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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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その言葉は虚空に消える


 それから、特に色っぽい話も無しに、暫くはサリーの愚痴を色々と聞いてやっていた。営業中は結構自由に見えても、色々と溜まっているものはある。

 グラスを片手に、次第に饒舌になっていく彼女に、俺は適度に相槌を返した。

 結局、時間にして二時間程だろうか。そうこうしているうちにワインのボトルは殆ど空になり、サリーの頭がフラフラと揺れ始めていた。

 口数がゆっくりと少なくなって、声に覇気がなくなっていく。瞬きも増えて、どこか目の焦点がずれていく。


 今日一日の疲れと、先程までの極度の緊張が効いたのだろう。

 酔っているというよりは、眠そうだ。


「サリー?」


 次第に目がとろんとしてきた彼女に声をかける。

 サリーはその一声に、大袈裟に目を見開いた。


「…………は、はい! …………ぃ……」


 脊髄反射のように元気よく言ったが、それからまた十秒もすれば、瞼の重さに耐えられなくなってくる。

 今は午前三時になろうかという時間だ。真っ当に考えれば、夜更かしも良いところ。朝食の時間を考えても、もうそろそろ寝るべきだろう。

 とはいえ、一応は夜の種族の筈なのに、ずいぶんと人間社会の時間に順応したものだ。

 変な所に感心しつつ、俺はお開きにしようと一人立ち上がった。ぼんやりと目線で追ってきたサリーに手を差し出す。


「もう帰って寝るぞ。ほら、立てるか?」

「……あ、た、立てます」


 サリーの返事はワンテンポ遅れながらも、素直だ。眠気で反発する気力がないのかもしれない。俺の手に引かれながら、ゆっくりと立ち上がる。

 酔い自体はあまりないのか、足元はしっかりしているようだ。


「大丈夫みたいだな。一応部屋までは送ってってやるから」

「……はい」


 うむ。俺の声にもしっかりと受け答えができている。そして何より、帰るのが面倒だとか言わないでちゃんと帰る気でいる。

 そんなところは、俺の部屋で良く潰れていた女とは違う。あいつは、俺の言う事なんて聞かずにそのままテーブルに突っ伏して寝に入る女だった。クソ迷惑だった。

『襲われたいのか?』と尋ねたときに『襲いたいの?』と尋ね返してきた笑顔を、今でも忘れてはいない。

 そんな鳥須伊吹を無理に送り返すのを諦めたのは、いつ頃だっただろうか。


 そんな過去に思いを馳せていると、いつの間にか口の端が緩んでいた。自覚したところで慌てて戻したが、それはサリーにも見つかってしまったようだ。


「……何を、考えてますか?」


 少し張りつめた声だった。

 サリーは俺の手を握る力をほんの少し強めた。緊張と好奇心──そんな気配が感じられた。


 俺の部屋を背景にした、見慣れていないのに見慣れた光景だった。

 散らかったテーブルに、夜の闇と魔法の光源。目の前には親しい少女の姿があって、そんな少女と二人きり。二人きりで、酒を飲んでいた。

 俺自身、少し酔っている自覚はある。全く違う筈のサリーを、シチュエーションだけで重ねてしまっている。

 頭の中に、ザザという雑音が生まれる。目の前の少女の像がぶれる。ふとした瞬間に心臓が高鳴りそうだ。

 でも俺は、なんでもなさそうに言った。


「別に?」

「……別に」


 俺の言葉を、サリーは復唱した。

 下手な誤摩化しだったかもしれない。ただ、頭がポヤポヤしている今のサリーなら大丈夫かなと少しだけ思った。

 暫く沈黙し、もしかして眠っているのかと思ったころに、サリーはぼそりと言った。



「……別に、良いのに」



 何が、良いのだろうか。


 聞き返すべきだろうか。

 沈黙を守るべきだろうか。


 ……………………。

 俯いた彼女の言葉に、疑問を持つが聞き返さない。

 俺はただ、曖昧にサリーに笑いかけた。

 こちらの様子をチラチラと窺っていたサリーは、俺の表情を見て何か言いかける。

 しかし、口を開いただけで、声にはならなかった。


「……すみません、長々と」

「いいや。弟子に色々と聞けて良かった」


 代わりに、耳障りの無い社交辞令でやり取りして、それで終わった。

