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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第一章

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これからの未来について


 それから、俺は『イージーズ』の常連客と散々話しまくった。オヤジさんの料理を食べまくった。そして、この世界の酒を飲みまくった。

 冷えてはいないが、祝いの酒に文句を付けるほど、俺は無粋ではない。

 なにより、一番美味しい酒というのは、楽しい場で飲む酒のことである。充分、美味しくいただきました。


 飲む傍ら、俺は様々な話をしていた。


 自分のことを聞かれて面白おかしく語ってみせたり、逆に色々と質問をして、この世界の知識を蓄えてみたり。

 常連の多くは雇われの労働者のようだ。小さな不満を燻らせつつ、皆が楽しそうに人生を過ごしていた。

 自身で店を持ち、日々頭を悩ませている人間もいた。苦労話に花が咲いた。

 そんなやり取りを通して、俺はぼんやりと、『イージーズ』という大衆食堂が、街の人間に愛されているのだと実感した。


 そんなところに、俺は、入って行くのだ。


 ここに居る客は皆、オヤジさんの客である。そして多少はライの客である。

 今日来てくれていた人達の中には、カクテルに興味を示し、頼むと言ってくれた人達もいた。

 だが、それはあくまで『オヤジさん』が認めたから、お情けで言ってくれたのだ。


 俺は、ここから『俺の客』を作っていかないといけないのだ。


 時間が経ち、店の中はなお入り乱れる。俺は気配を消してひっそりと外に出た。

 俺が出て行ったことに気づいた人間は、いなかった。

 ただ、一人を除いて。



「どうしたの?」


 スイの声が店の入り口から聞こえて、俺はそちらを振り返った。

 店から漏れる光に照らされて、丁度後光が差したような神々しい少女の姿があった。


「主役が外に出ちゃ、だめでしょ」

「ちょっとだけ、酔い覚ましがしたかったんだ」


 責めるようなスイの声に、俺は静かに答えた。

 彼女は呆れたように息を吐き、そっと俺の隣にきた。


「なに見てたの?」

「星、かな」


 俺は道の端っこから、ぼんやりと夜空を見上げていた。

 星座の知識なんてない。だが夏の大三角形くらいなら知っている。

 もともとの俺の世界はもうすぐ夏だった。この世界もそう変わらない気がする。

 さりとて、夜空のどこを見ても、見慣れた三角形は見つからなかった。


「色々と、信じられないものを見てきたはずなのに、今、一番実感してる」

「……異世界に、来たってこと?」

「ああ」


 だってそうだ。

 色々なことがあった一日だった。

 でも、実感するのは、今の時間だ。

 それは、もとの世界での話。

 準備を整えて、店をオープンさせるのは、いつも午後八時丁度だった。

 体内時計でいう、今まさにその時だ。



「総は、やっぱり帰りたいって、思う?」

「え?」



 スイの震える声がした。

 俺は戸惑い、彼女の目を見る。

 暗闇の中、星を映す綺麗な瞳が、俺のことを真剣に見つめていた。


「私に頼まれなかったら……ううん、頼まれてる今でも、本当は自分の世界に早く帰りたいって、思ったり、しないの?」

「……いや、不思議と、あんまり思わない」


 スイが不安そうに尋ねてきたが、俺は無意識に答えていた。


「店はまぁ、なんとかなる。俺が居なくても、代わりなんていくらでもいる。それくらい、俺の存在なんて取るに足らないものだった」

「そんなこと──」

「あったんだ。少なくとも親からは、俺は死んだことにされてたしな」


 最初から、俺は大した人間じゃなかった。

 俺のカクテルのファンだと言ってくれていた人も居たが、少数だ。

 だから、俺が抜けた影響なんて、そう大きくはない。


「でも、ここには俺しかいない。自意識過剰かもしれないけど、スイを助けてあげられるのは俺だけだ。だから、俺は自分の意思でここにいたい。スイの側にいたい。スイと、一緒に居たいんだ。そしてこれから、助けるし、助けられたい。お互いを必要としあえる関係に、なれたらなと思うんだ」


