選択猶予
「どうやら、私の軽い言葉が、思った以上にあなたたちを悩ませてしまったみたいですね」
少し戸惑いながら店の中に入ってきたノイネは、謝るような形でまず言った。
しかし心情としては、突然の登場で戸惑っているのは俺達も同じだ。
サリーを見ると、彼女は恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「彼女は、私を探して街中を走り回ったみたいです」
「っ──!」
そんなサリーが何をしていたのか、あっさりとノイネは暴露した。
サリーは焦った表情をしてあわあわとするが、ノイネは構わずに続ける。
「自分の好きな人達が、悩んでいる姿をどうにかしてあげたかったのでしょう。このままだとあなたたちがずっとギクシャクしたままになってしまうからと、私をここまで引きずってきたのです」
洗いざらい自分の行動を説明されて、サリーは羞恥のまま黙り込んでしまった様子だった。
目的を告げずにフラリと外出したサリーが何をやっていたのか。
この状態を作り出した元凶を、探しに行っていたのだ。
なんのために?
俺達の現状を、その元凶に知ってもらうために。
それをして、いったい何の意味があるのか?
その答えはノイネ本人から、もたらされた。
「やはり話は無かったことにしましょうか」
ノイネは穏やかな声で告げた。それが、俺達のためであると言うように。
ま、待ってくれ!
思わず、そう叫び出しそうになって、俺は慌てて口をつぐんだ。
俺は、自分が想像以上に焦っていることに、自分自身で驚いている。
しかしその焦りを内心に押し込めながら、静かに尋ねた。
「無かったこと、というのは」
「私があなたに、色々と教えるというのは、無しにしましょうと言っています。そうすれば、もう悩む必要はないはずです」
その温かくも冷たく突き刺さった言葉は、俺が想定した状況と一切の齟齬がない。
そんなのって無い、と言い出したい気持ちが、後から後から溢れてくる。
あんなに、諦めると納得していた筈なのに。目の前でそんな話をされて、なにいきなり焦りだしているんだ俺は。
さきの結論を出した以上、俺には彼女を止める権利など、無い筈なのに。
「少し待っちゃあくれねえか」
そんな声が今度は厨房の方から届いた。
そちらに目をやれば、相変わらずノイネに向かって渋い顔をしているオヤジさんが居た。彼は静かに歩み寄って来ながら、零す。
「営業前だってのに、出入りの音がやけにすると思ったら」
「確かに、こんな時間に押し入ったことは謝ります」
「いや良い。あんたなら、別にな」
オヤジさんは、ふぅと苦労の息を吐いて、そこに集まっている面々を流し見た。
俺と視線が合った時、彼は心配そうに目を歪めた気がする。気のせいかもしれない。
突然現れたフレンに、ノイネは問いただす。
「それではフレン。待て、というのは」
「だから、あんたがさっさと結論を出して無かった事にする、ってのを、もう少し待っちゃくれないかって話だ」
そんなオヤジさんの提案に、ノイネは露骨に顔をしかめた。
「話を聞いていたわけでは、ないのですか」
「話は聞こえてた。その上で、言ってるんだ。あんたがそうやって、自分で結論を出しちまうのは簡単だ。だが、それをしねえでくれねえか、ってお願いしてるんだ」
「……私の迂闊な提案で、彼らが悩み苦しんでいるのに、ですか」
「違うな。せっかく悩み苦しんでいるから、だよ」
睨みつけるようなノイネの視線を避けて、オヤジさんは近くのスイの頭にポンと手を置いた。
「俺は反対だ。それは今も変わっちゃいねえ。だが、最後にはこいつら自身で、決めて欲しいとも思っている。だから、こいつらが悩んだ末に結論を出すまで待ってはくれねえかと、お願いしたいんだ」
オヤジさんの言い分を聞いて、ノイネは彼にではなく、俺達へと目を向けた。
「……あなた達は、フレンの言い分をどう思いますか」
真っ先に反応したのは、ライだ。
