【サムライ・ロック】(1)
「そういや、この日本酒を使ったカクテルなんて、何か作れないのか?」
そう切り込んできたのは、何時にも増して上機嫌のカムイさんだ。
夕飯が済み、飲み始まってからそこそこの時間が経った。カムイさんは僅かに頬を赤くし、少し饒舌になる以外それほど変化はない。
それに付き合っていた俺も、そろそろラインだなと思ったあたりで水を適度に頼んでいるので、無理しなければ越えることはない。
そして、本当に嗜む程度に抑えていたメグリさんは、ニコニコとした笑顔で軽くカムイさんを嗜める。
「駄目ですよ旦那様、いきなり無茶を言っては」
「そうかぁ? 出来ねえのかよ総!?」
カムイさんは、嗜められつつも目を本気の色にして俺に言った。
というか、こんなところで『あんちゃん』から名前呼びになるのか。どんだけ本気なんだよ……。
しかし、苦笑いを浮かべた俺がそれに返す前、この場に居るもう一人が言い返していた。
「出来るもん! 総はなんだって作れるんだから!?」
美しく流れるような青い髪に、コントラストの映える紅色の頬。
何がどうしてこうなったのか。いつもとキャラが全く変わってしまったスイが、ムキになって反論していた。
スイはいつからこうなっているのかというと、俺には分からない。
最初は普通に話していたと思ったのだが、途中から口数が少なくなって無言で酒を飲み始めた。
途中から俺が嗜めて注意していたのだが、少しトイレに行ったところ、戻ったらこうなっていた。
頬を赤くした彼女は、テンションの上がったカムイさんと二人で勝手に盛り上がって行って、いつのまにかさっきの発言レベルのテンションである。
「良く言った嬢ちゃん! さぁ総! 見せて貰おうか!?」
「見せて上げて総! ウチのバーテンダーはなんでも出来るってこと!」
いつもでも、彼女からの信頼をたまに感じることはある。
しかし、今日ほど分りやすく目をキラキラさせた信頼を感じたことは、まだ無い。
「……いや、なんでもは……」
「でき、ない?」
「はい、できます」
なんでもは出来ねえよ、と思っても、いつも以上に感情が分りやすいスイに、泣きそうな顔をされると嫌とは言えない。
どうしてこうなったと思いつつ、俺は諦めてすっと立ち上がった。
俺の諦めの表情をどう取ったのか、メグリさんが心配そうに声をかけてくる。
「総さん。あの、あまり真に受けないでも……」
「ああ、いえ。大丈夫ですよ」
メグリさんの心配そのものは素直に嬉しいが、無用な心配だ。
日本酒でカクテルを作れ、なんて無茶を言っていると思っているのだろうが、それは決して無茶ではない。
「カクテルは日本酒にだってありますから」
「……そ、そうなんですか?」
「ですから……二人をなんとか宥めて、待っていてください」
俺は、その二人にちらりと目をやる。
「よーし見せてみろあんちゃん! 不味かったらもう仕事してやんねえぞ!」
「美味しいなんて当たり前だから! もし不味かったら、今度ウチの代金半額でも良い!」
「言ったな嬢ちゃん!? 本気だな!? え? 本当に良いの? あんちゃん前言撤回だ! 不味くても良いぞ!」
「言ったからね! 総! ウチのために本気だからね!? 不味かったら承知しないからね!」
そうしてカラカラと笑っている二人に、俺とメグリさんは揃って頭を抱えた。
「さてと」
洗い物で若干散らかっている台所に立って、俺は少々考える。
日本酒を使ったカクテルは、実はそこそこある。
意外に思うかもしれないが、そもそも醸造酒として括りはワインと似たようなものだ。
ワインのカクテルと言われてあまり違和感がないのなら、日本酒でも同じことだ。
いやいや日本酒は米だから、と言うのであれば、ウィスキーをはじめとした蒸留酒も穀物を原料にしていることが多い。ビールもその一種であるし、カクテルもまた多い。
