【アラスカ】(1)
店に向かった時には、ちょうどカウンターが空いているタイミングだった。
だからこそ、俺の居心地は一層悪いと言ってもいいかもしれない。
途中で自分がどこに飛び込もうとしているのかには気付いたが、気付いたところで無責任に放り出すことはしたくなかった。
ここで逃げ出すのは『カクテル』に対する熱意を放り出すのと一緒だと思った。
苦渋の決断をして俺は、この『イージーズ』へとやってきたのだ。
で、扉を開けた瞬間の「いらっしゃいませ」のところから、俺はだいたいこんな感じだ。
スイは、無表情でただひたすら俺と、隣の女性二人を見比べている。声を出さないでも「なんできたの? なんでふえてるの?」という疑問が頭に直接響くようだ。
無言の圧力が、温かい店内にあって俺にだけ冷たく注がれていた。
サリーは、さっきから俺のことをガン無視している。いらっしゃいませと言ったはずだから存在は認識している筈だが、いつもの常連と会話を弾ませていた。
思いの外、俺が外で誰かと飲んでいても気にしないでくれるのかもしれない。
むしろ、俺が現れたことによって、常連の方がなんだなんだと様子を窺っている。
イソトマさん、なんにも無いんでニヤニヤしないでください。
フィルとライは二人とも、俺がエルフの女性を伴って現れた時点で、それとなく事情を察してくれたようだった。
二人して小さくため息を吐いてから、フィルは苦笑い、ライはジト目で俺を見た。
というか、店にいきなりエルフが来店した、というのにあまりにも反応が普通過ぎないか? なんでエルフの来店よりも、俺の方に注目しているんだこの人達は。
「こちらへどうぞ」
入り口で止まった俺達に向かって、フィルが促した。彼は俺達をカウンターの端の席に案内してくれた。
『イージーズ』のバーカウンターの端っこに座った俺は、スイからの睨みに目を合わせないように、無言でそっぽを向く。
俺の隣にはヴィオラ、そしてそのヴィオラの隣には先程出会ったノワリーという並びだ。
「どうぞ、おしぼりです」
間髪を入れずに、サリーがおしぼりを持って俺達の前に現れた。
サリーはまずノワリーにおしぼりを渡す。受け取ったノワリーは、そのおしぼりにまず感想を零した。
「……温かいのですね」
「ほんの気遣いです」
そう。さっきの店ではバカみたいに冷えていたおしぼりだが、ウチの店ではこの季節、そんなことはない。
イベリス製の機械によって適度に温められたソレは、寒い外から入ってきたお客さんの手を、温かく包み込んでくれる。
「二人もどうぞ」
ノワリーの感想ににこやかに礼を告げた後、ヴィオラ、そしてちゃんと俺にもサリーはおしぼりを手渡してくれる。
やっぱり、サリーはそんなに怒ってはいないん──
「──って熱っ!?」
受け取ってから、俺は思わず悲鳴を上げた。サリーは平気そうにしていたおしぼりだが、俺が受け取ったそれはあきらかに温度がおかしかった。
隣二人が不思議そうに俺を見るが、俺はぐぬぬとサリーを睨む。
しかし彼女は、ニコニコとした笑みを一切崩すことなく、首を傾げた。
「どうかなさいましたかお客様?」
「これ、ちょっと、設定温度が」
「確かお客様は温度高めがお好きだったと思いまして。彼女に特別に温めさせました。いえ、礼には及びません」
ニコニコと、機械的な明るい声でサリーは言った。その淀みない言葉に、俺も思わず文句を呑み込んでしまう。
サリーが指した『彼女』の方には、当然のごとくスイが居た。
くっそ、吸血鬼の身体的な頑丈さをこんなところで使ってくるなんて。魔道院主席の魔法の実力を、こんなところで使ってくるなんて!
