とある休日の話(2)
※主に説明回で、少々長いです。申し訳ありません。
「では、これはどうですか?」
青髪の女性が差し出した銃を受け取り、俺は静かに精神を集中する。
銃と言っても、構造は俺が普段使っているリボルバータイプのものとは異なる。弾薬を込めるシリンダーこそ似通っているが、銃身や撃鉄なんかの細かい部分が違う。
引き金を引くのは、通わせた魔力を炸裂させるため。本質的には、そこに物理的な衝撃を加える必要はないのだという。
「基本属性『ウォッタ』、系統『ビルド』、マテリアル『オレンジジュース』アップ」
宣言と共に、俺は頭の中にカクテルをイメージする。
オレンジジュースの甘い柑橘と、調和するウォッカのアルコール。飲みやすく危険な、瑞々しい一杯のカクテル。
俺のイメージは、次の瞬間には起爆の為の魔力と化して指先に集まる。
ゆっくりとシリンダーに込めた弾へと流れて行く。
上手く言葉に出来ないが、少しだけひっかかりを感じた。
魔力の装填までを終えると、俺は銃を何もない広い空間に向ける。
静かに引き金を引きながら、そのカクテルの名前を口にした。
「【スクリュードライバー】」
引き金を引いたことで、シリンダーに込められていた起爆の魔力に火がついた。
だが、そこまでだ。
その銃口から放たれる魔力の塊は、水の魔力に毛が生えた程度のひょろひょろとした光弾と化す。
それは俺のイメージとはほど遠い弱さで射出され、ポンと小規模な炸裂をして消えた。
「……また失敗というわけですか」
「……んー」
その様子を見ていた二人の女性は、落胆を隠せないでいた。
一人は俺に試作銃を手渡した青髪の女性。
髪から僅かに覗く耳が、人間に比べて少し尖って見える、エルフのノイネだ。外見は二十代にしか見えないが、既に年齢は三桁を越えているという。
もう一人は、やや煤汚れの付いた作業着を着込んだ少女、イベリスだ。
現在地は、イベリスに管理を任せている工場の一室。主に新しい開発を行う為のイベリスのアトリエ──に隣接している広い空間。
機械の動作テストなんかを行うと共に、それ以外の色々な用途にも使われる殺風景な部屋である。
取り立てて特徴のないだだっ広い空間であるが、その一画にはバーカウンターが設置されているのが唯一の特徴だろうか。
「感触としてはどうでしたか?」
ノイネは落胆の表情を一先ず抑えて、努めて冷静に尋ねてきた。
俺は上手く言語化できない、違和感のようなものを伝える。
「やっぱり、魔力を流している時ですか? どうにも、違和感というかひっかかりみたいなものを感じるんですよね」
「また、それですか」
俺の感想に、むぅ、と唸り声を上げてノイネは黙り込んだ。
ノイネが言っていた用事というのは、カクテル魔法に関する相談事であった。今日は店の定休日ではないが、俺はオフであるのでこうやって実験に付き合っている。
この部屋で行われているのは、試作銃の試験運用。
試作銃とは、すなわちノイネが見出した新しい魔法の可能性。カクテル魔法の実用化に向けた実験で作られた銃のことである。
そもそもカクテル魔法とはなにか。単純に言えば、これまでの魔法というものと別軸に存在する、新しい魔法的な現象のことだ。
この世界には魔法がある。魔力というエネルギーに定義を与えて力とする技術のことだ。
そしてその魔法は、特別な技術でもある。
魔法使いと呼ばれるような、魔力を常人よりも大量に持ち合わせている一握りの存在のみが、己の魔力と訓練のもとで扱うことができるようになるもの。
魔力を魔法として使える人間は少ない。大半の人間は、精々魔力を少量放出するくらいが関の山であり、その程度で動く『魔法装置』を使うことにのみ魔力を使う。
しかし、俺が持ち込んだカクテルという技術には、不思議な特性があった。
もともと、酒ではなくポーションという魔力の源のようなものを使ったのが原因の一つではあるのだろう。
これまた俺の中から発見された『弾薬化』という魔法を用いて、カクテルを弾薬へと変化させると、それを銃で撃ち出すことで魔法に似た効果が生まれたのだ。
その事実は、これまでの魔法使いの立場を一変させる可能性をも秘めていた。
ただし、それは万人に使えるものではなかった。
