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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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あの頃の残滓(7)


 店の話を終えてしまえば、ヴェルムット家の食卓はまた活気を取り戻す。特に、普段はあまり酔っぱらわないライが、やや酔っているのが印象的だった。

 そんな彼女のテンションに合わせて、俺もありったけの話をした。彼女がまた暫くは不満を抱いたりしないように。

 あるいは、俺がただ彼女と話すのが楽しかっただけかもしれない。

 自分に妹が居たらこんな感じなだろうか。そう思うと、彼女に笑ってもらうのはとても嬉しいことだった。


 ライの作ってくれた夕食を平らげた後にも、オヤジさんが率先して、ちゃちゃっとツマミを作ってくれた。

 負けじと立ち上がったスイには、満場一致でチーズを切ってもらった。

 それをあてに、いつまでも食卓の明かりは灯り続ける。

 結局俺が帰ったのは、時計が天辺を回る少し前くらいだった。




 相変わらず、夜風は遠慮なく俺の体温を奪って行く。着ているコートをぎゅっと寄せて、俺はほうっと息を吐く。

 ヴェルムット家の面々に見送られて俺は一人で帰路についた。

 そうすると、楽しい時間では考えないようにしていたことが、どうしても頭に浮かぶ。


「月が、出てるな」


 オヤジさんに良く考えろと言われた企画のことだ。

 俺は今、カクテルをどうしたいのだろうか。

 ぼんやりと、スイに色々伝え忘れたことを今更思い出しながら、ぼんやりと昔のことを思い出していた。




 ──────




 誤解があるかもしれないが、バーテンダーは別に出勤ギリギリまで寝ているわけではない。

 もちろんそういう日もなくはないが、少し早く起きて色々なことをしている日の方が多い。

 話題作りの為に本を読んだり映画を見たり、不健康にならないように散歩でもしてみたり、趣味に没頭してみたり、それからカクテルの練習をしたり。

 まぁ、あえて言えば給料はそれほど多くはないので、お金を使わない生き方をしているかもしれない。


 バーテンダーは何か他にやりたい事がある、という人も多い。バーテンダーをしていない時間を、そういった方向に充てている人もまた多い。

 バンドを組んでいるとか、舞台俳優をしているとか、モデルの仕事があるとか、珍しいところでは小説を書いているなんて人もいる。

 独り立ちを目指している人も、他に何かやりたいことがある人も、共通している点は何か夢を持っていて目標がある所だろうか。

 目標があり、それに向かって努力する姿は美しい。そういう人の接客は、どこか魅力的に感じることが多かった。


 逆に言えば、なんの目的もなくバーテンダーをやっているという人は、覚えがない。

 そういう人はなんとなくでバーテンダーを始めて、なんとなくで辞めて行くのではないだろうか。だからあまり印象に残っていないのだ。


 そういう点で言えば、俺はどっちつかずの人間だった。

 夢と言えるほど、大きな何かがあるわけでもない。

 かといって、何も無いと言うほど、ふわりとした動機だったわけでもない。


 カクテルに執着し、カクテルに目的を見出し、そしてカクテルだけを支えにしている。

 バーテンダーの多くが、カクテル作りを接客の手段としている中、俺だけはその手段そのものが目的だった。

 目的地もなく、それでも過去を捨てられず。ただただ、見つかるかも分からない答えを探しているだけだったのだ。




 俺が休日に向かった場所は、何度も通っている馴染みの建物だった。

 俺の住んでいる大学近辺の最寄り駅から二駅ほど離れていて、駅に着いてからも少々歩く。電車だと来る度に電車賃を払うことになるので、俺はもっぱら自転車で来ていた。


 入り口のところには、俺が普段買わない、缶や瓶の発泡酒が並んでいた。手作り感のあるポップで値段が張り出されている。

 そこから少し目を逸らすと、レモンやライム、クランベリー、パイナップル、トマトなどのジュースが、必要な種類に応じて何種類も並べられていた。糖分の有無や果汁の比率など、それぞれのメーカーが用途に合わせて売っているのだ。