というかこれあれだな。
サリーやっぱめちゃくちゃ機嫌悪いわこれ。
「どうしました? もしかしてまだ温度が低かったでしょうか? 申し訳ありません。今すぐそれよりも熱いものをお持ちいたします」
「良いから! それより注文をお願いします!」
これ以上熱くなったら、俺の商売道具が火傷してしまう。
俺の要求に、それまで様子を窺っていたフィルが、さっとフォローに入るような形で前に出た。
「では承ります。どう致しますか?」
言葉と同時に、フィルはさりげなく目線でサリーに、カウンターの反対端に固まっている常連の方へ行けと伝える。
サリーはフィルの介入に僅かだけムッとしたが、すぐに笑顔を作り直して常連の方へと向かって行った。
正直、今この空間で一番安心するのがフィルの側という。なんだこれ。
「俺とヴィオラは適当に決めるので、そちらの女性をお願い」
フィルは少し考える間を空けて、それから頷いた。
俺達に構うより、ノワリーに力を注いで欲しい。そんな言外の意味を正しく受け取ったのだろう。
フィルが目を向けた時、ノワリーは少しぼーっと、サリーやスイの方を眺めていた。
「えっと、あなたはどういった経緯で、ウチにいらっしゃったのでしょうか?」
「ん? あ、そうですね。少し色々あったのだけれど、そちらの彼にちゃんとした『カクテル』を出す店に案内する、と言われたので」
フィルの声に反応して、ノワリーは静かに答えた。フィルにはしっかりとした事情を話しているわけではないが、先述した通り、事情を察した雰囲気があった。
俺が最近求めている薬酒と、いきなり現れたエルフの女性。そして、明らかにトラブルになるにも関わらず、女性を二人も伴って現れた俺だ。
ここが大事な場面であることは、把握できたことだろう。
「そうなんですか。でしたら『カクテル』については、どの程度ご存知ですか?」
「……あまり知りませんが」
「でしたら、簡単にご説明致しますね」
フィルは持ち前の丁寧さで、ノワリーに『カクテル』の説明を始める。
カクテルの誕生などではなく、当然、身の上話でもない。
材料としてポーションを使うとか、単純にどういった性質のものだとか、どういった種類があるのかとかの、飲む為に必要な事前情報だ。
彼女がどんな嗜好の持ち主かを探るためには、彼女自身にもある程度の知識が必要なのだから。
「俺達も決めるか」
「そうだな」
その情景に安心した俺は、ヴィオラと二人でこっちの注文も選び始める。
俺としても、口直しをしっかりしたいのは本当なのだ。ここで妥協するつもりはない。
それはヴィオラも同様で、二人して真剣な表情で悩む。
「どういうのが良い? ひとまず【ブルー・ムーン】リベンジしとくか?」
「いや、せっかくだからそれは最後にして、まだ頼んだことのない『カクテル』というのも……」
「へー、なら総がお持ち帰りしやすいように、強い『カクテル』でも作って貰ったらー?」
と、そんな場面で無差別爆撃を敢行してきた少女が居た。
俺の耳元で聞こえた小声だったから、ノワリーにまでは届いてないだろう。しかしヴィオラは、はっと顔を赤くしている。
俺は呆れと怒りと申し訳なさで良く分からなくなりながら、その少女の名前を呼んだ。
「ライ」
犯人を確信しつつカウンターから振り返ると、注文を届けて手ぶらになったライが、睨みながら俺の背後に立っていた。
「違うからな。そういうんじゃないからな」
「でもでも。『お客さん』ってばちょっと、おいたが過ぎるんじゃないかな」
「……自覚はあるから」
「あんまりねぇ。そういうのはねぇ。……私だって嫌だかんね」
ぶすっと唇を尖らせ、俺にジト睨みをするライ。
それからライは、ちらりとヴィオラの方を見た。ヴィオラは口と手をあわあわさせつつ、弁明する。
「誤解だライ。私達は今日、調査で……」
「分かってますよヴィオラさん。でもこの『お客さん』はそれだけじゃ擁護できないっていうか。だって、ねぇ」
ヴィオラの言い分を全面的に認めつつ、ライはさりげなくノワリーの方に視線を向ける。そして少し驚いた顔をした。理由はすぐに分かった。
ノワリーがいつの間にか、俺達が喋っているところをじっと見つめていたのだ。
「え、えっと、あははすみません。すぐに下がりますので」
ライは邪魔しすぎたと思ったのか、誤魔化すように笑いながら去って行く。
その姿を認めてから、ノワリーは殊更に難しい顔をした。
「随分と、雰囲気が違うものですね」
先程の店と比べるのはともかくだが、ウチはいくらかアットホーム過ぎる。
オーセンティックな雰囲気はほとんどないし、そもそもがダイニングバーだ。
彼女の疑問も、もっともかもしれない。
