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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章

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許容される関係


 ノワリー改め、ノイネは店の空気が静まり返っていることに構わず、オヤジさんへと尋ねる。


「先に一つ……タリアは元気ですか?」


 その声は、先程オヤジさんへと向けた冷たい声に比べて、ずいぶんと柔らかかった。

 だが、オヤジさんはその言葉に対する返事を、その場ではしない。


「……店は十二時に閉まる。話はそんときか、明日の昼に」


 オヤジさんらしくない、先延ばしの返答。

 ノイネはその言葉を受け止めたあと、静かに息を吐いた。目を閉じ、何かの気配を感じ取ったように俯いて、答える。


「では、十二時にまた来ます。私がここにいては、あなたもやりにくいでしょう」

「……分かった」


 オヤジさんんとノイネは、お互いを意識から外したように元の位置に戻った。

 カウンターで再び【アラスカ】を口に含んでから、あっ、と彼女は俺とヴィオラへと向き直る。

 こちらから追及する前に、彼女はペコリと頭を下げた。


「騙したわけではないのですが。ノワリーというのは、私の仕事の時の名前です。私の本名はノイネ・プラットと言います」

「そ、そうなんですか」


 俺は、突然の事態にまだ状況を呑み込めずに、相槌のような返答をしてしまう。

 頭の中で彼女の存在と、知っている知識を組み合わせて冷静になる。


 ノイネは、オヤジさんの妻であるタリアの母親、だったはずだ。

 そして、オヤジさんとタリアから生まれたのが、未だに混乱から立ち直っていないスイとライ。

 ということは、このどれだけ高く見積もっても二十代後半にしか見えない女性は、二人の祖母ということになる。

 ……何歳だよ。


「そのような目で見られても困りますが。人間の基準はともかく、これでもエルフとしては二百も越えぬ若輩の身ですよ」


 俺の思考を読んだかのように、ノイネは静かに言った。人間の常識に当てはめられるのは、慣れっこだとでも言うようだ。

 とはいえ、周りからの視線を一身に集めすぎてやや居辛そうにし、グラスの中身を乾かした。


「私がいては、あなた方もやり辛いですね。一杯で失礼させていただきます」


 俺達を気遣うように言ってから、ノイネは懐から財布を取り出し尋ねる。


「銀貨で良いですか」


 会計を頼まれた形になったフィルは、まだ少しだけ混乱気味に、対応する。


「あ、いえ、銀貨ではなく」

「まさか金貨ですか? それはいささか……」

「そうではなく、銅貨で大丈夫です」

「銅貨です、か?」


 ノイネは、ウチの店の安さにやや驚きつつ、財布をまた覗き込む。


「あの、失礼ですが銅貨の手持ちがあまり、二枚ほどしか」

「二枚で充分ですよ」

「……本当ですか?」

「はい。これでも、しっかりと頂いております」


 そう。結局ウチの店では『カクテル』は一律、銅貨二枚のままである。

 始めたばかりの頃に比べて、様々な材料が増えたことによる原価の上昇はあるのだが、それと並行して、イベリス工場による生産の安定化などのコスト削減もある。

 その増減にもっと細かく対応するなら、銅貨以外を会計に加えることもできた。

 銅貨一枚が俺換算五百円に対して、百円相当の石貨、二十円相当の木貨などもあるにはある。だが、忙しい時に計算量が増えると、それだけ時間のロスにも繋がる。

 トータルで見た場合、銅貨二枚という計算しやすいやり方が、店には一番だった。


「……さっきの店より、よっぽど良いのに。よっぽど安いですね」


 ノイネは、そこでまたふふと笑みを漏らし、会計を済ませる。

 立ち上がり、店側で預かっていたコートを受け取ると、「ご馳走様でした」とフィルに告げてから、去ろうとする。

 だがすぐには動かず、スイとライの顔を、もう一度良く見るようにしていた。


「それでは、また」


 そして、静かに店を出て行った。

 テーブル席のお客さんは、既に元の空気へと戻ってるのだが、カウンターのほうは、まださっきの衝撃が抜け切っていない。

 無言になってしまっているスイやライを心配そうに見るイソトマ組や、この場をどうするべきか迷うフィル。


 しかし、そういう時にこそ、いの一番に声を出すのは彼女だ。


「はい! なにしんみりしてるんですか! そんなにウチのお酒は不味いんですか!?」


 サリーは最初に、固まってしまっている中年男性たちに、そう発破をかけた。

 男性達とその側にいたスイはビクンと反応し、代表するように、イソトマが慌てて否定を返す。


「い、いや! そんなことはないよ!」

「本当ですの? なら私と総さんのだと、どっちが美味しいですか?」

「そりゃ流石にマスターの……んん! サリーちゃんの愛情入りのが美味しいよ!」

「…………」


 イソトマさん。なんでそんなところで変に正直になってしまうんです?

