【オペレーター】
「食べ終わってからじゃ駄目なのー?」
俺が料理のお礼にカクテルを作りたいと告げると、ライは不満げに言った。
「まあまあ、すぐ済むし、食べ終わってからじゃ意味がないんだよ」
「意味って?」
「料理に合うカクテルを作ろうかなって」
俺の答えを聞いたライは、少し悩んだ顔をしつつ引き下がった。というわけで、俺は大手を振ってカクテル作りに取りかかれるというわけだ。
しかし、今回の俺は特別に凝ったカクテルを作るつもりはないのだ。
更に言うと、俺が作る、という点にもあまり重点を置くつもりも、ない。
料理とお酒は昔から切っても切れない関係にある。
この辺りについては、ワインや日本酒といった昔から親しまれてきたお酒が、より明るいだろう。
それらのお酒をイメージしたとき、側に置いてあるイメージができる料理が大体美味しい組み合わせなのである。ワインにチーズ、日本酒に漬け物などだ。
もちろん、お酒や料理の種類によって一概には言えないが、傾向は似る。
だが、俺がもともと働いていた日本の店はショット・バーだったので、食べ物は基本的に乾き物しかなかった。
ここで言う乾き物とは、ナッツやジャーキー、チョコレートなどの乾燥した食べ物。ついでにそれらは、特にウィスキーなどの蒸留酒に合う。というのは俺の勝手な感想。
しかし、今働いている店はダイニング・バーの形式だ。お酒と一緒に料理を出す──というよりも、常連さんからすれば料理のついでにお酒が頼めるといったところか。
それ故に、俺が頭を悩ませているのは、それぞれの料理に合うカクテルの紹介だ。
これにはオヤジさんも同様の悩みを抱えていた。
俺が来るまでイージーズは、エールと質の悪い蒸留酒が申し訳程度に置いてあるだけだった。基本的に客はエールしか頼まないし、それで店が回っていた。
だが、今現在は内部にバーカウンターが出来て、酒に大きな力が入っている。
にも関わらず、俺とオヤジさん双方に、料理とお酒の組み合わせの知識が不足していた。カクテルしか知らない人間と、料理しかしてこなかった二人だ。
なんとなくで良いならば答えられる。だが、自信を持って答えるには経験不足なのだ。
その結果何が起こっているのかと言えば、カウンターのお客さんはカクテルメインで、そしてテーブル席のお客さんは料理メインで頼むスタイルが固まりつつある。
売り上げ的な面で言えば、双方共に下がっているわけではない。基本的には、相乗効果で上がりはしても下がることはない。
だが、この辺りの組み合わせをもっと考えられれば、売り上げは更に伸びるし、よりお客さんに飲食を楽しんでもらえる筈なのだ。
というので、俺とオヤジさんが中心になり、色々と考えていた案がある。今回はこの場をテストケースとして利用させて貰おうと思った。
勝手知ったるヴェルムット家の台所脇から、赤と白、二本のワインのボトルを取る。調理用兼家飲み用の、安めのワインだ。
それらを手に食卓まで戻ったら、人数分のグラスを用意した。ワイングラスではなく、細長いグラス。いつものカクテルに使うコリンズグラスに比べれば一回り小さいか。
「なに? カクテル作るんじゃなかったの?」
ワインを持って現れた俺に対し、ライががっかりした表情。
だが、俺はそんな彼女に首を振って否定を示す。
「違う違う。最後にこれらを使うんだよ」
言いながら、俺は腰に付けてあるポーチに手を伸ばした。
ポーチの中には、俺が今日の為に用意してきた弾薬が入っている。その内の三つを手始めに取り出し、唱える。
《生命の波、古の意図、我定めるは現世の姿なり》
俺の詠唱に応えて、三つの弾薬はそれぞれが元のボトルへと戻った。
一つは純粋な炭酸水。一つはジンジャーエール。そして最後の一つはコーラだ。
「さて、赤ワインと白ワインどっちが良いかな?」
俺はまず、ライに対して尋ねた。
俺の行動にライは怪訝な顔をしている。スイとノイネは様子を窺っている。
オヤジさんだけは俺のやろうとしている事が分かったみたいで、ふむと頷いていた。
ライは暫く悩んだようだが、俺の意図を読むのは諦めた顔で言った。
「……なんか分かんないけど、じゃあ、白ワイン」
「かしこまりました。お味はどう致します?」
「えー、甘いのとか?」
ふむふむ、と頷いて俺は最初にジンジャーエールを使うことに決めた。
グラス一つを選び、四分の一ほどを白ワインで満たす。そして、もう四分の一ほどのジンジャーエールを注いだ。合わせて、グラスの半分ほどの量だ。
白ワインの持つうっすらと黄色かかった色に、ジンジャーの仄かに琥珀っぽい色が混ざり、淡く温かな色へと変化している。
レシピに忠実であれば、レモンジュースも1tspほど加えるのだが、今回は実験もあるので、あえてしない。
