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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章

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自分なりの基準

 オオミノツルコケモモ。

 赤い果実は非常に酸味が強く、生食には向かないが、菓子やジャム、それにジュースとして利用される。

 名称はジャポンで使われるもので、この地方では『クランベリー』と呼ばれる。

 近縁種にはツルコケモモ、ヒメツルコケモモ、アクシバなどがある。

 』



 そういう記述を発見し、俺は長いため息を吐いた。


「あれクランベリーだったのかよ。しかもアクシバとオオミノツルコケモモは近縁種か。果実のヒントがあったのに、分からないもんだな」


 言いつつ、関連ページを辿ってアクシバのページに辿り着くが、そちらにはそれらしい記述が乏しい。

 ただし、ヒントとしては赤い果実が食用である旨は記載されていた。


「やっぱり、まずは調べることからだなぁ」


 言いつつ、俺は凝り固まった体をほぐすために大きく背を伸ばした。

 現在地はこの街の図書館の一画、薬草や果実といった植物の情報が集まった場所だ。

 机の上に積んであるのは、東洋の果実、山野の記載がある本。調べ物の為に作ってきたのは、ノイネから出された課題の薬酒のメモである。


 俺がまずやったことは、先入観無しで一度全ての酒を飲んでみること。

 しかしその段階で記録するのは、甘みや酸味などの簡単な第一印象と、少し引っかかった部分だけだ。

 たとえば、苦味が強いのはマタタビやカラハナソウだとか、香りが良いのはキンモクセイだとか、前に出ている情報だけ。

 特徴的な個性と言えば、シラタマノキは、湿布薬のような風味であったとか。


 その後に、俺はこうやって、ノイネが漬ける前の植物そのものの情報を求めた。

 受けた第一印象を補完したり、気になった部分の裏付けを見つけたり、または第一印象では気付かなかった特徴が何か無いかと探したり。

 一度持った主観を肯定なり否定なりできる客観的な情報を求めてのことだ。


 自分の意見を持ち、その意見を元に他の意見を取り入れる。

 それは俺がバーテンダーになった頃、先輩から教わった基本の一つだ。


 バーテンダーが扱うボトルやカクテルは本当に多岐に渡る。一つ一つの味をいきなり覚えようとするのは、無謀というものだ。

 ではどうするのかと言えば、まず、自分なりの基準点を作るのだ。


 例えば、ウォッカベースのカクテルを考えたとしよう。

 まず、その中で【バラライカ】というカクテルの味を、覚える。『ウォッカ』『コアントロー』『レモン』からなる味わいをそこで基準にする。

 そうやって【バラライカ】の味を覚えたら、そこから派生して他のカクテルに手を伸ばすのだ。

 基酒を『ジン』に変えた【ホワイト・レディ】なら、ベースの違いでドライになるとか。

『ウォッカ』と『ライム』からなる【スレッジハンマー】というカクテルは【バラライカ】に比べて甘みが少ないとか。


 とにかく、自分の基準を一度定めてから、それに比べてどうだという覚え方をする。

 そうしていると、手を伸ばした先のイメージも次第に固まってくる。

 イメージを固められると、今度はそこを味の基準として、また別のイメージを求められるようになる。


 そうやって、少しずつ自分の中の基準点を増やして行くことで、ゆっくりと味のイメージを固めて行くのである。

 しかしそれだけでは、自分の中で違いが良く分からない味というものが出た時に困る。

 そこで必要になるのが、主観ではなく客観の意見だ。


 違いが分からないのなら、違いが分かる人に聞けば良いのだ。その人の意見を元に、自分でそれをまた味わう。

 そうすると、その違いが見えてくることもある。やっぱり見えてこないこともある。

 そればかりは、確かなことは言えない。しかし、自分なりの意見を持ち、そこを補足するために他の意見を取り入れる。

 それを繰り返すことで、味のイメージというのはより強固なものへと変わる。


 今回の場合、味の第一印象は自分の舌である。そこで感じたものを基準とした。そしてそれ以外の情報を求めて、こうやって書籍の記述を辿っているというわけだ。

