【プラチナ・ブロンド】(1)
用意する材料は、簡単だ。
これから作るカクテルには、フレッシュの果実が入る要素がない。とはいえ、この世界的には少々高級な材料を使いもする。
使用するグラスはカクテルグラス。印象的な逆三角形のグラスだ。余談だが、ここにあるのは店の備品ではないので、自腹でカムイさんに注文したものだったりする。
まずは台所の収納を開け、グラスと、常温で保存してある『コアントロー』を取り出した。このカクテルのレシピは『ホワイト・キュラソー』の指定だ。
グラスを清潔な布で軽く拭いてやり、冷凍庫を開けて氷と『サラム』を取り出す。入れ替わりにグラスをその中へと入れた。
こちらも、指定する材料は『ライト・ラム』に限る。これはニアリーイコールで『ホワイト・ラム』を指定したようなものだ。
ではなぜ『ダーク・ラム』ではいけないのかと言えば、それは単純。
色が大事だからだ。
「サラムとコアントロー……【X.Y.Z】ですか?」
俺の作業の様子を窺っていたサリーが、ここぞとばかりに尋ねてくる。
少し顔にドヤ感があるので、軽くイラっときて意地悪をしたくなった。
「なんでそう思った?」
「え? だって、その二つを使うカクテルと言えば──」
「いや、そうじゃなくて、なんで自分に相応しいカクテルが【X.Y.Z】だと思った?」
「…………そ、それはぁ」
途端に気まずそうに顔を逸らすサリー。何も考えて無いで、脊髄反射で答えたのが丸わかりである。
そして、そんなことは分かった上での質問だ。せっかくだからサリーの口から説明してもらうことにしよう。その方が面白い。
「早く答えろよ。氷が溶けるだろ。なんで自分が【X.Y.Z】に相応しいって?」
「……っ、だ、だって、あれです」
追いつめられたサリーは、さっきまで回していた目を、ふっと据える。簡単に言えば真顔になった。
営業中でもたまにある。返答に窮したサリーが、何か渾身の冗談を言おうというときの表情だ。
普段は調子の良い事を言っているサリーが真顔でボケるのは、酔っぱらったお客さんにはそれなりにウケが良い。ので、ここぞというときの彼女の必殺技でもある。
「ほら、私って可愛いじゃないですか。だから、総さんはきっと私の可愛さは【X.Y.Z】だよとか、そういう意味を込めたんだろうなって」
サリーはキメ顔でそう言った。
これが店であれば、そうだとか、違うとかの反応が返ってくるところだろう。
だが、俺はお店の酔っ払いたちとは違って、面白くない冗談に笑ってやれるほど優しい師匠ではない。
彼女のキメ顔と、俺の真顔が交錯し、先に目を反らしたのはサリーだった。
「……なにか、文句があるなら言えば良いじゃないですか」
「ああ、いや。そうだね、うん、可愛いね」
「ぐぅう」
せっかく肯定してやったのに、もの凄く悔しそうな顔で俺を見るサリー。
さてと、いつまでもとぼけた弟子に付き合っている暇は無い。本当に氷が溶けてしまいかねない。
俺は作業に戻りながら、横目でサリーに教えてやる。
「なに作ってるのか気になるんだったら、そこの机の端っこに、俺の手帳あるだろ」
「手帳? これですか?」
「それ。俺のカクテルメモだから、それっぽいの探してみ」
言うと、サリーは俺から目を離し、食い入るように手帳を読み始めた。
その中には、俺がまだサリーやフィルに教えていないカクテルや──俺のオリジナルのカクテルがいくつも入っている。更には、銃弾として扱った場合の効果などもメモしてある、重要機密である。
とはいえ、殊更に弟子に隠しておくほどのものではない。サリーはそれを読んで、へー、とか、ふーん、とか言っていたが、途中で無言になった。
さて、弟子はひとまず放っておいて作業の続きだ。
無駄な時間を取られたので迅速に、最後に冷蔵庫から取り出すのは『生クリーム』だ。
生クリームの作り方というのを俺は良く知らなかった。
