とある休日の話(4)
「ところで、総さんは今日、どんな予定なんですか?」
まだ言いたい事がありそうだったベルガモの背中を見送った後、コルシカが尋ねてきた。
「今日は、午前は適当に時間を潰して、午後はちょっとヴェルムット家に顔を出す感じかな」
ベルガモとの会話がどこまで聞こえていたのか分からないので改めて話す。コルシカはその答えを聞いて、世間話のように言葉を選ぶ。
「何かお仕事の話ですか?」
「いや、ライとちょっと約束があって、料理の実験台になる予定」
「となると、夕食は要らないんですね」
仕事ではなく私用であると伝えると、少しだけコルシカは残念そうな顔をする。
何故かとちょっと考えて、俺はすぐに理由に思い至った。
「そっか。ベルガモが採ってきた食材が今日の夕飯に並ぶのか」
先程ベルガモは山の幸を取りにいくと言って消えた。となると、採れたての果実や、キノコといった食材が並ぶ予定だろう。
何を取ってくるのかは聞いてはいないが、普段は食べられないようなものが並ぶのは間違いあるまい。
この世界に来て、それなりに果実酒なども勉強していた俺としても、それが食べられないというのは残念だ。
コルシカにしても、せっかく兄が取ってきた食材を食べてもらえないのは残念なのだろう。
「ですので、少しだけ寂しいですね」
「それはごめん。だけど先約だから」
とはいえ、ライとの約束を破るわけにもいかない。新鮮な山の幸が食べたいという理由で約束を破ったら、どれだけ酷い目に合うか分かったものではない。
とはいえ惜しいのも事実なので、みっともなく交渉してみた。
「なんとか明日にも残ってないかな?」
俺が駄目もとで頼んでみると、コルシカは少し困ったような笑みを浮かべた。
「それは、兄さんがどれくらい採ってくるかにもよりますから。でもあの人のことですから、採り過ぎるってことはしないと思います」
「だよなぁ。でも、俺もコルシカの作るキノコ料理とか食べたいんだよなぁ」
「ふふ。言って貰えると凄く嬉しいです」
俺の言葉を素直に受け取ってくれたらしく、コルシカは微笑む。
それから、うーんと少し悩ましげに唸ったあと、ふと思いついた顔をした。
「じゃあ、そうですね。私のお願いを聞いてくれたら、総さんの分をしっかり残して上げてもいいですよ」
それは、普段は柔らかな笑みの彼女にしては珍しく、悪戯っぽい表情であった。
思えば、コルシカからそういう個人的な頼みを言われることはほとんどない。出会った時からずっと恩義を感じてくれているせいか、自分の願望を全然口にしないのだ。
この場所の管理を頼んだときだって、他ならぬイージーズの為ならとあっさりと引き受けてくれた。
それはありがたかったが、少し不安にもなった。命を救われたと感謝してくれるのは良いが、もしかして、自分の中で何かを我慢したりしていないかと。
だから、こういう風に自分からお願いを言うような場面は珍しいと思った。
俺はそんな彼女の提案に、一も二もなく頷く。
「分かった。俺にできることなら」
「良いんですか? そんなにあっさりと了承して。私がどんな無理難題を出すか分からないですよ?」
俺が即決したことに、コルシカはちょっとだけ驚いた。
だが、俺の気持ちはさっきの通りだ。いつも一生懸命働いてくれているコルシカに頼まれたら、嫌とは言えない。
それに彼女は、そんなに無茶な要求をしてくる子とは思えないし。
「俺にできることなら大丈夫。日頃働いてくれているコルシカに恩返しができて、美味しい料理にもありつけるなんて良い事しかない」
「もう、調子良いんですから」
言葉こそ諌めるようなものだったが、コルシカはやっぱり少し嬉しそうだ。それでいて少し恥ずかしそうに手をパタパタさせているのが可愛らしい。
俺はそんな彼女の表情に満足してから、続きを促した。
「で、どんなお願いがあるんだ?」
俺が尋ねると、コルシカは少しだけ戸惑った。
恐る恐る、俺の発言を確かめるように言う。
「あの。本当に何でも良いですか?」
「えっと、俺にできることならだよ?」
「はい。それはもちろんですが」
俺が尋ねると、帰ってきた声は想像以上に固かった。
彼女なら無茶なお願いはしないだろうと思ったが、真剣に悩んでいるのを見るとちょっとだけ不安になってくる。
「そんな大変なお願いをするつもりなのか?」
「あ、いえ。即決されると思って無かったので、せっかくだから真剣に考えようかと」
そんなに真剣に悩むようなお願いってなんだ。なんだろう。これではまるで何かをミスしたみたいじゃないか。
コルシカは、色々と頭に選択肢を浮かべては消してを繰り返しているようだ。
考え事が顔に出る性格のようで、その表情を眺めているだけでもそれなりに楽しい。のだが、やっぱり真剣に悩まれると、自分が早まった気がどんどんしてくる。
「よし、決めました」
それからちょっとして、コルシカは何かを決意した様子で頷いた。
「俺、今日は午後に予定があるお手柔らかにね?」
「それは大丈夫です。そんなにお手間を取らせませんから」
改めて確認を取ったが、コルシカは太鼓判を押してくれた。
そして、こほんと可愛く咳払いをして、ちょっとだけ芝居がかった口調で話し出す。
「総さん。私、これでも結構、イージーズの皆さんのために働いていると思うんです」
「それはうん。いつも言葉にはしてないけど本当に感謝してるよ。いつもありがとうね」
「あ、はい。ありがとうございます……じゃなくて。そうなんです、私はこれでも、結構イージーズの一員として働いていると思うんです」
芝居の中にちょいちょい素が混じってしまう彼女を微笑ましく見る。冗談で流すつもりだったのが、俺に礼を言われてちょっと照れているようだ。
とはいえ、彼女は店に直接は関わらないだけで、裏の方では本当に良く働いてくれている。本当に感謝してもしきれない。
そんな俺の微笑ましいものを見る目に少し唇を尖らせてから、コルシカは言う。
「そんな私なので、たまにはご褒美があっても良いと思うんです」
最初から交換条件の筈なのだが、これから俺は彼女に何かご褒美を上げるのだろうか。
と口に出したいところだが、そうするとまた話の腰を折ってしまいそうなので静かに待つ。
彼女はそれから、息を一つ呑む。俺はそんな彼女の緊張ぶりに釣られて、息を呑む。
コルシカは、ズビシっと俺に指差し、言った。
「なのでお願いです。今から総さんは、私の為にカクテルを作ってくれませんか?」
俺は、そんな彼女のお願いに、どんなリアクションをすべきか迷った。
出てきたお願いがあまりにもささやかだったもので、逆にびっくりしてしまったのであった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
大変お待たせし申し訳ありません。
以後はまた日曜に休みつつ、隔日更新のペースで行く予定です。
あと、コメントの返信少し遅れます。ご了承ください。




