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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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カクテルグラス再び(1)

 唐突だが、この半年でフリーの時間が増えた。

 一年間、ほぼつきっきりで見てきた弟子に、店をかなり安心して任せられるようになったからだ。

 それに加えて、店舗で働く以外の雑事が増えた。その結果として、シフトからも俺の営業日がやや減っている。

 フリーと言っても遊んでいるわけでもない。


 本音を言えば、俺だってバーテンダー歴は二年と少しのペーペーだ。もはやこの世界で働いている期間の方が長いくらいである。

 そんな状況で現場を離れるのはあまり嬉しくない。ないのだが、ペーペーとは言えバー部門の最高責任者であるのも事実なので、仕方ない。

 だからこそ、営業の時には何事も勉強するつもりで、一日を大切に過ごしている。


 そして、これが、その大切な一日の、そのまた一ページである。



「で、マスターは結局、どうなのよ?」


 何時にも増して酔いが回っている様子の、イソトマの発言であった。

 時刻は二十三時過ぎ。テーブル席で食事をしている人間はもうおらず、カウンターの方も珍しくイソトマ一人しか居ない。

 そして、今日はたまたま俺とフィルの二人営業だったので、この場には男性しかいないというわけだ。

 お客さん一人にバーテンダー二人とは、なんとも贅沢な組み合わせだ。

 そんなイソトマは、俺ではなくフィルの作った【ダイキリ】を美味しそうに飲んでいる。


「……どうと言いますと?」

「とぼけんなって、女性関係だ、女性関係」


 閉店も一時間後に迫ったこのタイミング、新しい来店もあるまいと睨んだのだろう。

 腹を割って話そうという雰囲気で、イソトマは言ってきた。


「……イソトマさん。前にも言ったと思いますけど、僕は……」

「良いんだよ。理想は理想。マスターがロングのお姉さんが好きだろうと、ほら現実にはこう、可愛い女の子が近くにいるわけだろ? なぁフィル」

「……そうですねぇ」


 フィルはフィルで、困ったような笑みを浮かべつつも話題を切るようなことはしない。

 師が面倒な話題で嫌がっているのに、なんて弟子だ。

 そりゃ、俺がフィルの立場だったら、切る理由なんて一つもないけど。

 俺が当事者だから、この話題終わってくれないかなと密かに思うわけだ。


「で、どうなんだい?」

「どう、と言われましても」

「俺とマスターの仲だろ? 教えてくれよ」


 教えてくれと言われても、何も無いものをどう答えろと言うのか。

 この半年間で、俺の女性関係に何か変化があったかと言えば、何も無い。

 我ながら情けないような気もするが、何もないのは仕方が無いのだ。スイもサリーも、ついでに他の女の子にしても、距離はずっと変わらずだ。

 まるで思春期の恋愛のような……そういや、俺以外は基本的に思春期くらいか。

 とにかく、相手側が距離を保ってくれている以上、こちらにそれを崩す意図はない。結果としては、変化のない日々が続いているわけだ。


「……面白可笑しく言いたいのはやまやまなんですけど、本当に何もないんですよ」

「嘘だろぉ? スイ嬢ちゃんなんて、マスターが研修から帰ってきたとき、ちょっとした騒ぎになったって聞いたぞ?」

「いや、あの時はそういう、ほんわかした騒ぎじゃないんですけどね……」


 ニヤニヤと笑みを浮かべて【ダイキリ】を口に含むイソトマ。

 しかし、本当にあの時は大変だった。



 それは、俺がウィスキー……いや『オールド』の樽をたくさんお土産に、ホクホクした気持ちで帰ったときのことだ。

 二ヶ月ぶりというので、少しだけ再会にドキドキしながらヴェルムット家に足を運んだ。


