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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章

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たとえしたくても出来ない仕事

 とりあえず、驚愕した。


 まず【ジン・トニック】として出てきたもの。一番近い表現をするなら……ジンの砂糖水割り、といったところか。

 辛口であるところのジンに、半端な甘さだけを足した砂糖水をブレンド。

 しかもこの砂糖水、後味としてほのかな雑草的苦味がする。多分、甘くて苦いというトニックの話は聞いていたのだろう。

 それら三つの味が、せめて足並みを揃えてくれたらまだ良いのだが、スタートからゴールまで思い思いのスピードでやってくるのだ。


 丁度、スイ特製『ジーニポーション』からジンっぽさとえぐみを和らげ、代わりに味も思いっきり薄めた感じだろうか。


 一口飲んだ俺は、ヴィオラへと目をやった。

 彼女は彼女で、その青い【ブルー・ムーン】から口を離し、無言で俯いている。

 俺の視線に気付いたあとは、顔を見合わせ、お互いのグラスに目を落とした。


 …………。


「…………」

「…………」


 そして、無言でお互いのグラスを交換した。


 さて【ブルー・ムーン】はどんなものかと思えば、見た目と違って大人しいものだ。

 ジンとレモンで作った【ギムレット】を、水でもの凄く薄めた感じだ。

 香りは柑橘だが、下手な絞り方をしたのか苦味がある。あの青い液体については、ある程度は予想していたが、恐らく想像通りだ。

 市販されている植物由来の青い色を、ただ水に溶かした代物だろう。水に溶かすだけなら魔法を使う必要も無い。ウチの店でも、魔法を使ってはいるが『ブルー・キュラソー』を同じような手法で作っている。

 味については以上だ。あえて感想を述べれば、青水を入れず、シェイクすらもせずに、氷に材料を入れた段階で出してくれたほうが、嬉しかったというくらいだ。


 トータルすれば、双方ともスイの特製ポーションとどっこい程度の完成度だろうか。

 余計なことをしない──純粋な魔石を溶かしただけのポーションに劣るとも言える。


「やっぱり、初めてだとちょっと難しかったですか?」


 俺とヴィオラが無言でいると、男はいけしゃあしゃあと言ってくれた。

 思わず拳を握って立ち上がりかけたところを、ヴィオラの手が止めた。俺の拳を包む彼女の手の温かさに、少しだけ心を落ち着ける。


「……そうですね。ちょっと、良く分からないです」

「確かに、その二杯は少し上級者向けだったかもしれませんね」


 困ったような笑顔でいる男に、俺は不味いものを飲まされた以上の苛立ちを覚えた。


 仮に、もし仮にそう思ったのだとすれば、それをひと言告げて、お客さんに情報を伝えるのもバーテンダーの役目だろうが。

 相手の好みを知り、その人の嗜好を把握するようにつとめるのは当然。

【カルーア・ミルク】が好きだと言うお客さんに、いきなり【ギムレット】を勧めるバーテンダーは恐らく居ない。逆もまた然りだ。

 勿論、それらの情報を知ってなお、お客さんが頼むのであれば止めはしない。だが、まず自由に選べと言って、後からそんなことを言うのは責任放棄ではないのか。


 ちゃんと仕事しろ!


 と怒鳴りそうになる俺を、握りしめた拳を、ヴィオラが必死に止めている。

 まだ、その時ではない。彼らの実態を掴んだ以上、いずれ正当な方法で彼らはしかるべき処罰を受けるのだ。

 俺は静かに深呼吸をしてから、それでもなるべく相手の顔を見ないで言った。


「……ええ。すみません」

「良いんですよ。むしろ、初めてその【ブルー・ムーン】を飲んで、いきなりその深さに気付いたという『アウランティアカ』のヘリコニアの方が凄いだけですから」


 こいつはわざと、俺の癇にさわるような言葉や人物を選んでるってのか?