 そこは煽てておいてくれれば良いじゃないですか。

 しかし、そのイソトマが作った変にくだけた空気に、俺は便乗する。


「イソトマさん! じゃあ今度から全部サリーに作らせますね!」

「マスター!?」


 俺がやや冗談めかして言ってみせれば、イソトマは軽く焦った悲鳴を上げた。

 そのおかしな慌てぶりに、くく、と軽い笑みが方々から漏れる。

 しかし、そのイソトマ以上にサリーが反応した。彼女はグワンと顔をこちらに向け、ズンズンと近づいてくる。

 ……いや。今、君が怒るところじゃないでしょ。え。


「あら、『お客さん』も手が止まっているみたいですね? 気に入りませんでしたか?」


 ニコニコと笑顔を見せるサリーが、俺とヴィオラのグラスに目をやった。

 二人とも、ノイネのあれこれで、まだ口をつけずにいた。


「では、手始めに変な空気を持ってきてくださった『お客さん』が、最初に飲むべきではないでしょうか」

「お、おう」


 俺はヴィオラに目線を送ってみるが、彼女は静かに首を振った。

 ここはとりあえず、従うしかあるまいと。


「じゃ、改めていただきます」


 言ってから、俺はちらっと、グラスに目を落とした。

 ……時間が経って氷が溶けたのか。なんか、やけに色が薄い気がするな。

 と、頭の中で疑問を浮かべつつ、けじめとして一気にグラスを傾ける。


 そして、気付いた。

 口の中に入ってきた液体を吐き出さずに呑み込んだあと、俺は立ち上がって声を荒げた。


「お前これ!? また『オレンジジュース』の『ウォッタ割り』作りやがったな!?」

「失礼しました。ミスしてしまいましたわ」

「嘘吐くなごら! じゃあなんでヴィオラの方は普通なんだよ!」


 と、俺の隣のヴィオラを巻き込んで反論した。

 そのヴィオラは、先程の店よりも幸せそうにその一杯を飲んでいて、どう見てもちゃんとした【スクリュードライバー】である。色が違うし。


「どう間違ったら、同じ手順の『カクテル』二杯作って、片方だけ間違えるなんて器用な芸当ができんだ!?」

「じゃあ、そっちの方が好きかと思いまして」

「じゃあ、ってなんだ、じゃあって!」


 と、このようにいつもの漫才を繰り広げていると、カウンターの空気も通常の温度へと戻って行く。

 ウチのカウンターは確かに騒がしいけど、騒がしいだけ笑顔があるのならそれでいい。

 ……これで手元の『カクテル』が美味かったらなお良いのだが。


 そんなタイミングで、ポンとまた来客があった。


「んー? 空いてるかな?」

「みたいだな」


 入り口の鐘を鳴らして入ってきたのは、イベリスとゴンゴラ。機人と言われる種族であり、ウチの材料生産の要でもある少女とその師匠だった。

 彼女達は、フィルの案内に従ってイソトマ達の近くに席を取る。イソトマとゴンゴラが仲良く会話している脇で、イベリスはすぐに、俺が居ることに気付いた。

 根が悪戯好きであるイベリスは、俺とサリーの組み合わせを見て、面白そうに言う。


「どうしたの総? グラス持って立ち上がったりして」

「飲んでみるか?」

「えー、サリーの失敗作なら要らない」


「ぐっ」


 イベリスの容赦ない発言は、わざととはいえ明らかな失敗作を作ったサリーの心を抉った様子だった。良いぞ、もっと言ってやれ。

 そんなイベリスに、訳知り顔のイソトマが声をかける。


「イベリスちゃん、そっとしといてやんなよ。今サリーちゃんの乙女心は複雑なんだ」

「そうなの? サリーが失敗するなんて、別にいつものことかも」


「イベリス! ちょっと話がありますわ!」


 俺とヴィオラのことを気にしていた筈のサリーだったが、流石にこう言われては黙っていられなかったらしい。

 彼女は少なくとも、俺への嫌がらせよりはバーテンダーのプライドを取ってくれそうだ。そんなやり取りとりもまた、ウチの店に良くある光景かもしれない。


「……たく」

「すみません総さん、こちらをどうぞ」


 それを横目で見ていると、フィルが新しい【スクリュードライバー】を差し出した。

 受け取り、礼を言って口直しに含む。

 今度はしっかり、オレンジに包まれたアルコールらしい味わいであった。


「サンキュな、フィル」

「いえ、それを用意していたのはサリーですから」

「……なら最初から出せってのによ」


 俺がぼやくと、フィルはあはは、と苦笑いを浮かべた。

