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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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危機は去りて(3)


「戸締まり確認」


 店の鍵を閉め、声に出して確認を済ませる。しっかり確認をしても忍び込む輩が居る事は今日知ったが、今日だけだと願おう。

 ちなみに、しっかり声に出すのは『今日鍵閉めたっけ?』の不安をなくすためだ。


「……少し寒いな」


 ポーションで火照った身体の熱を吐き出すように息を吐く。

 既に秋に踏み込んだこの季節。冷え冷えとした外気が、月明かりの白さを一層際立てている。

 こんな時に、いつまでも外に居ても仕方ない。俺は背後に向き直り、じっと待っていたサリーに声をかける。


「さて、サリー」

「は、はい」

「これから行く所なんだけどさ」


 俺が声をかけると、サリーは明らかに緊張した顔をしていた。

 今まで弟子二人を連れて歩くことはあったが、基本は二人セットだった。

 そんな状況なわけで、ずっとどこに行くべきかを悩んでいたのだが、結局答えは出なかった。

 それなので、有力な二つの候補からサリーに選んでもらうことにしよう。


「少し騒がしい場所と、静かな場所。どっちが良い?」


 ざっくりとだけ、サリーに伝える。

 サリーは情報の少ないその二カ所に迷い、それから言った。


「その二つなら、静かな所が」

「了解。じゃ、行こう」


 俺は彼女の選択に従い、行き先を決めた。

 先導するように前に出て、ややぎこちない動きをしているサリーを見守りながら歩く。

 ……まぁ、これから行く場所に先導は必要ないのだが。




「って。ここ……」


 歩いている途中で、サリーも明らかに何かに気付いた様子であった。

 それでも渋々といった表情で付いてきて、次第に無表情へと変わって、辿り着いた所でようやく不満の声をあげた。


「総さんの部屋じゃないですか!」

「ようこそ我が城へ」


 俺が案内したのは、イージーズの寮内にある俺の部屋である。

 基本的には寝るかカクテルの練習をするか、もしくは静かに過ごすかという遊びの少ない部屋だ。

 広めの台所、流しに、大きめの冷蔵庫、そして酒棚。後は読み書きの為の机という、俺にはとても過ごしやすい部屋だ。

 去年の冬はヴェルムット家だったから断念したが、今年はイベリスに相談して、こたつめいた暖房器具を仕入れるのが目下の野望である。


 サリーは、店の前での緊張した表情から一転、何やら俺を非難めいた目で見つめている。


「どうした? 不満か?」

「……いえ、でもその、奢りとかは?」

「部屋には俺が買ってきた酒がある。それを奢ってやろう」

「…………」


 俺の給料をはたいて買った酒であるのだから、奢りに違いはない。

 だけどやっぱり、サリーはちょっぴり不満気であった。


「……参考までに聞きますけど。もう一カ所はどんな所だったんです?」


 それを聞いてどうするのかと思う。

 思うが、聞かれたら答えるのもやぶさかではない。


「普通のお店だよ。普通に酒が飲める店」

「だったら」

「ただし、酒と一緒に女の子も付いてくる」

「…………」


 サリーの目が、明らかに鋭くなった。

 彼女の言いたい事が手に取るように分かったので、そこは流石に弁解させてもらう。


「仕方ないだろ。こんな時間に開いてる店なんてほとんどないんだから」

「……だからってその二択は、女性を誘う男性として──いえ、人としてどうなんです?」

「俺だって悩んだよ。だから選んでもらったんだろ」

「くっ、卑怯な」


 そう。こうやって後で文句を言われた時のために、俺はサリーに選ばせたのだ。


 まぁ、他にも選択肢自体は残っていたのだが、それは自主的に却下した。

 もっと、大衆向けの酒場──イメージとしては、冒険者なんかがくだをまいているような店なら、開いていないこともない。

 が、そんな店にサリーみたいな美少女を連れて行ったら話どころではない。絡まれる率は百%を越えるだろうし、そんな嫌な思いを彼女にさせたくはない。

 ……あと、サリー本人は強いので大丈夫だろうが、俺がただじゃ済まない。


 というわけで、今日は俺の自室でおもてなしである。


「まぁ良いじゃないか。ここならどんなに酔っぱらっても帰れるし、安心だろ?」

「……安心って」

「もし俺に襲われたって、大声出せば良いじゃん」

「なっ!?」


 俺がおちょくるようにからかうと、サリーは見る間に恥ずかしそうな顔をする。

 が、それも一瞬。すぐ、不機嫌そうに唇を尖らせた。

 少し、冗談にしては度が過ぎていたか?