 もし仮にヘリコニア氏が飲んだのがこれだったら、顔面にこの色水ぶっかけられてるぞ。

 いやそれ以前に、そもそもなんで呼び捨てなんだよ。

 仮に心の中で同業他者を呼び捨てにしていたとしても、営業中にそんな姿見せるバーテンダーが居るか。身内以外の人物やお店には基本『さん』付けだろうが。

 そして『気付いたという』ってなんだよ。完全に伝聞じゃないか。俺の名を本当に騙る気があるのか。少しはその辺りに気をつけろよ。


 そして何より、これは難しいんじゃなくて、不味いんだよ。


 と、本当に色々と言いたい事が後から後から湧いてくるが、落ち着こう。

 どうせ口直しのチェイサーを出すような気が利くわけもない。何か、何か安全な飲み物で頭を冷やさないと……。


「この【スクリュードライバー】を二杯ください」


 カクテルのことを初めて知ったという体だった俺だが、今ばかりは言ってられない。調子に乗ったサリーが作りでもしない限り、外す方が難しい安牌を切った。

 出てくるまでの間、俺はこれ以上減点ポイントを見ないで済むように、ただじっと手元のグラスを眺め続けていた。




「つまり、遠くからこの『カクテル』を広めるために、この街にいらっしゃったと」

「はい。幸いなことに、それなりに上手くやれております」


 普通の味(ただし薄い)だった【スクリュードライバー】を含みながら、俺はこの男の身の上話に耳を傾けていた。


 曰く、地元のほうで最初に『カクテル』を考えたのだが、その地元では受け入れられなかった。そして彼は流れるようにこの街に辿り着いた。

 そして、そんな『カクテル』を初めて認めてくれたのが、さっきから俺に色目を使ってきている、そこの派手な女。スイ・ヴェルムットさん(自称)であるという。

 意気投合した二人は、店を構えて奮闘。なんのかんので『ポーション品評会』にも名を残し、今もこうやって立派に営業しているのだとか。


「やっぱり、まだまだ認められないことは多いですが、これからも頑張っていきます。どうです? そちらは美味しいでしょう?」

「そうですね」


 まぁ、サリーが作ったほうが美味いけどな。

 そう思いつつ、俺は店主の経歴に少し思いを巡らせていた。

 俺からすればただの嘘八百に違いないが、何も知らない人間が聞いたらどうだろう。それなりに信憑性がある話とも言えるだろうか。

 俺の身の上話と被せてしまえば、似通うところもあるかもしれないし。


 つまり、この店に最初に来てしまって、この身の上話を聞かされ、そしてあの不味い酒を飲まされると、思い切り『カクテル』に悪印象を与えかねないということ。


「……なぁヴィオラ」

「……ああ」


 小声でヴィオラに話しかけると、彼女もまた同じことを考えていたらしく、頷く。

 これは思ったよりも、早めに手を打っておきたい事案である。


 そう思ったとき、カランと音がした。

 控えめな鐘の音だ。続いて、静かな足音が耳に入った。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの男は、表面だけは見事な笑顔を浮かべる。

