ノイネの目的
コトリ、とカップを置く音がして、タイミングを見たオヤジさんが話を続ける。
「……それでノイネ。あんたは、そのために来たのか?」
やや気まずい空間での、気まずい問いである。それでもオヤジさんは、自分からそう切り出した。
ノイネは『カクテルの店』と『スイ・ヴェルムット』という情報を頼りに、ウチにまで辿り着いた。
スイがエルフの血を引く青い髪の毛であること、そして『ヴェルムット』という名前であることから、その素性──タリアの娘であると推測してのことだろう。
魔術関係かポーション関係、そのどちらかに通じていれば『スイ・ヴェルムット』の存在はかなり有名みたいだから。
そして今オヤジさんが尋ねたことは、そうまでしてノイネがここに辿り着いた理由だ。
ただ、タリアの今を知る為に来たのだろうか、と。
それにノイネは、小さく首を振った。
「タリアに会いにきた、というのは否定しません。しかし本題として、タリアに頼みたいことがあったのです」
「頼み?」
「はい。少しばかり、あの子の力を借りたかったのです」
ノイネはその言葉の後、オヤジさん以外の面々の顔を見る。
そして俺や姉妹に、前提としての知識があるのかを尋ねた。
「あなた達は、エルフの里がどのような場所であるか、知っていますか」
俺達は頷く。
情報としても、オヤジさんからの話としても一応頭に入っている。
エルフの里は、人の来ないような森の奥にあるもの。結界や魔物除けを用いて生活圏を確保していて、エルフ達にその気がなければ人間との関わりもない。
そういう、人間社会からは隔絶された空間だったと記憶している。
「……最近、里の周りで魔物が異様に活発になってきています。結界があるとはいえ、万全ではありません。今はまだ無事ですが、この先、結界だけでは危険な状況に陥るかもしれないということです」
ヴィオラも魔物が活発になってきていて、大変だと言っていた。
この街近辺は積極的な討伐活動で比較的平和だが、遠くの村を守るための遠征は頻繁に行っている。ここ以外の街も、頻度はどうあれ似たようなことはやっているだろう。
そして、その遠征の対象になる村に、エルフの里は入ってはいまい。
魔物が活発になるという事態。戦う術を基本的に持たないエルフ達は、結界があっても気になる事だろう。
それこそ、結界の外にふいに出てしまって、魔物に襲われるという危険は、いつだって付きまとうものだし。
「ですので。私の目的は、タリアに戻ってきてもらうことでした」
その状況であるからこそ、ノイネはタリアを探してここまで来た。
不測の事態に備えての力として、タリアに頼るつもりだったのだ。
「里の者達は、人間の傭兵を雇うことにあまり良い顔をしません。私達が真っ先に頼れるのは、あの子しかいませんでした」
その申し出には、オヤジさんも少し不快そうに眉をひそめた。
「……また、勝手なこと言うじゃねえか。昔みてえに、あいつに無茶させるかもしれねえってのに。また里で暮らせってのか」
「……一生縛り付けておくつもりはありませんでした。一年か二年。魔物の動きが沈静化するまで、保険として居てくれれば、と思ったのです」
「だからってな」
オヤジさんは、昔と同じようにタリア一人を戦わせようとするエルフ達の考えに、真っ向から異を唱えている。
だが、守る相手が既に居ないという事実を思い出したのか、力無く頭を下げた。
「言っても、仕方ねえか」
「ええ。今となっては、叶わぬことです」
この場にはもうタリアは居ない。二人がいがみあったところで、何の意味もない。
先程ハーブティーと一緒に流し込んだ、どうしようもない感情を持て余すように、オヤジさんが呟いた。
「……それにもしタリアだったら。簡単に引き受けちまうだろうな」
それは、タリアについて簡単な話しか聞いていない俺でも思うことだった。
彼女はきっとそういう性格だったのだろう。自分の力が誰かの役に立つのなら喜んでその力を振るう、そんなタイプに思えた。
だからこそ、こんなタイミングでノイネはタリアを頼ってここまで来たのだ。
しかし肝心のタリアはもう居ない。
しんみりした空気が再び満ち、オヤジさんとノイネの意識を過去に引きずりこむ。
そんな静かな空間に、先程と同じように凛とした声が響いた。
「それは、私でも構いませんか?」
急に出てきた言葉に、一同は目を丸くした。
その言葉を発した青髪の少女は、静かに手を上げてノイネをじっと見つめている。
ノイネは訝しむように、スイにもう一度発言を求めた。
「……もう一度、お願いできますか」
「ですから、その魔法使い──お母さんの代わりは、私でも構わないんですか?」
二度も重ねられれば、彼女がどんな申し出をしているのかは疑いようもない。聞き返したのは、ただの確認のようなものだ。
つまりスイは、自分が母親であるタリアの代わりに、エルフの里を守ると申し出ているのだった。
その申し出の意味なら、俺の頭はすんなり理解できた。だが、どうにも心にモヤモヤがひっかかるのを感じていた。
俺と同じように戸惑いの表情を隠さぬまま、ノイネは答える。
「……確かにあなたでしたら、里の者もそれほど毛嫌いすることはないでしょうが──」
そんなノイネの回答を遮って、オヤジさんの鋭い声が飛んだ。
「何言ってやがるスイ! 俺は、反対だぞ!」
オヤジさんは、先程までの感傷的な雰囲気をかなぐり捨てるように、大声を出す。
「タリアだったら、まだあの里の連中にクソみてえな恩義を抱えていただろう。だけどお前には関係のない里だ。お前が母親の代わりになって、行く必要はねえんだ!」
オヤジさんの言い草に、ノイネは呆れたようだが決して反論はしなかった。
ノイネ自身、タリアが駄目ならばその娘に、と思わなかったわけではあるまい。しかし、その義理や義務が孫娘には無いと思っていたから、口をつぐんでいたのだ。
それが、その孫娘の口からそのまま提案されたのだ。心情は置いておいても、乗らないという選択肢はないだろう。
つまり、今表立って反対しているのは、オヤジさんだけということになる。
「でも──」
オヤジさんに対して何か言おうとしたスイの服の袖を、ライが引いた。
「やだよ。なんで急に、やだよお姉ちゃん」
彼女はまだ、スイの突然の行動を受け止め切れていないようだった。
ただ呆然としつつ、それでも、たった一人の姉がいきなり言い出したことを止めようと声を出していた。
「急じゃない。本当は、こういう可能性をずっと考えていたの」
そんなライに、スイは優しい声音で言った。
そして一瞬。彼女の視線が、俺に移った気がした。
その瞬間、頭の中で彼女がなぜそんなことを言い出したのか、バラバラだった思考のピースが嵌った。
「その代わり、一つ条件を付けて欲しいんです」
俺の理解が追いついたのとほぼ同時。スイはオヤジさんやライに構わず、ノイネへと向かって言った。
ノイネは、条件という部分を考えるように尋ね返す。
「それは?」
「あなたが持っている薬酒の知識を、そこの彼、夕霧総に伝授してあげて欲しいんです。それが、私が母の代わりに里へと出向く交換条件です」
スイはその事実を知っていておかしくはない。
母から話を聞いていて、自分の祖母が『エルフの薬酒』の専門家であると知っていても、決しておかしくはない。
そして、俺がその手がかりを求めていることも、彼女は当然知っている。
スイの言葉は、自分の都合から出た言葉ではなかった。
彼女が今、こんなことを言い出した理由は。
俺が探し求めていた、薬酒のヒントが目の前に現れたからに他ならない。
何とは言えないモヤモヤは、それに気付いた瞬間に強くなった気がした。
※0708 誤字修正しました。