 家に入れて貰えなかった。


 その時俺は偶然が重なって、スイの独り言を機械越しに聞いてしまっていた。それがスイにとっては、許されざる行いだったらしい。

 俺の帰還と同時にヴェルムット家は一種の魔術的な要塞と変貌したのだ。


 ドアノブに触ると痺れるし、隙間に手紙を差し込もうとしても燃える。

 かと言って撤退しようとしたら家の敷地から抜け出せない。大声を出してみても、その大声が倍になって反射される。

 そして悪い事に、俺以外の人間にはなんら影響はないという、パーフェクトに俺だけを拒む要塞だ。

 どうにか交渉しようとしても、スイが出てきてくれないのではどうしようもない。手詰まりかと思われた。


 だが、冬の寒空の下、俺が外でずっと待っているのを憐れんだのだろう。

 オヤジさんが力づくでスイを引きずってきて、事情を説明させ、仲良く二人で拳骨を貰ってその場はお流れとなったのだ。

 うん、今考えても俺何も悪くないな。なんで俺も拳骨されたんだ。

 まぁ、それからしばらくはスイが気まずそうに俺を睨んでいた。『オールド』の話をすると、そんな気まずさ忘れたかのように、普段通りに戻ったのだが。



「だからさ、マスターが家を出るって時もちょっとしたなんかがさ?」

「何も無かったですよ。もともと考えていたことですし、いい歳した大人がずっと居候ってのも、迷惑でしょう」

「……ほんと、変な所で律義だなぁ、マスターは」


 感心したのか呆れたのか、イソトマは少し静かになって、グラスを傾ける。

 俺もフィルも何も言わず、ぼんやりとした沈黙が夜の空間に流れていた。

 …………。

 …………。


「で、結局、マスターは何又かけてんの?」

「イソトマさん!?」

「はは、冗談冗談」


 この酔っ払いは……。

 この場に居るのがフィルではなくサリーだったら、こうまで弾けることもないだろう。

 頭を抱えつつ、俺はふと、彼の持っているグラスに目をやった。

 ……ふむ。


「……変な話、女の子って、お酒に似てますよね」

「ん? どうしたい急に?」


 ふと思いついた、話を逸らすための小話。

 カウンターに少し背を向けて、俺は棚に飾ってあるリキュールをいくつか手に取った。

 いつの間にか棚に並ぶボトルも随分と種類が増えた。始めたばかりのころは、賑やかしに置いていただけのボトルが大半だったが、今ではきっちりと種類がある。

 閑話休題。俺が始めたのは、お酒と女の子の関係についての話だ。


「たとえば甘い雰囲気とひと言に言っても、色々あります。柑橘のような甘さ、ミントのような甘さ、林檎のような甘さ、砂糖のような甘さ」


 一つ一つ、取り出したボトルを並べてみる。

 ホワイト・キュラソー。ペパーミント・グリーン。アップル・リキュール。そしてシロップ。

 見目麗しいとりどりのボトルを並べ、結論を出すことなく更に続ける。


「酸味も様々ですが、まぁ、ここではレモンとライムですかね」


 冷蔵庫から、二つのボトルを取り出す。

 レモンジュースとライムジュース。共にグリーンのボトルを使っているが、頭の部分を黄色と緑色に分けて判別できるようにしている。


「そして、その基酒ベース。芯の部分も様々です。風のように爽やかなこともあれば、炎のように猛々しいこともある。水のように滑らかな人も居れば、大地のように安心できる人も居る」


 冷凍庫から、四つのポーション、四種類の基酒ベースを取り出した。

 風の『ジーニ』

 水の『ウォッタ』

 火の『サラム』

 土の『テイラ』

 そして最後に、新たに加わっている第五属性『オールド』を、そっと後ろの棚から取って付け足す。


「人それぞれ違うし、人それぞれ好みがある。どんな女性にも、どこか通じる部分はあるし、どんな女性でも違う部分がある。そういうところって、本当に人それぞれ、酒それぞれって感じじゃないですか?」