 俺とヴィオラも、自然とその来客に目を向けていた。いかにも旅の服装といった唐茶色のコートがまず目に入る。

 そして、すぐに気付いた。その来訪者は、綺麗な青色の髪をした女性であった。

 その場の誰もが、すぐにその種族に思い至った筈だ。


 彼女は、エルフであると。


 綺麗な青髪は否が応でもスイを思い起こさせる。しかし、顔つきは違う。スイよりも大人びていて、存在感が濃い。

 この人間社会において、異質だという感覚がより強い気がする。

 もしくは、ただ単純に完成された美人だから、なのかもしれないが。


「失礼。この街で『カクテル』というものを出している店があると聞き、足を運んだのですが」


 店の中をキョロキョロと窺った後に、女性はそう尋ねた。

 圧倒的な存在感の割には、その動作には少し落ち着きがない。不安そうにしていると言い換えても良い。

 それが、名も知らぬエルフ女性に対する、第一印象であった。

 尋ねられた男は、圧倒されていたにも関わらずすぐに笑顔を取り戻し、朗らかに答えた。


「そうですよ。どうぞこちらへ」


 どうやら男は、彼女もまた俺達と同じような新規客だと思ったようだ。

 だが、女性はすぐに男の言葉には従わなかった。肯定の返事に顔をしかめ、続けて尋ねる。


「では、この店にスイ・ヴェルムットという女性が居る筈だと思うのですが」


 その女性の言葉に、さっき俺に視線を送っていた女が反応した。


「はぁい。私がそうですよぉ」


 にっこりとした営業スマイル。これがもし、女性に飢えている男だったらどれだけ効果的であるだろう。

 しかしエルフの女性はまったく意に介さず、目を細めて更に少し詰めた。


「髪の毛の色が、聞いていたものと違いますね」

「……ああ。青髪とかもう良いかなって思って、色変えちゃいましたぁ」


 いとも容易く、女はそんなことを言ってみせた。

 隣のヴィオラが剣呑な気を発したのを手の平で押さえつつ、俺はまだエルフ女性の表情を窺っていた。

 彼女は、キョトンとしたあと、少しガッカリした表情を浮かべ、ようやく席に着く。


「一杯だけ。注文はお任せします」

「えっと……『カクテル』でしょうか?」

「なんでも良いのですが……では『カクテル』で。薬草系の味わいだと好ましいですね」


 女性のぶっきらぼうな注文に、男は少し困った顔をしていた。

 ……もしかしてこの男、このメニューに乗っている『カクテル』の味を、全然知らないんじゃないか?

 だから新規のはずの俺達にいきなりメニューを渡してきたのだ。サジェストすることなど、最初から出来るはずがなかったのだ。


 仕事しないんじゃなくて、出来なかっただけ。とんだ勘違いだ。

 なんだ。想像よりも、なお酷かったのか。逆に納得してしまった。


「……で、では【ホワイト・レディ】をお作りします」


 男は女性の注文に対して、やや自信なさげにそう答えた。

 あえて補足しておくと【ホワイト・レディ】の材料は『ジン』『レモン』そして『ホワイト・キュラソー』だ。

 キュラソーは、柑橘の皮の風味を持った甘いリキュール。当然ながら、薬草系と言われて選択するものでもない。

 いや、この世界では『魔草系リキュール』だから、ある意味では正しいのか?

 まぁいいや。少なくとも、俺が使うことはない。


 作業工程に関しては【ブルー・ムーン】とさして変わらなかった。

 謎が残るとすれば、『ホワイト・キュラソー』はちゃんと魔草ポーションなのかというところだ。

 もしかしたら、また白い色水なんじゃないだろうかと不安になるが、眺めているとイライラするだけなので、しっかりと観察しなかった。


「おまたせしました。【ホワイト・レディ】です」


 男が差し出したロックグラス。その中には、薄く白くなった液体が揺れていた。

 見た目だけなら、今までで一番まともかもしれない。

 果たして、エルフ女性は「いただきます」と小さく告げてそれに口を付けた。


 そして、一口だけをコクリと嚥下し、告げる。


「死ぬほど不味い」


 それからの女性の行動は、あまりにもスマートだった。

 その言葉を発するとほぼ同時に立ち上がり、財布から銀貨を取り出してカウンターに置いた。

 そして、誰の言葉を待つ事もなく、彼女はそのまま店の扉を開けて出て行ってしまったのだ。


 しばしの沈黙。誰も彼もが呆気にとられてしまった。

 俺とヴィオラは、再び顔を見合わせ、そして頷いた。


「俺達もここに置いとくから!」


 財布から、少し勿体ないが銀貨を取り出し、カウンターに叩き付けるように出す。

 コートを着るのももどかしくて、抱えただけでさっさと出て行った女性の後を追う。確認するまでもなく、ヴィオラも同じ行動を取っていた。

 扉を開けると、店内ではあまり意識していなかった冷たい空気が顔を叩く。

 ……いや、一番冷たい空気になるのは、客が一瞬で居なくなった店のほうかもしれない。



 そう思ったが、同情だけは全くしたくない俺が居た。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


また私事です。

最近、新しく始めたツイッターの方にて、カクテルの写真を掲載しているのですが。


一周年の記念として、昨年の七月、第一章の中で出てくるカクテルを、

日付や条件を合わせて紹介しようかと思います。


今日は一日遅れですが7/1更新の【スクリュードライバー】を作中仕様(氷抜き)で。

7/5には、オヤジさんが飲んだ【ダイキリ】をレモンアレンジのショットグラス仕様で。

みたいな感じです。


興味があったらぜひ見てやってください。

@score_cooktail



あと、そんなカクテルのシーンもイラスト付きで読める、書籍一巻発売中です!

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