「あー悪い。冗談だよ。襲ったりしないって」

「……む」


 機嫌が全く戻る気配がない。

 むしろ、さっきよりも更に機嫌が悪くなった気がするな。言葉にしてはいないが『それはそれで、むかつく』と言いたげだ。

 まずったな。たかが部屋で飲むだけなのに、こんなに意固地になるとは思っていなかった。

 ちょっと考えを改めて、俺は彼女に向き直り、少し真剣な声音で提案した。


「もしかして俺の部屋って、そんなに嫌だったか?」


 俺の言葉に、サリーはごにょごにょと、煮え切らない返事をした。


「べ、別に嫌というわけでは、ただ、その」

「じゃあ、どうする?」


 念を押して確認を取る。

 サリーは一度大きく息を吐いて、ようやっと何か決心したように言った。


「分かりましたわ。お邪魔します」

「おう、入れ入れ」


 いつまでも、部屋の入り口でぐだぐだとしていても仕方ない。

 俺は彼女を適当に部屋の中へと案内してから、自分は台所に立った。招いた側が準備をするのは当たり前である。


「何飲む?」

「えっと、なんでも」


 なんでもと来たか。じゃあなんでも良いか。

 俺は、食器棚からさっとワイングラスを二つ取り出す。この世界でのワインの勉強も兼ねて色々買っているので、せっかくだから一本開けよう。

 それから、冷蔵庫の中身を思い出し、ワインに合うだろうつまみを想定する。


 思えば、ヴェルムット家に居た頃はフィルやサリーが俺の部屋に来る事は良くあった。だが、引っ越してからはほとんど無くなった気がする。

 サリーは緊張した面持ちで、卓の前でカチコチに固まっている。

 いったい、何をそんなに緊張することがあるというのか、あんまり緊張されて話ができないのでは困るな。

 何か適当に、緊張を解すものはないだろうか。


 そんな事を思っていたからか、うっかり自分の口から出た言葉に、自分で戸惑った。



「じゃあ、ちょっと準備するから。ゲームでもしながら待って、て……」



 ずっと同じ姿勢で固まっていたサリーが、俺の言葉にきょとんとした表情で返した。


「ゲーム? 何かボードゲームでもあるんですか?」

「……いや、なんでもない。適当に待っててくれ」

「はぁ」


 俺がなんでもないと返せば、サリーは釈然としない表情で引き下がった。

 そして部屋をキョロキョロと見回しては、首を傾げている。


 もちろん、彼女が幾ら探そうが、この部屋にゲームなんかあるわけがない。

 だというのに、何故か頭の中では、その光景が自然に浮かんでいた。ゲームの話でも振って、場を賑やかそうだなんて、少しでも思ってしまった。

 俺の許可も取らずにゲームを起動して、我が物顔でプレイし始めるような女が、ここに居る筈もないのに。


「……何を考えてるんだ俺は」


 今更に俺は、自分とサリーの間にある認識のズレにはっきりと気がついた。

 俺の中で、家で飲むというのは『彼女』と飲むのと、ほとんど同義だったのだ。

 だから、特別な行為という感覚が無かった。久しぶりに行うただの日常だった。

 何も考えずに、誘ってしまった。


 でも、そうじゃないだろう。少なくともサリーからしたら、この状況が特別じゃないわけがない。


 彼女がまだ、俺を好いていてくれるのであれば。

 好きな人の部屋に呼ばれて、一緒にお酒を飲む。

 こう書いたら、なんとも特別ではないか。



「……馬鹿か俺は」



 俺は一度頭を振って、ニュートラルの状態に戻す。

 招いてしまったものは仕様がない。今日の俺は、師匠として彼女に接するのだ。


 せめて、それだけはと心に念じて、俺は買ってあった中で一番高かったワインを選ぶことにした。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


昨日は更新できずに申し訳ありません。少し体調を崩しておりました。

万が一の場合は、明日明後日など更新できないかもしれませんが、その場合はあらすじの所でご報告致します。ご容赦いただけると幸いです。

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