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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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在庫危機(5)

「マスター! リンゴ使って何か作ってよ!」


「サリーちゃん! ブドウでお願い!」


「洋梨かぁ……それじゃこれでオススメを」



 ポツポツと入り始めた客は、最初に黒板に目を留める。

 テーブル席のお客さんはいつも通り食事中心の注文をするだけだが、カウンターでは突然現れた限定カクテルがぐんと売り上げを伸ばした。

 俺とサリーのさりげない誘導もあって、大量に買い込んだ果物も順調に捌けていく。

 その様子をおや、と思ったテーブルの方でも、ライから限定カクテルの話を聞いて興味を持った人から注文が増える。

 営業の最中に、俺とサリーで密かに情報共有も進めて、まさしく戦いの中で限定カクテルは完成していった。



 そう、戦いの中で。



「マスター。今日は一段と忙しそうだねぇ」

「いやぁ、おかげさまで」


 そう言いつつ、面白そうに顔をにやけさせているイソトマに、俺は苦笑いを浮かべた。

 もちろん、満面の笑みで答えたいところなのだが、のしかかる作業量がそれを許してくれない。

 フレッシュを使うということは、それだけ作業量が増えるということ。必然的に、今までの作業に比べて時間がかかる。


 それを二人営業で行うカウンターは、控えめに言って修羅場である。


 加えて、今日はありがたいことに、お客さんの入りが一段と多い。

 会話している最中であっても、作業の手は一切止められない。元から止めはしないのだが、スピード優先のために、前を見ている余裕がほとんど無い。

 イソトマと会話しているが目線はほとんど下だ。まな板の上でリンゴの処理を行い、合間合間になんとか顔を上げ、カウンターを確認する。

 サリーもサリーで、最初の頃はともかく現在はノンストップで作業をしている。


「サリー。ブレンダーまだか?」

「もうすぐ洗い終わりますわ」


 ちらりと隣に視線を飛ばせば、猛スピードで洗い物をしているサリーの姿。

 想定通りブレンダーはほとんどリンゴ専用機となり、ブドウや洋梨の出番もあって、ブレンダー、シェイカー、すりこぎはフル活用である。

 このブレンダーが厄介で、一度使うと洗うのにとにかく時間がかかる。注文が立て込んできて、最低二杯分以上を条件に出すようにしてもギリギリだった。

 最初はバラバラに動いていた俺とサリーだが、現在は定位置のまま動かずに作業を分担する形になっていた。

 普段の営業で手を抜いているつもりはないが、久々に自分の限界が見えて修行不足を痛感しているところである。


「いやぁ。マスターが余裕なくなってるのを見るのは新鮮だ」

「いえいえ、こんなの全然余裕ですよ、あはは」


 イソトマの言葉に表面上は穏やかに返す。だが、内心は頭が一杯だ。

 ブレンダーの準備ができたら、切っておいたリンゴを使ってフレッシュカクテル。それが済んだら、残り少なくなっているお客さんに次の注文。その後に果実の補充をして、それから……ああ、伝票記入を先に済ませておくべきか。既にいくつか溜まってしまっている。


「総! 洋梨で二杯お願いしても良い!?」

「了解!」


 と頭の中で順番を整えているところで、ライからの割込注文がはいる。

 簡単に返事をしてから、作業順序を考える。

 リンゴの次にその注文か。いや、伝票記入を先に済ましたほうが良さそうだ。食事側だから、ライに伝えるだけで良い。


「総さん、洗い終わりましたわ」

「サンキュー。一旦洗い物止めて、そのまま洋梨二杯頼む、ライに」

「了解です」


 サリーが洗い終えたブレンダーを組み立てつつ、自分が取るべき行動の順序を入れ替えて行く。

 洋梨は任せたから、目下の仕事は……このブレンダー。


「それと、あちらのお客さんがメニューをご覧になりたいと」

「分かった。今端のカップルの所にあるから。ちょっと待ってもらってくれ」


 サリーの声に返答をして、はて、自分は何をしようとしていたのか。一瞬飛びかけた。

 そうだ、注文が入ってそれをサリーに任せ、それから……ああ、伝票の確認が先の方がやっぱり良い。忘れる。


 カコロン。と甲高い音が、喧騒の中から耳に届く。


 音の出所をちらりとだけ見れば、男性二人組のお客さん。片方のグラスがほとんど空になっているようだ。今のは、氷がグラスの底を叩いた音である。

 注文を取りに行かなければ、それの優先順位は……ああもう、カクテルの後だ!


