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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章

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一番の注文

 ブランデーとウィスキーの最大にして決定的な違いは、材料だ。


 基本的にウィスキーは穀物を、ブランデーはフルーツを原料に用いる。

 それらの違いは当然味にも現れるが、何より違うのは香りだと俺は思っている。


 グラスに鼻を寄せると、ふわりと、熱く甘く、その香りは脳髄にまで響く。

 ウィスキーの穀物的な素朴な甘さではない、熟したブドウのような、深みのある甘さ。

 鼻から入っただけで酔ってしまいそうな、実に鮮烈な香りだ。


 少し口に入れ、まずは舌先で触れる。ブランデーらしい酒の中の甘さが、土に染み込む水のようにじんわりと舌を伝っていく。

 それから舌の上で転がしてみれば、広がるのは夜のブドウ園のような雰囲気。甘く秘めやかな雰囲気を纏う、華やかでありながら妖しい風味だ。

 以前ウィスキーの中で、男性的や女性的などというイメージをしたが、それはそのままウィスキーとブランデーにも当てはまる。

 全体的な傾向として、ウィスキーは男性的で、ブランデーは女性的なイメージがある。


 そんなことを思いながら、俺は液体を呑み込み、鼻から息を抜いた。

 充分にブランデーに染められた呼気は、嗅いだときと同じかそれ以上の魅力を持って、すっと頭を揺さぶって消える。


 試作品ということで、多少の固さや改善点などは浮かぶが、初めてにしては上出来にも程がある味である。

 穏やかな余韻に包まれていると、俺と同じように真剣な表情で試飲していたノイネもまた、満足そうに頷いた。


「なるほど。ポーションとしての完成度にはまだ余地が残りますが、それでも実用的なレベルに迫っていますね」

「そっちですか」

「はあ」


 俺は味の感想が漏れることをそれとなく期待していたが、彼女はどちらかといえばその効能の方に目を向けたらしい。

 研究者肌というのは、少しだけスイと似ているのかもしれない。


 ぶっちゃけると、俺はポーションの効果が高いとか低いとかは良く分からない。

 この世界で暮らすに当たって、コンロだの蛇口だの明かりだのといった魔法装置を動かすための魔力の扱いは覚えた。だが、覚えただけでそれに詳しいわけではない。

 自転車に乗れる人間が、自転車の構造に詳しいわけではないし、力学やエネルギーの変換効率なんかに詳しいわけでもない。


 だから、ノイネがしたような、魔法的な観点での感想は、少し拍子抜けだ。

 だが、そんな俺の気持ちが顔に出ていたらしい。ノイネはふっと優しい息を吐いて言ってくれた。


「味わいに関しては、素直に美味しいと思います」

「それは良かった」

「ただ、私個人としては『ウィスキー』の方が好きですね」


 それには俺も同意見だ。

 決してブランデーが嫌いなわけではないが、どちらかと言えばウィスキー派である。

 ただ、これは完全に俺の初体験というか、ウィスキーを飲んだのが早かったから、というだけかもしれない。



 ついでに、ブランデーと一口に言ってもその種類は多岐に渡る。

 ブドウで作られるオーソドックスなもの。フランス、ノルマンディー地方で作られる『カルヴァドス』という名称が広く有名な、リンゴの『アップル・ブランデー』。

 フルーツから作られる蒸留酒をブランデーと呼べば、サクランボから作られる『キルシュワッサー』などもそれにあたる。

 ブドウの搾りかすから作られる変わり種の『グラッパ』や『マール』というものも。

 それらをまとめてブランデーと称するのはいささか乱暴だが、大雑把にまとめてしまうとやはり、フルーツから作られるのがブランデーなのだ。



 もっとも、こういう説明をノイネにしたところで伝わるわけはないので、頭の中にだけ留めて、もう一口含む。

 第一印象とはまた違った細かな感想を持つには、それが一番だ。


「……しかし、あなたは、相変わらずですね」


 俺のそんな様子を見ていたらしいノイネが、思わずといった感じの声を漏らす。

 目を向けると、心配するような感心するような、曖昧な表情で俺を見ていた。


「このメモ。あなたの言う日本語……でないものは、これですか」


