とある休日の話(12)
「つまり、スイとノイネさんの二人で地下室に篭っていたから防寒に気をつけていたと」
俺が簡潔にまとめた理由に、スイとノイネの二人は大きく頷いた。
今はスイとノイネが二人揃ってソファにかしこまって座り、俺が立ち上がって腕を組んでいる。
ノイネが説明する事情とやらに耳を傾けると、そういうことだったらしい。
ノイネと最後に会ったのはつい先日のことだ。新しい試作銃の調整を行い、そこで何かに気付いたらしく意気揚々としていた。
イベリスと話しながら去った彼女を後で尋ねれば、新しい理論を試してみるらしかった。
そして今日は理論の話し合いのためにも、青髪の美人が二人揃って寒い地下室で膝を付き合わせていたのだという。
余談だが、少し前まで双子が暮らしていたヴェルムット家の地下室は、今はめでたくスイの研究室兼ノイネの薬酒保管庫に早変わりしているらしい。
で、その最中に来客があった。オヤジさんはライの手伝いという名目で台所に篭っていた。ほぼ間違いなく、ライが謀ったのだろうが。
そしてライの策略に嵌ったスイが、話し合いを中断されたことでやや不機嫌そうに玄関に現れたのだ。
うん。事情は分かった。
「事情は分かりましたが、それはその格好で人前に出てくる理由にはなりませんよね」
なんで俺が、自分より何周りも年上の女性に説教しないといけないんだ。
そんな嫌気も滲ませて言えば、自身の正統性を主張していた二人はしゅんとした。
「…………はい」
「…………ですね」
二人揃ってまた似たような顔をする。自分がなぜ怒られているのか理解している顔だ。
存分に反省しているらしい人に、それでもあえて苦言を呈するのは心苦しい。その点で言えば、怒られている時なんかはいつも不服そうにしていた初期のサリーとか、怒りやすかったな。
「とくにノイネさん。あなたはむしろ、スイがだらしない格好をしていたら叱る側でしょう。どうしてそんなあなたが率先して……」
「いえ、その。議論に夢中で、そこまで気が回りませんでしたので」
「…………」
あー、ほんと、顔以上に中身が似ている二人だなぁ。
今更言う程でもないが、スイも何かに集中していると他が疎かになるタイプだ。
かくいう俺も、カクテルに目が行き過ぎると他がどうでも良くなるタイプなので、気持ちは痛いほど分かる。
というかこれ、俺に注意する資格とかなくない?
が、オヤジさんが明らかに俺にぶん投げているので、ここは俺が言う他あるまい。
「とにかく! ずっと家の中なら仕方ないですが、こういうこともあるので人の目を少しは気にしてください! ノイネさんもできれば着替えて! これからライがご馳走を作ってくれるのに、その格好はないです!」
ライの名前を出すと、ノイネは俺に怒られていること以上にすまなそうな顔になった。
どうして今日、赤い髪の毛の方の孫娘が張り切って料理をしているのかが、分かったのだろう。
「すぐに着替えてきましょう」
「……あ、私も手伝う」
ノイネは素早く立ち上がり、さっと身を翻した。さすがに、だぼだぼプラスよれよれの状態で食卓に立つのは憚られたらしい。
それに、スイが思いついたように追随したのは、何故だろうか。ほんの少し、この場に居づらいと思ったのかもしれない。
二人がバタバタと部屋を出て行くと、居間には俺とオヤジさんが残された。
オヤジさんは俺に申し訳なさそうに、頭を軽く下げた。
「すまねえな」
「ほんとだよ。というかオヤジさんが言えば良かったじゃないか」
流石の俺も、少々嫌味っぽくなりもする。何が悲しくて、料理にお呼ばれした家でそこに住む住人を叱らねばならないのか。
「ああいう所は、どうやら親譲り──いや、ノイネ譲りみてえでな。一度痛い目見ないと分からねえだろうとな」
「……親譲り、てことは、タリアさんも?」
「ああ。たまーに寝ぼけたみたいに、抜けてる所があったもんだよ」
オヤジさんの遠い目に、俺はそれ以上の言葉をかける気になれなかった。
多分だけど、スイやノイネに思う所はありつつも強く言えなかったのは、そんな二人に亡き妻の面影を重ねていたからなのだろう。
嫌だけど、少し嬉しい。そんな気持ちの動きは、ほんのりと分かる気がした。
「ま、その分ライは俺以上にそういうのに敏感みてえだけどな」
「顔は似てないのに、性格は父譲りと」
「うるせえよ!」
俺が抱いた感想を冗談混じりに言えば、オヤジさんは拳を握りつつ、苦笑いで返した。
ともあれライも、スイには口を酸っぱくしていたのだと思われる。が、スイはスイで生返事の一つでもするくらいだったのだろう。
それ故にライは俺を使って姉を痛い目に合わそうとしたのだ。スイが懲りてくれると良いのだが、オヤジさんの語るタリアさんを思うに、効果は長く続かなそうだ。
それこそ、俺がまたこの家に戻って目を光らせでもしない限りは……
