三つの炭酸飲料
「ど、どうかな?」
イベリスが差し出したボトル。容量はおよそ350mlというところ。
俺はそれを受け取り、栓抜きで密封を解いた。
ブシッ、と軽快な音がして、同時に中の液体が泡立ち始める。
俺は慌てずに、用意していたグラスを斜めに傾けながら液体を注いだ。
そして一口。
「……最高だ」
それはまぎれもなく、ソーダだった。
以前自作した『クエン酸重曹ソーダ』ではない。
水と二酸化炭素からなる、純粋なソーダであった。
「へへ! やったね! 一週間もかかっちゃってごめんね!」
「とんでもない。ソーダを作成する機械を、全く何も無いところから『一週間』だ。上出来にも程がある」
「じゃあ、ありがとう!」
俺の飾る所など何一つない賞賛に、イベリスは照れた笑みを返した。
俺がこの世界に来てから、一週間が経過していた。
一人暮らしが長いので久しぶりの共同生活だったが、ヴェルムット家には不思議なほど早く馴染めた。
生活レベルに関しても、もともと最底辺みたいな生活だったので特に変わりはない。魔法器具で水と火が使えるのであれば、問題などあるはずがない。
ジャンクな味が無いことと、気軽に酒を買えないことくらいが不満だろうか。
初日に徹夜したおかげで、体内リズムは朝方になんとか戻せた。朝になるとライが俺を起こしに来てくれるので、無理に直さなくてもそのうち直っただろうけど。
そして、朝食に軽い物を頂いたら、オヤジさんは店の仕込み、ライは自分の仕事が出来るまでは、どこかへ働きに出る。
残されるのは俺とスイ。ここ一週間は、準備と勉強の日々だった。
勉強といっても、国語や数学なんかを教わる必要はないし、簡単な地理や社会情勢に道徳といったところだ。
教わった情報は、正直言ってあまり興味がなかったので少ししか覚えていない。
この国には王がいること、この街には領主がいること、そして領主とは王に仕える者であること、そんなところだろうか。
道徳に関しても、公序良俗の類いに大きな注意事項は無さそうだった。
それよりも俺が重視していたのは、バーを開店するにあたっての準備だ。
コールドテーブルの設置については、『弾薬化』の魔法で持ち運びが大変楽になったのもあって、想定よりも早く終わった。
だが、割り材の確保は思うように進んでいない。
全てをフレッシュ──生の果実で賄おうとすると、どうしても『原価』がかさみすぎてしまう。さりとて、この世界のジュースは、少し甘すぎるのだ。
どうにも、この世界のジュースは砂糖などの甘味を加え過ぎる傾向がある。もともと、常飲するようなものでもないのかもしれない。
そうなると、必然的にそれ以外の割り材──ソーダ系の需要が高まった。
そして白羽の矢が立ったのが、俺と専属契約を結んでいるイベリスだ。
コールドテーブル設置の折に、俺は彼女へとダメもとで頼んでみたのだ。
『炭酸水を、ボトル詰めの状態で生産する設備を作れないか』と。
彼女は最初きょとんとし、すぐににかっと笑った。
『分かった! ちょっと遅くなるけど任せて』と。
そう言ったので早くても数ヶ月はかかると思っていた。
それが、たったの一週間でこうやって形にしてきたのだ。
これが驚かずにいられるだろうか。
「しかし、どういう仕組みなんだ?」
俺は彼女が作った『ソーダ生成機』に目をやる。
なんというか、水の入った槽がついた自動販売機のような機械だ。
俺の頭の中では、ソーダの作り方は水と炭酸ガスと圧力が関係していたような気がするのだが、この機械はもっと自由な感じに見える。
俺の疑問に、イベリスが得意気に説明した。
「簡単に言うと、水と二酸化炭素を『魔法』で合成する機械だよ! 二酸化炭素は結構簡単に作れるし集められもするから、それを蓄積して、ボタンを押すと必要な分だけ混ぜて出してくれるの」
うん、魔法ってすごい。
というか、二酸化炭素を集める機械とかも作れるんだな。機人はやはり、俺の世界の化学とは少し違った進化を遂げているようだ。
魔法と化学を合成した『機械』を作っているのが、その良い例だ。
