とある休日の話(5)
「お客様。少し顔が赤いですよ?」
「からかわないでくださいよ!」
俺にカクテルを作ってくれ、なんて小さな願いを一生懸命に伝えたコルシカ。それだけで緊張していた少女を伴って、俺は寮の地下へと向かっていた。
結局、少し反応に困ったあとに俺が笑ってしまったせいか、その顔は妙に恥ずかしそうである。ちょっと接客口調にしてあげたら、なおさらそわそわしていた。
「からかうなんて心外です。真面目に接客をしているだけですから」
「でも、顔がちょっと真面目じゃないですよ……」
「失礼致しました。今から真面目になります」
俺は自分でも少し自覚していた頬の緩みをキュッと引き締めた。
コルシカと店で話すことは少ないので、必然的に俺が接客モードで接することも少ない。
それ故にコルシカと接する俺は比較的素であることが多い為か、俺の丁寧な扱いにやたらと彼女は照れている。
「別に言ってくだされば、自分はいつでも喜んでカクテルを作りますのに」
「だって、あんまり私は、わがままとか言える立場じゃないですし」
「そんなことありませんよ。それに、適度にわがままを言って貰った方が、男性は嬉しいものです」
と、さも男性代表のようなことを口走る俺である。
コルシカは俺が僅かに作っていた逃げ道を目敏く見つけ、少し穿った目をする。
「男性はって……自分がどうかは言わないんですね」
「個人の趣味嗜好は、接客中にはなるべく言わないようにですね」
「じゃあ総さんは、嫌なんですか?」
そんな言葉を、少し不安そうな目で言われると、すごく困る。
というか、そんな顔をさせてしまったという罪悪感がむくむくと、こう。
コルシカの顔がこれ以上曇る前にと、俺はやや早口で言葉を返した。
「俺はカクテルを頼まれるんならなんでも嬉しいよ」
接客モードを慌ててとりやめての、口走った感満載のひと言である。
言ってから、なんというかあんまりコルシカの疑問には答えていないことに気付いた。彼女の刺すような目が、一層鋭くなったのは気のせいか。
「……つまりカクテル以外で、わがままを言われるのは,嫌なんですね」
「そんなことないって! むしろ言われるほうが気は楽なところあるから! ほら、カクテル作るときだって、お任せよりは指定があったほうが作りやすいみたいにさ」
わがままを言ってこられた方が、何も言われないよりは楽なのは確かだ。
自分の中に溜め込まれると俺の経験値では対処できないことも多いし。
コルシカは半信半疑の様子だったが、すくなくとも俺が嫌がる事はない、というのは分かってもらえたらしい。
「少なくとも、総さんはカクテル絡みで嘘は吐きませんよね」
「なんか含みあるなぁ」
「そんなことありませんよ。総さんを信頼してるんです」
ふふ、さっきまでの態度を忘れたように楽しげに笑うコルシカに、俺は苦笑いを返すのみだ。
そういえば、このふんわりとした犬耳少女は、意外と踏み込んでくるときは踏み込んでくるのである。控えめに見えて、根っこは兄と一緒で大胆なのである。
からかうにしても、その辺りはしっかりと見極めないと俺が墓穴を踏みそうだ。と、今回のことで反省した。
そんなやり取りをしながら地下にある練習室の前まで来た。
さらっと説明はしたが、この部屋は簡単に言えば寮にあるバーである。本格的なホームバーとでも言えば良いか。
イージーズの寮として、店に行かなくても本格的な練習が行える場所。かつ、客人をもてなす必要があるときや、ちょっと込み入った話をしたい時なんかにも利用ができる。
ついでに台所の方も、イージーズのキッチンと作りを似せているので、ベルガモはそちらに篭っていることもある。
と、話が少し逸れたが、要するにバーテンダーのための部屋というわけだ。地下にあるのは、防音なんかを少々意識した結果でもある。
一階のホールから少し入り、怪しい階段をちょっと降りると、重厚そうな木の扉が取り付けられている部屋がある。
俺とコルシカは連れ立ってその入り口の前に立ち、すっと扉を開けようとする。
『サリー! そんなことして総さんに怒られるよ!』
