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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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危機は去りて(2)

「それじゃ、お疲れさま」

「お疲れさーん」

「あんまり遅くなるなよ」


 それぞれ、ライ、ベルガモ、オヤジさんが思い思いの言葉をかけてくる。

 三人とも表情に心地よい疲労を滲ませつつ、少し同情的な目を俺に向けて店の扉を抜けて行った。

 普段であれば、俺もまたその集団に加わっているわけなのだが、今日はそういうわけにはいかなくなってしまった。

 カランと音がしてドアが閉まり、営業中よりも少し明るくしている店内に向き直る。

 簡単な掃除を済ませた店内で、カウンターに座ったサリーが頭を抱えていた。


「やっぱり、どうしても計算が合いませんわ」

「……そうか」


 それは締め作業の途中、伝票の計算をしていたときに発覚したトラブルである。伝票の計算を任せていたサリーが、計算が合わないと口走った。


 基本的に、こういう店ではまず開店前にレジ金のチェックをする。

 そして、営業中は逐一注文を伝票へ記入し、それに従って会計を行う。

 営業が終わった後に、残ったレジ金の中身と伝票を計算して照らし合わせ、金額が合っているのかを確かめるのだ。


 この計算が合わないということは、会計の際に何かトラブルがあったということ。

 もしくは伝票を紛失するなりしてしまったということだ。


「計算より、レジのお金が少ないですね」

「じゃあ、おつりを渡し忘れたってわけではなさそうか」


 会計時のトラブルで一番多いのはおつりの計算ミスだ。

 相手の払った金額に対して、多かったり少なかったり。忙しい時ほどおつりの計算を間違いやすい。

 特にウチみたいな店では、お客さんが他人の会計を持ったりすることもある。

 予め言われているなら、伝票記入の段階で気をつけられる。だが、後でまとめて払うと言われたときや、半分持つと言われたときなど、会計が混乱しやすい。

 で、そういう時にしっかりと計算を行わないと、ズレが発生するというわけだ。


 一応、当店ではイベリスの協力もあって、電卓という強力無比な道具が導入されている。

 いるのだが、今日のような殺人的な忙しさの中だと、ついつい暗算で済ませてしまうことも多い。

 必然的に、ミスが発生しやすい状況になる。

 ……その結果が、こうやって居残りしての再計算である。


「分かった。俺が一度チェックするから」


 言いつつ、ぎーっと椅子を引いて俺はサリーの隣の席に座る。それから彼女が調べていた伝票の束を受け取った。

 基本的に、ウチの店ではカクテル一杯は銅貨二枚。俺的に日本円換算すると一杯が千円の計算である。


 だが、本日はそこにフレッシュカクテルが入った。


 今まで説明してはいなかったが、この国では銅貨の下に、更に鉄と木の貨幣が存在している。

 鉄貨は銅貨の五分の一の価値。大体一枚が百円くらい。木貨は更に五分の一で一枚二十円程度の価値だ。

 金銀銅の三つと違い、他国との両替などには対応していないローカルな貨幣である。


 そして、フレッシュカクテルは通常の一杯に足して、鉄貨二枚とした。

 流石に、フレッシュまで同じ値段では原価率の影響が大きいと思ったが故の判断だが、それがあだとなった。

 時折、限定メニューでそういう調整は行っているのだが、今日の忙しさは会計の煩雑さを多いに高めた。


 結果として、現在進行形でどこで計算がずれたのかを必死に確認中である。


「まぁ、でも。お金を取りすぎたわけじゃなくて良かったですね。損したのはウチだけですし」


 俺の傍らに座ったままのサリーが、不幸中の幸いとでも言いたげに、安堵の表情で言った。

 確かに、お客さんの損という観点で考えれば、それは良かったと思えなくもない。

 だが、俺はそんな彼女の言葉に、静かに首を振る。


「それは勘違いだぞサリー。損得の話じゃないんだ。計算をミスしたってことは、信頼関係を崩したってことなんだ」

「え?」


 俺は、ポケッとした彼女に向かって、かつて先輩に言われたことを説明する。


「お金を取り過ぎた場合は、お客さんが損をしたわけだし、もう来なくなるっていうのも理解しやすい。でもお釣りを渡しすぎた場合だって、それを貰ってしまった罪悪感で、お客さんが店に来辛くなることもある。分かるか?」