 サリーとフィルの寝床である地下室まで送ってやり、明日は寝坊しないように気を付けろと厳命して、別れた。

 去って行く俺の後ろ姿を、サリーはずっと見ていたような気がした。




 自室に戻ってくれば、テーブルの上や流しに残っているグラスや食器の群れに、げんなりとする。

 宅飲みで何が嫌かと言えば、後片付け以外にあるまい。飲んでいるときの気楽さは店で飲むのと比べ物にならないが、終わった後の面倒さもまた、だ。

 程よく飲んで、程よく気持ちよくなっているときに洗い物など……。


「……いや、やろう」


 何もかも投げ出して、布団に飛び込みたくなる気持ちを抑える。

 今やるのは面倒だが、起きたときに残っているのは更に面倒なのだ。朝っぱらから嫌な思いをしたくない。

 俺は一度、テーブルの上の洗い物を全て流しに運んでから、洗い物を始めた。


「……………………」


 一人黙々と作業をする。

 そうしているときは、大抵その日の飲みのことを考える。

 楽しかったとか、勉強になったとか、そういう単純なことで一人にやけて。

 自分は正しいことを言ったかとか、なにか間違ったことをしなかったかとか、一人で悩んで。

 洗い物が終わるまでに、それらを整理して心にしまう。


「…………よし」


 今日は食べ物が多くなかったので、すぐに片付いた。

 これで心置きなく眠れる、そう思いつつ綺麗になったテーブルを見やる。

 後は寝るだけなのに、気付いたら自分が座っていたところに腰を置いて、ぼんやりと頬杖をついた。

 さっきまでここにサリーの笑顔があったと思うと、ほんのりと寂しくなる。今まで、一人で寂しいなどと思ったことはないのに。

 誰も居ない虚空を眺めて、虚しく響く言葉を口にする。



「伊吹。俺は今日、間違ってない、よな?」



 返事はなくて、ただ、しんとした夜の空気に言葉は消えた。

 サリーが言った『良い』とは、どういう意味だったのか。なんとなく考えた。

 あれは『自分を代わりに思ってくれても良い』とか、そういう意味だったんじゃないか。

 そんな発想にしか至らなくて、自己嫌悪する。


 俺は結局、サリーと一緒にいながら、彼女をしっかりと見られてなかったのではないだろうか。

 あいつの師匠だと口では言って、あいつのためとか偉そうなことを言っておいて。

 心のどこかでサリーを伊吹に置き換えて、俺自身が楽しんでいたのではないだろうか。

 だからこそ、サリーはそれを感じ取った。それでもなお、そんな俺に『良い』と言ってくれたのでは、ないだろうか。


 だったらあそこで、それを良しとしないことだけが、俺に出来る最後の選択だった。

 あいつの師匠としての最後の意地だった。

 それはきっと、間違ってなかったと思った。



「トライス。お前は今、どこで何をしているんだ?」



 救いを求めるように。あるいは縋るように。再び言葉を放った。

 答えが欲しかった。



「……俺はまだ、鳥須伊吹のことが好きなのか?」



 再三、言葉は消えて行った。


 トライスが何をしているのか。俺と彼女の間に存在する壁はなんなのか。

 それすら分からなくて、俺はただ毎日を、カクテルに使っている。

 それだけが彼女との繋がりだった。そうすることでしか、彼女へと通じる道は無いと思った。



 でも、もしそれが全て繋がったら?



 鳥須伊吹のことが、俺は好きだった。

 多分今でも、あいつのことが忘れられていない。

 でも、今の俺にあるのが伊吹への恋愛感情なのか、もはや違う何かなのか。

 その答えが、見えてくるだろうか。



「……寝よう」



 今は考えなくて良い。

 考えたところで答えが出ないことなんて分かり切っている。それで答えが出てくれるのならば、とっくの昔に分かっていた筈だ。




 目的なのか手段なのかも曖昧になったまま、それでもカクテルは俺の側に居てくれた。

 今はただ、その事実だけを胸に、今日を生きる。



ここまで読んでくださってありがとうございます。



宣伝です。ご報告遅くなってしまいましたが、今週二十五日に書籍の二巻が発売します。

詳細に関しては活動報告の方にも記載しております。

安いウィスキーが買える値段ですが、色々と加筆などもしているので買って読んで頂けると嬉しいです。

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