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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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とある休日の話(6)

 俺の知識では、基本的にバーというものは三種類に分けられる。


 伝統的な、という意味の単語を頭に付ける、格調高い『オーセンティック・バー』。

 バーと言ったときに一番にイメージされる、厳かなバーは主にこれになるだろう。


 それに比べればやや大衆的な、一杯を意味する『ワンショット』という単語が中に入っている『ショット・バー』。

『オーセンティック』との違いを説明するのはやや難しいが、バーテンダーがお客さんと楽しくお喋りをしているイメージの店はこちらだろうか。

 俺がもともと働いていた店もこれだ。その中でも、比較的騒がしい店であったが。


 そして、それら二つのバーは基本的に、あまり食事に力を入れない。

 乾きものと言われる、ビーフジャーキーなりナッツ類なんかがメニューにある食べ物のイメージになる。

 そこで、食事もメインとして提供するのが『ダイニング・バー』だ。

 今の『イージーズ』は大衆食堂にバーを取り付けたのでコンセプトが少し違うが、分類としてはこれになるだろう。



 で、そこまでいったところで、頭の中にまだ名前の付かないバーのイメージがある人もいるだろう。

 瓶をクルクルと回したり、動きながら背面で酒を注いだりなど、パフォーマンスを行いながらカクテルを作るスタイルがある。

 それは『フレア・バーテンディング』と呼ばれるものだ。


 フレアとはスラングで『自己表現』という意味を持ち、『フレア・バーテンダー』はボトルやシェイカーを使ったパフォーマンスで、目を楽しませる特技を持った人達である。

 その発祥は十九世紀。アメリカのとあるバーテンダーが、マグカップに注いだウィスキーに火をつけ、カップ同士で行き来させたものであるとされる。

 青い炎がもう一つのカップへ泳ぐそのカクテルは【ブルー・ブレイザー】と命名され、多くの人々の目を楽しませてきたという。



「と、これが簡単な『フレア・バーテンダー』の説明かな」


 俺とコルシカが部屋の中に入ってきた瞬間、盛大なミスをやらかした顔をしたサリーは、口をパクパクさせて固まっていた。

 フィルにちらりと目をやれば、彼は彼なりにサリーの擁護を始めた。別に悪気があってやっているわけではないとか、サリーはサリーなりに悩んで色々試しているとか。

 そんなフィルに、落ち着け俺は怒っているわけではないと言った。これが中身の入ったボトルだったら渋い顔をしたが、水を入れた空き瓶であれば気にするほどでもない。

 その後に、俺は俺の知っているサリーの行為──フレア・バーテンディングの説明を行ったというわけだ。


「サリーが自分なりに考えてそこに至ったっていうのは、面白いと思う」


 俺とコルシカはバーカウンターに座って、立っている双子に向かって話をしている。

 俺がその点は素直に感心して褒めると、直前まで緊張してカチコチになっていたサリーが、ぱっと顔を輝かせた。


「そうですわよね! 以前公園で大道芸を見まして、そういうお客様の喜ばせ方もあるのだと思ったんです! 自分が一番でないのは少し悔しいですが、仕方ありませんわね。もっと色々と教えてください総さん!」


