とある休日の話(13)
実際に自分で漬け込んでみると分りやすいのだが、時間による味の変化が緩やかな蒸留酒と違って、果実酒は急速に味が変わる。
そもそも、漬け込んで半年から一年程度で飲めるようになるものが多いのだから当然だ。
しかし、半年で飲めるようになるとは言っても、飲み頃と呼ばれる時期はまた違う。
実際に、半年のものと一年半のものを飲み比べてみれば差は歴然だ。
漬けて半年くらいだと、ようやく漬け込んだモノの味わいが出たくらい。全体的に荒々しく刺々しい。色も漬け込んだ元の酒の持つ、透明感が強い場合が多い。
そこに一年重ねると、染み出した味が酒と馴染み、洗練されているのが分かった。
きつい香りやエグみなどは穏やかになる傾向がある。素材の味そのものは薄れてしまうのかもしれないが、時間を置いたほうが断然酒として上等に思えた。
個人的な感想を言えば、素材の持つ甘さも時間を置いたほうが引き立つだろうか。
「って、まだまだ、なんでこんな感想しか出ませんけど」
ノイネに飲み比べての感想を求められ、拙い言葉で俺なりに違いをまとめてみた。
今飲んだものの大半は薬草系の酒なので、苦かったり酸っぱかったり、エグかったりとバリエーションに富んでいた。
が、あえて総評するならば冒頭だ。果実酒にしたって同じだろう。基本的にこういった系統は漬け込んだ日数が長いほど美味しいのだ。
「まあ良いでしょう。スイの珍妙な感想に比べれば天と地です」
「…………」
ノイネは及第点、という顔をして頷いた。
その隣で、スイは何か言いたそうな顔をしつつ何も言えないでいた。
現在地は、ヴェルムット家の地下──ではなく、居間だ。地下に篭って作業をしていたほうが効率的なのは分かるが、多少面倒でも瓶を持ってきて居間で作業した。
ノイネの指示のもとに一口含んでは感想、という繰り返し。俺が感想を述べる度にノイネは頷いたり唸ったりしていた。
こと薬酒に関しては俺よりも明らかにノイネの方が舌は鋭いと思ったのだが、自分の凝り固まった感想ではなく、新鮮な感想が欲しいらしい。
エルフは変化をあまり好まないらしいのだが、そういう面ではノイネも変わり者なのだろう。
俺は一口含む度に自分なりの語句で、ときたま『昔食べたガムの味』とか伝わらない感想になりつつ懸命に説明した。
その横でスイもまた味見をしていたのだが、彼女の感想はひと味違った。
まず、基本的に何を飲んでも美味しいとしか言わない。まぁ、これは分かっていたことだ。今更驚くことではない。
で、突っ込んで聞けば、苦いとか酸っぱいとか、味を認識できていることまでは分かった。
その先で、どういう風に苦いとか、酸っぱいとか聞くと、差が生まれる。
普通、人間が酸っぱさを表現しようとすれば、柑橘っぽいとか、酢っぽいとか、自分の知る酸味を使って表現しようとする。
しかしスイは『ミャサシシって感じ』とか『メショッスって感じ』とか、まるで理解のできない単語で味を表現してくれるのだ。
これには俺やノイネ、オヤジさんですら呆れを通り越して感心した。
確かに、俺もこの世界に来て、とても自分の語彙では説明できない食べ物に当たったこともある。そんな時には、そういう表現を使わざるを得ない。
だが、なんでもかんでも自分のみが分かる表現を使うのは、どうかと思う。
「しかしスイ。お前はいったい頭のどこからあんな言葉が出てくるんだ」
「頭のどこって、感想を正直に言えって言うから、普通に」
俺達の驚愕を受けて、スイは不満げである。彼女からすれば、わざわざ乞われて感想を言ったのにこんな反応なのだから、気持ちは分からないでもない。
いや、正確には自分から参加した気はするが、まあ置いておこう。
ともあれ、正直に言った結果がアレだとしたら、やはり俺はスイを甘く見ていた。
今まで味音痴だからとあまり突っ込んでこなかったが、彼女の中には、俺などは及び知らない宇宙が広がっているのだ。
俺は気持ちを落ち着かせようと、居間のテーブルに並ぶグラスの一つに手を伸ばした。
ほんのりと黄色かかった透明の液体は、漬け込んで半年程度の若い薬酒だ。
「これは、えっと」
「『マンネンロウ』です」
ノイネの『さっき教えたでしょう』という視線に苦笑いをして、俺はグラスを口元に寄せる。
途端、濃厚なハーブティーのような強い香りが鼻をくすぐった。華やかで、少しだけツンとくるようなあの感覚である。