そのグラス半分のカクテルを、そっとライに差し出して名前を告げた。
「お待たせしました。【オペレーター】です」
満面の営業スマイルを浮かべつつ、ちらり、とライの様子を窺う。
俺の思惑通りに、グラス半分しかないカクテルに、ライは不満の表情を見せている。
「なんか、少なくない?」
「ま、良いから良いから」
予想されていた文句を、俺はまま、と受け流す。
ライはまだ何かを疑いつつ、俺に促されるようにしてその手を伸ばした。
──────
(また、なにか変なことを考えてる)
ライは青年の作った笑顔の裏に、隠せないニヤニヤの気配を敏感に感じ取っていた。
どれだけ表面が綺麗な笑顔だろうと、付き合いが長ければ分かるのだ。総が何か企んでいることくらいは。
しかし、それが分かったところで、目の前に出された一杯を飲まない理由にはならない。
「いただきます」
昔はあれだけ疑った筈のカクテルを、ライは躊躇い無く手に取る。そして思う。
そういえば、ワインを使ったカクテルは珍しいな、と。
総は何か思うところがあるようで、店ではワインとビールを使ったカクテルをあまり出さない。常連に頼まれれば断らないが、用意してあること自体を、あまり宣伝する気がないらしい。カクテルはお酒だと常々言っているくせに、だ。
それが今日はあっさりとワインを持ってきたから、ライは少し不思議に思った。
(何か、変わったことでもあるのかな)
そんなことを頭の隅に、ライはグラスを口元に寄せる。鼻へと抜けて行く生姜の香りに、白ワインの酒精が混じってほんわかと頭に熱がこもる。
するりと、ライは一口含んだ。ワインと混ざり合ったことで穏やかになったジンジャーエールの炭酸が、心地よく舌を叩く。
そのまま、じんわりとした刺激が口の中に広がって行くのを、心地よく感じた。
総と一緒に働いていて多少慣れたとはいえ、ライは強い炭酸がやや苦手だった。そんな彼女が、問題無く楽しめる程度の強さに思えた。
その炭酸の印象から間を置く事なく、緩やかに広がって行ったのはジンジャーエールの優しい甘さだ。
甘辛い印象のジンジャーエールだが、白ワインのフルーティな酸味と交わることで、ふわりと辛い刺激が包まれ、仄かに広がって行くのは甘やかな風味。
スーっと舌の上を駆け抜けていくその印象に、ふふ、とライの頬は緩む。
特に強い抵抗も感じることはなく、液体は喉を滑って行く。飲んだあとに、口の中でふわっと生姜らしい香りが広がった。
全体的な印象は、甘い炭酸白ワイン、またはすっきりとしたジンジャーエール。どちらととっても良いが、飲みやすいというのは変わりない。
姉や父と違って、あまり通好みの酒やカクテルが飲めないライにとっては、実に安心できる甘さである。
エールの美味さという奴にまるで共感できないライにとっても、頷ける味だ。
「うん。美味しいと思うよ」
「お、そうかそうか」
ライは素直に感想を述べた。述べてからふと思い、固まった。
自分は総に感想をあれだけ求めたのに、自分の出す感想はそれで良いのかと。
「どうかしたか?」
「う、ううん!」
ライの感想に嬉しそうにしていた総が、無言になったライに心配そうに声をかけた。
それを誤魔化すように、ライはまたグラスを呷る。今度は味わうようにではなく、ゴクゴクと。
流石に、そうやって飲むとお腹へと落ちて行くアルコールを強く感じるが、悪くはない。
しかし、そうするとすぐに、グラスは空になってしまうのだった。
──────
「……あ」
ライが勢い良くグラスを傾けたので、予め少量であったカクテルはすぐに尽きた。
ライは空になったグラスを覗き込み、切なそうに声を漏らす。
そんな様子を見て、俺はここぞと話しかけた。
「なあ、ライ」
「な、なに!?」
「い、いや、なんでそんなに焦るんだ?」
俺の問いかけに何故か過剰反応を示すライ。彼女は俺の様子を窺うように目をパチパチさせるが、俺の戸惑っている様子を見てほっと胸をなで下ろす。
まぁ、ライの挙動不審は置いといて、俺は最初に考えていた提案をここでする。
オヤジさんと話していた、料理とお酒の盛り上げ案その一。
「無くなっちゃったそのカクテル、今度は自分で作ってみないか?」
お店で簡単なカクテル作り体験である。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
相変わらず遅れてしまって申し訳ありません。
また、作者は料理についての知識や組み合わせについての知識などが不足しています。
何か的外れなことを言っていたら、さりげなくご指摘やアドバイスなど頂けると幸いです。
次の更新はできれば明日(もう今日ですね……)行いたいと思います。
※0125 誤字修正しました。




