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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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危機は去りて(5)


「……どうしてそんなこと、聞くんですか?」


 尋ねてから数秒。いや、もしかしたら数十秒経ったころ、サリーはぼそりと言った。

 彼女も彼女で、俺に視線を合わせることはない。手に持ったワイングラスを遊ばせながら、少し身構えている。


「一般論でさ。バーテンダーに限ったことじゃないが、こういう仕事をしてると、ふと『辛いな嫌だな』って思う時があるんだよ」

「総さんでもですか?」

「むしろ俺なんて、そんなんばっかりだぞ」


 今思い返してみたって、日本で働いているときに何度『辞めよう』と思ったことか。

 それでも俺はカクテルにしがみついて、今日まで続けてきたのだ。

 俺がおどけて言ったことで、サリーも少し気が楽になったのかもしれない。

 サリーがすっと一口ワインを飲む。コクリと白い喉が鳴り、今度は俺に視線を合わせた。



「辞めたいって思うわけじゃないんです。でも、私、向いてないんじゃないかって」



 真っ直ぐな視線と、相反する震え声。

 彼女の弱々しい主張に、俺は、イエスもノーも言わない。

 先輩がそうしてくれたように、今度は俺が弟子の話を聞く番だ。


「どうして?」

「え」

「どうしてそう思う?」

「…………」


 俺が再度尋ねると、サリーは少し言葉に詰まった。

 時として人は漠然とした、なんとなくの感情で動く。何か辛いことが重なると、それだけで逃げ出したくなる。

 だけど、その感情はあくまで結果だ。大事なのは、どうしてそう思うのかを知ること。なんとなく辛い、じゃなくて、どういう理由でそれが辛いのかを考えること。

 結果が生まれた原因を知って、それを解消するのが、問題解決に必要なこと。

 それが、この仕事で教わったことだった。


「それじゃ、どういうとき、そう思う?」

「……それは」


 サリーは上手く言葉を選べてないようだ。いつもあれだけハキハキ喋る少女が黙る。

 だが、それも仕方ない。自分の心の弱いところを、痛いところを言葉にするのは、結構な苦痛だ。

 今の時点でサリーの悩みはなんとなく分かるけど、それを俺から教えるわけにはいかない。


「……私は、最近カクテルを作るのが、怖いんです」


 ややあって、サリーははっきりと口にした。緊張でコチコチだったのとは違う、生の感情が、その顔を強張らせていた。

 俺は頷きながら、再び彼女に続きを促す。


「それはどうして?」

「……下手だから」

「下手だから?」

「自分が、カクテルを作るのが下手だから」


 はっきりと彼女は言った。

 俺から見ても、サリーはカクテルより会話の方が好きそうだった。カクテルを作るのを苦手としているのも、察していた。

 今日のフレッシュカクテルに関して露骨にビビっていたり、ライの注文に及び腰だったり。普段の注文でも、あまり積極的に作ろうとはしなくなっている気がしていた。

 そして彼女は、それに悩んでいる。

 俺はそれに頷きつつ、更に一歩踏み込んで聞いた。


「それはなんでだ?」

「……練習が足りないって言うんですか。練習しろって言うんですよね。分かってます。そんなの」


 サリーは少し不貞腐れたようにそっぽを向いた。

 尋ね方を間違えたな。軌道修正をしようと、それには否定を返した。


「言わないよ」

「え?」

「俺は、どうしてサリーが、自分は下手だって思うのか、聞きたいんだ」


 どうして下手なのか。ではない。どうして下手だと思うのか。

 肝心なのはそこだ。彼女は決してカクテルを作れないわけじゃない。下手なんて言っても、素人と比べて不味いわけがない。

 ではそんな彼女が、どうして自分が下手だと思うのか。

 サリーは酸っぱい顔をして、本当に小さな声で言った。


「……だって、最近、総さんやフィルのカクテルを頼むお客さんが多いんですもん」


 臍を曲げた子供のように、サリーは言う。

 確かに、最近は特にフィルの技術が上がってきていて、ことカクテルに関してはフィルのものを頼むお客さんも増えている。

 その傍らに立って静かに笑っているサリーの本心は、こうやって思い悩んでいたらしい。

 俺はそろそろ仕掛け時かと、ほんのりと口調を煽るように変える。


「それがどうして嫌なんだ?」

「どうしてって?」

「自分が作業しないで済んでラッキーとか思わないのか?」

「そんなこと!」


 ガタッとサリーが腰を上げた。その勢いで俺に食って掛かろうとして、直後、サリーは言葉を止めた。

 自分の中に発生した、怒りと憤りに戸惑っている様子だった。

 俺は彼女を宥めるように、すぐに謝った。


「悪い、煽るようなことを言った」

「え?」

「でも、どうして自分が怒ったのか、そろそろ言葉にできるだろ?」


 サリーは息を呑む。

 人が怒るのは、触れられたくないことに触れられたとき。そんな言葉は半分嘘だ。

 人は自分にとって大切なことを馬鹿にされた時にだって怒る。

