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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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在庫危機(3)

 今更言うまでもないかもしれないが『ジーニ』──『ジン』というのは、カクテルにとって重要な基酒である。


 基本であり王道でもある、とりあえず頼んで外れなしな【ジン・トニック】

 様々な愛好家を生み出し、名言の知名度も高い【ギムレット】

 辛さと酸味、そして甘さの黄金比とでも言うべき【ホワイト・レディ】

 そして、カクテルの王様として名高い【マティーニ】


 他にも、挙げればキリがない程の有名無名のカクテルがあり、ジンを指定するものは数知れずだ。

 味という面で差を付けるつもりはないが、『ジン』がベースのカクテルと『テキーラ』がベースのカクテルは、倍以上の数の差があるのではないだろうか。

 それくらい、バーにとって『ジン』という蒸留酒は大切なものであった。



「どうするんですの?」

「どうするって言ってもな」


 若干どころでなく、明らかに焦っているサリーの声に、俺は唸った。

 開店まで残り三十分ほど。対策を考えようにも、取れる手段はあまり多くない。

 サリーはあっと思いついた顔で、真っ先に浮かぶ解決策を口走った。


「今からでも遅くないから、スイさんに追加のジーニを──」

「そりゃ無理だぞ。二日酔いで引きこもってるらしいからな。鍵かけて寝てるだろ」


 それは大変魅力的な提案なのだが、今日に限っては無理だった。

 スイは何か集中したいことなどがあると、自室に引きこもって出てこないことが良くあった。今回は事情が違うのだが、結果は同じだ。

 それは彼女の部屋が持つ特性と言っても良いかもしれない。

 彼女の部屋は魔術的な防音が施されているらしく、外部からの呼びかけで寝ているスイを起こすのは困難なのだ。


「でも、今ならまだ走って間に合うかもしれませんし、可能性があるのなら」

「仮に間に合ったとして、体調の悪い魔法使いの作るポーションが信用できるのかって問題があるぞ。魔法は良く知らないけどさ」

「……それは、そうですけれど」


 よしんば起きたとしても、昼でまだ死んでいるくらい酔いが残っているのなら、今も大差はないだろう。そんな状態でまともにポーションが作れるとは限らない。

 ただでさえ、スイ自身の味覚は信用できない。その上で、体調の悪い時に、何かのミスで味の悪いジーニを作れば、信用問題にもなりかねない。

 あまり分のいい賭けとは思えなかった。


「でも、そうしたらこのまま営業始めますか?」


 サリーの不安そうな表情に、俺は少しだけ考える。

 ジーニの在庫が無いと言っても、冷凍庫にはまだボトル半分程度は残っている。

 仮に残量を400mlとすれば、45ml使う【ジン・トニック】が八杯は作れる計算だ。

 肝心なのは、お客さんの要望に応えること。そして、その要望を引き出すのはこちらの手腕にもかかってくるところ。

 少しだけ悩んでから、俺はおもむろにチェックを終えたばかりのレジ金庫を開けた。

 銀貨を二枚程引っぱり出して、それをサリーに手渡す。


「サリー。今から市場に走って行って、気になった果実を三種類くらい買ってこい。普段使わないようなのを優先的にな」


 硬貨を渡されたサリーはきょとんとしたが、俺の強い視線に、戸惑いがちに頷いた。

 銀貨を懐にしまい込んで、それから尋ねてくる。


「でも、どんなものを?」

「あえて言えば、そうだな。季節に合ったのを選んでくれ」

「わかりましたわ」


 それだけを伝えると、サリーは頷いてから、扉をからんと鳴らして駆けて行った。

 さて、サリーにおつかいに行かせたは良いが、俺は俺で他にやるべきことがある。

 カウンターの内側で、小物などを入れているスペース。その辺りにしまってあった小さな黒板を引っぱり出した。

 これは何かを宣伝したいときに使う、簡易看板だ。普段の営業で積極的に使うことはないが、時と場合による。

 お客さんに何かアピールしたいことがあるときは、こういった小物をカウンターの上に飾ってみるのは効果がある。


