危機は去りて(3)
「戸締まり確認」
店の鍵を閉め、声に出して確認を済ませる。しっかり確認をしても忍び込む輩が居る事は今日知ったが、今日だけだと願おう。
ちなみに、しっかり声に出すのは『今日鍵閉めたっけ?』の不安をなくすためだ。
「……少し寒いな」
ポーションで火照った身体の熱を吐き出すように息を吐く。
既に秋に踏み込んだこの季節。冷え冷えとした外気が、月明かりの白さを一層際立てている。
こんな時に、いつまでも外に居ても仕方ない。俺は背後に向き直り、じっと待っていたサリーに声をかける。
「さて、サリー」
「は、はい」
「これから行く所なんだけどさ」
俺が声をかけると、サリーは明らかに緊張した顔をしていた。
今まで弟子二人を連れて歩くことはあったが、基本は二人セットだった。
そんな状況なわけで、ずっとどこに行くべきかを悩んでいたのだが、結局答えは出なかった。
それなので、有力な二つの候補からサリーに選んでもらうことにしよう。
「少し騒がしい場所と、静かな場所。どっちが良い?」
ざっくりとだけ、サリーに伝える。
サリーは情報の少ないその二カ所に迷い、それから言った。
「その二つなら、静かな所が」
「了解。じゃ、行こう」
俺は彼女の選択に従い、行き先を決めた。
先導するように前に出て、ややぎこちない動きをしているサリーを見守りながら歩く。
……まぁ、これから行く場所に先導は必要ないのだが。
「って。ここ……」
歩いている途中で、サリーも明らかに何かに気付いた様子であった。
それでも渋々といった表情で付いてきて、次第に無表情へと変わって、辿り着いた所でようやく不満の声をあげた。
「総さんの部屋じゃないですか!」
「ようこそ我が城へ」
俺が案内したのは、イージーズの寮内にある俺の部屋である。
基本的には寝るかカクテルの練習をするか、もしくは静かに過ごすかという遊びの少ない部屋だ。
広めの台所、流しに、大きめの冷蔵庫、そして酒棚。後は読み書きの為の机という、俺にはとても過ごしやすい部屋だ。
去年の冬はヴェルムット家だったから断念したが、今年はイベリスに相談して、こたつめいた暖房器具を仕入れるのが目下の野望である。
サリーは、店の前での緊張した表情から一転、何やら俺を非難めいた目で見つめている。
「どうした? 不満か?」
「……いえ、でもその、奢りとかは?」
「部屋には俺が買ってきた酒がある。それを奢ってやろう」
「…………」
俺の給料をはたいて買った酒であるのだから、奢りに違いはない。
だけどやっぱり、サリーはちょっぴり不満気であった。
「……参考までに聞きますけど。もう一カ所はどんな所だったんです?」
それを聞いてどうするのかと思う。
思うが、聞かれたら答えるのもやぶさかではない。
「普通のお店だよ。普通に酒が飲める店」
「だったら」
「ただし、酒と一緒に女の子も付いてくる」
「…………」
サリーの目が、明らかに鋭くなった。
彼女の言いたい事が手に取るように分かったので、そこは流石に弁解させてもらう。
「仕方ないだろ。こんな時間に開いてる店なんてほとんどないんだから」
「……だからってその二択は、女性を誘う男性として──いえ、人としてどうなんです?」
「俺だって悩んだよ。だから選んでもらったんだろ」
「くっ、卑怯な」
そう。こうやって後で文句を言われた時のために、俺はサリーに選ばせたのだ。
まぁ、他にも選択肢自体は残っていたのだが、それは自主的に却下した。
もっと、大衆向けの酒場──イメージとしては、冒険者なんかがくだをまいているような店なら、開いていないこともない。
が、そんな店にサリーみたいな美少女を連れて行ったら話どころではない。絡まれる率は百%を越えるだろうし、そんな嫌な思いを彼女にさせたくはない。
……あと、サリー本人は強いので大丈夫だろうが、俺がただじゃ済まない。
というわけで、今日は俺の自室でおもてなしである。
「まぁ良いじゃないか。ここならどんなに酔っぱらっても帰れるし、安心だろ?」
「……安心って」
「もし俺に襲われたって、大声出せば良いじゃん」
「なっ!?」
俺がおちょくるようにからかうと、サリーは見る間に恥ずかしそうな顔をする。
が、それも一瞬。すぐ、不機嫌そうに唇を尖らせた。
少し、冗談にしては度が過ぎていたか?
