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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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弟子への一杯

「さて、何に致します? お客さん」


 ここ数ヶ月で使い慣れた台所に立ち、俺は冗談めかしつつサリーに問いかけた。

 サリーは少し酔っているのか、ほんわりとした表情をした後に、そちらもまた冗談っぽく返してくる。


「お任せしますわ。私の為に作って下さるのでしたら、なんでも」


 ふふん、と弟子のくせに俺を試すように笑ってやがる。

 俺はちょっとだけ彼女の顔を良く見て、そのシルエットを見て、そしてふっと笑みを返してやる。


「そうだな。お前の為にって言ったけど、少しだけ俺の遊び心に付き合ってくれよ」

「はい?」


 いつもは今の気分だの、好みだのを聞く所だが、今日はちょと趣向を変えた俺の言葉。

 サリーの不思議そうな顔に、俺はわざと真剣な顔を作って尋ねる。



「サリー。お前に弟子が出来るって言ったらどうする?」

「へ? わ、私に弟子、ですか?」



 青天の霹靂、とでも言うようにサリーは呆気に取られた顔をした。

 その顔が面白かったので暫く観察したくもなったが、あんまり放置すると、留守になって手元でうっかりテーブルのグラスを落としそうだ。

 仕方ないので、さっさと補足をすることにした。


「落ち着け今じゃない。まだそんな話はない」

「あ、なんだ、驚きましたわ」


 俺の話を聞いて、サリーはほっと胸をなで下ろした。

 しかし、そんなことあるわけない、とでも言うようなサリーを少し諌める。


「ホッとしてるけどな、決して無い話じゃないんだぞ。お前ももう一年だろ? 俺がお前等を弟子に取ったのは一年半だぞ。あと半年後に弟子を取るって考えてみろ」

「……想像付きませんわ」

「……まぁ、俺もまだ、間違いだらけのペーペーだけど」


 フィルやサリーの前では師匠面をしている俺だが、実際の経験はそんなものだ。まだまだ毎日悩みは多いし、カクテルも練習が欠かせない。

 日本で考えれば、二年程度ではカウンターに立たせてすらもらえないバーも、あるかもしれない。

 しかし、今はこうやって働いているし、弟子も居る。ましてやこの世界では、バーテンダー歴は一番長いわけだ。

 そんな俺の弟子であるフィルやサリーも、この世界で二番目に歴が長い。ゆくゆくはそういう話もあるだろう。


「だから、ちょっと考えてみよう。お前にもし弟子が出来たらって」

「…………はぁ」


 まだ混乱中といった感じではあるが、サリーはコクリと頷いた。

 俺はそれを確認してから、問いかける。


「自分に弟子が出来たとして、サリーはさ、どうしたいと思う?」

「どう、とは?」

「お前が、弟子に最初に飲ませる一杯は、どんな一杯が良いと思う? どんなカクテルが相応しいと思う?」


 俺がこんな話をしているのは、サリーが弟子というものを、どういう存在だと捉えているのかをなんとなく知りたいからだ。

 彼女の中の『弟子』という思いを知って、彼女がソレをどうしたいのかを知って。

 そして彼女の中にある『弟子への一杯』を、当ててみるのも楽しそうだと思ったのだ。


 答えは色々あるだろう。

 基本にして受け入れやすい【スクリュードライバー】や【ジン・トニック】で、まずはカクテルを楽しんで貰いたいと思うかもしれない。

 ステア、シェイクの技術の詰まった【ジン・フィズ】や【ダイキリ】で、自分もこういうものを作りたいと思わせるのも良い。

 カクテルの王様と名高い【マティーニ】で、カクテルという味の奥深さを知ってもらうのも面白いだろう。

 最初の一杯は、その人にとっての『カクテル』の一番深いイメージになりうる。最初に飲ませる一杯など、考えただけで限りない。


 そんな俺の遊び心に気付いているのか居ないのか。

 サリーは、想像以上に真剣な顔で悩んでいる。

 実際に自分に弟子ができる。その想像が上手く行かないながらに、彼女は精一杯考えて、それから、ぽつりと零した。


「その弟子に合った、一杯、を?」


 大分溜めてからのひと言。

 そして、それ以上の言葉はなかった。


「……人の話聞いてたか? 弟子に対して、どんな一杯を作るかって聞いてるんだから、そもそも合ってない一杯を作るわけないだろ」


 少しからかってやろうと思ったが、サリーは思ったよりも必死に反論してくる。


「ち、違くて! そういう、なんというか、こっちが考えることじゃないと思ったんです!」

「というと?」

「相応しい一杯は、その時にならないと分からない筈です」


 最初はとぼけたことを言い出したと思ったが、サリーは熱心に語っている。少し息を荒くしつつ、思いの丈を語ってみせている。


「自分が弟子を持ったら、そう思っても明確なイメージは浮かびませんでした。そんな相手に、相応しい一杯も何もありません。だから、自分が何をされて嬉しかったか、と考えてみたんです」