 以前に色々と悩んでいたサリーだが、それを忘れさせるような前向きな発言である。

 だが、そんなサリーに俺は言わなくてはいけない。



「だけど、お前に教えてやることは何も無い」



 俺の言い方は、ともすれば突き放すように聞こえたかもしれない。

 事実、ピシャリと言い切られたサリーは、捨てられた子犬みたいな、ショックを受けた顔をしていた。

 横で話を聞いているだけのコルシカとフィルも、あちゃー、という顔をしている。

 俺は慌てて自分の発言をフォローする。


「いや勘違いするな。というか言い方が悪かった。教えてやること、じゃなくて、教えてやれることが何もないんだ」

「……教えてやれる?」

「そうだよ。俺はフレアの技術なんて何も持っちゃいない」


 フレア・バーテンダーとして必要な知識や技術は、普通にバーテンダーをやっていく上ではほとんど必要とされない。

 お客さんを楽しませる、という目的の上で両者の理念は共通であろうが、その方法がまるで違うからだ。

 カクテルの味、という観点から見たときに、道具を使って丁寧に材料を計るのと、動きながら目切りで計るのとでは、その難易度の違いは分かるだろう。


 ただでさえ、カクテルに比重が寄り過ぎていて、接客のほうをやや疎かにしていた俺である。その更に先の技術とも言える『フレア』が出来る筈がない。


「だから、俺がお前に教えてやれることは何も無いってこと」

「……むぅ、そうですか」


 俺が改めて説明すると、サリーはしょぼんと肩を落とした。

 そんなサリーに俺がなんて言って良いのか、今まで師匠としてやってきて、これほど悩んだことはないだろう。


「…………」


 俺の狭量な意見を言えば、今のサリーには、あまりフレアに入って行ってほしくない。

 サリーのカクテルは、まだまだ途上だ。他のことに手を伸ばすよりも、まずは技術をしっかりと身につけて欲しい。

 だから、フレアでどうこう考えるなら、そんなことよりも練習を、と思ってしまう。


 だけど、今こうしてサリーがフレアに辿り着いたというのも、彼女なりの試行錯誤の結果だろう。

 何も教えていないのに、お客さんを更に喜ばせる方法として、彼女が独自に辿り着いたところなのだ。

 否定してしまうのは簡単だが、それで彼女のやる気を損なうようであっては、この先の彼女の発想に蓋をしてしまうような気もした。


 短所を補わせるのが先か、長所を見守ってやるべきか。

 教わる立場だったときには好きにやらせて欲しいと偉そうに思っていたが、いざ教える立場に立つとこれほど悩むものだとは。



「じゃあ、仕方ないですが、今は諦めますわ」

「え?」



 と、俺が悩んでいる横で、サリーはあっさり結論を出していた。

 そのすっぱりとした選択に、悩んでいた俺の方がぽかんとしてしまう。サリーはそんな俺を変な目で見る。


「どうしたんですの総さん?」

「いや、お前。良いの?」

「良いも何も。総さんから教わることが出来ないのでしたら、今はまず教われることを第一にすべきだと思いますけれど?」

「そりゃ、そうしてくれるとありがたいけど」


 俺の考えも確かにその通りなので、願ったりだ。

 なのだが、こうもあっさりだと色々と疑問に思う。なんで、そんな簡単に切り換えられるのかと。

 その俺の疑問が顔に出ていたのか、サリーは尋ねてもいないのに説明を始めた。


「別に、この先ずっとというわけではありませんわ。もともと、手段の一つとして考えたものですもの。余裕ができたら考えてみるのも良いです。ですが、今やらないといけないわけではありません。というわけで、今は良いと思ったんです」

「……今じゃないなら、いつ……」

「……? さぁ。私がカクテルで満足できるところまで行ったら、その後に考えます」


 そう軽く言ってのけたサリーに、俺はもう一度、素直に感心してしまった。

 怖いもの知らずで、眩しかった。


「……サリー。お前たまに凄いこと言うな。尊敬するわ」

「な、なんですの急に」

「いや、俺にはできない発想だ」


 紛れもない本心である。

 サリーと違って、俺には明確に思い描けるカクテルのゴールなど存在しない。


 もちろん、その時のカクテルが上手く出来たとか、今まで出来なかったことが出来るようになった満足なんかはある。通過点みたいな目標はいくつもある。

 だが、どこまで行ってもカクテルの答えに辿り着くビジョンなど存在しない。それは転じて、俺の中でカクテルの終わりが見えていないということ。

 それが見えたとき、俺はようやく自分の中に、かつての『カクテル』の答えを見つけ出せるのだと思っている。


 そんな泥沼の中にあるような俺に比べて、彼女はもっと純粋にカクテルの先を見ているのだと思った。

 今やるべきことがあるから、それを優先する。そのゴールに辿り着いたら、また新しいことに挑戦する。

 その単純さが、俺にはとても眩しく見えてしまった。

 そんな彼女の手伝いをしたいと、今までで一番強く思っていた。

 それが、この世界のカクテルの未来に繋がる、大事なことだと思った。


「サリー。俺が教えてやれることなら、なんでも教えてやるからな」

「きゅ、急になんですか、気持ち悪い」

「本心だよ。フィルもな」

「は、はい」


 俺の言葉に、弟子二人はちょっと照れくさそうにしている。

 最初は必要に駆られて引き込んだ弟子だ。紆余曲折あって、彼らには彼らなりの目的ができた。

 そして今、俺が教えたこと以外にも、色々なことを自分で考えて試してみようかという時期にまで来ている。


 それを俺はとても嬉しく思っているのだ。

 だからこそ、俺は早く二人に伝えてしまいたい。二人がどういう道に進むのかが見てみたい。



「話は変わるんだけど、ちょっとカウンターに入って良いか?」


 フレアの件に付いてはひとまずの決着を見たと思い、俺は二人に言った。

 フィルとサリーは、俺と連れ立って入ってきていたコルシカへと目をやる。それだけでなんとなく、俺がここに来た目的は分かっただろう。

 サリーは意地悪い表情で、わざとらしく嫌味を言ってくる。


「また、カクテルで女性を口説こうとしているんですのね」

「人聞き悪いこと言うなよ! 俺がいつそんなことをした!」

「いつ、とは難しいですわ。だって、数えきれませんもの」


 それではまるで、俺が無差別に女性を口説いているみたいじゃないか。

 隣に座っているコルシカの目が、心無しか冷たくなった気がしてならない。

 俺はそんな暴言を吐いてくるサリーに抗議する目的で、こっそりとフィルに目配せした。


「訂正する。サリーには教えないから、フィルだけに俺の持ってるもの全部伝授するからな」


「な、ちょっと!?」

「あはは。ありがとうございます」



 俺の決意の言葉に、サリーは慌て、フィルは困ったように笑っていた。

 そこで慌てるくらいなら言うんじゃねえよとサリーに呆れたくなったが、怒っているというポーズを取る為にも真顔を通すのであった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


遅くなって本当に申し訳ありません。

しばらく、二十二時更新は難しいかもしれません。ご了承いただけると幸いです。


※1229 誤字修正しました。

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