「あー悪い。冗談だよ。襲ったりしないって」
「……む」
機嫌が全く戻る気配がない。
むしろ、さっきよりも更に機嫌が悪くなった気がするな。言葉にしてはいないが『それはそれで、むかつく』と言いたげだ。
まずったな。たかが部屋で飲むだけなのに、こんなに意固地になるとは思っていなかった。
ちょっと考えを改めて、俺は彼女に向き直り、少し真剣な声音で提案した。
「もしかして俺の部屋って、そんなに嫌だったか?」
俺の言葉に、サリーはごにょごにょと、煮え切らない返事をした。
「べ、別に嫌というわけでは、ただ、その」
「じゃあ、どうする?」
念を押して確認を取る。
サリーは一度大きく息を吐いて、ようやっと何か決心したように言った。
「分かりましたわ。お邪魔します」
「おう、入れ入れ」
いつまでも、部屋の入り口でぐだぐだとしていても仕方ない。
俺は彼女を適当に部屋の中へと案内してから、自分は台所に立った。招いた側が準備をするのは当たり前である。
「何飲む?」
「えっと、なんでも」
なんでもと来たか。じゃあなんでも良いか。
俺は、食器棚からさっとワイングラスを二つ取り出す。この世界でのワインの勉強も兼ねて色々買っているので、せっかくだから一本開けよう。
それから、冷蔵庫の中身を思い出し、ワインに合うだろうつまみを想定する。
思えば、ヴェルムット家に居た頃はフィルやサリーが俺の部屋に来る事は良くあった。だが、引っ越してからはほとんど無くなった気がする。
サリーは緊張した面持ちで、卓の前でカチコチに固まっている。
いったい、何をそんなに緊張することがあるというのか、あんまり緊張されて話ができないのでは困るな。
何か適当に、緊張を解すものはないだろうか。
そんな事を思っていたからか、うっかり自分の口から出た言葉に、自分で戸惑った。
「じゃあ、ちょっと準備するから。ゲームでもしながら待って、て……」
ずっと同じ姿勢で固まっていたサリーが、俺の言葉にきょとんとした表情で返した。
「ゲーム? 何かボードゲームでもあるんですか?」
「……いや、なんでもない。適当に待っててくれ」
「はぁ」
俺がなんでもないと返せば、サリーは釈然としない表情で引き下がった。
そして部屋をキョロキョロと見回しては、首を傾げている。
もちろん、彼女が幾ら探そうが、この部屋にゲームなんかあるわけがない。
だというのに、何故か頭の中では、その光景が自然に浮かんでいた。ゲームの話でも振って、場を賑やかそうだなんて、少しでも思ってしまった。
俺の許可も取らずにゲームを起動して、我が物顔でプレイし始めるような女が、ここに居る筈もないのに。
「……何を考えてるんだ俺は」
今更に俺は、自分とサリーの間にある認識のズレにはっきりと気がついた。
俺の中で、家で飲むというのは『彼女』と飲むのと、ほとんど同義だったのだ。
だから、特別な行為という感覚が無かった。久しぶりに行うただの日常だった。
何も考えずに、誘ってしまった。
でも、そうじゃないだろう。少なくともサリーからしたら、この状況が特別じゃないわけがない。
彼女がまだ、俺を好いていてくれるのであれば。
好きな人の部屋に呼ばれて、一緒にお酒を飲む。
こう書いたら、なんとも特別ではないか。
「……馬鹿か俺は」
俺は一度頭を振って、ニュートラルの状態に戻す。
招いてしまったものは仕様がない。今日の俺は、師匠として彼女に接するのだ。
せめて、それだけはと心に念じて、俺は買ってあった中で一番高かったワインを選ぶことにした。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
昨日は更新できずに申し訳ありません。少し体調を崩しておりました。
万が一の場合は、明日明後日など更新できないかもしれませんが、その場合はあらすじの所でご報告致します。ご容赦いただけると幸いです。




