とある休日の話(10)
街の定食屋で賑やかな昼食を終えたあと、部屋でゆっくりと練習して時間を潰した。店に行くタイミングでイベリスにも見つかって、奢るのが一人増えたことはまあ良い。
そして少し早いが夕方になる前に、ヴェルムット家に向かうことにした。
通い慣れた道であるのだが、日が出ている時間に歩くと新鮮だ。この時間ならいつもは進行方向が逆、家から店に向かっていたのだから。
顔見知りになった街の人達も多い。道を歩いていると良く知り合いに遭遇し、俺がこの時間帯にブラブラしているのを不思議がって話しかけてくる。
鬱陶しいとは思わない。彼らが俺を、この街の一員と認めてくれているのだと思うと、少しだけじんわりとする。
出歩いている理由を問われれば、一人一人丁寧に今日の目的を教えた。面白可笑しく脚色して、彼らが笑ってくれるのを素直に嬉しいと思った。
だからこそ、そんな心の一方で思うこともある。
俺はこの先、何がしたいんだろうか。
スイの目的は、立派なポーション屋を営業すること。そして、そのポーションで人々を救うこと。
俺はそんな彼女に、カクテルという形で協力してきた。
そして一年と半分が経った今、ようやくその効果が現れ出しているらしい。
領主様から伝えられたことだ。
この街に住んでいる貧しい人達。彼らが魔力欠乏症で死亡する事が、少なくなってきているらしい。
魔力欠乏症は、人体に宿る魔力を、自身の許容量を越えて使用してしまうことが原因で起こる。
魔力は体を維持することにも使われており、その維持するための魔力が枯渇し、回復が間に合わなければ死に至るのだ。
魔力欠乏症に陥る原因で多いのは、魔力を奪う類の魔物に襲われるか──安全性を無視した魔法装置の乱用だ。
魔法装置は、この世界における生活の基盤。現代日本では電気を使って機械を動かすが、この世界では魔力を使って魔法装置を動かす。
照明を入れたり、蛇口から水を出したり、コンロに火をつけたりと言った事柄は、ほとんどが魔法的に引き起こされるものだ。
魔法装置は、原理的には万人に扱える形にした魔法のようなものらしい。
通常では、魔法装置を使用したとしても、魔力欠乏症に陥るほどに魔力を消費することはない。が、使い過ぎればそういうことも起こりうるのだ。
そして、貧しい人達は貧しいが故に、危険な仕事に就くことも多い。過酷な労働を強いられることもある。外的要因か内的要因で魔力欠乏症に陥る場合もあるのだ。
魔力欠乏症に陥っても、初期状態であれば、ポーションで外部から魔力を摂取することで体調を戻すことができる。
しかし、ポーションは基本的に高価な薬だ。だから、貧乏では魔力欠乏症に対応できない。結果としてろくな治療も行えずに死に至る。
だが、その死者数が減少傾向にある。
そして、それと比例するように、安価な魔石の取引が増えている。
カクテルが、少しずつこの街に浸透している結果だと、考えるのは自惚れだろうか。
カクテルは作り方さえ知れば、誰でも作れる。
技術の違いで効果のほどは確かに変わるが、完成されたポーションを買うよりも遥かに安価で、効果がある。
ウチの店に直接来たか、あるいはどこかで話を聞いたのか。とにかく、そういった貧しい人達に、確かにカクテルの手は届き始めた。
最終的には魔力欠乏症が発生する原因そのものを取り除ければ良いのだが、それを置いても、死者が減っているというのは、目に見えた成果だ。
その話は、領主様から個人的に俺に伝わったことで、まだスイには伝えていない。
聞いたのはつい先日だし、それを今日の土産話にする予定でもある。
そんなことを考えつつ、俺の足取りはほんの少し、重い。
スイの目標は確かな形として現れている。一方の俺はどうだ。
カクテルをこの世界に広めるために、まずは店を確かなものとした。それはいい。
では、ある程度ボトルの揃った店を作って、次に何ができる。
また、ポーション大会を探して出場を目指すのか?
もっと効果的な宣伝方法を、サフィーナ商会と練ってみるか?
出来上がったものを弟子に託して、伝道の旅にでも出るか?