曰く、生クリームは牛乳に含まれる脂肪分であるらしい。
牛乳は、色々な栄養素と水分と脂肪分の混合物であり、比重の重さによって自然に脂肪分が分離してくるのを、掬い取って精製するのが最も簡単な作り方だとか。
カクテルの材料として生クリームを求めていた俺は、それを知ってあるものを思い出した。機人の集落に確か『遠心分離機』が、どでんと転がっていたはずだと。
つまり、そういった工業的な手法でも生クリームは作れるのではと。
イベリスにも事情を話し、紆余曲折を経て、結果として、少し高級ではあるが材料としての生クリームを手に入れることに成功した。
電気と魔石という原動力の違いはあるが、機人の技術力に関しては俺の知っている現代のものとさほど変わりない。むしろこちらの方が上かもしれない。
機人がもっと、好奇心ではなくお金とかに執着するようであれば、この世界の文明は想像以上のスピードで進化しそうだと思った。
とはいえ、それでは機人ではなくなるので、商業的な話はまだまだ難しそうである。
と、種族間の話はどうでもよくて、今は作業だ。
取り出した三つの材料を並べて、俺はさっと器具を用意する。
使うのはシェイカーだ。ただ、今回は気持ち大きめのものを使う。シェイカーのトップとストレーナーを取り外し、ボディの口を開けたら準備完了である。
特に難しいことはない。
まずは生クリーム、次にコアントロー、そして最後にサラムをメジャーカップで20mlずつ計り入れる。
生クリームの注意点としては、やはり脂肪分であること。アブサンやパスティスのように、使用したらしっかりと洗う必要がある。
さもないと、見て分かるほど白く濁ったカクテルが出来てしまうことだろう。
生クリームを最初にするのは、その後の材料で少しでも器具を綺麗にしたいというささやかな抵抗。それと器具に残る分を少なくして、より正確な分量とする目的がある。
その作業が済めば、シェイカーの中で三種の液体が少し混ざり合う。
透明感のない、それでいて凛とした白がそこにある。
軽くバースプーンでステアし、手の甲に乗せて味を見る。問題はない。
そうと決まれば、氷を詰める。
ここも気持ち大きめの氷を選び、八分目ほどまで満たす。それから順番に蓋をして、シェイクへと移った。
いつもと同じように手首のスナップを意識するが、今日はいつにも増して少し勢いを付ける。
生クリームや卵などの材料は、その他の材料と混ざりにくいという特徴がある。水と脂、液体と固形物、と考えれば理解はしやすい。
それらを材料に使うときには、少しだけ氷の勢いを意識し、激しく、そしてちょっとだけ長めにシェイクを行う。俗に言う『ハードシェイク』だ。
ハードシェイクの特徴は、普通のシェイクに比べても空気が良く混ざること。また、力の関係で氷が砕けやすく、砕氷が口当たりを良くする効果もある。
総じて飲みやすくなるわけだが、いつも気をつけているように、やり過ぎれば途端に水っぽくなってしまう。その辺りをよく注意する必要がある。
普段よりも上下に、力強く音を奏でる。シャカンシャコンと氷の音が楽しげに響く。他の部屋から苦情が来たら大人しく謝らねばなるまい。
いつもより腕も疲れる。それでもそちらに気を取られるわけにはいかない。指先の感覚からシェイカーの中身に注意を払う。
液体に気泡が生じ、手の中の感覚がほんの僅かに変わる。そのタイミングで、俺はゆったりとシェイクを終えた。
冷凍庫からグラスを取り出し、シェイカーを持ってサリーのもとに向かう。
彼女は、目線だけで紙が破けそうなほど真剣に俺の手帳を睨んでいた。俺が作業を終えて戻ってきたことにも気付いていない。
「サリー?」
「ひゃい!」
軽く声をかけると、サリーは過剰に反応した。バシンと音を立てて、手帳を閉じる。
そして、俺のことを丸い目で見つめてくる。
俺のほうこそサリーにびっくりしつつ、恐る恐る尋ねた。
