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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章

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自分勝手な欲望


「……待ってくれ。スイ」


 彼女の行動の意味に気付いたとき、俺はようやく、この場で会話に入る。

 正しくは、会話に入る権利を与えられたような気持ちになっていた。


「どうして、急にそんな結論を出したんだ?」

「急じゃない。ほんとはずっと、そういうことを考えてた」


 俺に問いかけられても、スイは焦った様子一つ見せず、淡々と答える。


「だって私。この店で一番、ソウの役に立ててないから」


 静かに告げられた言葉。

 俺はそんな彼女の思いに、呆気に取られてしまった。

 それがあまりにも、俺の抱いている感想と一致しなかったから。


「馬鹿言うな。今までずっとスイにポーションを作ってもらって、助けてもらって、ここまでやってきたんだぞ」

「でもそれって、今はポーションを作る以外に何もしてない、ってことでもあるよね?」

「……何もって」

「だったら、作り置きを大量に残せば、総は困らないよね?」


 彼女の出した結論を、心情でははっきりと否定したかった。

 彼女にはポーション製作以外でも、色々と世話になってきた。冒険の話だったり、試作の際の成分の抽出だったり。たくさん世話になってきた。

 しかし、今の彼女にやってもらっていることは、どうだろう。


 俺の満足が行くようにボトルは大体揃ってしまった。

 営業中に手が足りないという問題も、弟子が育ってきてほぼ解消している。

 そしてなにより、オーナーという名目はともかくとして、彼女が接客業でアドバイスできることは、そうそうない。


 オーナーという肩書きだけがあって、それだけ。

 材料の問題さえ片付いてしまえば、店自体は回るというのは、嘘じゃないのだ。


 だけど。


「……そういう問題じゃない」


 俺は頭の中で、スイが何を思ってそんなことを言ったのか、論理的には納得した。

 しかし、心情の部分ではっきりと、モヤモヤが残っている。

 これはきっと、この店で俺が働いている、意味とか意義に関わってくる問題だ。


「俺がここに居るのは、スイが誘ってくれたからだ。スイの理想となら、一緒に歩いて行けると思ったからだ」


 バーやカクテルだけの問題なら、確かにスイの重要性は低くなっているのかもしれない。

 だけど、前に立つ理念は違う。

 一人でも多くの人に知ってもらって、一人でも多くの人を救いたい。そんな理想を持つ彼女が中心に居たから、俺達は今日まで進んできたのだ。

 この店が、色々な人達に寄り添うようにやっていられるのは、全て彼女の理念ゆえだ。


「でも、総の理想は、私とは違う」


 そんな俺の心を見透かすように、スイは静かに言った。


「私も総も、カクテルを広めるという目的は一致してる。でも、その先の理想は違う。総は、カクテルの更に先に進むことが、一番大切なんじゃないの?」

「……俺はそんなこと、ひと言も」

「でも、カクテルのためなら仕方ない、でいっつも済ませてきたんでしょ? 昔からずっと、今日までずっと」

「…………」


 言葉に詰まった。何も言えなかった。

 スイの寂しそうな笑みが、俺の今日取った行動の結果を、静かに表していた。


 俺は、スイの願いを知っていて、直接お願いされて、それでも今日この店に来た。それもこれも、全ては『カクテル』のために。

 身内の心情よりも、一人のエルフと『カクテル』を優先した。

 スイの寂しげな言葉で、自分が取った行動が、どれだけスイの心を傷付けたのかに気付いてしまった。


 さっきの営業中、スイは怒っていたのではない。ただ、傷ついていたのだ。

 その傷を精一杯表現した行動に、俺ははっきりと、苦言を呈してしまった。

 謝れば、それで済むと思ってしまっていたのだ。

 身内だからで済ませて、スイの心を考えていなかった。誰もが俺と同じ考え方ができるわけ、ないのにも関わらず。

 誰よりも自分勝手だったのは、俺なんじゃないか。


「……それでも、俺はスイにそこまでしてもらって、前に進もうだなんて」