 繰り返しだが、カクテルの寿命はおよそ十五分と言われている。

 基準として、一人の人物が一杯のカクテルを十五分で飲むとしよう。

 その十五を、現在の客数で割ると、一人当たりの持ち時間が算出される。

 で、現在の客数はほぼ満席。少なく見積もって十人前後のお客さんがカウンターに座り、更にテーブル席の注文もある。

 準備、作成、片付け、それに会話を挟んで、一杯一分強のペースである。


 圧倒的に、手が足りない。


 フレッシュの処理の時間が大幅に響いている。悔しいが、俺自身の経験不足から余計な時間がかかっている自覚がある。

 油断すれば頭が真っ白になりそうな忙しさの中、手だけは動かして作業を進める。

 目の前のことに必死で、次に何をやるべきかを考える余裕が出てこない。

 このままではいけない。キャパシティをオーバーした状況が、取るべき最善手を見えにくくしている。


 ぶつ切りにしたリンゴを他の材料と一緒にブレンダーにセットし、スイッチを押すと同時に一度大きく深呼吸した。


「総さん。これが終わったら私は洗い物を?」

「少し、待ってくれ」


 俺の手が止まったタイミングを見計らってサリーが尋ねてくるが、一度だけ彼女に待ったをかけた。


 先輩に教わったことを思い出す。

 忙しくてテンパっている時には、一旦思考を停止して深呼吸して落ち着くべし。

 落ち着いて、今やるべきことを冷静に見つめ直すべし。


 優先順位が高いのは、お客さんの満足に繋がること。

 次が飲みたいのに、出てこない状況は論外。

 話したいお客さんを放置してしまっている状況は、それより少しだけ優先順位が低い。

 照明の明るさや空調の調整は、暇ができたらで良い。さっとやる。


 では、何よりも一番に済ませるべきは?


 このごちゃっとして作業し辛くなっている、作業場の整理に決まっている。


 何よりも作業のスピードが早くならなければ、挙げた全部が片付かない。

 忙しさにかまけて、カクテルに使ったボトルが出しっ放し。何度も出し入れした氷は軽く溶けかけてきている。生ゴミの処理に時間が取れず、まな板も狭くなっている。

 こんな状況で、素早い作業ができるものか!

 十秒で済む。それがまず一番だ。


「……よしっ」


 ブレンダーが俺の代わりに作業してくれている時間で、頭の中の整理は終わりだ。

 カウンターに目配せして、優先順位の高さをさっと確認しなおす。

 それから指示を待っているサリーに告げた。


「サリーはそれが終わったら、一旦カウンターの上を片付けてくれ。それから、メニューを届けて、あちらの男性に注文を」

「分かりました」


 その指示の後、速攻で洋梨のカットを終えてサリーに渡す。洋梨はぶつ切りにして、すりこぎで潰す形で落ち着いている。

 で、ブレンダーを使い終わったら俺は、作業場の整理。伝票の確認。そしてサリーが注文を取ってきたらそれを、無ければ孤立しているお客さんを適度に繋ぐ。

 なんだ、落ち着いて考えればやることなんてほとんど無い。焦ってごちゃごちゃするから、忙しく思えるだけだ。


「もう少しでラッシュも終わる。頑張るぞ」


 隣のサリーに、小声で伝える。

 彼女はやや疲れた笑顔で、はい、と頷いたのだった。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


作中で製作しているフレッシュカクテルなのですが、実際に試作してレシピを完成させるところまでこぎつけられませんでした。

大変申し訳ありませんが、作中でレシピ及び材料の表記はありません。もし、今後試作が終わりましたら、改めてその辺りを加筆するかもしれません。

説得力の無い描写になっているかもしれませんが、広い心で流して頂けると幸いです。


※1014 誤字修正しました。

※1027 表現を少し修正しました。

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