 チェイサーも用意して、俺は二つのグラスを、そっとトライスに差し出した。


「どうぞ、召し上がれ」


 差し出しながら、俺は自分が初めて『デュワーズ』を飲んだときのことを思い出していた。


 あの時とは何もかも違う。場所も年齢も、立場も違う。

 目の前で彼女がゆっくりとグラスに手を伸ばす様子が、眩しく見える。言葉にできない恐怖で、目を逸らしてしまいたくなる。だけど、目が離せない。

 もしかしたら、あの日の伊吹も、こんな気持ちだったのかもしれない。


 自分の好きな一杯を、誰かが初めて飲んでいる。

 絶対に美味しい確信があっても、その実、不安と恐怖が胸の中で渦巻いている。

 不味いと言われたら、と考えるだけで逃げ出したくなる。だけど、絶対に逃げたくない。

 飲んだ時の相手の顔を、しっかりとこの目にするまでは。


 軽くグラスを振って湧き立つ香りを楽しんでいたトライスが、すっと目を細める。

 そして、ゆっくりとグラスを傾け、彼女の白い喉がコクリとなった。

 それから、彼女は静かにグラスをカウンターに置く。

 彼女の口から出る言葉が、どちらなのか、俺はただひたすらに待つ。


 その静かな時間の末に、音が生まれる。


「……あ」


 だが、彼女から最初に出てきたものは、言葉ではなく一筋の涙だった。

 涙の粒が、小さくカウンターを叩いた。

 俺が彼女の涙に反応できずにいたところで、トライスは慌ててそれを拭い、謝る。


「あっ、ごめ。全然、大丈夫だから。美味しいから」

「そんな、あ、いや、そうじゃなくてその」


 彼女は言いつつ笑顔を向けてくる。それでも後から後から零れる涙は止まらない。あははと誤摩化すような声を出して、必死におしぼりでそれを拭う。

 泣き笑いのトライスを前に、俺は大学生だった自分に戻ったみたいだった。気の利いた言葉の一つも出せず、ただオロオロとするだけ。

 釣られて俺まで泣きそうになってしまう。


「ちょ、ちょっと変な顔しないでよ。バーテンダーでしょ」

「ば、そうだけど。今は仕事中じゃ、いやそうじゃなくてお前、何か嫌なあれ?」

「分かってるから! 大丈夫だから、そういうんじゃないから」


 お互い言いたい事がありすぎて、一つ一つ言葉にできない。結果として、意味の伝わる文章にはならない。

 それでも、悲しくて泣いているわけではないらしい。それを聞けて安心する。

 それなのに一向に止まる気配を見せないトライスの涙。俺が何をやっても意味はなさそうで、俺はただ彼女が落ち着くまでじっとその場で待つことにした。

 だが、そんな俺の態度が気に食わなかったのか、トライスは少しだけ唇を尖らせた。


「じっと見てないで、な、なんか喋ってよ」

「いや、でも」

「良いから! 会話をしよう。なにか喋ろう」


 会話をしようと言われても、目の前の女はこの調子では話すどころではない。だけど、俺が黙っているのでは満足しないらしい。

 営業の文句であれば、相手の言葉に合わせて返すだけで良い。だけど、相手が話せる状態でないのなら、こちらから話題を一方的に語るしかない。

 心情としては、何か面白いこと話せよと無茶ぶりされた気分だ。

 実を言えば、俺はそういうのが苦手だ。

 だが、トライスを前にしてわざわざ飾る自分が居る訳でもないか。詰まらない話でも、いくらでも聞かせてやろう。



 結局、彼女の涙が止まるまで、俺は最近起こった出来事がどうとかこうとかを、道化のように話し続けるのだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


更新、大分遅れてしまって申し訳ありません。

次回の更新は、一応明後日を予定しております。


※0215 誤字修正しました。

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