とある休日の話(11)
「着替えたんだ」
「……うるさい」
ひとまず居間に着いて、オヤジさんと他愛ない話をしていたところでスイが姿を表した。
あれだけ無造作だった髪の毛は、慌てて櫛で梳いたように流れ、服装も人に見られても恥ずかしくない程度に整っている。
というので軽い感想を述べてみたが、キッと睨まれてしまったわけだ。
が、不機嫌そうにしながらも特に去ることもなく、彼女は俺の隣にドサリと座った。
暖房を入れるほどでもない、やや肌寒い時期だ。暖を求めて寄り集まるのは不自然ではない。が、スイの行動はそういうわけではないだろう。
スイは明らかに機嫌を崩した様子で言う。
「……聞いてない」
「それは、ライが」
「でも、聞いてない」
流石にこうまで言われて、何に腹を立てているのか気付かないほど鈍くはないつもりだ。
が、俺はスイに応える前にチラリとオヤジさんの様子を窺った。オヤジさんはどうも、苦虫を噛み潰したような目で俺を見ている。
自分が言っても、聞きはしないのだと言いたげだ。
……つまり、俺に、言えと?
少し悩んだ。が、俺も、思ったことがないでもない。ため息を吐く代わりに、少しばかりオヤジさんの依頼に応えることにした。
「確かに、俺はスイに隠し事をしていた。そこは、ごめん」
まずは、俺の主張を述べる前にしっかりと謝るところは謝った。
俺の言葉を聞いて、スイは溜飲を下げたように少し笑った、が、そこはそれだ。
少し重い気持ちになりながらも、俺は次に言いたい事を述べることにした。
「でも、それを差し引いても、ちょっと緩み過ぎじゃないか?」
「うぅっ」
ありのままに感想を告げると、スイは途端にバツの悪そうな顔をした。
今こうやって着替えてきたことだし、自分としてもその自覚はあったのだろう。
「今、一応昼過ぎだからな。急な来客はいつあるか分からないんだし」
「……でも、いつも対応はライが」
「ライが手を放せなかったら、こうなるって話だし」
そこまで言うと、スイは見るからにしゅんとしてしまった。
先程バタバタとライの方に駆けて行ったときに、恐らく同じようなことを言われてしまったのだろう。
しかし俺は心を鬼にして続けた。
「というか、来客が俺だったから良かったようなものを」
俺や双子がこの家に住んでいたころは、スイは家の中ではまともな格好をしていたわけだし、彼女はそれができないわけではないのだ。
が、年頃の男の目がなくなって、家での格好に甘えが出た訳だ。家の中だけなら流石に何も言わないが、それで外に出てくるようでは。
それは少々、だらしないし心配だ。
スイはスイで、ただただ素直に怒られているかと思いきや、少し面白くなさそうに唇を尖らせて言った。
「……総だから、嫌だったんだもん」
「……それは」
言ったあとに、スイは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
流石に、そうストレートに立て続けられると俺も少し照れる。照れるが、なればこそ言わなければなるまい。
「スイ、それは違うぞ」
「違うって、私のことなんだからそんなの──」
「そうじゃない。俺が、スイのだらしない姿を、他の奴なんかに見られたくないんだ」
そうだ。自惚れでなければ、俺はスイと親しいはずだ。
親しいからこそ、スイにはきちんとしていて欲しい。他人にスイがだらしない人間だなんて思われたくない。
だから、俺としてもしっかりとした服装をして欲しい。
そう思って言ったが、スイは俺の言葉に面食らったみたいに、口を開いていた。
「そ、それは、その、総が嫌だって話で?」
「そうだよ。俺が嫌なんだ」
「そ、そうなんだ」
スイは俺の心配を受けて、怒られているくせにほんのりと嬉しそうな顔をする。
そして、思ったよりも素直に頭を下げた。
「ごめん。私も、気を付けます」
彼女はどうやら、俺の言いたいことを分かってくれたらしい。
そんな彼女に俺はさっさと怒り顔を改めて、ほっとした表情で返した。
「分かってくれてありがとう。それともう一回ごめん。俺が来ること黙っててさ」
「それはうん。ちょっとまだ許してない」
「なんでだよ!」
こっちはさっさと許したというのに、スイはまだ許していなかったとは。
俺が勢い良く突っ込むと、スイはふふんと少し嬉しそうな顔をして、冗談、と言った。
俺はなんとなくスイにやり込められた気分で、苦笑いをしつつオヤジさんを見た。オヤジさんは、そんな俺達を複雑そうな笑顔で見ていた。
とにかく、オヤジさんからの目線での依頼には応えたし、普通の会話に戻るか。
と、その前に、これから気を付けるというスイの発言は置いておいて、少しだけ気になったことを聞いてみる。
「というか、いつもあんな格好でいるのか?」
「そんなことは、ないよ?」
と言ったスイは、俺の目を見ていなかった。
スイは基本的に表情に乏しいが、感情が乏しいわけではない。むしろ内に秘めた感情は苛烈な方だ。嘘を吐いた時の仕草の変化くらいは、少し一緒に居れば分かる。
なぜ、こんなにも分りやすい嘘を吐いてしまうのか。
「……流石に、普段からあの格好で出歩いたりは」
「そ、それはしてないから!」
それは、ってことは、それ以外は否定しないってことで、やっぱり普段からあの格好なのだろうか。
思えば、女性のだらしない姿は良く見てきてはいるが。それでも、完全に油断している姿を見た事はあまりないな。
そう思うと、俺は少しだけ不思議に思う。
俺が居たころは、スイは比較的きちんとした服装だった。それはまぁ、他人の目があったからで良いだろう。
しかし、この家には俺が居なくなってからも他人の目がある。むしろ、俺なんかよりよっぽどそういうのに厳しそうな人が居ると思うのだ。
そう思っているところで、居間に新しい人物が入ってくる。
「スイ。まだ用事は済みませんか? もう少し理論の組み直しを手伝って──あ」
そこには、現在この家に居候しているスイやライの祖母、ノイネの姿。
何やらスイを呼びに来たようだが、その表情は俺の姿を認めて、しまったと歪む。
彼女の髪の毛は、まるで今起きたみたいにボサボサともつれ、寒い季節だから仕方ないかもしれないが、着ている服は防寒を最重視した、だぼだぼっとした部屋着で。
「……ノイネさん。あの、その格好は?」
「……言い訳をさせていただいても」
「……はぁ」
スイと似たようなバツの悪い顔をするノイネに、ため息を堪える。
それからそっとオヤジさんの顔を見れば、先程と同じような顔を。
……また、俺が言うんですか? ああ、言っても聞かないんですね。いい加減、義理の母親と仲直りしましょうよ。
とにかく俺が一つ思ったのは、スイとノイネは紛れも無く血縁なんだなってことだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
新年あけましておめでとうございます。
あんまり新年とは関係ない作品ですが、どうぞよろしくお願いします。
※0106 表現を少し修正しました。
※0110 表現を少し修正しました。