「つまり、どんな酒にも、それぞれの良さがあるってことかい」

「そして、嵌る時は一つにどっぷりってのも、似てません?」

「かっ、違いない」


 最後に少し尋ねるようにしてやると、イソトマはふむと感心するように頷いていた。

 そして最後に、俺はわざとらしく、まるで今気付いたみたいに、話を初める前に気付いたことを指摘する。


「さて、イソトマさん。お次どうしましょっか?」

「なっ、ずりいぞマスター! 酒を用意してから尋ねるなんて!」

「あはは。やだなぁ、これはあくまで出しただけですって」


 俺はあくまで酒を出しただけ、そして話題を振っただけ。誰も『飲め』とは言って無いのだ。

 とはいえ、そうやって飲みたくなる気分にしてしまうのも、仕事のウチである。

 イソトマはむぅと目の前に並ぶボトルを睨みつけ、アップルを選ぶ。


「じゃ、これで。フィル、なんかオリジナル振ってみてくれ」

「ショートですか? ロングですか?」

「出来るならショートで。ガツンと来るのを」

「はい、かしこまりました」


 急にオリジナルを注文されたにも関わらず、フィルは焦ることなく頷いた。

 この辺りは、フィルの中でも特に成長した部分だろう。昔に比べて、フィルはずっと自信を付けている。自分の作る『カクテル』は美味しい、という自信だ。

 最近は、フィルのカクテル目当てで来るお客さんもチラホラと見る。俺の知らない、フィルの客だ。

 得意分野を伸ばすことに関しては、良い傾向だと思う。


「フィル。俺にも同じの。ロックグラスで」

「はい、分かりました」


 俺が追加で頼むと、フィルは少しだけ苦笑いをしつつ素直に頷いた。基酒ベースを尋ねると『ウォッタ』だというので、それ以外は冷凍庫に戻す。

 そして俺は片付けをしてから、カウンターを出てイソトマの横に座った。

 もう遅い時間だし、他に客も居ないので外からフィルを眺めることにしたのだ。

 横目でイソトマが、俺を睨む。


「おいマスター。俺は奢るとは言って無いぞ」

「ええ。大丈夫です。これは僕の給料から天引きされるだけなので。あ、でも、このままだと一人だけ、可哀想な子が居るかもしれないですよね?」

「分かってるよもう! フィル。それ終わったら好きなの飲め!」

「ありがとうございます」


 フィルは先程にも増して苦笑いで、それでもとても嬉しそうに礼を言った。

 それからすぐ、スイッチが切り替わったように真剣な目で作業にとりかかった。普段は柔らかな印象の美少年だが、作業の間だけは、真剣な男の顔になる。

 その辺りのギャップも、お姉さま方には好評みたいだ。


「しかしマスター。カクテルが女の子なら、グラスはなんだろうな?」


 フィルの作業を邪魔しないように、イソトマが小声で俺に話しかけてくる。

 俺はあまり考えず、頭に浮かんだ言葉を述べる。


「やっぱり服じゃないですかね。本人の見た目とか、飾り以外で変わるものって言ったら、服が一番分りやすいです」


 グラスには様々な種類があり、カクテルの種類に合わせて使い分けられる。

 女の子が自分に似合う服を選ぶように、カクテルに合ったグラスを選ぶ。

 いや、もしかしたら逆なのかもしれない。カクテルのためのグラスがあるから、バーテンダーは、そのグラスにピッタリの女の子を考えられる。


 そう思っている前で、フィルがシェイクを始めていた。

 彼のシェイクは、俺と随分と似ている。教えたことをしっかり守り、そこに自分を合わせていったのかもしれない。

 規則的な快音に身を委ねながら、ぼんやりとグラスについて思った。


 そういえば、カムイさんの所に顔を出さないといけないのだ。

 そんな話を彼としてみても、面白いかもしれないな。


「お待たせしました」


 静かに待っていると、フィルがグラスを差し出した。

 イソトマの前に置かれたカクテルグラスには、ピンに刺さったチェリーが沈んでいる。

 そこにゆっくりと、シェイカーの中身が注がれた。

 ほんの少し褐色の、透明感のある液体。真っ赤なチェリーのアクセントが利いていて、良い見栄えだった。

 イソトマも少し興奮した様子で、フィルに尋ねる。


「おお。で、名前は?」

「え? え、えーっと」


 それなりに良くあることだ。このカクテルに名前は無い。

 むしろ、即興でカクテルを作ったとき、そのカクテルに名前が付いていることが稀だ。

 味の完成形をイメージするのに精一杯で、名前まで考えている時間はないのである。

 自分のオリジナルレパートリーから引っ張ってきたならまだしも、そうでないなら、ここでセンスが問われる。


 果たして、なんと名前を付けるのか。


 そして、フィルは口を開いて、言った。



「り、【リンゴパワー】……です」


「…………」

「…………」




 今日の営業が終わってから、そっとフィルに教えてあげなければいけない。

 名前が思いつかなかったら、素直に『ありません』って答えても良いんだよ、と。


 いや、俺は好きだけどね【リンゴパワー】って名前。シンプルだし。




ここまで読んでくださってありがとうございます。


先日は更新できず申し訳ありませんでした。

作中で出てきたフィルのオリジナルカクテルですが、味の描写はないので、そっとレシピだけ置いておきます。


【リンゴパワー(仮名)】

・ウォッカ = 20ml

・アップルリキュール = 15ml

・マラスキーノ = 10ml

・レモンジュース = 15ml

・マラスキーノチェリー = 1個

マラスキーノチェリーをカクテルピンに差して、グラスに投入。

それ以外をシェイカーに注ぎ、シェイクすれば完成。

カクテルグラスが望ましいが、チェリーを抜いてロックグラスも可。


※0912 レシピの『ライム』を『レモン』と訂正しました。

※0916 誤字修正しました。

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