それまでの人生の終わり
なりたいものがあった。
昔から、趣味なんてほとんどなかった。
子供の頃、俺は家の中で遊ぶ子供だった。
運動が苦手ってわけではない。ただ、運動より好きなものがある。
それがゲームだった。
当時小学生だった俺は、とりわけRPGが好きだった。
自身が操る主人公が、様々なドラマを体験する。
成功も、失敗も、苦難も、試練も乗り越え、最後には世界に平和をもたらす。
そんな感動的なストーリーのそれだ。
ゲームをしている間は、まるで自分がその世界にいるような気がして、それがたまらなく幸せだった。
ある時、ゲームというものはゲーム会社で作られていることを知った。
ゲーム会社ではゲームクリエイターという人間がいて、彼らはプログラムというものを操り、ゲームを作っているらしい。
その情報をどこかで手に入れた。
そして俺は、ゲームクリエイターというものを目指してみようかと思った。
中学を出て高校に入り、進路に迷わず、大学ではプログラムを学ぼうとした。
大学に入って、プログラムを学んでいるうちに、あることに気づいた。
『自分は、ゲームをやるのは好きでも、ゲームを作るのは向いていないのでは?』と。
ただ課題をこなす為にコードを書き、原理を頭に入れ、ループを回す。
その繰り返しに、楽しみが見出せなかった。
大学の終わりに、就職活動が始まる。
ふわりとした気持ちで、いくつかのゲーム会社を志望した。
幸い、書類審査は通る。
愚直に学んだ内容を、ただ愚直に書く事で、一定の技術は認められた。
そして、面接で落ちる。
ゲームに感動し、ゲームに憧れた。だからゲームが作りたい。その気持ちはある。
だけど、ゲームを何の為に作りたいのかという気持ちが、思い浮かばなかった。
気づけば、就活という時期は終わり、俺は何も決められないまま卒業を迎えた。
試しに色んなところを受けてみよう、という気持ちがどうしても湧かなかった。
『せっかく良い大学に入れてやったのに!』
と、親に罵倒され、いつの間にか縁を切られていた。
行く当てもなくなった俺は、大学の最寄りの駅近くにできたバーの張り紙を見た。
『スタッフ募集』
酒は好きだった。
ゲームしか趣味のなかった自分にとって、ようやく見つけた新しい趣味だった。
気づいたら、俺はまだ開店してもいない店に入って言っていた。
『ここで働きたいんですけど』と。
その時、俺には希望が見えた気がしていた。
「仕事、辞めてぇなー」
時刻は午前五時を回っていた。
店の閉店時間は午前四時、既に片付けは終え、オーナーに売り上げの連絡もし終わって後は帰るだけというタイミング。
店の鍵を閉めながら、漠然と思っていたことを気づいたら声に出していた。
最初、バーテンダーの仕事は確かに刺激に溢れていた。
それまで接したことのないタイプの人と接して、新しく出来ることがどんどん増えていって、こんなに楽しいことはない、と真剣に思っていた。
だが、半年も働いてみると、少し違うのではと思い始めた。
固まった常連同士で繰り返される同じ会話。要求だけが上がり続ける会話のハードル。集まる人間全てが、何かを手探りで探しているような息苦しさ。
自分もそれが見えないもどかしさ。
中でも、特に面倒なのは……。
「俺が童貞で、何が悪いって言うんだよ……」
ただひたすらに、童貞が馬鹿にされること。
これまで、たった一つしか見ていなかった。
それ以外は邪魔だと思っていた。
それが社会とやらでどれだけのバッドステータスであるのか、知らなかった。
酷い時には人格否定。それを上げて『だからお前は薄っぺらい』『だからお前はつまらない』『そんな奴は人間以下のゴミだ』とまで言われることもあった。
そんな会話が、本当に、本当に反吐が出るくらい嫌だった。
「結局、今でも楽しいのはコレだけだな」
店の鍵を閉めた後も、練習するために持ち出した道具を見る。
たとえ話がつまらなくても、たとえ童貞と馬鹿にされても。
カクテルだけは、常に俺を裏切らなかった。
先の見えないあれやこれとは違って、カクテルだけは練習した分が反映される。
上手くなれば、美味くなる。
他のことに『才能』がなかった分、これだけに全てを注げた。
一年も経ったころには、カクテルで右に出るものはグループに居なくなっていた。
「ま、いくらカクテルが美味かろうと、それだけじゃ客は呼べんとね」
吐き出したくなる溜息や嫌気に蓋をして、帰り道を歩き出す。
「──え?」
二、三歩歩いたところで、急な目眩に襲われた。
おかしい、今日はそこまで飲んではいない。体調も悪くなかった。
それなのに、立ち上がることすらできないような、酩酊感。
堪え切れずに倒れ込む。
薄くボンヤリと開いた目に、車のヘッドライトが突き刺さる。
キィィイイイイイイ!
ブレーキ音がやけに甲高く響く。
なん、で?
光が、すぐ目の前まで来たとき。
俺の意識は途切れた。
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※0805 誤字修正しました。