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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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とある休日の話(1)


 ──────




 目を覚ましたとき、自分の背中が汗でじっとりと濡れているのに気付いた。

 唐突に、今までぼんやりとしていた記憶が戻ってくるのは、たまにある。だけど今回の記憶は、少しだけ堪えた。

 なにもかも置いてきた筈の、日本でのことをふと思い出してしまった。


 戻りたい、と思うわけではない。

 そう願うほど、日本での生活が名残惜しいとは思わない。

 友人達に会えないのは多少寂しいが、彼らの中で俺の存在がそこまで大きいわけではないだろうし、大した問題ではない。


 だというのに、思い出した『白州』の空き瓶が、心にのしかかる。水を吸った上着みたいに、重く冷たく心を締め付ける。

 ただの空き瓶ごときに、凄まじい心残りを感じてしまう。

 それが、処分できなかったことへの申し訳なさなのか、置いてきてしまったことへの罪悪感なのか、俺ははかりかねていた。


 窓から外を見ると、まだ朝というには早い時間だった。薄ぼんやりと東の空が明るくなってきているが、夜の気配が色濃く残っている。

 眠ったのが遅いから、ほとんど眠れてはいない。しかし、すっかりと眠気が飛んでしまっていた。


「……二度寝……いや、少し散歩でもするか」


 布団に戻って目を瞑っても、次に眠れるようになるには時間がかかりそうだ。

 少しだけ、身体を動かして眠気を誘うことにした。




「さむっ」


 外に出ると、大分寒くなってきた朝方の気温を実感した。

 群青色になった空が、余計に寒々しい気配を深くする。それは空気の温度だけでなく、暗い世界で一人という、心情的なものも含まれるだろう。

 夢を見る度に感傷的になる自分に呆れるが、どうにもならない。

 自分は今、一人なのだと痛感していた。


「なんか、急に布団に戻りたくなってきたな」


 あまりの寒さにさっそく予定を変更したくなった俺である。

 だが、その変更を頭が承認する前に、人影が見えた。

 寮のある敷地内。カクテルの材料を生産している工場の入り口に、小さな姿がある。彼女は俺に気付いたのか、手を振って元気よく近寄ってきた。


「おはよう総。今日はすんごい早起きだね!」

「おはようイベリス。なんか、目が冴えちゃってな」


 まだ早い時間だというのに、中学生くらいに見える機人の少女イベリスは、元気一杯だった。溌剌とした雰囲気は、先程までの孤独感を霧散させてくれる。

 俺はそんな彼女に少しの感謝をしつつ、尋ねてみる。


「イベリスは、いつもこの時間なのか?」

「んー? いつもじゃないよ。今日は試したいことがあったから、上手く眠れなかっただけかも」

「あー。あるある」


 何か試行錯誤をしているときなんか、寝る前に色々考えていると眠りが浅くなる気がするのは俺だけだろうか。

 特に、難易度がギリギリのボス戦とか。寝る前にどうしても勝てなかったときとか、目を瞑っても頭の中で色々と戦術を試してしまって、上手く眠れないとか。

 ……昔のことを思い出すと、どうも思考が昔に戻るな。

 イベリスの言葉に同意した後、俺はさらに尋ねた。


「試したいことって、やっぱり『銃』か?」

「そんなとこ。基礎理論はもうほとんど完成してるし、あと、少しなんだけどね」


 そう言った彼女の表情は、言葉とは裏腹にあと少しと言った感じはしなかった。

 すぐそこに見えてきているのに、最後のパーツがどうしてもはまらない。そんなもどかしさが見えるようだった。


「大丈夫か?」

「大丈夫! 色々と問題があっても、納期に間に合わせるのが機人の意地だからね!」


 やや根を詰めているようなので心配して言ったが、イベリスはにへっと嬉しそうに笑った。

 だがそのあとに、やや意地悪な表情になって軽く言い返してきた。


「それに、いつも無理ばっかしてる総が言っても、説得力ないかも」

「……やや、自覚はあるな」


 強くは言い返せなかった。

 今まで確かに、カクテルのためならば、相当な無茶や無理を通してきた気がする。流石に命に関わるレベルの話はそう多くない……多くないよな……うん、多くはないが。

