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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章

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『イージース』へようこそ

「お二人さん、お店をお探しではないですか?」


 ヴィオラと二人で問題の区画を歩いて少し。怪しい風貌の男に話しかけられた。

 服装はそこそこみすぼらしく、目がギラギラしている男だ。

 周りを歩いている人間はそこそこ居るが、彼は俺達に真っ直ぐ向かってきた。店を探している様子の人間にだけ、声をかけているのだろう。

 俺とヴィオラは顔を見合わせ、頷く。


「ええ。ちょっと噂で、この辺りに『カクテル』ってのを出すお店があると聞いて。ご存知だったりしませんか?」

「おお。今、話題の『カクテル』ですね。もちろん知ってます」


 軽く尋ねてみると、男はええ、ええ、と大袈裟に頷いてみせた。

 その後、慣れた様子で身振り手振りを交えながら説明してくれる。


「この道をずっと真っ直ぐ行って、二つ目の路地を右に。暫く歩いたら、地下に降りる階段が見えてきますので、降りて行ってください」


 そう言った男は、ニコニコとした笑みを浮かべて揉み手する。

 俺は財布から銅貨を一枚取り出して、彼に渡した。


「ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」


 男はペコリと頭を下げ、それからそそくさと俺達の前から去って行く。遠くの方で彼がまた人の品定めをしているのが見える。

 声は聞こえなくなったと判断したらしく、ヴィオラが零した。


「なんだ今のは」

「たぶん、キャッチと乞食を合わせたみたいな仕事の人。迷っている人に情報を与えて、代わりにチップを貰って生計を立てているんじゃないかな」

「……看過してもいいものか。あの者、見るからに貧しそうではあったし、もっとしっかりとした仕事を斡旋するのも……」

「うーん。ひとまず今日は良いんじゃないかな」


 そのような仕事に縁が遠かった様子のヴィオラは複雑な顔をしている。だが、彼が本当に貧乏なのかは分からない。

 わざとみすぼらしい格好をすることで、金を恵みたくなる心理にさせているだけかもしれないし、色々な店と契約していて生活には困っていないかもしれない。


「とりあえず、今は目先のことだ。場所は分かったんだし行ってみよう」


 案内を思い出し、俺達はまた歩きだした。

 通りを真っ直ぐ進み、教えて貰った路地を右に曲がる。そこから更に進んで行くと、石で出来た、冷たい印象の階段が見つかった。

 店があるのは地下。上はいったい何の施設だろうか。アパートのように見えるし、何かの事務所にも見える。


「ヴィオラ。ここの上ってなんだか知っているか?」

「……いや、分からない。ただ、この辺りは比較的新しい建物が多い。外から来た人々が移り住んでいる、区画ではあったはずだ」


 人の出入りが多い区画でもある、と。

 俺もあまりこの辺りを歩き回っているわけではないし、詳しいことは分からない。

 とにかく、二人で決意を固め、その石段を下って行くことにした。

 程なくして辿り着いた重厚な扉を開けると、控えめにカランと鐘の音がした。


「いらっしゃいませ」


 声がかかる。目を向けると三十から四十代の男性が、カウンターの内側からこちらに視線を送っていた。俺の記憶の中には、その男の顔はない。

 男性から少し距離を開けた所に、恐らく二十代の少し派手な女性の姿も見える。そちらにも見覚えはなかった。


「お二人ですか?」

「はい」

「では、こちらへ」


 男は言い、俺とヴィオラをカウンター端の隣り合った席に案内した。

 俺は歩きながら、店の内装を頭に入れる。


 バーカウンターはそれなりにしっかりしている。カウンター席は十席で、テーブル席が二つ。テーブルは四人掛け。全体的に細長い作りで、あまり飾りのない店だ。