 こればかりは、ノイネに尋ねるというわけにもいかないだろうから。




「ひとまず、まとまったか」


 もう一度大きく背伸びをして、俺は出来上がったメモを眺めた。

 ノイネの出題は、なんというか、親切そうに見えてひっかけのパターンが多い。


 基本的には、様々な種類の『果実』を中心にした出題である。

 しかし、先程の『クランベリー』だったり、『オトコヨウゾメ』という植物が果実酒として良く使われる『ガマズミ』の近縁種であったり。

 とにかく、俺の知識の隙間を突いてくるものが多々あるのだ。


 かと思えば食用には適していない実を使ってきたり、別名の方が有名で探しても記述が全然見つからなかったり、本当に俺を試すような物が多い。

 どうにも、手加減をするつもりが無い事だけは、はっきりと分かる。

 だが、それに文句はない。課題というのはそういうものだ。

 今作ったメモ帳を元に、もう一度味を見る。そうすれば、最初には気付かなかった特徴も見えてくるだろう。


 とりあえず、図書館での調べ物は終わりと思って時間を確認すると、ちょうど昼時を少し回ったくらいである。

 図書館を出てどこかに食べにいこうかと思ったとき、ふと、本棚の隙間が気になった。


 今日はまだ、白髪のあの子には出会っていない。

 しかし、彼(彼女?)はなんとなく、俺を見ているような気はしている。

 大量に取り出してきた書物を戻す傍ら、俺は期待せずに声をかけてみた。


「エル、居るか?」


 独り言のようにその声は、書架の隙間を滑って行く。

 しかし、しばらく待っても聞き慣れた冷ややかな声は聞こえてくることはなかった。


「……まぁ良いか」


 もともと期待はしていなかった。

 いや違う。期待は多少あったが、あてにはしていなかった。


 俺は自分の腰の銃に視線を落とし、そのあとにため息を吐いて図書館を出ることにした。




「おーい総!」

「ん?」


 図書館を出て、街を歩く人の波に同化しながら昼食のことを考えていると後ろから声をかけられた。

 振り向けば、俺に向かって手を振っている犬耳の獣人の姿。

 少し元気に手を振っている男性はベルガモ、その横にちょこんと立って微笑んでいるのがその妹のコルシカだ。


 俺が立ち止まっていると、二人は少し駆け足気味で俺へと寄ってくる。

 やがて、やや息を乱したベルガモが、俺に追いついた。


「良かった総。よっ」

「よっ」


 ベルガモと俺が気安い挨拶を交わしているところで、隣のコルシカもこくんと頭を下げる。


「こんにちは総さん」

「ん。こんにちは」


 続いた少女にも軽い挨拶を返す。

 最初の会話のやり取りが済めば、ベルガモはさっさと本題へと移る。


「探してたんだ。家に行ったらオヤジさんが図書館に向かったって言うから。間に合って良かった」


 ベルガモがはにかみながら言うと、さっきまでの調べ物の疲れが吹っ飛ぶようだ。

 俺は彼の元気さに感謝しつつ、尋ねる。


「探させて悪かったな。なんか用事か?」

「用事ってほどでもねえんだけどさ……」


 少しだけ恥ずかしくて言いにくそうにベルガモは言葉を濁す。

 俺はなんだろう、と少し待っていると、ベルガモの煮え切らない態度に呆れたコルシカが、彼の言葉を引き継いだ。


「兄さんは、総さんの力になりたいんです」

「こ、コルシカっ」


 澄まし顔のコルシカにベルガモはやや慌てるが、コルシカは戸惑いの俺に更に続ける。


「総さんが最近悩んでいるから、友達として俺が一発相談に乗ってやる、と家で息巻いてましたよ」

「……ベルガモ」

「んだよ! 悪いかよ!」


 他人に説明されて、ベルガモがやや恥ずかしそうに声を上げる。


「総がずっと悩んでるからさ。俺そんな頭良くねえけど、気晴らしくらいには誘えると思ってよ」


 ベルガモの不器用な優しさを感じた。あくまで仕方ないという感じだが、コルシカのじと目からして、家でも結構俺を心配してくれていたのだろう。

 俺はそんな彼に、にやっとした笑みで返した。


「じゃ、頼むよ。話聞いてくれ」

「……おう! 仕方ねえから聞いてやるぜ」


 ベルガモは俺のにやけ顔に少し睨みを入れてくるが、俺とコルシカは終始彼の態度にニヤニヤしたままであった。

 少し話して、俺達三人はちょっと騒がしくしても良いお店で昼食を取ることにした。


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