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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章

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恨みと感謝を

「それでは改めて話を……の前に良いですか」


 約束通り、ノイネは十二時に再び現れた。

 今日は少し早めにお客さんには帰ってもらい、十二時前にはほぼ迎える準備を終えた。

 現在は四人掛けのテーブルに、ノイネ、オヤジさん、スイとライの四人が座り、そのそばに俺が立っている。ノイネとオヤジさんが隣り合っている形だ。

 ノイネは俺のことをチラリと見てから、冒頭の台詞を言った。


「彼は、話に参加させても良いのですか」

「こいつは、まぁ、居候だが家族みたいなもんだ。というか、ウチの従業員はみんなそうだがな」


 オヤジさんは、俺とその他の従業員が居る方へ顔を向けた。

 ベルガモや弟子二人は片付け中だ。俺に怒られたサリーがずっと下向きになっているのがちょっと気になる。

 謝ってから怒ったわけだが、もしかしたら逆の方が良かったのかもしれない。

 スイにも謝ったあとに軽く苦言を漏らしたが、彼女は素直に謝罪しただけで、どこか上の空であった。ライもそれは同様である。

 ノイネに対面している今もまた、何か考え込むように静かに前を向いている。


「随分と丸くなったことを言うのですね」


 ノイネの言葉に、オヤジさんは再度苦い顔をする。俺は彼の過去を端的にしか聞いたことがないのだが、昔はもっと、乱暴だったのかもしれない。

 そんな沈黙の世界で、オヤジさんは単刀直入に言った。


「タリアは死んだ。もう十年以上前のことだ」


 しんと静まり返った空間に声が響く。流しから流れる水の音と、食器のカチャリした音がやけに鋭く耳に残る。

 ガラリと椅子を引いて、ノイネは静かに立ち上がった。

 そしてオヤジさんの方を向くと、彼の頬を強かに打ち抜いた。


 パンと鋭い音が、先程のひと言以上に余韻を残した。


 そこで止まることなく、もう二度ほどノイネはオヤジさんの頬を打つ。

 そして、それまでの静かな対応を忘れるような、激しい口調で言った。


「どういうことだ!? ふざけるな! 私は、そんなつもりでタリアをお前に!!」


 胸倉を掴むでもなく、乱暴をするでもなく。

 ただ、その激しい口調だけでノイネは激昂する。

 オヤジさんは、何も言わず、ただ彼女の言葉の暴力をその身に受け続けている。


「何とか言えフレン!? なぜタリアは死んだ! お前が殺したのか! フレン!?」


 そしてもう一度、大きく腕を振りかぶったノイネ。これは流石に、そろそろ止めないと不味そうな雰囲気だ。

 俺はそこで手を伸ばし、彼女の手を掴んだ。


「落ち着いてください!」

「っ!?」


 俺に止められたノイネは、俺の方にキッとした視線を向ける。そのせいで、彼女の目が酷く潤んでいるのが分かった。

 彼女の目に宿っているのが、決して怒りだけではないと、分かった。

 信じられない。否定して欲しい。嘘でもいい。嘘だと言って欲しい。

 ヒステリックな行動に隠された、そんな彼女の心理が見えた気がしたのだ。


「止めるな。良いんだ」


 俺が彼女の表情に戸惑っているとき、オヤジさんの低い声がした。

 頬が赤くなり、見るからに腫れ上がっていても、声は変わらぬ落ち着きを宿していた。


「だけど」

「──総」

「っ」


 オヤジさんが俺の名前を呼ぶのは、もしかしたら初めてだったかもしれない。

 彼の瞳にもまた、ノイネさんと似たような色が浮かんでいた。

 嘘だと言いたい。嘘であって欲しい。しかし、それは叶わない。

 目の前のタリアを守れなかった自分が、その嘘を吐く資格はない。

 オヤジさんの瞳に、先日の【ソルティ・ドッグ】を思い。俺はノイネの腕を放した。


 ノイネは再び腕を大きく振りかぶる。

 それまでよりも強く、そんな思いを込めた速度でオヤジさんの頬を張ろうとする。

 しかし、その速度はオヤジさんの頬に辿り着く前に減速していって、ペチンと力無い音を生んだだけだった。

 ノイネは俯き、震える声で言う。


「嘘だと、言って下さい。フレン」

「すまない」

「あなたは、素直に謝るような男じゃなかった筈です」

「本当にすまない。ノイネ。だけど、本当のことだ」


 やがて、ノイネは崩れるように椅子に座り込み、力無く尋ねた。


「あの子は、なぜ死んだのですか」

「大勢の、見ず知らずの人間を助けるために、魔力欠乏症に」


 端的に、ただそれだけの言葉でオヤジさんは説明する。

 しかし、ノイネはそれで納得したように、頭を抱えた。


「……そんなことで、ですか」

「俺がもっと注意していれば……すまない。あいつを殺したのは、俺みたいなもんだ」

「そんな言葉は、聞きたくありません。詳しく、聞かせてください」


 ノイネの言葉に、オヤジさんは静かに話し始めた。

 先日俺に話したことと同じ内容。ただし、先日と違って、感情をまったく入れないような話し方で。

 きっと、これは用意されていた言葉だ。

 俺に話したのとは違う。タリアを失ってから、いつかこんな日が来ると思って、ずっと用意してきた言葉なのだ。

 いずれ、ノイネや他の誰か。タリアのことを知っている人間に、説明できるように。


 その、連絡のような話をオヤジさんは締めくくる。

 タリアを救わなかったポーション屋の話でもって。


「……馬鹿な子でしたね。本当に」


 ノイネは、記憶の中に居るタリアに呆れるように、零した。

 そして、行き場を失った怒りを、静かに心に秘めたように、オヤジさんを見た。


「私は結局、魔獣が出たあの日にあの子を止められませんでした。ですがフレン。あなたならもしかしたら、そんなあの子を止められるのかもしれない。私以上に、あの子を守れるのかもしれない。柄にもなく、そう思っていたの、ですね」