「……どうだ、寮での暮らしはよ」
オヤジさんは、唐突に俺にそんなことを尋ねてきた。何か探るような目だ。
イージーズ寮に関しては、キッチンにオヤジさんの注文もかなり入ったから、使い心地が気になるのだろうか。だが生憎、俺はあまりキッチンで火を使うことはない。
……となると、俺にわざわざそんなことを尋ねはしないだろうな。
では、純粋に寮の住み心地を答えておけば良いか。
「良好だよ。陽当たりも良いし、壁も厚いし、部屋も広い。みんな不満はなさそうだし」
俺個人の感想に、他の住人の様子も乗せる。だが、オヤジさんは少しつまらなそうだ。
求めた感想が返ってこなかったみたいで、やや不機嫌そうに言い直した。
「そうじゃなくてだな。例えば、寂しくとかはないかって話だ」
「寂しいって……俺が?」
思わず聞き返してしまった。
オヤジさんは肯定も否定もしないが、沈黙は肯定の意味だろう。
ということは、この家から出て寮暮らしが始まって、何か変わったことはないのかと聞かれているのだ。
本当に単純に、俺を心配してただ聞いているだけで……。
「だ、大丈夫だよ! そりゃ一人部屋だけど、朝食とかみんな一緒だし! あんまり変わりないっていうか」
「そうか」
「そ、そう」
俺はオヤジさんのその気遣いに、またしても妙に照れくさくなってしまう。
大学に通う為に一人暮らしを始めたころにだって、両親にそんなことは聞かれなかった。やれ勉学はどうだとか、やれ授業はどうだとか、やれ大学の就職先はとか、そんなことしか聞かれなかった。
たかが歩いて数十分の場所に越しただけなのに、しかも店の従業員が周りに住んでるような家なのに。そんな心配は欠片もしなさそうなオヤジさんが、それを聞く。
娘達に対して『過保護だな』と呆れていた俺なのに、それが自分に向けられたのだと知ると、なんというか、この、なんだ。
俺が言葉に詰まっていると、オヤジさんも自分の発言が恥ずかしくなったらしい。少しぶっきらぼうに、何かに気付いた俺を威嚇する。
「まあ俺は全く気にしちゃいねえけどよ! スイやライが気にしてるんだよ! あと寂しがってんだよ! つうかあいつらが寂しがってるから来たんだろうが! ああ!?」
「その通りです!!」
いくら慣れたと言ってもオヤジさんに大声を出されるとびくっとなる俺である。
情けないと思うかもしれないが、人間というのはそういうものではないだろうか。
気をつけの姿勢をしている俺を、オヤジさんはもう一度きつく睨む。
「じゃあ文句あっか!?」
「ないっす!!」
オヤジさんに強引に押し切られて、この話は終わりとなった。
だが、そんな終わり方をしたものだから、こう流れる雰囲気が微妙というか。沈黙がやたらと痛い。
誰か早く来てくれ! この空気をなんとかしてくれ!
「何を大声出しているのですか」
と、俺の願いが通じたのか、少しは身だしなみに気をつけたノイネが居間に姿を現したのであった。スイもその後ろに付いている。
俺とオヤジさんは、そんな時だけ無駄に連携の取れた動きで口裏を合わせる。
「なんでもない。ただちょっと店のことを話してただけだ」
「そうそう。新作料理とそれに合うカクテルとかね。それでちょっと熱くなって」
俺達の誤摩化しが上手く決まったのか。とにかく二人はそれ以上の追及をするつもりはないようだった。
なんにせよ、俺達の話は済んだと見たかノイネはふむと一つ頷き言った。
「それでは総。ここに居るということは、今日一日はオフなのですか」
「はい。今日はゆっくりするつもりですが」
今日はライとの約束が最優先だ。それ以外の用事は入れていない。
そんな俺の返答に、ノイネは満足気に頷き、俺を誘った。
「では、少し私に付き合ってもらいましょうか。私に教えを乞うた以上、薬酒の勉強を疎かにさせるわけにはいきません」
ノイネは微笑を浮かべる。
銃についてとは別の、俺達の協力関係の話だ。
どうやら、この辺りで春に取れた薬草を半年漬けたので、舌を借りたいという話であるようだった。
「それは喜んで」
俺は一も二も無く頷いた。
ベルモットの話が解決しても、ノイネの薬酒の知識はリキュールポーションの作成に役に立つし、舌を鍛えるのにも悪い話はない。
俺の了承に、ノイネは多少ホッとした顔を見せた。
「よろしい。正直、スイに感想を聞いてもなんの参考にもなりませんので」
「異議あり」
「却下します」
スイの声を、ノイネはにべもなく斬り捨てる。
普通だったらスイに同情するところだが、ノイネの表情があまりにも渋かったので何も言えない。
なにか、酷く苦労したのだろうなぁ。
ライの料理はまだ掛かるみたいなので、その時間つぶしにも、ノイネの薬酒講義に付き合うことになったのだった。
※0110 誤字修正しました。