「さて、何を買ってきても良いようにしないとな」


 サリーが果たして市場で何に目を奪われるか。

 俺はカウンターの椅子に座り、その黒板専用のチョークを手に考える。

 あくまで想像でしかないそれを元に、なるべく固有名詞は避けながら俺は黒板に文字を書き込んで行った。




 俺が二つほど、ミニ黒板を作り終わったところでカランと鐘が鳴った。

 開店十分前といったところで、サリーが腕に荷物を抱えて戻ってきたのだ。


「ただいま戻りましたわ」

「よし、何を買ってきた?」


 俺は急かすようにサリーを手招きし、カウンターの上に果物を広げさせた。

 彼女が抱えていた紙袋から、それらが零れる。


 まず目に入ったのは、赤味を帯びた掌サイズの果実、リンゴだ。

 フルーツとしては一般的だが、ウチで仕入れる果実としては珍しい類だ。何故ならリンゴは果肉が固く、単純なカクテルには使いづらいのだ。

 使うには、すりこぎで潰すなどの工夫が必要だが労力が大きい。それよりはキウイフルーツなんかの柔らかい果実を、バースプーンやシェイカーで潰す方が楽だ。


 次に目についたのは、グレープフルーツの語源にもなった、連なる紫の果実、ブドウ。

 ブドウ自体は、どちらかと言えば使いやすい部類の果実。問題があるとすれば、その皮である。

 独特の苦みと酸味を持つ皮は、そのままカクテルに入れてしまうのは考えものだ。

 さりとて、一つ一つ実を剥いていてはそれも手間。ということで、俺はあまり積極的に買いに行くことはしない。


 そして最後、彼女が取り出したのは独特なひょうたん形をした果実、西洋梨だった。

 こちらもリンゴと似た様なイメージだが、リンゴに比べて大分果実が柔らかい。そういう意味ではカクテルにする手間のかからない果実と言えるだろう。

 ただ、この辺りでは少しだけ値段が張るので、その観点で俺はあまり買ってこない。

 値段が上がると必然的に一杯の値段に響いてくるので、価格統一の観点からはあまり嬉しくないのだ。


 と、三者三様の理由で、俺が普段は避けている果実を、サリーは見事に選んできてくれたわけだった。

 当然文句を言うわけがない。そう頼んだのは俺なのだから。


「まずは良くやった。よし、後は……」


 俺はサリーへの褒め言葉もそこそこに、用意していた黒板の空欄へと言葉を埋め込んで行く。

 サリーは興味深そうに、俺の手元を覗き込んできた。


「それは?」

「宣伝文句だよ。よし、とりあえずこんなんでどうだ?」


 別に見られて困るものでもない。むしろ、見て確認して貰ったほうが良い。

 俺は書き終わったそれをサリーに見せて感想を求めた。


「えっと?」


 サリーはそれを目で追いかけながら、小さく口に出して読んだ。



「『秋の味覚キャンペーン!! リンゴ、ブドウ、洋梨などの限定フレッシュカクテル目白押し! 秋を感じるカクテルをどうぞ!!』」



 基本を白いチョークで書きつつ、所々に色をつけて強調している。秋、リンゴ、ブドウ、洋梨、そしてカクテルのあたりだ。

 それに目を丸くしながら、サリーは今一度俺に尋ねる。


「これはなんですの?」

「見ての通り。今日の主役だ」


 そう前置きしてから、俺はサリーに概要を軽く説明した。

 今日はジーニが少ないので、なるべくジーニ以外のポーションを使ったカクテルをオススメしたい。

 しかし、露骨に勧めるのは角が立つし、話の流れで持って行くには限界もある。

 そこで一計を案じ、こうやってジーニ以外を自然に勧められる『話題』を用意したというわけである。


 ジーニから目を逸らさせるのではなく、大きな『魅せ』を作って、そこに意識を持って行く。

 必然的に、それが気になる空気を作っておけば、後は会話の流れでそちらに引っ張って行けば良い。


「なるほど、です」

「まぁ、カクテルが売りの店じゃないと、あんまり意味ないんだけどな」

「……そうなんですの?」

「ああ。いや、この話はやめよう」


 そこまで言っておいて、俺は言葉を濁した。

 これはあくまで、カクテルに興味を持ってくれる人を引きつけるだけの策だ。カクテルではなく会話を楽しみに来るお客さんだったら、効果は薄い。

 とはいえ、告知無しでいきなり始めればそれでもある程度の効果はある。会話の種にはなるからだ。今日だけを乗り切れば良いのなら、やって損はない。