 ぐっと拳を握りしめ、それでも言った。

 スイはそんな俺に、ひたすら優しい声音で返す。


「それで、あなたの目的が遠ざかっても……良いの? あなたの目指す、カクテルへの道が、なんの障害もなく見えているのに」


 否定しろ。否定しろ。

 頭の中ではっきりと、その結論だけを繰り返す。

 なのに、否定のためになんて言って良いのかが分からない。見えてこない。

 どんな回答をすれば、彼女を納得させられる。

 今日という日に自分の目的をはっきりと優先させた俺が、自分の目的はどうだって良いだなんて、どの口で言えるのか。


「私はやだよ!」


 頭の中で必死に言葉を探していた俺を置いて、声が響く。

 さっきは呆然としていただけだったライが、今度は明確な意志を持って否定の声を上げていた。


「魔道院に行ってたお姉ちゃんがやっと帰ってきて、店にも色んな人が増えて、それで楽しくやってるのに。急にお姉ちゃんだけ居なくなるなんて絶対に嫌!」

「ライ。だけど、私達の目的が……それにノイネさんの問題だって」


 突然駄々を捏ねるようになった妹にスイは困った顔で返す。

 しかしライは、そんな大人ぶったスイの言葉に、尚更に反発した。


「そんなのお姉ちゃんが行かなくたって良いじゃん! 総だって、何をそんなに焦ってるのさ! 今すぐ分からなくたって良いよ! 今まで手探りでやってきたのに、どうしていきなり、そんな近道しようとするの!」


 握った拳が、じんわりと汗をかいた。

 潤んだ瞳で精一杯叫んだライの言葉に、ズキリと刺された。


 確かに、俺は何を焦っていた。

 今日のことだって、日を改めて約束するなり、いくらでも方法はあったのに、なぜ焦ってここに来た?

 ……俺は、天狗になっていたのかもしれない。壁に当たる度に都合良く突破できて、簡単に考えていたのかもしれない。

 だから、薬酒で何も結果が出てない今、無意識に近道を選択してしまったのか。


「みんな、自分勝手だよ! 私だって、そうだけど……でも! そんな無理して、急いで前に進もうとしなくて良いじゃん!」


 その言葉を最後に、ライは再び俯いて、静かに嗚咽を漏らす。

 スイは俺に対していた時の決意の表情をはっきりと崩して、ただライの頭を優しく撫でていた。

 ライの声以外存在しなくなった空間で、それまで黙っていたノイネが言った。


「あくまで、私は不測の事態に備えて行動しているだけです。緊急性のある話ではありません。ですから、急に決める必要はありません」


 期限を明確に決めることもなく、ただ抑揚の少ない声で告げた。


「私はどちらでも構いません。ここで駄目なら、他の心当たりを訪ねるだけです。しかしもし、スイさんが来て下さるというのであれば、彼女の願いを受け入れるのもやぶさかではありません」


 だから、どうするのかは自分たちで決めろ。

 その後に続くだろう言葉を勝手に補足して、俺は俯いた。


 バーテンダーとして、人の心を優先するべきだとする俺は、スイを止めろとはっきり言っている。

 彼女が中心になって守ってきたこの店を、彼女ナシで語ることなどできはしない。ノイネのことは残念だが、身近な人をもっと大切にするべきだ。


 しかし、夕霧総として、カクテルを求めている俺はそんな俺に反論する。

 目の前に来ているチャンスをみすみす逃して、なに綺麗事言ってやがる。たかが一年や二年スイが居ないだけで『ベルモット』に近づけるんだぞ。


 そのどちらもが、俺の心から湧いてくる答えだ。

 心から湧いて出てくる、二つの相反する欲望だ。

 偽善っぽくて醜悪な、目を背けたくなる自分本位な感情だ。


 人を大事にしたい。カクテルも大事にしたい。


 だから、心で決めないといけない。本当は、どっちの方が大切なのか。

 以前悩んだときとは違う二律背反が、頭を叩きまくっている。



「……ひとまず、今日のところはお開きだ。それで良いかお前ら」



 オヤジさんはぶっきらぼうに言った。それに対する反論は上がらない。



 ノイネは、自分の宿泊先の情報を残し、静かに頭を下げて店の外へと出て行った。

 残された俺達は、ただ無言でその場に佇むのみであった。


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