どういうわけか俺が作ったカクテルを、俺が弾薬化した場合にのみ、実用的なレベルの魔法が発動するのだ。
俺は基本的にその魔法を護身用と見なし、誰かに必要とされるものとは思っていなかった。
それを必要としたのが、エルフであるノイネだった。
エルフは元来、魔法との相性は良いが、攻撃的な魔法を苦手とするらしい。そんな彼女達であっても、カクテル魔法が使えれば自衛の力を持つことができる。
隠れ里の防衛の目的で力を求めていた彼女は、カクテルの持つその側面に目を付けた。
先述した通り、カクテル魔法それ自体は、なぜか俺にしか満足に扱えないもの。
というので、それを万人向けに変更できないかという試みが、ここで日夜行われているのである。
「仕方ありませんね。何か飲み物でも飲んで、休憩しましょう」
それから、何度か調整を加えたが、結局芳しい結果を残せないままノイネが言った。
一同が浮かない顔をして、備え付けてあるバーカウンターへと向かう。
三人が三人とりあえず席に着いて、一息つく。それからふと可笑しくなった。
「……三人とも座っては、誰も飲み物を出すことができませんね」
ノイネが俺の思ったことを指摘していた。
何か飲もうと思って席に付いたのだが、バーテンダーが居ないカウンターはただの椅子でしかないのである。
俺は仕方ないと立ち上がろうとするが、それをノイネが止めた。
「良い機会ですから、私が何か作りましょう。何かご希望はありますか?」
「爽やかなもので」
「同じ感じが良いかも」
ノイネの問いかけに、俺とイベリスはのんびりとした口調で応える。
「はい。かしこまりました」
言って、バーカウンターの内側へと入ったノイネは、慣れた手つきでグラスの用意を始めた。
俺とノイネの師弟関係も、若干面白いことになっている。
もともと、ノイネは薬酒の専門家であった。俺はとあるリキュールを作る為にその知識を必要としており、ノイネは俺にそのリキュールを作る術を与えてくれた。
違う側面では、ノイネもまた自身の目的のためにカクテルの技術を必要としていた。
交換条件というほどではないが、俺もまたノイネにカクテルの作り方を教えたのだ。
薬酒に関しては俺が弟子、カクテルに関しては俺が師匠。そういう関係が二人の間には生まれていた。
「【ジン・トニック】です。どうでしょうか?」
暫くして、ノイネが出してきたのは【ジン・トニック】であった。
こういうタイミングで奇をてらうことがないのは、彼女の良い所だ。俺は恭しくグラスを受け取って、一口含んだ。
トニックのほろ苦い甘さが、ジーニポーションのキリッとした味わいに程よく絡み、とても丁寧な仕上がりである。
俺が教え始めて半年ほどではあるが、とても早い上達だ。
「美味しいですよ。もう基本はバッチリですね」
「お褒めいただき光栄ですね」
素直な賛辞の言葉を受け、ノイネは落ち着いて礼を言った。
俺の隣で同じように飲んでいたイベリスも、特に言いたいことは無いようで俺と同じ様な言葉を送る。普段のサリーに対する辛辣さは、どこへやらだ。
ノイネもまた、自身で作ったカクテルを飲み、ほぅっと一息を吐いた。
「……こちらは順調に美味くなっても、本題の方はさっぱりですね」
その疲れた声音に、俺は若干の同情を寄せた。
「いやいや、随分と形にはなってきたと思いますよ」
それは紛うことなき俺の本心であった。
ノイネがこの街に残って銃の研究を始めて半年強。その間に随分と銃は進歩した。何せ曲がりなりにも、魔法らしきものが発動するところまでは来ているのだ。
後の問題は、それをいかに実用的なレベルまで伸ばすか、といったところである。
だが、ノイネは俺の言葉に、いささか面白くないと言いたげに眉を寄せた。
「慰めていただけるのはありがたいですが、結果が伴わない現状では皮肉にしか聞こえませんね」
「……すみません」
「……いえ、こちらこそ当たるようなことを言って、すみません」
ノイネは額をとんとんと叩いてから、こめかみを揉み解した。
そして、ぶつぶつと独り言を呟きはじめる。
「……理論として、方向性は合っているはず。現に発動まで来ているのだからそれは正しい。しかしひっかかりとは何だ。魔力を高める、定義を与える、その過程に何か問題が発生している。だが、問題になる箇所が分からない。魔力の活性化が不十分なのか。それとも定義付けで齟齬が生まれているのか。銃本体での制御をこれ以上かけると、カクテルの特性である自由度に著しい制約がかかるし……」