「……なんか間違いあったか? この世界の文字はまだ不安だから、もしそうなら教えてくれると助かるんだが」
「い、いえ、そ、そうじゃなくて」
「じゃあ、どうした?」
「そ、そのカクテル」
サリーは震える指先で、俺の持っているシェイカーを指差す。
俺がなんで戻ってきたのかを認識してくれたらしい。
「完成したよ。ほら、溶けるから早く」
「え、ええ、はい!」
サリーは相も変わらず変な調子だ。背筋をピシッと伸ばし、見るからに緊張している。やっぱり何か、変な記述でもあったんだろうか。
少し不安になったところだが、このままで居る訳にもいかない。
俺は少し白く結露したグラスを置いて、そのままシェイカーのトップを外そうとする。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
そんな俺の手を、何故かサリーが止めた。
「なんだよ。氷が溶けるって言ってるだろ」
「そ、それは分かるんですが、心の準備を」
「……なんで?」
いまいち要領を得ないサリーの行動に、俺はちょっとだけ苛ついてくる。
かつてこれほど、俺のカクテルの完成を邪魔する奴が居ただろうか。いや居ない。
「お前の心の準備はどうでも良いから、とりあえず注がせてくれ」
「駄目です! そ、総さんの気持ちは分かりますが、私にはまだ受け入れる用意が!?」
「だからなんでだよ。いい加減にしろ」
俺が少し強引に迫る。サリーはそれに怯む。
怯むのだが手は離さない。というかこいつ、ちょっと本気で止めてやがるな。俺の筋力じゃ、手がびくとも動かない。
くそ、どんだけ本気で俺が注ぐのを邪魔する気だ。いったいなんの目的があるんだ。
「……もしかして、何作ってるのか当てたいから待て、とでも言うつもりか?」
百歩譲って俺が理解できる理由を言ってみると、サリーはうぅと恥ずかしそうに唸り、言葉を重ねる。
「ち、ちがくて、あ、いえ、というかその、分かったんです!」
「分かった? 何を作ってるかが?」
「……はい」
どうやら、サリーは正解に行き着いたという。
まあ、ラムの項目をちょっと見てみれば、すぐに分かるといえばそうか。
……であるのならば、なおさらこの行動の意味が分からないのだが。
「じゃあ良いじゃん。答え合わせと行こうぜ」
「だ、だからその、私に答える準備が!?」
「はいはい。じゃ、注ぐからなぁ、目を瞑って答えをどうぞ」
このまま話していても埒が明かないと俺が強引に押し進める。
サリーはそこでようやく観念したのか手を離す。ぎゅっと目を瞑り身体を強張らせた。
俺は解放された手で、やっとシェイカーの蓋を外す。そして中から、とろりとした印象の、白いカクテルをグラスに注いだ。
「注いだぞサリー。さ、せーので答え合わせな」
「……わ、わかりましたわ!」
目を瞑っているサリーに言うと、彼女は手をぎゅっと握りしめ、そして頷く。
俺はすっと息を吸い、せーの、と声をかけて出来上がったカクテルの名前を呼ぶ。
「【プラチナ・ブロンド】」
それは、この白く美しいカクテルに相応しい名前。
俺の目から見たサリー。輝くような美しい銀髪の、息を呑むような美少女のイメージである。
対するサリーは、くわっと目を開いて、やけくそ気味に言った。
「び、【ビトウィーン・ザ・シーツ】!」
その意を決したような、盛大な誤回答に、俺はかける言葉が見当たらなかった。
言ったサリーもまた、目の前に並んでいるカクテルが、予想と全然違っていることに気付いて困惑の表情を浮かべているのであった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
すみません、コメントの返信少し遅れます。
何故間違ったのかの説明は次回にしますが、気になる方は自分で調べてみても良いかもしれません。
※1118 誤字修正しました。




