本当の『カクテル』を
幸い、女性はそう遠くまでは行っていなかった。
地下からの階段を上がってすぐに道を眺めると、遠くに特徴的な青髪がある。俺とヴィオラは駆け足で彼女を追いかけた。
飲んで運動すると酔いが回るとは良く言うが、あの店の酒で酔えるはずもないから要らぬ心配である。
「すみません! 待って下さい!」
俺が声をかけると、青髪の女性はピクリと反応し立ち止まった。振り返り、俺とヴィオラを不審そうに見た。
彼女にしてみれば話しかけられる謂れはないから、当たり前の反応か。
なんと答えたものかと考えていると、その隙にヴィオラが前に出た。どうやら先陣を切って説明してくれるらしい。
「突然申し訳ありません。私はヴィオラと言います」
いきなりの自己紹介に、女性はまだ戸惑いの表情を浮かべたままだ。
「私は騎士として、この街と民に尽くしているものです。彼は私の協力者であり、決して怪しい者ではありません」
ヴィオラは背筋をピンと伸ばし、態度でもって自らの身分を示すようにしている。
エルフの女性は「はぁ」と、ひとまずその事実を認めた様子。しかし、その事実が分かったところで話しかけられた理由が分かるわけではない。
少しだけ険の取れた声で、女性が尋ねる。
「それで、その騎士の人が私に、なんの御用ですか。エルフだからと、何か難癖でも付けてくるつもりでしょうか」
「いえ、とんでもありません」
「ではなぜ」
「少しだけ、あなたにお伝えしたいことがありまして」
ヴィオラの真剣な声音に、女性は先を促すように相槌を打つ。
ただ、ヴィオラが少し言葉を選んでいるところで「あぁ」と呟き、分かったとでも言いたげな表情になる。
「もしかして、さっきの『カクテル』とかの話ですか」
女性の顔が、歪む。
言外に『あんな不味いもの』とでも言いたげに『カクテル』という言葉を使った。
俺は反射的に違うと叫びたくなるが、その必要はなかった。
「違います! あの店の『カクテル』を『カクテル』なんて呼ばないで欲しい!」
俺よりも早く、真剣に、隣のヴィオラが反論してくれた。
彼女の大声にエルフ女性はピクリと反応するが、彼女が何かを言う前にヴィオラは必死に捲し立てる。
「あの店は、許可を取らずに雑な代物を『カクテル』として販売している違法店舗です。私と彼は、その実態を確かめるために、調査をしていたところなんです」
「はぁ。それは仕事熱心なことですね」
女性の対応はかなり冷ややかだ。自分には関係のないことだから当然かもしれない。
しかし、そんな女性の対応にもめげず、ヴィオラは胸を張って言った。
「そして私は、あのような店で飲んだ物を『カクテル』などと、誤解して欲しくないのです。私の知っている『カクテル』は、もっと人を幸せにしてくれる物です」
ヴィオラの言葉は、素直に俺の心を救ってくれた。
俺は自分が作る立場だから、あの店で許せないことがたくさんあった。だが、飲む立場の人間が同じような怒りを抱いてくれるか、分からなかった。
しかし、少なくともここに一人は、俺と同じように怒ってくれる人がいてくれた。
身内だったとしても、その事実は、純粋に嬉しかった。
それに、と続けて、ヴィオラは更に必死に言葉を繋ぐ。
「本当のスイ・ヴェルムットはあのような女ではありません。もっと、自分の夢に一生懸命で、他人思いの良い子なんです。ポーションを作る才能がないと言われても、それでも諦めずに頑張ってきたんです。あんなヘラヘラと笑って、適当なことを言うような子では決してなくて、ですから、変な、誤解は……その……」
と、途中でヴィオラの語気は萎んでいった。自分は何を言っているのだと自覚して、勢いが衰えていったのだろう。
彼女が必死になった一番の行動原理は、スイを誤解して欲しくなかった、ということなのか。だから、必死にスイと『カクテル』を擁護したのだ。
