とある休日の話(15)
「それじゃ、召し上がれ!」
ライの掛け声に合わせて、俺達はそろって料理に手を伸ばした。
並んでいる料理名については、良くは分からない。
具沢山のオムレツっぽい料理に、香ばしい香りのチーズパイ風料理。サラダの類とトマト系のスープ。それと木の実を使ったケーキのようなものだ。
基本的に、この時期から冬にかけては新鮮な食材の出回る量が減る。となると、ここに並んでいるのは今年最後と言っても良い豪勢な食事だろうか。
なにより、デザートのケーキを除いて、火を使う料理は全て温かいのが凄い。調理法から何から違う料理を、ほとんど同時に完成させたライの手腕は中々だ。
と、いつまでも見た目の感想を言っていても仕方が無い。俺は自身の取り皿に取った卵料理を口に含む。ふわりとした食感と、ホクホクの野菜。そして適度な塩気が良い。
「おぉっ、美味いっ!」
本心を包み隠さずに口に出せば、じっと俺を見ていたライが声を弾ませる。
「ふふっ! でしょう!」
にっと嬉しそうな顔で、どうだと言わんばかりに笑うライ。
そんな彼女の素直な表情の変化に、俺はうんと頷く。
彼女の笑顔に応えるように、俺はその他の料理にも手を伸ばす。焼き加減や味付けなど、どれもバランスが良い。それぞれで調和が取れている。
最高に美味い一品、というよりは、全体的にまとまった一机。オヤジさん譲りの技術もあるのだから、不味い筈がない。
俺はぱっと浮かんできた感想を口にしようと思った。
「ああ、本当にライは──」
「ストップ!」
と、俺の言葉を彼女はムッとした表情で遮った。
それから、その場にいるヴェルムット家の皆に目配せをする。一同は呆れた顔で、うんと頷いていた。
「……なんだよ」
「はい問題です。総が『本当にライは──』のあとに続けようと思った言葉はなんでしょう」
その問いは、俺以外の全員に向けられ、三人は考える時間も無しに答えた。
「良いお嫁さんになる」
「良いお嫁さんになる」
「良いお嫁さんになる」
…………。
スイはほとんど無表情。オヤジさんは、額を僅かにヒクヒク。そしてノイネは呆れたように眉を寄せている。
ライはその解答を確認してから、俺に聞いた。
「で、総、答えは」
「…………なんもいえねえ」
「総は、ほんとさぁ?」
ライのため息に応えられず、俺は粛々と取り皿の料理を口に運ぶ。
いや、でも、本当に美味しいし、手際も良いし、料理以外の家事だってなんでも出来る。さらに明るいし、元気だし、おまけに可愛い。
こんだけ揃ってれば、良いお嫁さんになる、んじゃないかな?
と、半自動的に動く俺の口を擁護しながら、サラダの皿にフォークを伸ばす。
その皿はライに下げられ、フォークは虚しく空を切った。
「……あの、ライ?」
「総。ちゃんと自分の言葉で褒めるまで食べるの禁止」
「……ええ」
ニコニコとした笑顔のライだが、こういうところは姉妹で似ていると思う。
気に入らないことがあると、譲らないのである。
しかし、そうこうしている内にも目の前の美味しそうな料理は消えて行く。スイとノイネが良くサラダを食べるので、野菜の消費が激しい。
ていうか! なんで俺だけ感想言わないと食べられないんですか!