「……なんとなく」

「お客さんが来なくなる理由は色々だ。それを止める努力はできても、それをなくすことはできない。だから俺達に出来るのは、こういった些細なことでもミスをせず、金額通りのサービスを提供できるよう、頑張ることだけだ」


 少し思い返すだけでも、自分のミスで来なくなったお客さんの顔は何人も浮かぶ。


 誤ってお釣りを渡しそびれたお客さんに、翌日電話で謝ったことがある。電話口で笑って許してくれたその人が、二度と来店することはなかった。

 タバコを吸うと知っているお客さんにうっかり灰皿を出しそびれたことがある。彼は最初の一杯すら飲むことはなく、火のついたタバコを持って出て行った。

 親しくなったつもりのお客さんに、少し馴れ馴れしい態度をとってしまったことがある。店の裏で先輩が、俺の代わりに必死で謝ってくれた事を後で知った。


 俺はまだ、サービスのなんたるかを語れるような、立派なバーテンダーではないだろう。

 それでも、自分にできることくらいは、しっかりこなしていけたらと思う。


「だから、どんな理由であれ、自分達のミスを良かったなんて思うのは良くないん──お?」


 口で説明をしつつ伝票の束を確認していると、気になる一枚を見つけた。

 小計まで算出した後に、小さく備考で『支払いは別人に移る』旨が記載されいてる。

 その前後を確認してみれば、先程の一枚に書いてある内容が、そっくりそのまま追加されたもう一枚が出てきた。

 計算してみると、足りない金額と、気になる一枚の金額がピッタリ一致していた。


「サリー。初歩的なミス。支払いが移った伝票をもう一度計算してる」

「え? あっ……」


 サリーは俺が差し出した一枚を見て、思い当たったように口を開いた。

 確かこのお客さんはたまに来てくれる若い女性だ。ちゃっかり男性に奢ってもらうのが得意だったりするのだ、これが。


「ふぅ。前言撤回だな。こういうミスだったら、良かったって思っても良いな」


 ミスをした、と思ったのがミスだった。なら誰も損はしない。

 あえて言えば、こうやって無駄な時間を取られるのは損なのだが。


「……すみません。うっかり」

「まぁ、今日が忙しかったのは仕方ない。だけど、こういう計算も機械的に済ませないで、できるだけお客さんの顔を思い浮かべながらやらないとな」

「はい」


 伝票に記載されている情報は、その日のお客さんそのものと言っても差し支えない。

 何名連れなのか、男性か女性か、分かるなら名前は何か。

 一杯目に何を頼んだのか、食事を良く頼む方なのか、味の好みは甘めか辛めか。

 何時に来て何時に帰ったのか、どのくらいお金を使ったのか、などなど。

 書き込もうと思えば、バーテンダーはいくらでも伝票に記入することができる。


 忙しい時にはそこまで詳細な情報を書けないというのはある。しかしそれでも、その伝票の人がどんな人だったのか──それをしっかりと覚えていれば、こういうミスは事前に防げるというものだ。


「以後気を付けるように」

「……はい」


 やや辛口で指摘すると、サリーは見るからにしょんぼりとしていた。

 忙しい時は生き生きと仕事をしていたが、少し落ち着いてからはどうにも凹んでばかりいるな今日は。

 俺はうーんと軽く伸びをしてから、ぽんと彼女の肩を叩いた。


「サリー。せっかくだから一杯付き合えよ」

「え、はい?」


 戸惑うサリーを置いて、俺はうんうんと一人頷く。


「今日は、なんだかんだ俺の無茶ぶりに付き合って貰ったわけだしな。お疲れ様ってことで、ちょっとだけさ」


 思えば、俺は師匠としてそういうところが半端だったかもしれない。

 弟子が何か悩んでいるふしがあるのなら、しっかり聞いて上げるのも師匠の仕事だろう。


「俺の奢りだけど、どうだ?」



 奢りという所を強調したからかどうかは分からないが。

 サリーはしばしの逡巡を挟み、こくりと小さく頷いたのであった。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


遅れてすみません(何回目でしょうか……)

説明した伝票についてなどは、あくまで一意見ですので、全ての伝票がそうというわけではないと思います。

よろしくお願いします。


※1220 誤字修正しました。

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