 その言葉を受け、歯を食い縛るようにオヤジさんは顔を歪ませる。


「ざまあねえさ。結局俺も、あいつを止められなかった。あいつの願いを無視してでも、止めることはできた筈なのによ」

「……ふふ。やっぱり人間なんて、信じるべきではありませんでした、ね。」


 二人は、噛み合わない言葉を吐きながら、自嘲するような表情を浮かべる。

 そんなことはない、人間だって、捨てたもんじゃない。

 なんて言葉は、ひどく薄っぺらく響いてしまうだろう。


 見ず知らずの人を、命を賭してまで助けたタリアが居れば。

 そんな彼女を、金のために見殺しにした人間が居た。


 タリアは、人間のために動いたのに人間に殺された、みたいなもんじゃないか。

 何も言えない俺に代わって、そこに声がかかった。


「でも、お母さんは最後まで、幸せそうでした」


 塞ぎ込みそうになっていた、オヤジさんとノイネに声をかけたのは、営業中からずっと何かを考えている様子だったスイだ。

 彼女の声に、二人は静かに耳を傾ける。


「私は、お母さんの昔のこととか、ノイネさんのこととか、あんまり知りません。だけど、私の知っているお母さんは、いつも幸せそうでした。お父さんが殺した、みたいなこと、言わないで、ください。お父さんも、そんな風に、言わないでよ」


 スイに釣られるようにして、ライも言葉足らずに彼女に続く。


「私も、その、良く覚えてないけど。でも、それでも、昔はもっと暖かくて、それでとっても幸せだったのは、何となく覚えてる。お母さんの、優しい声は、覚えてる、ます」


 勢いで言ってしまってから、取って付けたような敬語になるライ。

 そんなライの頭を、スイは優しく撫でた。

 そして、もう一度、必死の声で言った。


「お母さんの幸せを。私達が生まれたことを。間違いだったみたいに、言わないでください。お願い、します」


 そのスイの言葉に、ノイネは顔を青くした。

 そして、スイとライの二人に向かって勢い良く頭を下げる。


「ごめんなさい。本当にごめんなさい。そうですね。あなたたちが生まれたことは、決して間違いではなかった筈です。私は自分のことしか見えていませんでした。本当にごめんなさい。決して二人を否定するつもりは、ありませんでした」

「そ、そんな。頭を上げてください」


 ノイネは、スイに言われてから顔を上げ、二人の孫娘をじっと見つめた。

 やや弱った顔で、亡き娘の子を慈しむように優しい声で言う。


「……二人とも、あの子に良く似ていますね。本当に、あの子は幸せそうでしたか?」


「はい、私はそう思います」

「私も、です」


 その言葉を受け、ノイネは長い息を吐いた。燻っていた怒りを吐き出すようだ。

 それから静かに、オヤジさんへと向き直った。


「タリアをあなたに託したこと、間違っていたとは、思いません。しかし私は、タリアを守れなかったあなたを恨みます」

「分かってる。そうしてくれると、助かる」

「あなたの為に、言っているわけではありません。それと、もう一つ」


 さっきまで、恨みの篭った言葉を放っていたノイネは、そこでペコリと頭を下げた。

 ふわりと青い髪の毛が揺れて、静かに流れた。

 オヤジさんが身構える中、ノイネはゆっくりと、告げる。


「タリアを幸せにしてくれて、ありがとう。フレン」

「…………馬鹿言うな。俺は」

「悪者になろうとしなくて、結構です。私は、あなたを恨みますし、あなたに感謝します。それで良いでは、ありませんか」

「…………昔から、あんたのそういう所は、嫌いだったぜ、くそ」


 オヤジさんは、それまでずっと貫いていた、固く厳格な表情を歪める。

 じわりと、湿った空気になる。

 すぐに啜り泣きの声がテーブルのあちこちから漏れそうな気配があった。

 そんなときだ。


「失礼します。こちら、お飲物遅くなりました」


 背筋をピンと伸ばしたサリーが、お盆に暖かな湯気の立つカップを乗せて現れた。

 彼女は一礼してから、静かにそれらをテーブルに並べて行く。

 仄かな優しい香りが、鼻孔をくすぐって脳に届く。


「心が落ち着くハーブティーです。副作用で少し涙が出てしまうかもしれませんが、ご了承ください」


 こういう所での『余計な』ひと言は、俺に似てしまったな。と先日の自分を思い出して心で零す。

 それからサリーは、ペコリと頭を下げてまたカウンターの中へと戻って行った。

 しばらくして、テーブルに残ったカップに、その場の者が手を伸ばす。



 空気が落ち着くまで、そこには、啜る音が響いていた。



※0708 誤字と表現を少し修正しました。

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