しかし、中から人の話す声が聞こえてきて、俺の手は止まった。
どうやら部屋の中には先客がいるようだ。
この声は、考えるまでもなくフィルの声だろう。彼は勉強熱心だし、練習の虫なところもあるので、休日といえど中で練習をしているのは何もおかしいところはない。
しかし、中にいるのはフィルだけではないというのも、良く分かった。
『大丈夫よ。別に悪いことしているわけじゃないんだし』
フィルの何かを諌める声に対して、悪びれた様子もない少女の声が続いた。
どうやらこの中には、俺の弟子である双子がいるようだ。
そして、なにやらサリーが、俺に怒られそうなことをしているという。
『そりゃ、悪いことじゃないかもだけど』
『フィルは気にし過ぎなのよ。そもそも総さんが居ないのに、恐れることなんてないじゃない』
ほう。どうやらサリーは俺に見つからなければ、何をやっても良いと思っているようだな。自然と、俺の表情筋はニコニコと歪んできていた。
そのまま、いけないことと思いつつ、俺は扉に耳を当てて中の音を探る。
「あの、総さん? とっても楽しそうな顔をしてますけど」
「……いや、なんでだろうね」
さっきまで楽しくお喋りしていたコルシカが、今はちょっと引き気味に俺から距離を取っていた。
ほんとに何故だろうか。
ついさっきまで、コルシカに一体何を作ってやろうかと楽しく考えていたのに、今の俺はサリーがいったい何をやっているのかで頭が一杯である。
部屋の中のサリーは、俺が外で話を聞いているのに気付かずに、更に言いたい放題に言ってくれる。
『だいたい、あの人カクテルのこと考え過ぎなのよ。女の子と二人きりで、延々とカクテルの話してるとか、バカじゃないの?』
『あーうん。でもそれが総さんの良い所というかさ』
『良い所? 本当に良い所と思ってるフィル? 心の底から?』
『…………う、うん』
フィルの擁護の声、小さいぞ。ほとんど聞こえなかったぞ。
カクテルバカと言われるのには慣れたが、もしかしてそれは褒め言葉ではなかったのか? もしかしてカクテルバカというのは悪口の類だったのか……?
俺がちょっと寂しい気持ちになったところで、サリーはまだ言う。
『……まぁ、私もちょっとは嬉しかったけど。でも、あの人を見返すためにも、言われたことだけやってちゃ駄目だと思うのよ』
『でも、なんでそんなこと。大人しく普通の訓練を先にしたら良いのに』
『それもやるわよ! でも、だって、これが出来たら面白そうじゃない!』
順調に吸血鬼らしい自己中への道を歩んでいるサリーの声の後、再びフィルの慌てて止めるような声がする。
流石に、いつまでもここで聞き耳を立てているわけにはいかないか。
俺はニコニコ笑顔のまま、コルシカに目をやる。彼女は何か諦めたような表情でこくりと頷きを返した。
そして俺は、部屋の中に足を踏み込むことを決めた。
『だから見ててよねフィル。こんなのあんたにしか頼めないんだから』
『ああっ! だからぁ!』
『良いから! どう思うか言ってくれれば良いのよ』
中でサリーがフィルを心配させる何かを始めたところで、俺はわざとらしく大袈裟に扉を開いた。
扉は外側に開くようになっていて、鐘を取り付けてある。
鐘は扉を開いた瞬間にカランと音を出して、何者かの侵入を内部の者へと伝えた。
「えっ?」
そして、サリーと目が合った。
サリーが何をやっていたのか、それはサリーの頭の前あたりに答えがあった。
答えは、すぐに重力に負けてサリーの手元へと戻ってきて、そして俺の登場に惚けていたサリーの手を滑り落ちる。
最終的に、中身のない空き瓶が布巾の上に落ち、割れずにゴッと鈍い音を立てた。
そう、俺が部屋に入ったとき、サリーの投げたであろうボトルが、くるくると宙を舞っていたのであった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
すみません、またしても大分遅くなりました。例によって、多少修正が入るかもしれません。
感想への返信も今週中にはお返し致しますので、もう少々遅くなることをお許しください。
※1220 誤字修正しました。




