テーブルカクテルキャンペーン実験(1)
【オペレーター】というカクテルの由来は、その昔、飛行機の操縦士や通信士の間で流行したからだと言われている。
白ワインをジンジャーエールで割った手軽なカクテルで、度数も低くすぐ酔いが醒めるから良いのだとか。
とはいえ、本当に飲酒しながら仕事していたとは思えないので、話半分だ。仮に本当だとしたら、レモンを絞る手間をかけるとも思えないし。
とにかく、俺として肝心なことは、この『カクテル』が非常に作り易いことである。
「え、作るの? 私が?」
「そうそう」
「む、無理だよ!」
俺にカクテル作成を提案されたライは、試しても居ないのに怖じ気づいて遠慮した。
「無理ってなんでだよ。簡単だって見れば分かるだろ」
「でも、ほら、それって総の仕事というか」
「そりゃ、そうだけど」
それを今持ち出されるのは何か。職務怠慢と言いたいのだろうか。
ライは何故か、変に意固地になって辞退する方針だった。となると、矛先を変えてみるのも良いか。
恐らく、この展開の意味を何となく察しているだろうノイネに、話を振ってみた。
「ではノイネさんはどうですか?」
「……ふむ。分かりました。では、白ワインとソーダでも混ぜてみますか」
ノイネは俺の求めに応じて、素直に手を伸ばしてくれた。
しかも、俺の出したボトルの意味を察して【オペレーター】以外の組み合わせだ。
俺は彼女に空のグラス、そして白ワインとソーダのボトルを手渡す。ノイネは流石カクテルの修業も積んでいるだけあって、馴れた手つきでグラスに液体を注いで行く。
出来上がったのは【スプリッツァー】と呼ばれる白ワインベースのカクテルだ。
「まあまあでしょうか。スイはどうですか?」
「……ん、私は。総。赤ワインとコーラ」
ノイネは俺に協力するような形で、自然とスイに話題を投げてくれた。スイもまた、何かを察したように、あえてそれまでにない組み合わせを選ぶ。
赤ワインとコーラの組み合わせは【カリモーチョ】または【ディアブロ・ブラッド】と呼ばれるカクテルになる。
俺は彼女にも、グラスとボトルを差し出す。
スイは少しの逡巡を挟んでから、それらを注いだ。馴れない手つき故か、あるいは欲張りすぎたのか、コーラの炭酸がグラスから零れそうになる。
「わっわっ」
そして、スイはその溢れそうな泡に、慌てて口を付け啜った。
行儀の悪い子供っぽい態度が変に可愛くて、ライを除いた周囲の人間が笑いそうになった。
スイはちょっと顔を赤くして、そして何故か俺だけを睨みつける。
「総! お父さんにも早く!」
「はいはい」
スイの視線に応えて俺はオヤジさんにも尋ねた。
「で、オヤジさんは?」
「なんでもいい」
「いや、この場でそれは」
「なんでもいい」
言葉とは裏腹に、彼は俺を試すように繰り返す。こういう場合にどうするんだと。
俺は少し悩んでから、わざわざ困らせるようなことを言ってきた迷惑な客なので、なみなみとコーラを注いでやった。
「あ、このやろ!」
「なんでも良いんですよね?」
「っああもう! 赤ワインだけで良い!」
「かしこまりました」
オヤジさんの注文が改めて入ったところで、俺は空のグラスを差し出す。ボトルはスイの手元にあるので、スイから直接渡してもらう。
コーラの入ったグラスは、やや不本意ながら俺の飲み物だ。
「で、ライは?」
俺達の一連のやり取りを見て、ライも観念したようだった。
どうやら俺のやって欲しいことも、理解できたらしい。
「分かったよ。ボトルちょうだい」
観念した様子のライに、満面の笑みで俺はジンジャーエールを差し出す。白ワインは、ノイネの所から渡された。
それを前にして、ライはおっかなびっくり俺に尋ねる。
「最初は、どっち?」
「一般的には白ワインからかな」
「わ、分かった」
バー部門ができてもしばらくはエールをグラスに注いでいた筈なのだが、ライはそれを感じさせないこわごわした様子でグラスにワインを注ぐ。
それから、静かにジンジャーエールも注いだ。
スイのように大雑把にせず、静かに垂らすように入れれば泡立つことはない。とはいえ、慎重過ぎると上手く混ざらないこともあるのだが、見ている限りは大丈夫だろう。
そして、この場に居る五人全員にグラスが行き渡ったところで、俺は率先して言う。
「じゃ、改めて。ライの世にも素晴らしい料理に乾杯ってことで」
「恥ずかしいこと言わないでよぉ!」
ライが言葉通り恥ずかしそうに言ってくるが、俺達は無視して「乾杯」と声を揃えた。そして、思い思いの液体の入ったグラスを傾ける。
俺の都合で食事が止められていたテーブルで、再び料理に手が伸びる。俺も自分の席に戻ってから食事を再開した。
少し口を動かし、喉を潤してからライが聞いてきた。