完全に己の世界へと没入を始めたノイネ。
詳しい魔術的な事柄までは知らないが、俺も今の『試作銃』に関しては大枠の説明を受けている。
俺の普段のカクテル魔法は、出来上がったカクテルを弾薬にして、魔法にするもの。
今試作しているのは、銃に材料を装填して、内部でカクテルを作り、魔法を放つというもの。
試作銃には魔法発動の補助術式が組み込まれている。
弾薬の魔法的な融合に、活性化の補助と指向性の付与、定義の補強と、安定化などなどが『魔法具』としての『銃』の役割とか。
そうすることで俺以外が弾薬化した弾を用いても、理論上は十分な威力の魔法を発動できるはずであるらしい。
だが、現状では先程のテストのように、ひょろひょろとした光弾が出るのが関の山なのである。
「……カクテルを作るってのは、もっとシンプルで良いと思うけどなぁ」
頭を悩ませ続けているノイネを見ていると、ふとそんな感想が口に出た。
瞬間。何か重大な発見をした科学者のように、ノイネは目を見開いた。
だん、とカウンターに手を突き、俺に顔を寄せて尋ねてくる。
「夕霧さん。今なんと言いました?」
「え? もっと、シンプルに、って?」
「……シンプル」
俺の言葉を聞いたノイネは、シンプルという言葉にひっかかりを覚えたようだ。
「夕霧さん。なぜ、もっとシンプルにすべきと思ったのですか?」
「何故って言うか。ほら、カクテルって、作り手の思いとか技術とかがダイレクトに伝わるものじゃないですか。だから、なんというか、複雑なあれこれとか加えないで、もっとシンプルでも良いんじゃないかな、とか、思ったんです、けど……?」
「……………………」
急に尋ねられても魔法は門外漢である。ただなんとなく、カクテルを作る上で思うことを、ふわっと伝えた。
それを聞いたノイネは、再びぶつぶつと独り言を零しはじめた。
「……シンプルに。現状ではもしかして、補助が多過ぎる? 活性化を行う術式を排除して、弾薬そのものの活性状態を利用すれば。いや、それじゃ足りない。補助は必要だ。だけどどうやって。銃以外から何か……内部あるいは外部で……」
彼女がぶつぶつと悩んでいる間、俺はイベリスと他愛ない話に興じる。
しかし、それも束の間。ハッとした表情になったノイネは、俺ではなくイベリスへとぐいっと顔を寄せた。
「イベリスさん。試してみたいことができました。協力をお願いできますか」
言ったノイネの表情は、宝物を見つけた子供のように輝いていた。それはさっきまでの浮かない表情とはまるで違う。
その顔を見たイベリスは、好奇心をそそられたようにニッと笑顔を浮かべる。
「良いよ。今度は何を作れば良いのかな」
「設計をがらっと変えます。術者のイメージをもっとダイレクトに伝えられるように手を加えつつ、排除した機能を何らかの形で補います」
「良く分かんないけど、うん。そっちの方がなんとなく良さそうかも」
二人の間で、何らかの共通認識がなされたらしかった。
イベリスは、グラスをぐいっと干した後に、立ち上がる。
ノイネもまたカウンターから出てきて、試作銃を手に持ちつつ、俺に言った。
「夕霧さん。ご足労おかけして申し訳ありませんでした。また新しい試作銃を作りますので、その時はお願いします」
「分かりました。こちらこそよろしくお願いしますね」
その言葉を最後に、ノイネとイベリスはスタスタと部屋を後にしてアトリエに向かった。
何かに挑戦しようという二人の表情は、悩んでいる表情よりも遥かに魅力的に見えた。
だが、それは置いておいて。
残された俺は、ふとカウンターを見渡して、一人ごちる。
「っていうか。片付けは俺がやるのね」
何か道が開けた瞬間に周りが見えなくなるのは分かる。
だがせめて、洗い物を頼む、のひと言くらいはかけて欲しかった俺であった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
昨日、そして今日と更新が遅れて大変申し訳ありません。
次話から、幕間らしい感じの話になると思われます。
※1220 誤字修正しました。




