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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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カクテルグラス再び(3)

「ご迷惑おかけしました」

「いえ。こちらこそすみません」


 寝床をお借りしてスイを横にしたあと、そっと部屋を出て俺とメグリさんはお互いにペコペコと頭を下げた。

 肝心のスイは、うーうーと唸りながらも、少しは落ち着いたようだ。

 回復するまで側にいようかとも思ったが、嫌がられたので彼女の意思を尊重し、俺達は再びカムイさんのところへと戻ることにした。

 カムイさんは俺達の姿に気付くと、申し訳なさそうな顔で尋ねる。


「どうだ調子は?」


 俺とメグリさんは一度顔を見合わせる。

 少しのアイコンタクトの後、説明は彼女に任せることにした。


「しばらく様子見ですね。無理そうだったら泊まってもらいましょう。えっと、明日は大丈夫なんですよね?」

「はい。すみません、重ね重ねご迷惑を」

「いえいえ。もとはと言えば、この人が飲ませすぎたせいですから」


 じとっとカムイさんを睨むメグリさん。

 カムイさんはばつが悪そうに表情を歪めるが、すぐ意を決したように俺に頭を下げた。


「悪かった。俺の責任だ」


 彼の謝罪に、俺は慌てて返す。


「とんでもない。スイだって、一応成人してるんですから、自己責任です。むしろ自分の方が、ちゃんと目を光らせてなかったから」

「……あんちゃんはそう言ってくれるがな。やっぱり酒は飲ませた方にも責任があると思う。だから謝らせてくれ」

「……それで気が済むのでしたら」


 それきり頭を上げないカムイさん。

 俺が渋々と彼の謝罪を受け止めると、ああ、と唸って居住まいを正した。


「……嬢ちゃんは、回復早いほうか?」

「えっと、ポーションなら、はい。日本酒は、ちょっと分からないですね」

「分からねえよなそりゃ。ったく、まずった」


 言ってカムイさんは、チラリと時計を気にした。

 この家にある家具の中では洋風筆頭の飾り時計が、午後八時を指している。


「とりあえず、二時間ばかし待ってみるか。それを過ぎたら、あんちゃんはもう帰れ。後はウチで面倒見るさ」

「……すみません。よろしくお願いします」


 ひとまずスイの処遇を決めたあと、カムイさんは食卓へ座り直す。

 卓の上には、先程賑わっていたときと変わりない品物が乗っている。


「嬢ちゃんがああなってる時に申し訳ないが、残しちまうのもなんだ。大丈夫なら、もう少し付き合わねえか?」

「いただきます。せっかくのメグリさんの手料理ですから」


 言って俺も、食卓に座る。

 その様子を眺めていたメグリさんは、呆れたような顔をするも、止める気は無い様子だった。




 最初はしんみりと、次第にやや盛り上がりを見せたその席。

 ふとした時。

 カムイさんの声が、するりと俺の耳を滑った。


「……で、あんちゃんは、いつまでここでバーテンダーをやってるつもりなんだ?」

「え?」


 尋ねられた質問の意図が上手く掴めなかった。

 意味は分かる。いつまでここで、こうやって働いているつもりか、そういうことだ。

 しかし、その意図は分からない。彼が俺から、何を聞き出したいのか。

 だというのに、カムイさんの表情は真剣だ。ただの酒の場の戯言とは思えない。


「旦那様。いきなりすぎますよ」


 俺が回答に辿り着く前に、メグリさんは苦みばしった表情で彼を諌める。


「分かってるさメグリ。だけどな、選択肢ってのはいつも事前に分かるわけじゃない。突然突きつけられることだってある。そんな時、迷った奴は死ぬだけだ」

「今はそういう状況じゃありません」

「だろう? だから、今聞いておくんだよ」


 メグリさんの言葉を突っぱね、カムイさんは再度俺を見た。

 俺がほうけて何も言えなくなっているのを見て、少しだけ言葉を選ぶ。


「だからだな……あんちゃんは……いや、俺の話からするか」


 選んだ末に、彼はまず自分のほうから語ることにしたようだった。

 何を言われるのかは分からないが、俺は彼の言葉を漏らさぬように集中した。


「さっき、言ったな? 俺は、名を上げたらいずれ国に帰る。そこに子供が待っているからな。だが、それで終わりじゃないんだ」

「終わり、ですか」

「ああ。俺は親であると同時に、職人だ。職人の俺は、常に求め続けている。自分の作品の『究極』をな」


 彼の当面の目標は、異国で名を上げ、メグリさんの実家に結婚を認めてもらうこと。

 しかしそれはあくまで当面の目標であって、終着点などではない。

 そして、職人としての彼は、何か『究極』を、求めている……。


「そんなもん、一生かけて作れるかは分からない。いや、そもそも存在するのかすら怪しいもんだ。だが、それを求め続けるのが、俺が選んだ生き方ってことだ」


 選んだ、生き方。

 そこで、カムイさんは、真っ直ぐに俺の目を射抜く。


「だから聞いた。あんちゃんの生き方は、バーテンダーなのか? バーテンダーを選んで、その先に何を見てる?」

「……俺は……カクテルを……」

「究極のカクテル、か?」


 そう口にしてしまえば、楽になる。この刺すような視線から逃げ出せる。

 なのに、頷いてしまうのが怖かった。

 俺は確かに、カクテルが好きだ。カクテルを求めることになんの不満もない。

 しかし、俺の人生のゴールは、そこなのか?

