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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第一章

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25/505

親子喧嘩のその脇で

 話し合いの結果。

 工事の期間や、材料の準備、その他の宣伝等も考慮して『ダイニングバー』始動は二週間後になった。

 細かい工事の打ち合わせなどは、ゴンゴラとイベリスを交えて行う必要がある。それに関しては『イージーズ』が休みの日に行うことに。

 そうなると、最後に残ったのは『俺の処遇』である。



「ダメだ! ダメだ! ダメだぁああああ! 認めんぞぉおおおお!」

「じゃあどうしろって言うの!? 総に野宿でもしろって言うの!?」

「そ、そうは言ってねえ。ただ俺は絶対に反対だ!」



 俺の目の前で分かりやすい親子喧嘩を演じているのは、オヤジさんとスイだ。

 オヤジさんはともかく、スイまでもが感情をむき出しにしているのは珍しい。

 だが、俺の隣で同じように喧嘩を傍観しているライが、こっそりと教えてくれた。


「お姉ちゃん、あれで意外と頑固だから。自分の思い通りにならないと、結構キレたりするんだよ」

「へー」


「あとは、自分の……その……好きなこと……とかも譲らない」

「ふーん」


 俺はスイの新しい一面を知って、それとなく相槌を打つ。

 隣のライが真っ赤になりつつ、ちょっと拗ねている気もするが、何故だろう。

 ライの補足説明もそこそこに俺は二人を見る。

 二人がなぜ言い争っているのか、その論点はこれである。


「総が家に住んでも問題ないでしょう!」

「問題大アリだ! 年頃の娘が滅多なことを言うんじゃねぇ!」


 徹底討論。

『異世界転移バーテンダーを、自宅に住まわせるのはアリかナシか』

 いや。確かに俺にとっても死活問題ではあるんだが、ヒートアップしすぎじゃ。

 少し宥めようと俺は声をかける。



「あのさ、そんなに揉めるなら「総は黙ってて!」「お前は黙ってろ!」──はい」



 と、当事者であるはずの俺ですら口を挟めないでいるのである。

 俺がすごすごと椅子に付くと、呆れた顔でライは答えた。


「まぁ、どうせ決着は見えてるけどね」

「どうしてだ?」

「だってお父さん、お姉ちゃんに口論で勝ったことないもん」

「……そうなのか」


 まぁ、なんとなくそんな気はしていた。

 俺はふぅと息を吐いて、口論する二人を置いてライを見つめてみた。


「な、なに?」

「いや。別に」

「な、なら見ないでよ。恥ずかしいじゃん」


 ふいっと赤い髪を揺らしてライはそっぽを向いた。

 見るなと言われたが、口論には混じれないので俺はライに話題を振ってみる。


「さっきさ、十五が成人って言ってたよな? それって、この世界では十五から酒が飲めるってことか?」

「あー、うん。他にも色々あるけどね」


 ライはこの世界での成人を簡単に教えてくれた。

 まず、成人するまでは人間はみな子供として扱われる。

 仕事をするにしても、手続きをするにしても、公的な機関では保護者の承諾がいる。


 そして成人の十五を越えると、もう大人と扱われる。

 先程の手続きも保護者は要らないし、これから先の人生を自由に選択する権利を得る。

 例えば、スイのように『魔道院』に進学し、魔法を学ぶなども、その時点で保護者の許可無しで選択することができるのだという。


「そういえば、ライは今、なにをやってるんだ?」

「私?」

「もう十五は越えてるんだろ? スイみたいに魔道院に通うとか?」


 少し前の発言で、ライが成人していることは知っている。

 俺が何気なく尋ねると、ライはにかっと笑って言った。


「私は、お姉ちゃんと違って魔法の才能は受け継がなかったから。ここ『イージーズ』の看板娘として働いてるのが性に合ってるの」


 軽い言葉だ。だが、その言葉でライが心からこの店が好きなんだと伝わってきた。

 俺は穏やかな気持ちになって、彼女を少し応援することにした。