「ちゃんと美味しいって言ったじゃん」
「バーテンダーなんだから、美味しいだけじゃなくて、ちゃんと説明してよ」
「バーテンダーは食レポなんてしないだろ……」
俺の軽い抗議は当然のごとく聞き流されてしまった。
仕方なく、俺は人数分に分けられている唯一の料理であるトマトスープを口に含む。幸いなことに、スープは飲み物なのでほんの少しだけ管轄内だ。
気をつけないと火傷してしまいそうな液体を舌の上で転がし、人参やジャガイモといった根菜系の具材を噛み、呑み込む。
「口に含んだ瞬間のトマトの酸味が心地よいですね。空腹を訴えるお腹に、程よく刺激を与えつつ、濃すぎない絶妙な味わいです。ブイヨンの塩気も感じられるからそれだけでも飲めるし、他の料理と合わせても、味を殺し切らない絶妙の薄味です。具材の種類も豊富で、健康にまで気を使っていることも分かりますね。そんなことまで考えられるライは、将来良いお嫁さんになるんだろうなぁ、と思いました」
ひとまず浮かんでくる感想を、慇懃にまとめて口にした。意趣返しに、最後はまたお嫁さんで締めてやったぜ。
言葉を受けて少しキョトンとしているライに向かって、ニッ笑う。
「てなわけで、決して根拠無く言っているわけではなく、それらを集約した結果の『良いお嫁さんになる』だってことが分かって、もらえ……?」
途中で、語気が弱くなってしまう。
だって、俺は思っていた。目の前のライが、俺に言いくるめられて悔しそうにしていると。だけど違った。
結構真剣に、かぁっと顔を赤くして、恥ずかしそうに目を伏せていた。
「……もらえ、たり、しないかな、とかね?」
「そ、そう」
「食べていい?」
「ん」
ライは、短くそれだけを言った。俺が恐る恐るサラダに手を伸ばしても、ライが皿を下げることはない。
が、伸ばした俺の手首のスレスレのところに、フォークが突き刺さった。
あまりに速すぎて、ダンという音が遅れて聞こえてきた気がした。
「……あの、オヤジさん、皿、外してますよ」
「すまねえな。うっかりしてたよ」
こええよ! 俺なにも悪い事してないよ!
でもアレですね。娘さん口説いたように見えましたよね。すみませんでした。
オヤジさんは俺に一睨みを入れたあとに、改めてサラダを取っていく。
「もうっ! お父さん、行儀悪いよ!」
「ああ」
その様子を一部始終見ていたライが、メッと言った感じにオヤジさんを嗜めていた。
随分と軽い嗜め方なんだけど。一応俺、手首貫通されかかったんだけど。
俺が恐る恐る手を下げようとしたところで、更にスイがぼそりと言った。
「……私だって、料理くらい、できるし」
「…………」
なにこれ、何も言いたくない。俺が肯定しても否定しても面倒なことになりそう。
もちろん、スイが料理を作ることが可能かと問われれば、可能だろう。
事実、彼女の技術に問題はない。料理は化学実験と同じだ。分量と手順を間違えなければ失敗はしない。
だが、実験と同じように、データの予測ができないことをすれば、何が起こるか分からない。
そして、スイは新しい何かを積極的に追及するタイプの実験家だ。
俺が安易に肯定して、実験を繰り返されては困る。しかし、否定することで意固地になり、実験を繰り返されるのも困る。あれ、どっちにしても詰んでるなこれ。
「……スイには、スイの良い所があると思うよ」
その結果、当たり障りのない言葉で流してしまうのが最善と判断した。が、今のスイはそれに流されてくれる気がないらしい。
迂闊な発言をした俺に視線を向けてきて、問いつめる口調で言ってくる。
「具体的には?」
具体的にって、この食事の場で聞く事……か?
「……その、俺のカクテルとか、美味しそうに飲んでくれるし?」
そして一番に出たのがソレであった。
お前、アホかよ。誰もそんなこと聞いてねえよ。と、脳内で自分に突っ込む。
なんとか取り繕おうと思っては見るのだが、咄嗟のひと言故に上手いフォローの仕方が浮かんでこない。
そんなテーブルの空気が嫌になったのだろう。その場に居て傍観者を気取っていたノイネが、大きなため息を吐くのが見えた。
「スイ。この男の発言に大きな意味はないでしょう。あなたも子供みたいに」
「……わかってるし」
どうやら、ノイネに助け舟を出されたらしい。
俺はホッと一息を吐く。これ以上続けていたら恥の上塗りになっていた。
ほんと、店のお客さんを喜ばせるのと、親しい微妙な間柄の女の子を喜ばせるのは、文法が違い過ぎる。
こういう場面での立ち回りを、誰かに教えて貰えれば良いのだが。
「お姉ちゃんも、変なアレンジ入れないで普通に作れば良いのに」
「変なアレンジじゃなくて、試してみることに価値があるの」
「常識で考えてよ……料理は進歩を求めているんじゃなくて、美味しさを求めてるんだってば……」
視界の端で、俺から意識を外した姉妹が仲良く言い合いをしていた。
さっきまでの深刻そうな表情は二人にはなくて、俺は情けないが、とてもホッとしていた。
ふと、二人は俺が見ていることに気付く。
ライはにへっと照れたように笑い、スイはぷいっとそっぽを向いたのだった。
そんな姉妹を見ながら、俺は頭で次のことを考え始めていた。
ライにこんな料理を作ってもらった以上、お返しに何かを作らなければ、と。
※0118 誤字修正しました。