 その問題の主を見やると、イベリスに散々カクテルの出来を突っ込まれて少し涙目になっていた。

 そんなサリーの様子をニヤニヤ見ているところで、ヴィオラが尋ねてくる。


「総、一つ聞きたいのだが」

「ん?」

「怒ってはいないのか? 我が騎士団であれば、後輩がこのような真似をしたら……」

「難しい質問だな」


 難しい、と言ったことにヴィオラは疑問符を浮かべた。俺はもう一度、手元のグラスを口に運んでから、言った。


「もちろん、後でみっちり怒るよ。でもそれほど怒ってはいない」


 まぁ、俺も悪いし。と心の中で付け足しておいた。


「……どういうことだ?」

「失礼の相手が、俺だから良い」


 おしぼりを熱々にして出すのも、こんな風にカクテルを出すのも、当然褒められた行為じゃない。

 でも、相手がそれを許してくれるのなら、ここはそれが許容される世界でもある。

 そして、その失敗をしてくれるのが身内相手であれば気楽なものだ。


「身内は客であって客じゃないからな。身内に向かって失敗してくれたほうが、お客さんに迷惑をかけなくていい。そうやって何回も失敗して、許されることと許されないことの線引きを作って行くんだから」


 だから、今日の彼女の行動は褒められたものではなくても、先輩としてはむしろ嬉しいくらいだ。

 人が何かを覚えるときは、まず自分がされてどう思ったのか自分で感じるのが一番。

 自分がやらかしてしまって、相手に思いっきり指摘されるのが二番だ。


 しかし、世の中で何か不快に思ったことがあったとき、それをしっかりと指摘してくれる人間はまれだ。

 大抵は、何も言わずにただ離れて行ってしまう。だから、自分の失敗に自分で気付くのは難しい。

 その失敗をしてくれたのが、俺で良かった。俺がはっきりと指摘できるから。


「ま、サリーはそういうところでいつも失敗してくれるおかげで、今日みたいに常連さんを煽って場を盛り上げる、なんて力技もできるようになったわけだし。何事も経験経験」

「……参考にしよう。私はどうも後輩に厳しすぎて、教育に向いていないようで……」

「いやいや。楽しい雰囲気が第一な店だからの話だぞ。騎士団とは事情が違う。騎士団みたいにしっかりとした規律があるわけじゃないしな」


 バーは、客とバーテンダーの関係性で成り立つ店だ。

 万人に同じ接客がありえない以上、万人に対して完璧な接客もありえない。とある失敗が、総合的に見ればお客さんを楽しませる可能性すら存在する。

 そしてサリーは失敗を、特に俺に対して良くしてくれるから、どんどん成長する。

 そういう意味では、フィルの方がよっぽど心配である。失敗しないから。


「フィルも、もう少しはっちゃけてくれた方が俺は嬉しいぞ」

「……でも、怒りますよね?」

「……ふふふ」


 とりあえず意味深な笑みだけで返すことにした。フィルは苦笑いであるが、少しだけ考え込むようでもあった。

 そんなとき、遠くからフィルを呼ぶサリーの声がした。


「フィル! 今から飲み比べして貰うわよ!」

「サリーのカクテルの方が不味いって、はっきりさせたいんだって」

「イベリス!」


 サリーの若干の涙声で、なんとなく向こうの会話の流れも分かるようだった。

 イベリスはどちらかといえば職人気質なので、カクテルの味にこだわるタイプだ。会話のサリーよりも、技術のフィルの方が好きだろう。

 加えて、イベリスにはサリーの女の子補正が全く効かないので、特に指摘が辛口だ。

 ここでいつもなら、フィルは困った顔で事情を聞いて、話を流してしまったりもするのだが。


「受けてたとう」

「おおっ!? フィルが珍しくやる気かも!」


 フィルは返す言葉でその話に乗っかっていた。

 そしてチラリと俺を見てきたので、俺はしかりと頷いた。

 そうだ。それで良い。


 やおらやる気を出した様子のフィルに、俺は微笑む。

 フィルが珍しく乗ってきたので、向こうのグループも盛り上がっている。そんな光景を、俺は愛しく思いつつ、呟いた。


「……ほんと。騒がしい店だなまったく」

「君が言うのか総」


 俺がボソリと漏らした独り言に、隣のヴィオラが呆れたような声を返していた。




 ただ一つ。

 スイとライだけはまだ、完全にいつもの調子とはいかないようだったが。



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