「ああ、確かに似合ってる。スイと違って愛想もあって可愛いもんな」

「かわ!? 変なこと言わないでよっ!」


 俺が素直に感想を述べると、ライは驚き、顔を真っ赤にした。

 何かおかしなこと言ったか。

 いや、言ってない。

 バーテンダーは嘘を吐かない。たまにしか。


「変じゃないだろ。姉妹揃って凄く綺麗だし。ライは表情豊かで明るくて、見てるこっちが元気になれる。看板娘にぴったりだ」

「う、うぅう」


 俺の言葉に、ライは恨めしげな視線で俺を睨む。


「総……さんって、誰にでもそういうこと言うの?」

「素直な感想を言ってるだけだ」

「……はぁああ」


 俺の答えに、ライは視線を逸らしてから胸を押さえて深く息を吐いていた。


 ついでに、こういう会話回路は、バーテンダーをやっている時に教わったものだ。

 女性は綺麗なんだから褒めろ。男性は誰であれ尊敬しろ。

 他人は常に自分にないものを持っているのだから、敬意を払え。と。


 それを常に実践できていた自信はない。それでも、意識はしている。

 そういえば、俺が居なくなったあと店は大丈夫だろうか。売り上げはともかくとして、他の従業員の休みが……。

 考え出したらキリがない。俺は頭を振ってライを見据えた。


「それじゃ、ライはその、どう思うんだ?」

「なにが?」

「だから、俺が、居候させてもらうことに」

「…………」


 俺が恐る恐る尋ねると、彼女は少し迷う。

 ちょっとだけ虚空を睨み、前髪を軽く摘んで離す。口を何度か開いて発声練習のようにしたあと「よし」と小さく呟いて、言った。


「私は、賛成するよ。総……さんのこと」


 可憐な笑みを浮かべ、ライは言ってくれた。

 それに、不思議なほどホッとしている自分がいた。


「良いのか?」

「うん。悪い人じゃないって、分かるし、それにお父さんは心配しすぎだし」

「あはは、そうだな」


 オヤジさんの過保護っぷりは俺にもよく分かる。

 そんな感じだから、俺も間違いなんて起こさないという自信はある。

 というか、そんなあっさり間違いを起こすような人間だったら、童貞でバーテンダーなんてやってないぜ……。


「……それにね」

「ん?」


 俺が一人で勝手に沈んでいると、ライは一言付け足そうとした。

 彼女の言葉を待つが、ライはそこで言葉を止める。

 そして、誤摩化すように笑った。


「……ううん。まぁ良いや。だから、よろしくね」

「ああ」


 一度心を許して貰うと、ライはとてもとっつきやすい少女であった。

 暖かで、親しみやすくて、そして笑顔が可愛らしい。

 少し気が強いところは姉妹揃ってなのだろうが、俺なんかよりもよっぽど接客に向いてそうだ。


「あ、そういやライ。一つ良いか?」

「……なに?」


 俺はちょっとだけ気になっていた、彼女の態度にもの申す。


「その『総……さん』ってやつ、なんか違和感あるからやめてくれないか?」

「え、ご、ごめん」

「ああ、そうじゃなくて。言いにくいなら『総』で良い。スイなんか了承も取らずに呼んでるし、俺としてもそっちのがやりやすいからな」


 ライは少し迷ったようだが、こくりと頷く。


「じゃあ、総! よろしくね」

「ああ、宜しく頼む」


 ライは俺の意見を尊重してくれるようだった。

 俺とライが、にこやかにこれからを笑い合っていたところ。


「わ、分かった! 認める! だから変なこと言うな!」

「当たり前」


 スイとオヤジさんの口論にも決着が付いたようだった。

 明らかにスイが勝ち誇り、オヤジさんが狼狽している。

 俺はこれでもって、ヴェルムット家に居候することが決まったのだろう。


 というか、オヤジさんが完全に謝る態勢なんだが、いったい何があったんだか。



※0805 表現を少し修正しました。

※0814 誤字修正しました。

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― 新着の感想 ―
現地の文化では主人公の言動が、日本から見たイタリア男性やフランス男性のようなものに捉えられてる可能性が…w
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