 上の建物からの想像だが、バックルームは店の規模に比べて大きめな気がする。

 バーとして作った、というよりはもともとあったスペースに、バーを無理やりぶち込んだ感じだろうか。

 棚に並んでいるボトルは、なんだろう。透明なボトル──恐らく四大スピリッツのものはまだ分かる。しかし、その他の色とりどりのボトルが、まるで分からない。

 とにかく、色んな色を集めてみました、という趣が感じられた。全部で四十本程度だろうか。棚のサイズにしては数が少ない。当たり前だが、オールドは並んでいない。

 グラスは、まぁ、カクテルグラスが無いこと以外は、普通。コメントは特にない。


 その辺りをさっと確認してから、席へと向かう。だが、座る前に一つ尋ねた。


「上着をかけることはできませんか?」

「え? ああ、大丈夫ですよ。空いている椅子にかけちゃってください」

「……分かりました」


 それじゃ、客が一杯になったらどうするつもりなんだ。

 俺は心の中で男に減点五を付けて、言われた通りにした。隣でヴィオラもその薄紫の上着を脱いでいる。中に着ていたのは白いセーターのような服だ。

 胸元がより目立つようになったのは気のせいだろうか。


「当店は初めてですか?」


 俺達が席に着いたタイミングを見て、客の真正面に立っている男が尋ねてきた。

 バーテンダーは威圧感を与える真正面ではなく、少し斜めの位置に立つのが常識である。減点五。

 椅子の背もたれ側に逃げるようにしながら、当たり障りのない返答をする。


「ええ、まあ。初めてです」

「では、どこでウチを知りました?」

「『カクテル』を出すお店を探していたのですが、たまたま親切な方が場所を教えてくださって」

「なるほどなるほど」


 男はうんうんと頷いて、にこりと笑ってみせた。


「それは嬉しいですね。我が店が独自に開発した『カクテル』を、探しにきてくださったのですから」


 笑顔を崩さないようにするのは、少しだけ大変だった。

 カクテルは、地球において何年もの時間と、幾人ものバーテンダーたちが少しずつ蓄積してできた、新しい酒の文化である。

 それを独自に開発したなどと、いったいどの口が、ほざくと言うのか。

 俺はちらりと、隣に座っているヴィオラにも目をやった。彼女は彼女で、緊張している面持ちである。ボロを出さないようにと、必死に考えているのだろうか。

 ……やはり、俺が会話を回すしかないか。


「えっと、ところでこのお店はなんていうお店なんですか?」


 ひとまずワンクッション挟んで、気持ちを立て直そうと思った故の質問だった。

 だが、返ってきた答えで、俺はますます笑顔の維持に力を入れざるを得なくなる。


「当店は『イージース』です。是非覚えてください。そして私は当店のマスター……ユウギリ・ソウと申します」


 奇遇ですね。自分も夕霧総なんですよ。務めている店は『イージーズ』です。

 と、返答したくなった大人げない自分を、どうにか律する。喉から、変な笑い声が今にも込み上げてしまいそうだった。


「どうもぉ、おしぼりですぅ」


 俺と男(意地でもソウとは呼びたくない)が話していると、女性店員がいかにも媚びたような声で、おしぼりを手渡してきた。冬だからか、すげー冷たい。


「ありがとうございます」

「どう致しましてぇ」


 一応の礼は言ったが、間延びした声で返されると、少し腹立つなこれ。減点五。

 この時点で、結構色々と溜まり始めているのだが、俺は努めて冷静に普通の客としての役割を演じることにする。

 手始めに、『カクテル』を噂でしか知らない人間は、どういう行動をするのかだ。


「それで『カクテル』ってのは、いったいどんな感じなんですか? ポーションとジュースとかを混ぜるって聞いたんですけど」

「まあまあ、それはまず、飲んでみて感じてください」


 尋ねると、男は俺の質問への返答として、メニューをさっと出してきた。

 知らない客に、まずは飲んでみて欲しいという対応は、まあ良い。俺もたまにやるし。

 問題点を挙げるとすれば、そもそも知らない人間にメニューを渡したこと。

 それがなんなのか分からない人間が、何をどう注文しろって言うんだ。