「で、総はいったい何がしたいの?」
「最初に言っただろ、ライに自分で作ってみて欲しかったんだよ」
「なんで?」
理由をこの場で尋ねられて、なんと説明したら良いか迷う。
少し考えてから、その解答はちょっと先延ばしにすることにした。
「ま、それはおいおい。で、ライは自分で作ってみて、どう?」
「どうって?」
「美味しい?」
尋ねられたライは、少しだけ難しそうな顔をした。
「多分、美味しい、のかな?」
「多分て」
ライの曖昧な感想に苦笑いをこぼしかける。
が、ライは俺が馬鹿にしたように見えたのか、少し唇を尖らせた。
「だって、その、総が作った方が、やっぱり美味しいと思ったんだもん」
「それは、ありがたき幸せにございます」
「何そのかしこまった言い方!」
今度ははっきりと俺を刺してくるが、俺の照れ隠しだと察してもいるようだ。
ちらりと食卓を気にすれば、ノイネやスイも説明を聞きたそうに俺とライの会話を聞いていた。
俺はそろそろ説明どきかと、かしこまった態度を崩して説明した。
オヤジさんと考えていた企画の一つが、このテーブルカクテルキャンペーンだ。
具体的に何かと言えば、テーブルの上でお客さん自身に、自分の手でカクテルを作ってもらうという、ただそれだけである。
もちろん、本当にそれだけではバーテンダーの職務怠慢。
であるので、お客さんにもメリットのある話なのだ。
まず、料金の設定。
店では基本、炭酸飲料やワインはグラスごとに銅貨一枚の値段を設定している。それがこのキャンペーンでは、ワインのミニボトル二本と炭酸飲料のボトル三本セットで銅貨八枚。キャンペーン利用中のボトルのおかわりで銅貨一枚。
俺の感覚では、キャンペーンの値段は四千円といったところ。
ボトルはそれぞれ三杯、二杯分になるので、普通に頼むよりも、だいぶ割安になっている。
で、このキャンペーンの趣旨はいくつかある。
一つは、俺とオヤジさんが頭を悩ませていたお酒と料理の組み合わせの話だ。
その組み合わせの探求の一部を、お客さんに委ねてみてはどうかというのだ。
その為に用意するのが、オヤジさんの作る洋風料理と基本的に相性が良いワイン、そして炭酸飲料である。
とりわけ炭酸飲料は、カクテルと並んでイージーズでお客さんが気にする飲料のトップである。それが格安で頼めるとあらば、頼んでみる人も多かろう。
お客さんの生の声をフィードバックする形で、お酒と料理の相性についての知識を集めようという狙いだ。
それに加えて、実際にカクテルを作ってもらうことで、そのものに親しみを持ってもらう狙いもある。
先に述べたように、テーブル席でのカクテルの注文はカウンターに比べて大分少ない。
今のイージーズでは、テーブル席とカクテルを作るカウンターが物理的に遠い故に、カクテルに対する距離も遠くなっている気がするのだ。
常連さんとして何回も来てくれている人はそうでもないが、一見さんはカクテルの注文を遠慮する傾向が強い。
カクテルに対する心理的な距離と、カウンターまでの物理的な距離の二つが理由として考えられる。
そこで、実際にテーブルで、自分で作ってもらうことで、その二つを一挙に解決してしまうのはどうだと考えたわけだ。
と、主な狙いはこの二つである。
「もちろん、それに伴うデメリットもあるだろうし、そういうのの見直しを含めて、感想を貰えればと思ってさ」
説明を終えて、俺は改めて女性陣の反応を見守った。
彼女達は、それぞれが思う所ありそうに考え込んでいたが、まず初めにライが顔を上げた。
「つまり、私がこれをされてどう思ったとか、そういうのを素直に言えば良いわけ?」
「その通り。勝手にやっといてなんだけど、実験に付き合ってもらっても良いかな」
俺は少し、自信なさげにライの反応を窺ってしまう。
そんな俺を、ライは盛大に笑った。
「今更だし! カクテルバカに一々文句言ってたら、店が回んないよ」
「お、おう」
「だから、協力してあげますとも」
ライは仕方ないと口では言うが、表情はもっと柔らかだ。
俺に頼りにされて、少し嬉しいと思っているようにも見えた。そんなに俺は、普段人に頼らないで生きているのだろうか。
「それでスイとノイネさんは?」
「私も今更。だいたい、総のやりたいことに口出しする気はないよ」
「そうですね。私はそもそも店の関係者ではないですし。居候として協力しましょう」
スイとノイネも、それぞれの言葉で実験に協力する旨を伝えてくれた。
というわけで、ただの食事の場だったここで、突発的なキャンペーンの実験が行われることになったのであった。
いや、ボトルを用意してきてる時点で、俺は最初から巻き込む気満々だったけど。
※0119 表現を少し修正しました。
※0125 表現を少し修正しました。