 そのじっと見つめてくるような視線は、少し照れる。


「……お、おう。それで?」

「私が楽しいときも、私が辛いときも同じです。どんな一杯の時でも、この人は私の為にこれを作ってくれたんだって思えると、嬉しかったんです。この人は、私を分かってくれている、そう思える気がして」


 そりゃ、状況に合わせた一杯を考えるのはバーテンダーの仕事だから、当たり前だ。

 当たり前だと思っていることを、一々言葉にされるのはこそばゆい。

 しかし、言えと言った手前止めるわけにもいかず、俺はムズムズしながら黙って聞く。


「だから私がもし弟子を持つとしたら、その弟子に合った一杯を。君のことはちゃんと分かってるよ、って伝えられる一杯が良いなと……思ったんですけど!」


 それまで真剣に語っていたサリーだったが、最後の最後で語調が荒くなる。

 途中で、心の内を語っているのが恥ずかしくなったのだろう。

 俺は途中までのからかう気をどこかにやって、こっちもこっちで恥ずかしくなりつつ言った。


「あー。まぁ、俺もお前等にはだな、その……少しでもバーテンダーを楽しんで貰えるようにって、結構色々考えてはいたから、そういう風に言って貰えると、嬉しい」


 逃げずに、真っ直ぐ弟子への感謝も込めた。

 サリーはちょっと嬉しそうに頬を緩めるが、すぐにきっと表情を引き締める。

 それからやや怒り気味に、あるいは、嬉しさを誤魔化すように言う。


「っ、も、もう良いじゃないですの! それで、何を作ってくれるんですか!」


 彼女の剣幕にビビるわけではないが、少しだけプレッシャーはかかった。

 こんなことを言われて『ほら、これがお前の弟子に作りたい一杯だろ』みたいな遊びを行うわけにはいかないだろう。

 俺が、俺の考えで彼女の為に一杯を作らなくては。


「……あー。ちょっとだけ、考えさせてくれ」


 堂々と待ったをかけると、サリーは少し口を尖らせて睨む。


「こ、ここまで言わせて……」

「そうじゃない。ここまで言わせちまったから、もうちょっと考えさせて欲しいんだ」


 そして、俺はサリーを見つめた。

 俺は果たして彼女をどう思っているのだろう。

 可愛く、そして憎たらしい弟子である。時たま、俺に作るカクテルに私情が混ざるのがいただけない。しかし責任は俺にもあるので、そこはまあ、今は考えるまい。

 そういう諸々の感情は抜きにして、俺は、彼女をどんな風に捉えているのか。

 彼女に相応しい一杯は、どんなものになるのだろうか。


「…………」

「な、なんですの、そんなに見つめて?」


 俺の視線に、サリーは恥ずかしがるように顔を逸らした。

 その折に、彼女の銀髪がゆらりと揺れる。流れるような細い輝きに、俺は自分でも無意識に言葉を漏らしていた。


「……綺麗だな」

「なっ!?」


 くわっとサリーが目を向いた。

 あわあわと口をわななかせる彼女に、流石に悪いと思って訂正を入れる。


「ああ、いや、お前の髪の毛を見て言ったんだ」

「…………そ、そう。それはありがとう、ございます」


 サリーはそんな俺の言葉に、思いっきり顔を俯かせた。

 彼女の綺麗な銀髪が、その表情を覆い尽くす。


「……分かってますもん。総さんは誰にでも、言いますもん。もう、慣れましたもん」


 震える声で言うサリー。銀の隙間に仄かに見える耳は、それでも赤く染まっている。

 失敗した。色々と感情を考えるようになってから、スイやサリーにはあまりこういった事を言わないようにしていたのに。

 少し酔っていると自制が利かず、ぽろりと思ったことが漏れる傾向にある。スイに対しても、サリーに対しても。

 俺はパンと、軽く自分の頬を叩いた。


「総さん?」

「いや、悪い。ちょっと酔ってる」

「…………ま、まあでも。もう少し酔ってくれても……」

「これからカクテル作るんだから、それじゃ困るだろ」


 ぼそりと零したサリーに告げる。それから顔を触れてしまったので一度手を洗い直す。

 そして、頭の中でカクテルを一つ決めた。


「待ってな。すぐに作るからさ」


 俺の言葉にサリーがまた顔を上げた。雰囲気が変わったことを察したのだろう。まだ少し顔は赤いながらも、バーテンダーとして、師匠を見る目つきとなっている。




 ほんの少しだけ、ニュアンスが異なるかもしれないが。

 これから作る一杯は、きっとサリーにピッタリの一杯であることだろう。



※1119 誤字修正しました。

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