 究極の、あるかどうかも知らない『カクテル』を作り出すのが、俺の行き着く終着点なのか?

 その問いに、俺は、何も考えずに答えられるのか?


「……嬢ちゃんはな、そんなお前が心配なんだよ」


 俺が言葉を喉に詰まらせているそのとき、カムイさんが静かに言った。


「スイが、ですか?」

「ああ。あんちゃんが席を外しているとき、言ってたんだ」


 カムイさんは、小さく彼女の言葉を繰り返した。


 彼女の見る俺は、この半年で大分、薄らいでいるのだという。

 求めるべきものをほとんど手に入れ、カクテルを作る土台を作り、そして、それを広める算段を着々と組み立てている。

 端から見ていて、とても順調に進んでいる。

 それなのに、その中心に居る俺だけが、少しずつ薄れている。

 ふとした瞬間にふらりと居なくなってしまうような、そんな気がする。


 今はまだ、カクテルが輪郭を繋ぎ止めているが、それがもし、なんらかの拍子に外れてしまったら。

 俺が、消えてしまいそうで、怖いのだと。


「……何を馬鹿な」

「馬鹿な話だよな。だけど、嬢ちゃんは心配なんだよ。お前さんの核の部分が、どこかに消えてしまわないかな」


 核の部分とは、すなわち、カクテルのことだろう。

 俺はカクテルが好きだ。カクテルが繋ぐ人間関係が好きだ。俺のカクテルで、人々が幸せになってくれるのが好きだ。

 それは、決して嘘じゃない。


「大丈夫ですよ、俺は、皆から呆れられるくらいの『カクテルバカ』らしいですから」

「……ああ。それなら、良いんだ。変なこと言ったな」

「……はい」


 そして、俺とカムイさんは二人して黙り込んだ。

 手持ち無沙汰になり、おちょこから日本酒をすすると、ふわりとした酒の甘みが広がる。

 ふと、スイのことを考えた。

 彼女は今日、どんな気持ちでこの酒を、あんなになるまで飲んでいたのだろう。


「ええい! しんみりしちまったな! メグリ、とっておき出せ! 飲み直す」

「そろそろお止めになった方がよろしいかと」

「分かってるよ。だけど今日くらい良いだろ?」

「仕方ありませんね」


 メグリさんは、はぁ、とため息をついてまた台所の方へと消えて行った。

 この場に二人残されて、俺は先程の話題を引きずって僅かに身構える。

 だが、カムイさんは微妙にニヤリとした笑みで、俺に耳打ちした。


「さっきは冗談だったけどな。いつか、とっておきのグラス作ってやるよ」

「龍とかですか?」

「それは冗談だと言っただろ。だけど、そうだな。バーテンダーが及びもつかない、すげえグラスだ。もちろん、格安でな」


 格安というところが、特に小声である。

 どうやら、メグリさんに聞かれたくないと思ったから今言ったようだ。

 俺は、彼のにこにことした表情に、思わず尋ねていた。


「カムイさん。作品を作るのは、楽しいですか?」


 そんな俺の質問に、彼は目を丸くする。それから、目を閉じ、腕を組んで悩む。

 だが、存外に早く結論が出た様子だった。


「半々だな」

「半々……それは、楽しい気分は、半分だけという意味ですか?」


 ぽろりと、更に突っ込む質問が口から出た。

 カムイさんは饒舌に、百面相をしながら語る。


「色々と頭の中で次を考えるのは最高に楽しいもんだ。だが、それを実現しようとすりゃ、苦しいことのが多い。辛くもある。楽しそうに考えてた自分をぶん殴りたくすらなる。でも、当然それでは終われない。こんなとこで負けてられっかってな」


 一度溜めたあと、カムイさんはかっと目を見開く。

 俺の顔をじっと覗き込み、にやりと笑って言った。


「そうやって苦労して出来た作品が、俺の想像以上の出来だったりすっとな。苦労だの全部ひっくるめて『最高に楽しかった』ってなる。だからいっつも想像すんのさ。俺の中の究極を作れたら、どんだけ楽しいかってな」


 その彼の笑顔があまりにも綺麗で、俺は思わず頷いていた。

 分かる気がした。職種は違えども、彼のその気持ちは通じるところがあると思った。

 自分が初めて作った『カクテル』とか、散々けなされた『カクテル』とか、そして初めて褒められた『カクテル』とか。

 俺の中にあるいくつもの『作品』は、そんな気持ちを俺に与えてくれていた筈だ。



「それが楽しくて、俺はこの仕事をやっている」

「いえ、ありがとうございます。なんとなく、分かります」

「そいつは良かった。嬢ちゃんのこと、あんまり心配させんなよ」



 カムイさんの最後のひと言には、苦笑いしか返せなかった。


 その会話のすぐ後にメグリさんが戻ってきた。

 彼女は、俺とカムイさんの間にある不思議な雰囲気に何度も首を傾げていたのであった。



※1006 誤字修正しました。

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