「分かりました。それでは今日は、この『限定フレッシュカクテル』を勧めれば良いんですわね」

「その通りだ。お前、そういう会話得意だろ?」

「自慢じゃないですが」

「このやろ」


 俺の評価を当たり前のように受け取ったサリーを、少しだけ苦笑いで小突く動作。

 フィルがカクテルの腕をメキメキと上げたとすれば、サリーもやはり会話の腕をメキメキと上達させていた。


 もちろん二人とも両方を成長させているのだが、それが顕著だという意味である。

 サリーの踏み込み方は、さらに大胆かつ、引き際を見定めたものになっている。

 越えちゃいけないラインが、彼女の中で明確に引けてきたのだろう。端から聞いていてヒヤヒヤするような展開が、目に見えて少なくなっている。

 それでいて、もう一杯を引き出す力が上がっているのだ。それだけ、お客さんを会話で満足させられているということだ。

 会話の満足は、飲み物の満足にも密接に関わってくるのだから。


 ……これで、もう少しカクテルが美味くなれば、言うことはないのだが。


「それでそれで、ですよ」

「ん?」


 俺がサリーの成長に悲喜こもごも感じていたところで、サリーは少しだけ楽しそうな表情で、俺に顔を寄せてくる。

 期待に満ちた瞳のまま、不思議なことを尋ねてきた。


「この『限定フレッシュカクテル』のレシピはどんなですの? いつから考えていたんですか?」

「レシピ?」

「はい! こんなこともあろうかと、レシピを作っておいたんですよね?」


 俺のことを先読みの得意な、頼れる師匠みたいな目で見てくるサリー。

 どうやら彼女は、もうこの場を切り抜けたつもりでいるらしかった。

 そんな彼女に俺は静かに首を振った。


「……ねえよ、んなもん」

「……はい?」


 サリー。さっきまでのニコニコ顔のまま、硬直する。

 やはりこいつ、カクテルは自分の苦手分野だと思って、全面的に俺に頼る気でいやがったな。

 しかしそうは問屋が卸さない。というか、卸したくても卸せない。


 さすがの俺でも、普段使わない果実を用いたフレッシュのオリジナルレシピなんかを、いちいちまとめているほどマメではなかった。


 俺はさっと時計を確認する。

 営業開始まで、あと一分といったところ。


「良いかサリー。レシピはこれから、考えるんだ」


 俺の神妙な表情を見て、ついにサリーも悟ったらしい。

 ジーニ不足を解消するために俺が取った策も、これまた地獄への第一歩だったということを。

 彼女は余裕そうだった表情を、焦りと困惑で彩り、詰め寄ってくる。


「これから!? これからって!? もう一分しかありませんわよ!?」

「営業中に考えるんだよ! 最悪ぶっつけ本番でも良い! フレッシュを使って不味いカクテル作るほうが難しいんだからな!」


 俺はそんな彼女を突き放すように言ってみせた。

 言ってみせたが、ぶっちゃけ俺だって怖い。怖いけど、やるしかない。

 自分で言った通りだ。フレッシュを使って不味いカクテルを作るほうが難しい。フレッシュの果実は、それだけでカクテルを美味しくする魔法のアイテムだ。

 だから、とにかくお客さんが来る前に、なんとか形にしてしまえれば良いのだ。

 俺達がごちゃごちゃと話しているところで、厨房の方から声がしてきた。


「おーい! 問題ねえんなら店開けてくれよ!」

「分かりましたー!」


 オヤジさんの声に返事をして、俺はもう一度サリーを見た。

 まるで、初めてフィルと二人で店を任されたときのような、それはもう面白いほど青い顔だった。



「さあてサリー。カクテルが苦手だなんて言ってる余裕はないからな? 一緒に今日の営業、生き残ろうぜ」

「こ、この人でなし!」

「吸血鬼が言うのか……」


 俺はくく、と半ばやけくその笑みを浮かべたまま、静かに外に出て、店の看板を営業中へと直した。

 戻ったとき、邪魔しないように俺とサリーの会話を聞いていたライの呆れ顔が、真っ先に目に映った。



 が、気にしないことにした。

 ……だって仕方ないじゃないか。



※1011 誤字修正しました。

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