最後のは冗談だが、それでも何か決めないといけないだろう。
カクテルをより深く追及していくために、俺は何をすれば良いのだろうか。無為に働き、ひたすらに金を稼ぐことに、意味は見出せない。
「…………って、着いちゃったか」
考え事をしていると、勝手に動いていた足が知らずのうちに俺を目的地に運んでいた。
この世界にきて一年以上を過ごした懐かしの家。ある意味では第二の実家とも言える場所。四人で住んでも少し余裕のあった、懐の広い居場所である。
……こういう風に、何も考えずに歩いていればいずれ辿り着いてくれるのならば、どれだけ楽なことだろうか。
「さて、ライはなんて言ってたかな」
考え事は一時中断して、俺はヴェルムット家の前に立って、しばしライとの約束を思い出す。
以前の俺であれば、遠慮なく木製のドアを開けて中に入るところだが、今日はそうしない取り決めになっていた。
この家に遊びに来ると決めたのはちょっと前だが、その時約束したのはライの方だ。
そしてライは言ったのだ。スイには俺が来ることを内緒にしておくつもりだと。
彼女の提案の真意を、俺はすぐに悟った。
今日、ライの建前は俺を新しい料理の実験台にするというもの。
だが、それをスイに知られてしまうと、彼女が料理を手伝うとか言い出しかねない。
別に彼女の技術に問題があるわけではない。問題があるのは彼女の味覚だ。
レシピが定まった料理ならともかく、新料理の実験台なんて危険な場に、スイを混ぜるわけにはいかない。誰も幸せにならない。
というわけで、この家の中でスイだけは、俺が今日来る事を知らない。
そんな状況を面白がらない人間はこの家には存在しないのである。無論俺もだ。
となれば、イタズ──サプライズの一つでも仕込むのが礼儀というものだろう。
「んー。あー」
玄関の前で軽く喉の調子を確認する。俺の声はスイにはすぐバレるだろうし、少し声色を変えた方が良い。
そして、ライと企画した作戦は、こういったものだ。
「すみませーん! 郵便でーす! 大切なモノを届けに来ましたー!」
普段の声音とも、営業中の声音とも違う、やや甲高い声で俺は言う。このくらいの時間に『大切なモノ』を届けにくる、という手筈になっている。
それが台所にいるライに届いたのだろう。家の中から、ライの大声が響いた。
「お姉ちゃん! 私手が離せないから代わりに出て!」
それから、少し待った。
スイはその時どこに居たのだろうか。居間に居たのならもう少し早く出てきても良さそうだが、結構時間がかかっている。
しかし、バタバタと慌てるような音もなく、ちょっと経ってから玄関のドアが開く。
「……すみません。遅くなって──え?」
やや億劫そうにドアを開けたスイと、俺はバッチリ目が合った。
スイは玄関の外に居たのが俺だと気付くと、驚いたように目を丸くする。それから、少しだけ嬉しそうに頬を緩め、何かに気づき、その直後にはさーっと顔を青くした。
「……なっ? なっ──!?」
「あーっと、おはよう? スイ?」
「ばっ! ああああ!」
言語化されていない叫び声をあげて、スイはバタンと勢い良くドアを閉めた。
そして鍵を閉め、俺を完全に締め出す態勢に入る。
しかし、いくらこの瞬間に誤魔化しても、玄関に出てきたスイの姿、格好はしっかりと俺の目に刻まれてしまっていた。
彼女の魅力でもある艶やかな青い髪の毛は、まるで今起きたみたいにボサボサともつれ、変に膨らんで癖が付いていた。
そして何より、寒い季節だから仕方ないかもしれないが、着ている服は防寒を最重視した、だぼだぼっとした部屋着であった。
まぁ、あえて言えば、あまり他人には見られたくない感じの姿であろうか。
「なんで!? なんで居るの!?」
閉じたドアの向こうから、スイにしては珍しく本当に混乱した感じの声がした。
「いや、ライと約束しててな」
「ライぃいいいいいい!」
俺の返答を聞いた直後に、スイはそんな叫び声を上げてドタドタと足音を残し走って行った。
……えーっと、俺はまた、この寒い空の下で、いつかのように締め出されたままなのだろうか。
と思っていたら、すぐにガチャリと鍵の開く音がして、誰かがドアを開けた。
「……お前なぁ」
その向こうには、俺の行為に色々ともの言いたげな顔をしたオヤジさんが居た。
この程度の冗談で怒りたくはない、が、場合によっては言わせて貰う。そんな面倒そうな表情をしたオヤジさんもまた、中々にレアであろう。
まぁ、俺は怒られたくないので、早々にゲロったが。
「えっと、主犯はライだから」
鮮やかにライに責任転嫁したが、オヤジさんは大きなため息を吐いただけだった。
「……ま、良いさ。お前が居なくなってから、スイは確かに緩み過ぎだったからな」
「えーっと?」
「なんでもねえよ。良いから入れ。寒いだろ」
「じゃ、お邪魔しま──いでっ!」
オヤジさんの許可を貰ったところで俺が家に入ろうとしたら、久しぶりに拳骨を貰った。
ジンジンと痛む頭を押さえつつ、俺は涙目でオヤジさんを睨んだ。
「なにを!」
「お邪魔しますじゃねえだろ」
オヤジさんは、そんな俺に面白くなさそうな顔をする。だが、怒ってはいない。
俺は少しだけ考えてから、あっと思い至る。それから、ややこそばゆく思いつつ、言った。
「……ただいま」
「ふん。早く入れ」
オヤジさんはぶっきらぼうにそれだけ言った。それから、さっと背を向けて、俺なんか知るかと言わんばかりにスタスタと中に戻って行く。
だが、その声がちょっとだけ弾んでいて、俺はそんなことで嬉しくなったのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今後の更新の予定なのですが、大晦日と三ヶ日だけ更新をお休みさせていただきたく思います。
一月四日から、また通常通りの更新ペースで更新を再開致します。
大変長い間更新を停止しておいて、と思うかもしれませんがご容赦いただけると幸いです。
※0118 誤字修正しました。