ヴィオラの早口を受け、最初はキョトンとしていた女性だったが、すぐにふふっと息を漏らして破顔した。
「ご安心を。『カクテル』はともかく、アレがスイ・ヴェルムットでないことは気付いていましたので」
へっ、と口を開けてしまったヴィオラに、女性は言葉を続ける。
「こう見えて私も、少し魔法に覚えがあります。彼女の放つ空気に、魔法的なものを一切感じませんでしたので。さすがにありえないだろうと」
「……え、そういうの分かるのでしょうか」
「もしくは魔法を扱うための、教養と言い換えても良いかもしれませんが」
「…………」
つまり、あまりにも馬鹿っぽかったから違うと思った、と。
涼しい顔をしつつ、結構な物言いをする女性だ。
「それで、騎士さんはそれだけを伝えに、わざわざ走って来てくださったのですか」
女性の問いかけに、ヴィオラはあー、と少し迷った様子で俺を見た。
どうする? と尋ねられているようだった。
そんな彼女の視線に応え、俺は迷うことなく言った。
「『カクテル』の誤解も、解いてみる気はありませんか?」
エルフ女性は、急に言い出した俺に視線を移す。
「誤解、とは?」
「あんな不味いものじゃない、ちゃんとした『カクテル』に、興味はありませんか?」
俺の頭の中にあるのは『カクテル』に対する信念だけだ。
彼女が何故スイのことを尋ねたのかも気にはなるし、そのために店に案内するというほうが筋は通るのかもしれない。
しかし、そんな筋よりも、俺にとって大事なことがある。
ちゃんと『カクテル』でぶつかって、認められなかったならまだ諦められる。
しかし、あんな『カクテル』を飲んで、それで『カクテル』が不味かったなどと決めつけられるのは、納得いかない。
「口直しも兼ねて、もっと美味しい店にご案内しますよ」
女性は少し悩む。
俺達をまだ完全に信用しきっていないだろうから、無理はないかもしれない。
しかし、悩んでいる時間は長くはなく、すぐに頷いた。
「では、案内されます。よろしいのですか」
「勿論です」
俺はニッと笑みを浮かべて、彼女の案内役を引き受けることにした。
「申し遅れました。自分は、夕霧総です。あなたは何とお呼びすれば?」
俺の名前に、ん? と軽く首を傾げた女性。
しかし彼女は俺に何か質問するでもなく、すぐに自分の名前も告げた。
「……では、ノワリー、とお呼びください」
「分かりましたノワリーさん。こちらです」
ついてきてください、と告げて彼女を先導するように前に出る。ヴィオラもまたすぐに俺の隣に付いた。
歩き出してすぐに、ヴィオラはノワリーを気にしながら、俺に小声で言った。
「なぁ総。私が言うのもなんだが、大丈夫なのか?」
「安心しろ。サリーはともかく、フィルの腕はちょっとしたものだぞ。下手したら、俺よりもずっと成長が早いかもしれない。もう、しっかりとした『カクテル』が作れる」
「あ、ああ。いやそうじゃなくてだな」
困ったような笑みを浮かべているヴィオラだが、そうじゃないなら、なんなのか。
この街に『イージーズ』以外で『カクテル』を出している店はない。本当の『カクテル』を知ってもらうにはそれしかない。
「そんなことより、さっきの店のことはちゃんと頼むぞ」
「ん? ああ……それは勿論なのだが。そうじゃなくて、ほら、スイのこととか、サリーのこととか」
「大丈夫だって、今日はスイも店で洗い物してる。サリーの接客だって、あんな店のサービスに負ける筈がないからな」
「……そうか」
ヴィオラはその言葉を最後に、ふっと諦めた顔になった。
それから、もしかしたら聞き間違いかもしれない小さな声が聞こえた。
「……これだからカクテルバカは……」
……?
さっきまで一緒に怒ってくれてたと思ったのに……いったい何故……あっ。