 俺は、言い切ってから少し照れくさくなって、はにかんだ。



「たった一日の付き合いだけど、それくらいスイは俺にとって大切な人だと思う」



 この世界に来て、初めて会ったのがスイだったから。

 俺はこの世界でやるべき事を見つけられた。

 だから、俺のその言葉は嘘偽りのない、本心だ。


「……な、えと」

「ん?」

「あ、ありがとう」


 言われたスイも、なにやら照れたように顔を真っ赤にしていた。

 まるで、恋愛に慣れていない女の子が、ストレートに告白されたみたいだった。


「そ、それじゃ、その、私も。うん」

「うん?」

「私も、その、総と一緒に居たい。えと、だから、できるなら末永くその、助けて欲しい、と思うから」

「おう」


 ところどころどもりながらスイが言ったので、俺はにっと笑みを浮かべた。

 そして彼女の手を握って、ぎゅっと力を込めた。


「これからもよろしくな。スイ」

「……よろしく。総」


 握った手から、スイの体温が伝わってきた。

 思えば、ノリや演技で女の子と手を繋いだことはあっても、こうやって真剣に握手をするような機会はなかった。

 意識すると少しだけ、この状況が照れくさくなってくる。



「ま、そのためにも、まずは準備だな。あと二週間しかないんだ」

「……そうだね。私達の未来のためにもね」



 俺の言葉に、スイは素直に頷いた。だが、手は離していない。

 彼女は少しうっとりと目を細めていた。

 恐らく、店が上手く繁盛して、彼女の希望である『安価なポーション』で『貧しい人』が救われる未来でも見ているのだろう。

 だが、その想定はまだ早い。この先の未来を想像して悦に入るのは自由だが、そのためにはやるべきことが山ほどあるのだ。


「ベースは良いにしても、その他の色々がまだ足りないな。少なくとも、ソーダを中心とした炭酸系の割り材はなんとかしたい」

「……えと、そう、なの?」


「それが済んだらリキュールだな。ただ、製法なんか分からないしなぁ。さらに現状、ウィスキーやブランデーは後回しにせざるを得ないが、いずれ必ず」

「……そ、そう」


「たぶん、そういう諸々の為にはまたスイの魔法の力が必要になると思う。本当、末永くよろしく頼むぜ、相棒」

「あ、相棒?」


 そこでスイは、ようやく手を離した。

 かと思うと、きょとんとした目で俺を見つめてくる。

 俺は何かおかしなことを言っただろうか。

 いや、そんな筈はない。

 俺は最初から、ずっと『カクテル』製作の話と『バー』の経営の話をしていた。



「そうだろ? 俺とスイで、力を合わせて一緒に『バー』をやっていこうって話だ。俺たちは助け合う関係になるんだ。俺は『魔法』は使えないし、スイは『カクテル』を知らない。だから、二人で力を合わせて、末永く『バー』を守って行こう。そしてゆくゆくは『酒文化』の発展に貢献を──」


「あ、そう。うん。そうだね」



 俺もまた将来への『酒文化』の発展の夢を熱く語ろうとしたが、スイに切られた。

 その後に、スイはどうしてだか、じとっとした目で俺を睨んでいた。


「なんだその顔?」

「……別に」

「まぁ、美人だからどんな顔でも似合うけど」

「……っ!?」


 俺がからかうと、スイはその表情を即座に崩した。

 そして、今度は怒りで赤くなり、俺の手を強引に掴んで引いた。


「もういい。ほら、酔いは醒めたでしょ。戻ろう」

「あぁ。引っ張るなって」

「しらない。総は、信用ならないって分かったから」




 少しだけご機嫌斜めだが、それでもほんのりと嬉しそうなスイに引っ張られて、俺たちは店の中へと戻った。

 その直後、二人が消えたことに気づいていた客達に囃し立てられて、スイは顔を真っ赤にして叫んでいた。

 その姿は、無表情がデフォの彼女にしては、やたらと可愛らしかった。


 ついでに俺は、

 張り付いた笑顔のオヤジさんとライに厨房まで引き摺られて……そこから先はあまり覚えてない。徹夜だったし気絶するように寝たんじゃないかな。うん。


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