 これを突っ込まれると色々とまずそうなので、俺はさっさと話を変える。


「そういや、ノイネがなんか聞きたいって言ってたの、どうなった?」


 少し前に、朝の時間に言われたことだ。ノイネが『銃』に関してまた話をしたいと言っていたと。

 そしてそのノイネこそが、イベリスが取り組んでいる仕事に深く関わっている女性でもあるのだ。

 俺はそのとき、後で日時を指定してくれるように頼んだのだ。


「次の定休日はどうだってさ?」

「次の定休か……多分大丈夫──あ」


 何も予定がなかったと思ったところで、一つだけ予定が入っていたことを思い出した。


「いや悪い。その日はちょっと、ライと約束したんだった」

「ふーん」


 イベリスは特に追及はしてこなかった。

 今度店が休みの時には、ヴェルムット家に遊びに行く約束だ。特に用事がどうというわけではないが、反故にしたら彼女の機嫌がどうなることやら。

 しかし、そうなるとノイネの話が、少しややこしくなるかもしれない。

 何故ならば、ノイネは現在ヴェルムット家に居るのだ。

 彼女の割と真剣な話を置いておいて、遊びに行くというのは、人としてどうだろう。


「前倒しで対応できないかな?」

「だったら、次のシフトが休みのときは? 大丈夫なら、私からノイネに伝えとくから」

「それで頼む」


 若干、こちらの都合で予定を変えてもらうのに申し訳ない気持ちになる。

 が、イベリスの方は特段気にした様子もなく、背筋を伸ばし、軽いあくびをした。


「んじゃ、私はそろそろ作業に入ろうかな。総も見てく?」

「いや今日は遠慮しとこう。あんまり寝てないから、軽く二度寝をする予定」

「昨日は忙しかったの?」

「……まぁ、朝食の時にでもな」


 昨日は本当に色々盛りだくさんだったので、去り際にするような話ではない。

 イベリスはこちらに関しては多少好奇心を刺激されたのか、ちょっとつまらなそうに唇を尖らせる。が、すぐに気持ちを切り換えて、分かったと頷いた。

 やや楽しそうに身体を揺らし、声を弾ませる。


「またサリーをからかうネタが手に入ると良いなぁ」


 どうやら、彼女の中でサリーが何かやらかしたのは確定路線らしい。

 ……そして、しっかりとやらかしてしまっているのが、サリーの不幸というか、なんというか。


「……あと、その、あんまりサリーをイジメてやるなよ」

「イジメてないよ?」

「いや、俺は分かってるんだけどさ」


 イベリスのきょとんとした表情に、俺はなんとも言いにくいものを感じた。

 サリーが思いの外悩んでいたことは、あんまりバラすことでもない。が、それを説明しないと、イベリスのズケズケとした物言いは変わらないだろう。

 いやでも、変える必要あるか?

 そもそも、サリーとイベリスの関係は、遠慮のない友達同士のそれだろうし。イベリスの言葉で傷ついて、サリーが悩んでいるわけでもないと思う。

 ……やっぱりイベリスくらいの辛口が一人は居ても良いか。


「なんでもないや。それじゃまた後でな」

「うん。また後でー」


 朝から機嫌の良さそうなイベリスを見送って、俺は自室に戻ることにした。

 イベリスの元気のおかげか、感じていた孤独感は露と消えている。大気の寒さはまだ感じるが、気にするほどでもない。

 空の色も、群青から濃い青くらいに変わりかけていた。

 それを確かめていたところで、さきほどのイベリスに釣られたのか俺も軽くあくびが出た。


「……寝直すか」


 バーテンダーとしては、二度寝という選択は少し怠慢かもしれない。せっかく目が覚めたのに、その時間を睡眠に費やすなど褒められた行為とは言えまい。

 なんてことを思いつつも、俺はその欲求に抗うことはしない。

 今日はこれから、材料の補充を済ませて、アブサンとかの扱いを決めて、その他諸々を軽くスイと相談して、とやることが多いのだ。

 朝のひと時くらいは、多少好きに過ごしても許されるだろう。


 自分の中の『カクテル』にそう言い訳をして、俺はあくびを噛み殺すのだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


休日と言いつつ休日じゃなくてすみません。全体的には休日になるはずです。

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