するりと一口含めば、香りの印象とさして変わらぬ強いハーブの味わい。全体的に甘い印象なのは、香りの影響だろう。本来の味は、漬け込んだ蒸留酒のものとほぼ変わらない。
だというのに、鼻から抜けて行く濃厚なハーブ感は、元の酒を感じさせない。人間は口だけでなく、五感を使って飲み物の印象を決めているのだと実感する。
どこかで嗅いだことのある香りだ。『マンネンロウ』という名前には心当たりはないが、きっと知っている花だ。後で、図書館に調べに行くとしようか。
するりと喉を通し、焼ける感触に蒸留酒の度数の高さを実感する。
「……やっぱり、そのまま飲む感じではないんですよね」
当たり前の話だが、ハーブティーがお湯で味わいを抽出しているとしたら、こちらは酒で抽出しているのだ。量や期間にもよるが、お茶よりも強力なのも頷ける。
俺の呟きに、ノイネが合わせた。
「そうですね。基本はお湯で薄めたり、甘味に混ぜたり、または香油のように香りを付けるのにも使えますね」
「飲まないんですか?」
「香りだけでも、効果はありますから」
リラックス効果の云々と言われれば、そのような気はする。が、これまでの生活で、あまりアロマとかを気にしたことが無いので意外だった。
俺はグラスをそっと置いて、スイを見た。
スイは不機嫌そうにしつつも、俺に急に見つめられて戸惑う。
「……なに?」
「いや、これは『ファロンマって感じ』の味なんだなぁって」
「馬鹿にしてるよね」
「いやむしろ天才だと思ってる」
俺の単語をスイは皮肉と取ったようだった。
苛立ったように鼻から息を吐き、ぷいっと顔を背けて、こぼす。
「もう良いし、別に、ふん」
拗ねた。
スイにしては珍しく、本当に子供っぽく拗ねた。そんな彼女の態度を見て、俺は久しぶりに、彼女がまだ二十歳に満たない少女なのだと思い出した。
もちろん、この国では成人なのだが、それでも彼女が年相応の態度を取るのはまれだ。
そう思って周りを見れば、そうなのだ。ここに居るのはオヤジさん、そしてノイネと彼女が心を許せる年上ばかり。俺をそこに含めるかは微妙なライン。
そんな子供っぽい彼女を見てしまうと、俺達は少しだけニヤニヤしてしまい、それに気付いたスイがさらに機嫌を損ねる。
この場所に居たくないとでも思ったように、立ち上がりピシャリと言った。
「……良い。私はライの手伝いでもしてくるから」
「ちょっと待てスイ!」
誰よりも率先してそう叫んだのはオヤジさんであった。
さっきまで幸せそうに娘の様子を見ていた、とは思えない青ざめっぷりである。
いつもは威圧感を感じる体が、やや小さく見えるほどだ。
「別に、変な事しないから」
スイはそんなオヤジさんに困ったような笑みを返す。
ふふっと悪戯っぽく笑い、居間から出るように俺達に背を向ける。そしてぼそり。
「ただ皆にも、存分に『ファロンマ』って味を楽しんでもらおうかなって」
「待てスイ! 待てえええ!」
スイはそこでスタタと駆け出し、本気で焦った顔をしたオヤジさんが走って追いかけた。
後に残された俺とノイネは顔を見合わせ、揃って笑ってしまった。そのコントみたいなやり取りが、なんだか懐かしかった。
「変わってないですね」
「そうでもありません。あそこまで楽しそうなスイは久しぶりです」
言ったノイネの目は、嘘を吐いている風ではなかった。
「良い機会ですし、少しお話でもしましょうか」
「話ですか? それより自分たちもスイを止めたほうが」
「その辺りはフレンに任せましょう。止められなかったら彼に責任を取ってもらいます」
冗談めかして言っているが、ノイネは本気でそのつもりのようだ。だって、目が笑っていない。どうやらノイネもまた、スイの料理に何か嫌な思い出を刻んでいるらしい。
そういうときにオヤジさんに押し付けるから、未だに完全な和解に至らないのだろう。あるいは、もう本心ではとっくに和解しているから、出来るのか。
俺は浮かしかけていた腰を再び落ち着けて、ノイネに尋ねる。
「それで、お話ですか?」
「ええ。単純で重要な話です」
流れるような軽さで、ノイネは静かに言った。
「あなたは、いつまでここにいるつもりなのですか」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
遅れてしまって申し訳ありません。明日は平常通りに更新予定です。