 しかし彼女は俺の視線に応える前に、そうやって話を逸らした。

 彼女が手を伸ばした先は、殴り書きの日本語のメモではなく、他人に見せる為に書き溜めていたこの世界の文字でのメモだ。

 確認するように、ノイネは俺のメモのうち、味に関する部分だけを読み上げた。


「『ガンコウラン』

 液体の色は薄い紅、もしくは茜色といったところだろう。かなり透明度が高く、グラスの向こう側の景色も良く見える。

 香りは、かなりキツイ。甘さよりも、渋い感じの酸っぱさをイメージさせられる。黒い果皮に含まれるだろう渋みが、そのまま出ているのだろうか。

 しかし、香りのイメージに反して、口当たりはまろやかだ。良く言えば甘みも酸味も控えめで、悪く言えば特徴がない。ただ、もともとの蒸留酒の特徴を考えると、それなりに飲みやすくしているとさえ言えるかもしれない。

 思い浮かべるのは、やはりベリーやカシス的な味わいだろうか。

 飲んだあとの喉の感覚や、通り抜ける鼻に抜ける香りは、入りとは打って変わって爽やかである。

 美味しさは十段階評価で五。甘味△ 苦味× 酸味△ 香り△ 味○ 見た目◯」


 まだ細かい部分を詰めてはいないが、確かに俺の感想だ。

 ノイネはそれを読み上げ、そして静かにため息を吐く。


「あなたがこれを書いたのは、課題を出されてどのくらいのところですか」

「えっと、それは一通り飲んでの第一印象なので、全部合わせて一週間ないくらいかと」

「……そうですか」


 ノイネはその後、他のメモにも目をやった。暫定的なまとめなので、完成版とは言えないが、全ての意見は出してある。

 やがて中間審査を終えたノイネは、あえてそこには触れなかった。

 俺の課題の進み具合に言及することなく、俺の想定外の言葉を出した。


「あなたはお酒が好きなんですね」


 俺の周りに居る人間が、当たり前のこととして周知している事実。

 わざわざ聞かれることもないから、改まって言われると少し、照れくさい。


「ただ、一つだけ気になることがあります。家に居るあなたや、店で働いているあなたを見ていると、思うことです」


 続いたノイネの言葉は、深く俺を探るようであった。

 彼女は、特に俺に対して探るような目をすることが多い。俺の心の中に居る、本当の俺を見ようとするように。


「あなたが、一番好きな『カクテル』は、なんですか」


 そして、咄嗟に答えられないようなことを言うのだ。

 それまで考えたことも、決めたこともないような、そんな質問をするのだ。


「あれも好き、これも好き、じゃありません。本当に、一番大切な、たった一つの『カクテル』は、ありませんか」


 じっと俺の目を覗き込んでくる瞳に、応えられない。

 頭の中で、俺は彼女の質問の答えを探す。


 ぱっと浮かんでくるカクテルを、口先だけで誤魔化すことはできる。事実、最も好きなものの一つ、という選び方ならいくらでもできる。

【ブルー・ムーン】とか【コスモポリタン】とか【ダイキリ】とか【モッキンバード】とか。

 好んでいる『カクテル』であれば、後から後から湧いて出てくる。

 だけど、その中でもたった一つを選べというのは、できない。

 あれもこれも、全部ひっくるめて好きでありたい。順位などつけたくない。それが許される『カクテル』の世界であって欲しい。


 そう思えば思うほど、俺はどんどんノイネの質問の答えから遠ざかる。

 暫く、あーとかえーとか言っていると、ノイネはすまなそうに苦笑いした。


「少し、難しい質問をしましたね。質問を変えます」


 許された、というより見逃された感覚だった。

 彼女は少しだけ悩むように額に手を当てて、すぐ思いついた表情を浮かべて言った。


「あなたが今、一番飲みたい『カクテル』は何ですか。あなたが一番、今の自分に合っていると思う『カクテル』を、作ってみせてはくれませんか」



 それがノイネの注文だった。

 俺が、俺のために作る、今最高の一杯とはなんなのか。

 それを見出すのが、彼女の要求であった。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


繰り返しになりますが、あくまで作中の感想は個人の感想です。

あくまで味の感想の一つとして捉えていただけると幸いです。

(特に果実酒に関しての部分は)


※0724 表現を修正しました。

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