 そして入り口の向こう側、建物の中には、ここの比ではないほどの数の、お酒の詰まった瓶が並んでいるのが見て取れた。


 入り口から中に入ると、正面にスコッチの棚が見える。そちらを眺めている顔なじみの男性に俺は声をかけた。


「こんにちは、店長」

「ん? いらっしゃい夕霧君。一月ぶりくらいかな」

「どうも。ご無沙汰してます」


 店長は俺の顔を見て商売っぽくない、人懐こい笑顔を見せた。

 この店は、俺が始めて伊吹に連れられてきた酒屋だった。

 輸入酒を専門に取り扱っており、店頭販売の他に卸売りの仕事もしている。というか、そっちの方が本業なのだろう。

 俺が働き始めたバーも、酒の仕入れをこの店から行っていた。

 俺がメインで入っている店は系列の四号店なのであまり詳しくは知らないが、オーナーが一号店を開くその前の、他店での修業時代からこの店で仕入れを行っていたとか。


「今日はまた、少ない給料貢ぎに来てくれたの?」

「言い方悪いんですけど」

「ごめんごめん。若い子はあんまり来ないからね」


 それから店長は、ゆっくりしていってよ、と俺に声をかけ、整理作業に戻った。

 俺は彼の言葉に甘えつつ、じっくりと店内を見て回る。


 店にくる理由のほとんどは、近所のスーパーでは買えないような銘柄のウィスキーやリキュールを探してのことだ。

 ちょっと大きめのスーパーなら、メジャーな銘柄や簡単なリキュールは揃う。だが、少しマイナーな酒に足を踏み込むと途端に探すのが困難になる。

 とりわけ、ちょっと凝ったカクテルなんかだと、レシピ通りに作りたいと思ってもままならない。

 となると、こういう専門店に探しにこなければいけなくなるのだ。


 始めは、働いているバーに置いてあるメジャーなリキュール。次に、カクテルブックを読んで気になったレシピの材料。

 そうこうしているうちに、いつの間にか俺はすっかりこの店の常連になっていた。

 いや、それ以前にも、何度か足を運んだことは、あるのだが。


「ふーむ」


 とあるリキュールの棚の前で、俺は悩む。目の前にあるのは『パルフェタムール』だ。

 スミレの香りがする甘くて妖艶な紫色の液体。

 何に悩んでいるのかと言えば、その銘柄。

 働いているバーに置いてあるのと同じで、俺自身も味をイメージしやすい『いつもの』にするか。そこと同じくらいメジャーで、やや味わいの異なるものにするか。

 もっと冒険をして、まだ自分で買ったことのない他社のものに手を出すか。


 迷ったら全部と言える程、財布には余裕はない。

 かと言って、しっかり吟味しなければ成長もない。

 限られた時間と金で、その取捨選択を考える必要があるわけだ。


「なに迷ってんのよ」


 俺が買い物かごを片手に長考していると、店長が現れてそんな風に尋ねた。


「……最高の【ブルー・ムーン】が作りたくて」

「なにグルメ漫画みたいなこと言ってんだか。どれも同じだよ」

「それ酒屋の店長のセリフじゃないですよね」


 俺が軽いツッコミを入れると、店長は少し崩した感じの笑みを返す。


「作る人間の技術と、組み合わせでカクテルはどこまでも化けるんだから、終わりなんてないよ。なら、迷ったところでどれも一緒でしょ。そのボトルに合う組み合わせを探すだけ。技術や飲む人も含めてね」


 店長の言葉は、ちょっとだけ染みた。

 どれも違うんだから、どれかが最高というわけがない。できるのは、その個性にどれだけ合わせられるか。

 だから、今の俺なんかが悩んだところで、どれも一緒だと。


「……伊吹ちゃんだったら、とりあえずで選んじゃうんだろうけどね」


 店長の呟きは、俺に向けたもののようで、どこか独白するようでもあった。

 現に俺の返事を待つこともなく、どこか遠い目で言葉を繋げる。


「もっと良く考えたらって言っても──『だって全部美味しいんでしょ』なんて言って、どんなお酒だって笑って褒めるんだから」

「……知ってます」


 俺は、気を抜いた瞬間に吐き出しそうな何かを、意識して呑み込んだ。

 彼女と酒を選びに買い物に行った時も、いつもそうだった。

 俺だって決断は早い方だと思うが、伊吹は輪をかけて早かった。迷ったら、気分でパッと手を伸ばす。あまりの即決に、俺は迷っていたのだと文句を言えば、迷ったんならどれでも良いでしょと笑顔で返す。


 彼女の選んだ物に外れはなかった。もしかしたら、いくつかは口に合わないものもあったのかもしれない。だけど、伊吹と一緒に飲んだお酒で嫌な思い出は一つもなかった。

 しかし、今目の前にあるボトルを、勝手に選ぶ手はもうない。

 俺が、自分の手で、選ばないと何も進まない。

 やや感傷的になっていた俺に気づいたのか、店長は冗談めかした声を出した。


「だから、店長としては迷ったら全部とかどうかなって」

「それ最初に却下した案ですから」


 俺がそうやって苦笑いを返すと、店長も困ったように笑い、棚の整理を始めた。

 俺はもう一度ボトルに向き合う。そして結局は、慣れ親しんだいつものボトルを選んだ。



 もし伊吹がここに居たら、『いつもと同じなんてつまらない』とダメ出しをしていたかもしれない。そんなことを考えた。



※0128 活動報告のコメント欄にて頂いたご質問に関しましては、また改めて回答致します。少々お待ちいただけると幸いです。

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