「私は分かんない、です。だけど、総もお姉ちゃんも、あんな顔して、何かを選んで欲しくはないってだけ、です」
彼女は言葉通りに、心配そうに俺とスイを見比べた。お互い考えは同じはずなのに、出した結論が正反対だった俺達を。
俺もスイも、はっきりとした言葉を口にしない。ただ、お互いが、このままなかったことにして欲しいと思っていないことは確かだ。
ノイネはそうやって口をつぐんだ俺達を、やはり心配するように見ながら答えた。
「……昨日も言いましたが、私は、どちらでも構いません。ただ、あんまりにも時間がかかるようでは、困ります」
オヤジさんの言い分を、彼女はしぶしぶながら受け入れたのだと分かった。
すまねえな、と小さく零したオヤジさんが、特に俺とスイへと声をかける。
「俺は、はっきり反対する。だけど、今はお前達が納得して決めることだ。だから、お前達で決めろ。今日みたいに焦って、適当な答えを出すな。納得した答えをだ。良いな?」
「……分かった」
「……おう」
俺とスイは、オヤジさんの言った言葉を受け入れた。彼のひと言で、再び『ベルモット』の可能性が残ったことに、やっぱりホッとしてしまった自分を自覚しながら。
言い換えれば、これからもギクシャクする可能性を自ら選んだということになる。
そんな俺達を尻目に、つとオヤジさんはサリーへと視線を向け、少しだけ頭を下げた。
「悪いなサリー。お前が、心配で行動を起こしたってのも分かってる。お前の行動を否定したわけじゃ、ねえんだ」
「……それは」
サリーはしゅんとして項垂れた。彼女の心配や、彼女の行動には悪意などひとかけらもない。それが分かっているから、逆に彼女は落ち込む。
自分は、余計なことをしてしまったのではないか、と。
「ただ、もう少しだけよ。師匠にも成長の機会ってやつを、与えてやってくれねえか」
その声は優しかった。
サリーは、そっぽを向きつつ、小さく頷いた。
「ったく。せっかちな連中だなまったく」
昨日同様に、オヤジさんの一声でもって状況はまとまった。
何も解決していないにも関わらず、しかしはっきりと、昨日とは違う指針が立った。
俺達に必要なのは、なあなあではなく、はっきりと納得できる結論を出すことだと。
そして、今の自分の気持ちはサリーが明確にしてくれた。あとは、その気持ちにどう折り合いを付けるのかという話だけだ。
「しかしフレン。先程も言いましたが私にも都合があります。路銀も無限ではありません」
期限の話だ。
昨日の段階では、ノイネは待って二日から三日という感じであった。
だが、オヤジさんの提案を考えれば、二日や三日では俺や姉妹の結論は固まらないと思っているのだろう。
それほどの期間、この街に留まり続けるには、それなりに金がいる。ノイネの懸念はもっともだと思った。
それに対して、オヤジさんはぽんと告げた。
「その間、ウチに泊まってくれて良い」
「……良いのですか」
「昔泊めてもらった恩があるからな、ただで良い」
「…………」
オヤジさんの言葉に、ノイネは折れた様子だった。
「では、待ちましょう。どのくらい待てばよろしいですか」
そして、俺達が結論を出すまでの間、ノイネはヴェルムット家に留まることが決まったのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
一周年記念の私事です。
本日11日は、一年前に重曹とクエン酸で作ったソーダで【ジン・フィズ】を作った話を投稿していました。
その描写の資料に使ったもろもろも含めた記念写真は、Twitterの方に張ったりしております。
よろしければ一巻か一章を手元にご覧下さい。このカクテルの登場は、書籍版となろう版で大きく変わるところでもありますね。
@score_cooktail
次は15日に【ホット・バタード・ラム・カウ】を作る予定です(特におかしなところはありません)