「安心してください。雰囲気だけじゃなく、味も全然違いますから」
「……はぁ。では、期待させて頂きますが」
ノワリーはすっと視線をフィルに戻し、尋ねた。
「少し、曖昧な注文でもよろしいですか?」
「ええ。おっしゃってください」
「薬草系で……そうですね、確か『ジーニ』……を使ったものを一つ」
その注文の仕方に、俺はピンと来る。
ここで『ジーニ』の指定が入ったのは、先程の店で【ホワイト・レディ】を飲んだから。
カクテルの知識がなくとも、四大スピリッツの知識があれば、ボトルのラベルの色から属性を推測することができる。
彼女は、本当にウチとあの店が違うのか、確かめるつもりなのだ。
「はい。他に何かご指定などはありますか? 苦手なものなどでも」
「では、あの、金属に入れて振るやつでお願いできますか」
「シェイクですね。強さなどは?」
「お任せします」
そのオーダーに、フィルはかしこまりました、と静かに頭を下げる。
それから視線を俺とヴィオラにも流した。
「お二人は?」
「とりあえず【スクリュードライバー】二つで」
ひとまず俺達は、あまり作業の手間がかからないものを頼むことに決めた。そしてこっちも比較である。
ちゃんと技術を仕込んだ【スクリュードライバー】を飲んでおきたいのだ。
あと、俺個人としては、どれだけサリーの機嫌が悪くても【スクリュードライバー】なら、下手なことは出来ないと踏んでの注文でもある。
一度に三杯となると、サリーがヘルプに入る可能性は十分にある。下手な注文をすると、今なら何かされかねない。
姑息だと笑わば笑え。だが俺は生きる。
案の定サリーはこちらの注文が決まったと見て、すぐに作業台へと移動してきた。そんなサリーにフィルは端的に告げた。
「スクリュー二杯、二人にお願い。あと『ジーニ』出しといて」
「了解」
それだけの言葉で、サリーは状況を理解した。
二人はすぐに別行動に移る。しかし最初は準備だ。
フィルとサリーは、それぞれが必要なグラスを用意する。サリーはタンブラーを二つ、フィルは逆三角形のカクテルグラスを一つだ。
それらをそれぞれ清潔な布で拭いたあと、フィルはボトル棚に手を伸ばし、サリーはしゃがんでコールドテーブルから必要なものを取り出す。
ウォッタ、ジーニ、そして氷。それから、頼まれてもいないのにフィルが出したカクテルグラスを冷凍庫に入れ替わりで送り込む。その後にオレンジジュースも取り出した。
フィルは、薬草系のとあるリキュールのボトルを選び、他の材料はサリーに任せてシェイカーの準備に入る。
以前、初めて二人営業をさせた時と比べて、お互いの連携は段違いに良くなっている。
特に指示を出さなくてもして欲しいことを把握し、お互いのスピードに合わせて作業を分担する。
一人でいつもやっている作業を、完全に二倍のスピードでこなしているわけだ。
このあたりの連携は、悔しいがこの二人が店では一番だと思っている。
サリーがグラスに氷を入れている間に、フィルはシェイカーへとメジャーカップを使って材料を送り込んでいる。
『薬草系リキュール』を15ml、そして『ジーニ』を45mlだ。
それが済んだころには、入れ替わるようにサリーがメジャーで液体を計り、フィルがシェイカーの中身を味見して、氷を詰めて行く。
俺はフィルの方に意識を集中した。
以前は、俺が見つめているとやり辛そうにしていた。だが今は、少し恥ずかしそうにするだけで、ぎこちなさはもうない。
俺の癖が移ったせいで、彼はシェイカーを締めたあとに、ココンとまな板に打ちつける。
そして、静かにシェイクを始めた。
そこから繰り出される、規則的な音と動きの美しさに、ノワリーは目を開いていた。
先程の店で見せたシェイクとは、全然違う。
中身の液体を混ぜ、冷やすというただそれだけの行為を、いかに効率良くやるかが完成度に大きく関わってくるのだから。
突き詰めて行けば、自然と動きは滑らかに洗練されて行く。
自分の作るカクテルの味も知らないような奴とは、一緒なわけがないのだ。
やがて、静かにフィルがシェイクを終え、そのタイミングに合わせてサリーがカクテルグラスを取り出した。
コースターに乗せた薄く霜の張るグラスへ、フィルはシェイカーの中身を注いだ。
薄く黄色がかった美しい色合いのカクテル。
カクテルの中でも、比較的珍しい色合いだ。
フィルは最後の一滴までを注いだあとにシェイカーを切り、その名前を告げた。
「お待たせしました。【アラスカ】です」
その材料は『ジーニ』。
そして『シャルトリューズ』と呼ばれる薬草系リキュールである。
※0705 誤字と表現を少し修正しました。