 バーテンダーに向いてないのではと悩んでいたサリーが、バーテンダーの仕事をしなくて済むと言われて怒ったのだ。それだけ彼女は、真剣に悩んでいるのだ。

 カクテルを作るのが怖いと言ったが、カクテルを作りたくないとは言わなかった。

 サリーは先程の剣幕を忘れさせるような、しゅんとした態度で言葉を紡ぐ。


「……私が本当に怖いのは、カクテルを作ることじゃなくて。不味いって言われることじゃなくて」

「じゃなくて?」

「そのせいで、お客さんに嫌われること」


 うまくまとまっていない感情を、なんとか言葉にしてサリーは吐き出す。

 ひと言ごとに勢いが増し、溜め込んでいた水が吐き出されるように、感情が大きく唸る。


「嫌われたくない?」

「だって、そしたらフィルの方が良いってなって、私は必要ないってなって、バーテンダーに向いてないって思われて!」

「…………」

「それで総さんや、みんなや! ……母様に要らないって言われるのが怖いんです」


 勢いのまま言い切ったサリーは、興奮したように息を吐いていた。

 言い切ったあとに、次第にじんわりと涙が滲み、頬が恥ずかしそうに熱を持つ。

 言ってしまってから、どうしてこんなことを言ったのだろうと、後悔しはじめているのが丸わかりであった。


「良く分かった」


 俺は彼女の言葉を一旦全部受け止めて、そして深く頷いた。

 サリーはぐっと唇をすぼめて、大声で誤魔化したいのを必死に堪えるような顔をしている。そんな彼女にもう一度、今度はしっかり俺は謝った。


「俺が悪かった」

「……はい?」

「お前がそんなに悩むまで気付いてやれなくて、すまなかった」


 俺が頭を下げたことで、サリーは明らかに戸惑っていた。しかし今回ばかりは、俺もしっかりと謝っておかないと気が済まない。


「そうだよな。お前達二人は、母親に期待されてここに居るんだもんな。理由があればいつでも辞めて良い、普通に働き出したバーテンダーとは違うんだな」

「……そんな大袈裟なものじゃ」

「いや。元は俺が巻き込んだみたいなもんなのに、ちゃんと見てやれなくて悪い」


 フィルとサリーは吸血鬼だ。

 吸血鬼である二人は、通常の方法で魔力の補給ができない。それは種族的な問題だ。

 その不可能を可能にするのが、カクテルであった。そして二人は、その技術を手に入れて国に持ち帰るという約束を、母親と交わしてここにいる。

 二人が背負うものは、国や種族だ。吸血鬼と人間の関係性すらも一変させかねない重大な立場なのだ。

 当然、二人が抱える重圧は俺の想像の比ではないだろうに、少なくともサリーはそれをずっと胸にしまい込んでここまでやってきた。

 そんなことにも気付いてやれないで、よくもまあ師匠だなんて言えたものだ。


 俺は謝罪もそこそこに、彼女の頭をぽんと撫でた。


「なっ!?」


 サリーの表情が驚愕に歪むが、俺は構わず安心させるように彼女の頭を撫でる。

 俺の手を振りほどこうかどうしようか、葛藤を見せているサリーを無視して、俺は安心させるように言葉を選んだ。


「師匠として言ってやる。サリー。お前は充分バーテンダーに向いてるよ」

「…………」


 サリーの顔が強張る。そんなことない、と否定が書いてある。

 だが、そんな感情的な言葉を呑み込んで、ただひと言だけ尋ねてきた。


「……本当ですか?」

「ああ。本当だ」


 確かにフィルの方がカクテルは美味い。

 しかし、バーテンダーとして重要なのはそれだけじゃない。


「今度、フィルにも聞いてやらないとな。あいつも多分、サリーと同じくらい悩んでる」

「え? な、なんで?」

「それは教えてやらない。自分で気付け」


 そこで最後に一つだけ意地悪をした。

 ただ、きっとお互い無い物ねだりをしているのは間違いないだろう。


 サリー自身は気付いてないかもしれないが、カクテルではなく会話の部分で、サリーとフィルに差が出来ている。会話でよりお客さんを笑顔にしているのは、サリーなのだ。

 物静かなフィルの方を好むお客さんも当然いるが、別にサリーがそういう接客をできないわけじゃない。その差に、フィルもまた悩んでいることだろう。

 しかし、フィルの事情はフィルの事情。憶測でサリーに語ることでもない。お互いが、お互いを意識しあって成長してくれるのがベストである。

 俺はサリーの悩みを聞いて、あと一つ彼女にしてやれることを考える。


 そしで出た結論は、こうだ。


「サリー。せっかくだ、なんか作ってくれよ」

「え?」


 唐突な俺の注文に、サリーはきょとんとする。

 俺は彼女を撫でていた手を離し、手元のワインに伸ばした。

 流れ込むワインの渋みに、自分の出来の悪さを重ねるよう、呑み干す。

 そして、空になったワイングラスを指で弾いた。


「ちょうど空になってるんだ」


 俺はそこで彼女をじっと見つめた。

 テーブルの上には、まだ中身の残ったワインのボトルがある。当然、そちらに手を伸ばすことだってできる。

 しかし、サリーは俺の視線から逃げない。唾を呑み込み、言った。


「かしこまりましたわ」


 ぐっと引き締めた表情は、久々に見たサリーの本気の表情だったかもしれない。


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