 しかもそのメニューが、どう見てもウチで出している簡易メニューの丸パクリなのである。


 この辺で、俺の苛立ちは呆れへと変貌を遂げていた。

 控えめな声で、隣に座っているヴィオラへ尋ねた。


「……どうする?」

「……そうだな」


 この時点で、もう飲む必要もない程度には、この店は黒に思える。

 一見すれば、外からでは何の店か分からない入り口。調査の日にちに鍵でもかけておけば、騎士団がわざわざ踏み込んでくることはあるまい。

 知っている人間に教わらなければ、辿り着くことはできない店だ。

 恐らくだが、酒もポーションも、許可を申請していないことだろう。

 ヴィオラは悩んだ様子だが、ふーむ、と少しだけ唸ってから言った。


「ひとまず、適当に頼んでみよう」

「……そうするか」


 一応、頼んでみて実際に現場を確認することも必要だろう。

 迷った末に、俺は【ジン・トニック】を。ヴィオラは【ブルー・ムーン】を注文した。

 そして、その手際というかなんというかを見て、俺は更に驚愕することになった。



 まず、おしぼりを渡す以外は何もせず立っていた女が【ジン・トニック】の製作にとりかかった。


 後ろに控えていたグラス(清潔な布で拭いたりはしない)を作業台に置き、素手で氷を詰めて行く。冷凍庫や氷はちゃんとあるんだな。

 ただ途中で「あっ」と声を出したかと思えば、直後に「まぁ良いか」みたいな顔をした。

 そして、氷を出すのと同時に出すべきだった『ジーニ』を改めて冷凍庫から取り出し、計量もせずグラスに注いだ。

 そしてまた冷蔵庫を開けて『トニックウォーター』と思しき謎の飲料を取り出す。

 それをドボドボと注いで、マドラーでぐりぐりと掻き回し、完成した様子だった。


 分かることは、この『トニックウォーター』は、どうやら『炭酸飲料』ではないということ。

 そして「まぁ良いか」の正体は、恐らく『ライム』を入れ忘れたけど、面倒だったからそのまま通したということだろう。



 この辺でお腹いっぱいだったが、ヴィオラの【ブルー・ムーン】は、さらに凄い。



 まず、男がグラスに迷って、とりあえずロックグラスを選択したまではいい。カクテルグラスが無いからな。

 ただ、それ以前に最初から思っていたことだ。そもそも、この店にはシェイカーが存在していないらしい。

 男はカウンターの内側のどこかから、金属の筒を取り出した。水筒だ。

 カパっと口を開いて使うタイプの金属製の水筒に、隣の女に合わせて氷を入れていく。

 そのあと、隣の女が使った『ジーニ』と冷蔵庫から取り出したレモンジュースを、当然メジャーカップを使わずに注ぐ。

 そして極めつけに、後ろの棚にある色とりどりのボトルの中から、あろうことか『青色』のボトルを手に取った。


 何度か説明したと思うが【ブルー・ムーン】は『紫色』のカクテルだ。

 スミレの花の妖艶な香りと甘みを持ったリキュール『パルフェタムール』が持つ、紫色の他に、色の要素は存在しない。

 だから【ブルー・ムーン】は青くない。


 なのに男は、青色の謎の液体を水筒にどばどばと注いでいく。

 そして蓋を締め、それを胸の前にかかげた。

 シェイクについては何も言うまい。経験のない人間が、想像だけでシェイカーを振ってみれば誰でもそうなるという振り方。8の字ではない。

 せめて、しっかり冷えてくれていることを祈るだけだ。

 やがてシェイクが終わると、当たり前のように氷もろともグラスに液体を注ぎ、完成したらしい。

 男は自信満々にその二つのグラスを手に取った。


「お待たせしました。【ジン・トニック】と【ブルー・ムーン】です」


 男がにこやかに差し出してきた二つのグラス。

 俺とヴィオラはお互い見つめ合い、無言の覚悟を決める。


「乾杯」

「乾杯」


 そして、静かにそのグラスを合わせた。

 どう頑張っても、その日の良い事なんて尋ねる気持ちにはなれなかった。



※0703 誤字修正しました。

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