つまり、日本酒はカクテルに使わない、というのはただの先入観だ。
使ってみれば、使えないことはないのだ。
とは言うものの、それが何に合うのかというのはまた別の話。
日本酒本来の美味しさを活かしながら、カクテルで新たな顔をというのは少しだけ難しい。
そうなってくると、日本酒のカクテルはシンプルな方が分りやすいのである。
「よし」
そして俺は、ここって時のために付けていたポーチから弾薬をいくつか取り出す。
掌に乗った弾薬に意識を集中し、詠じた。
《生命の波、古の意図、我定めるは現世の姿なり》
その言葉を合図にするように、弾薬はそれが元々持っていた姿に戻っていく。
取り出したのはライムの果実と、そのジュース。それと、必要な機材一式。
今回に限っては、シェイカーも必要ない。
この家で良く使っているロックグラスを二つ戸棚から出して、もう準備は完了だ。
用意した材料は、日本酒、ライム、そして氷の三つ。
まず、背が低く口の大きいのが特徴のロックグラスを、清潔な布で軽く拭く。
それらを二つ並べ、六分の一にカットしたライムを二つ用意。
先端と中央の白い部分を取り除き、果肉に切り込みを入れて果汁をメジャーカップに絞る。絞ったライムをグラスに入れ、そのあとにライムジュースだ。
足りない分を補い、15mlを計ったらすぐにライムを入れたグラスに注いでしまう。
それと同じ事を、もう一つのグラスでも行う。
それから、日本酒を注ぐ前に用意した氷をロックグラスに敷き詰める。
といっても、それほど量をいれる必要はない。ロックグラスで少量のカクテルを作るときは、グラスの六分目くらいまで入れれば充分だ。
氷を詰めたら、最後にメジャーカップを裏返し、日本酒を45mlずつグラスへと計り入れた。
液体から少し氷がはみ出しているのを見つつ、バースプーンでステアする。
薄くグラスに霜が張ったところで、ステアをやめ軽く味を見る。
すっとした酸味と風味だ。問題ない。
もう一つのグラスでも確認して、完成である。
ライムと日本酒。材料はそれだけのシンプルなカクテルだ。
この材料と分量を見て気付くかもしれないが、この日本酒をジンに変えれば、それはそのまま【ジン・ライム】のレシピとなる。
そういう繋がりもあって、このカクテルは昔【サケ・ライム】と呼ばれていたと聞いたことがある。
しかし、今現在、日本酒カクテルとして恐らく最も有名なこれは、もっと格好良い名前を持っている。
「お待たせしました」
俺がグラスを二つ持って現れると、カムイさんとスイが待ってましたと声を上げる。
「さぁ、見せて貰おうか!」
「あっ! ちゃんと私のもある!」
純粋に楽しみという表情でいるカムイさんと、本当に嬉しそうにするスイ。
俺は二人の微笑ましい反応に少しだけ笑い、もう一度繰り返した。
「あはは。本当にお待たせしました」
この二人が待っている間、どんな感じだったのかは想像できない。
できないが、メグリさんが思いの外疲れた顔をしているので大変だったのだろう。
……スイの分も、作っておいて良かった。
俺は待っている二人の前にそれぞれグラスを置いてやる。
広口のグラスに、ゴトリとした氷とスラリとしたライム。見方によっては無骨とも取れそうな、男らしい見た目だ。
「で、こいつはなんてカクテルだい?」
カムイさんに尋ねられ、俺は唇をニヤリとする。
こいつを選んだのは、シンプルに日本酒カクテルとして分りやすいというのが理由の一つ。
そして、もう一つ理由がある。
このカクテルの格好良い名前を、きっとカムイさんは気に入ると思ったのだ。
「【サムライ・ロック】です」
その名前を聞いた二人は、それぞれ異なる反応を示した。
「……さむらい?」
と、スイはいつもより分りやすくポカンとした顔をし、
「……侍、ねぇ?」
と、カムイさんは、俺と同じようにニヤリとした表情を浮かべたのだ。
※0925 誤字、表現を少し修正しました。