「でも、完璧だ。『ソーダ』が手に入ったら、次は三つの炭酸飲料だな」
「三つ?」
「ああ」
イベリスの目が、達成感以外の何かでギラギラと光っていた。
まさしく、好奇心といったところだろうか。
どうやら彼女もまた、俺の直面している課題に興味を持っているようだ。
「『ソーダ』が出来たら、次はそれを基幹に据えた三つの炭酸飲料に取りかかれる」
俺は説明の姿勢に入り、指折り説明していった。
「一つは『トニックウォーター』。キナっていう植物の成分と柑橘成分、それに甘味をソーダに混ぜ込んで作られる、甘苦い炭酸飲料だ。もっとも、俺のいた国で売られているのにはキナが入ってないそうだけどな」
トニックウォーター。
あまりにも有名なスタンダードカクテルである【ジン・トニック】の材料となる炭酸飲料。他にも【ソル・クバーノ】や【スプモーニ】などといったカクテルに使われる。
様々な用途があるし、オリジナルカクテルを作る際に少し加えるだけで深みが出たりもする。重要な割り材だ。
「一つは『ジンジャーエール』。ジンジャー──生姜の風味を効かせた、辛くて甘い炭酸飲料だな。まぁ、その辛さに幅はあるから、一概にどんな味とは言えないんだが、スッキリとした飲み心地はたまらない」
ジンジャーエール。
そのドライな辛口と、癖のない甘みから、トニックとは違う方向性で甘酸っぱく仕上げたいときなどは重宝する。
有名なカクテルでは、ウォッカとライムを使う【モスコ・ミュール】がある。他にも【ジン・バック】や【ボストン・クーラー】など、それなりに知名度のあるカクテルが並ぶ。
生姜独特の辛みだけで十分な地位をもつ、ある種、王道な炭酸飲料ではないだろうか。
「そして最後の一つが『コーラ』。これの材料は複雑怪奇で、色々な製造元で門外不出らしい。だが『コーラ』の実が材料とされていたから、それが製品名となった、という逸話は有名だ。甘く、少し南国的で、独特な風味を持っている」
コーラ。
カラメル色素独特の、黒に近い茶色をした炭酸飲料。コーラで作られる代表的なカクテルなら【キューバ・リブレ】を真っ先に上げたい。
キューバの自由という意味だそうだが、ストレートにこのカクテルを呼ぶ【ラム・コーク】という名前も悪くない。
説明し難い、甘く濃い風味ある味わいが、世界中で人々を魅了してやまない、魅惑的な炭酸飲料である。
「そしてこれら三つは、原液を作って炭酸で割る事で完成できるんだ。ソーダさえできてしまえば、後は原液をどうやって作るかになる」
「つまり?」
「時間の問題ということだ。作り方が分かってしまえば、後は増産だ。イベリスにはまた、自動で生産する機械の着手に取りかかってもらうことになる」
俺はニヤリと悪い笑みを浮かべて、断言した。
最初はかなり手間取るかもしれないが、材料比率さえ分かってしまえば後は自ずと生産に繋げることはできる。
その試飲を行うためのソーダは、すでにこうやって生産の体制が整い始めているのだから。
「今はとにかくこの『ソーダ作る君』の改良に努めてくれ。増産体制を確立して、在庫切れなどが起きないようにしたい」
「分かった! なんだか、ちょっとワクワクしてきたかも……!」
俺の興奮が彼女に伝わったかのように、イベリスは武者震いをした。
だが、それが開発者としての、いや『職人』としての正しいあり方にも思えた。
無理難題を自分の力で越えることに、成長の楽しみがある。
その先には地続きの達成感がある。
諦めることは容易いが、それでは楽しくないのだ。
「ふっふっふっふ」
「へへへへ」
「はっはっはっは!」
「くひひ!」
俺たちは互いに見つめあい、これから先の楽しい未来に笑みを浮かべた。
「ちょっと気持ち悪い」
そんな俺たちを、普通に付き添いで来ていたスイが冷めた目でそう評した。
ブックマークや感想など、大変ありがとうございます。
とても励みになっています。
また動きのない地味な回ですが、そろそろ一章の終わりが見えてきました。
地道な進み方ですが、お付き合いいただければと思います。
※0720 誤字修正しました。
※0805 誤字修正しました。




