その名は『銃』
それから、イベリスに頼んでいた色々な器具も受け取った。
彼女たち『機人』は機械と同時に、金属器具の作成にもまた技術があるらしい。
例えばシェイカーの予備。俺がこの世界に持ち込んだシェイカーは一つだったが、それを解析し、ほとんど同じものを何個か作ってくれた。材料は判然としない。
その他にも、バースプーンやメジャーカップなど、バーテンダーの必需品もある程度の数が揃った。紛失したときのためにも、いくつか数は欲しかった。
金属加工の方法は良くは分からないが、魔法的な『超自然的力』を利用して行っているらしい。
「あ、それともう一つあったよね! 忘れるところだったよー!」
機材を確認して満足した俺が、スイとともに工場を去ろうとしたところ。
イベリスが思い出したように、ある物体を取り出した。
隣にいたスイが「また、変な機械?」と、少しうんざりしているのが分かる。
だが俺は、取り出されたそれに、少しの興奮を込めて言った。
「出来たのか! 『銃』が!」
俺の言葉に、Vサインでイベリスは答えた。
俺はその筒状の金属を恭しく受け取って、確認してみた。
ごとりと重い。
金属の冷たさと、黒い塗装の重厚さが、尚更重く感じさせる。
グリップを握ってみる、それは不思議なほどに手にフィットして、吸い付くようだ。
「どうかな? 聞いてた機構は備えてあると思うんだけど」
「ああ、多分大丈夫だ。弾薬は入るんだろ?」
「そこはバッチリ!」
俺が作ってもらったのは、いわゆる『リボルバー』と呼ばれる形式の銃だ。
シリンダーと呼ばれる回転式の弾倉に、銃弾を込め、ハンマーで雷管を叩くことによって火薬を爆発させる、とても簡単なもの。
だが、構造がシンプルであるがゆえに、頑丈で信頼性も高い。
と、いう話を以前お客さんから聞いたことがある。
実を言うと、俺も銃についてはそこまで詳しくはない。
「それで、これってなんなの? 武器?」
「一応、武器、のはずだ」
その銃を作った張本人であるイベリスは、自分で作っておきながら首を傾げていた。
それもそのはずだろう。この世界には『銃』が存在していない。
魔法文明というのは知っていたのだが、故にこの世界での遠距離攻撃は『魔法』が一番強く、便利なようだ。
まして、発火や爆発に『火薬』ではなく『魔法』を使う世界。
『銃』という武器が、どうして設計され、開発され、普及することがあるだろう。
さらに言えば、そういった技術を持っているはずの『機人』も、戦闘に使うような機械を作ったりしないので、尚更だ。
この『銃』を作って貰うのだって、俺がお客さんから聞いた知識を口頭で説明し、後の設計はイベリスに丸投げしたのだ。
良く解っていない二人が作ったものなので、これから普及することもないだろう。
では何故作ったのか?
答えは簡単だ。
試してみたかったからに決まっている。
俺の使える魔法は『弾薬化』だ。
いや、そう名付けたのは俺だけど、この場合それは問題ではない。
個人的に、俺の魔法で形態変化を起こす物質が、弾薬の姿であるのには理由があると思ったのだ。
弾薬は、銃で撃ち出すもの。何かが起こるに違いない。
だから俺は、イベリスへと依頼をしていた。
勿論ソーダの機械が優先ではあったが、手が空いたら『銃』を作ってくれないかと。
依頼のとき、イベリスは難しい顔をしていた。作るのが難しいというわけではなく、それが何なのか分からないのが、あまり楽しくなかったのだろう。
だがそこは俺の専属契約者、依頼は確実にこなしてくれたというわけだ。
「それが武器ってことは、その『弾薬』って奴が、なんかあるの?」
「それは、今からちょっと試してみる。要らない部品とかないか?」
イベリスに尋ねると、彼女は雑多に転がっている機材の中から、適当なネジを拾って俺に渡してきた。丁度、弾薬くらいの大きさだ。
礼を言いながら受け取り、俺は『詠唱』を口ずさむ。
《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》
俺が唯二つ使える魔法の一つである『弾薬化』を唱えると、ネジはその姿を弾薬へと変えた。
こう見てみると、やはりどこからどう見ても弾薬だ。
撃ち出される部分である弾丸は、丸みを帯びて怪しげな金属光沢を見せている。
それを撃ち出す火薬が入る筒状の胴体も、何か魔力的な力を帯びている。気がする。
つまり、これを銃に装填してみれば、何かが起こる。
俺はそんな期待を込めて、出来上がったばかりの銃弾を、出来上がったばかりのリボルバーへと込めた。
そこまで行って、俺はそれをどこに向かって撃つのか考えていないことに気づいた。
ふぅ、と一息ついてから、何が起こるのかを期待している様子のスイとイベリスに尋ねた。
「えっと、危ないと思うから、ちょっと外で試していいかな?」
「良いけど、何が起こるの?」
「多分、凄い事が起こる」
俺はニヤリと笑みを浮かべて、外へと場所を移した。
空には雲が浮かんでいる。
そのまばらな一つに照準を定めつつ、俺はごくりと唾を呑んだ。
「それじゃ、行くぞ?」
俺の言葉に、スイとイベリスも緊張の面持ちで頷く。
俺はリボルバーの撃鉄を起こす。シリンダーが固定され、発射の準備が整う。
そして俺は、ついにその引き金に指をかけ、
引いた。
カン!
と甲高い音が、辺りに響いた。
「…………あれ」
「…………なにか?」
「…………えっと?」
以上だった。
リボルバーの撃鉄は、音高く弾薬の尻を叩いたが、それだけだった。
弾薬に特に変化は訪れず、銃はただただ、扱いの難しい打楽器と化していた。
そ、そんな馬鹿な!
「も、もう一回だ!」
俺は慌ててハンマーを起こし、引き金を引く。
このリボルバーは六連装なので、あと五回でもとの銃弾の所に戻ってくるはず。
そうやって操作しているうちに、誤って一回多く引き金を引いてしまった。
カン!
どこに向けたわけでもない銃が、危険も見せずに無慈悲に鳴った。
すでに何処にも、これから先に何かが起こると期待している人間はいなかった。
「総、帰ろ」
「……おう」
期待させるだけ期待させて、何も起こらないという始末。
スイの、涼しげな声が、ちょっとだけ優しかった。
弾薬だから銃というのは、何か俺の思い違いだったのだろうか。