親子喧嘩のその脇で
話し合いの結果。
工事の期間や、材料の準備、その他の宣伝等も考慮して『ダイニングバー』始動は二週間後になった。
細かい工事の打ち合わせなどは、ゴンゴラとイベリスを交えて行う必要がある。それに関しては『イージーズ』が休みの日に行うことに。
そうなると、最後に残ったのは『俺の処遇』である。
「ダメだ! ダメだ! ダメだぁああああ! 認めんぞぉおおおお!」
「じゃあどうしろって言うの!? 総に野宿でもしろって言うの!?」
「そ、そうは言ってねえ。ただ俺は絶対に反対だ!」
俺の目の前で分かりやすい親子喧嘩を演じているのは、オヤジさんとスイだ。
オヤジさんはともかく、スイまでもが感情をむき出しにしているのは珍しい。
だが、俺の隣で同じように喧嘩を傍観しているライが、こっそりと教えてくれた。
「お姉ちゃん、あれで意外と頑固だから。自分の思い通りにならないと、結構キレたりするんだよ」
「へー」
「あとは、自分の……その……好きなこと……とかも譲らない」
「ふーん」
俺はスイの新しい一面を知って、それとなく相槌を打つ。
隣のライが真っ赤になりつつ、ちょっと拗ねている気もするが、何故だろう。
ライの補足説明もそこそこに俺は二人を見る。
二人がなぜ言い争っているのか、その論点はこれである。
「総が家に住んでも問題ないでしょう!」
「問題大アリだ! 年頃の娘が滅多なことを言うんじゃねぇ!」
徹底討論。
『異世界転移バーテンダーを、自宅に住まわせるのはアリかナシか』
いや。確かに俺にとっても死活問題ではあるんだが、ヒートアップしすぎじゃ。
少し宥めようと俺は声をかける。
「あのさ、そんなに揉めるなら「総は黙ってて!」「お前は黙ってろ!」──はい」
と、当事者であるはずの俺ですら口を挟めないでいるのである。
俺がすごすごと椅子に付くと、呆れた顔でライは答えた。
「まぁ、どうせ決着は見えてるけどね」
「どうしてだ?」
「だってお父さん、お姉ちゃんに口論で勝ったことないもん」
「……そうなのか」
まぁ、なんとなくそんな気はしていた。
俺はふぅと息を吐いて、口論する二人を置いてライを見つめてみた。
「な、なに?」
「いや。別に」
「な、なら見ないでよ。恥ずかしいじゃん」
ふいっと赤い髪を揺らしてライはそっぽを向いた。
見るなと言われたが、口論には混じれないので俺はライに話題を振ってみる。
「さっきさ、十五が成人って言ってたよな? それって、この世界では十五から酒が飲めるってことか?」
「あー、うん。他にも色々あるけどね」
ライはこの世界での成人を簡単に教えてくれた。
まず、成人するまでは人間はみな子供として扱われる。
仕事をするにしても、手続きをするにしても、公的な機関では保護者の承諾がいる。
そして成人の十五を越えると、もう大人と扱われる。
先程の手続きも保護者は要らないし、これから先の人生を自由に選択する権利を得る。
例えば、スイのように『魔道院』に進学し、魔法を学ぶなども、その時点で保護者の許可無しで選択することができるのだという。
「そういえば、ライは今、なにをやってるんだ?」
「私?」
「もう十五は越えてるんだろ? スイみたいに魔道院に通うとか?」
少し前の発言で、ライが成人していることは知っている。
俺が何気なく尋ねると、ライはにかっと笑って言った。
「私は、お姉ちゃんと違って魔法の才能は受け継がなかったから。ここ『イージーズ』の看板娘として働いてるのが性に合ってるの」
軽い言葉だ。だが、その言葉でライが心からこの店が好きなんだと伝わってきた。
俺は穏やかな気持ちになって、彼女を少し応援することにした。
「ああ、確かに似合ってる。スイと違って愛想もあって可愛いもんな」
「かわ!? 変なこと言わないでよっ!」
俺が素直に感想を述べると、ライは驚き、顔を真っ赤にした。
何かおかしなこと言ったか。
いや、言ってない。
バーテンダーは嘘を吐かない。たまにしか。
「変じゃないだろ。姉妹揃って凄く綺麗だし。ライは表情豊かで明るくて、見てるこっちが元気になれる。看板娘にぴったりだ」
「う、うぅう」
俺の言葉に、ライは恨めしげな視線で俺を睨む。
「総……さんって、誰にでもそういうこと言うの?」
「素直な感想を言ってるだけだ」
「……はぁああ」
俺の答えに、ライは視線を逸らしてから胸を押さえて深く息を吐いていた。
ついでに、こういう会話回路は、バーテンダーをやっている時に教わったものだ。
女性は綺麗なんだから褒めろ。男性は誰であれ尊敬しろ。
他人は常に自分にないものを持っているのだから、敬意を払え。と。
それを常に実践できていた自信はない。それでも、意識はしている。
そういえば、俺が居なくなったあと店は大丈夫だろうか。売り上げはともかくとして、他の従業員の休みが……。
考え出したらキリがない。俺は頭を振ってライを見据えた。
「それじゃ、ライはその、どう思うんだ?」
「なにが?」
「だから、俺が、居候させてもらうことに」
「…………」
俺が恐る恐る尋ねると、彼女は少し迷う。
ちょっとだけ虚空を睨み、前髪を軽く摘んで離す。口を何度か開いて発声練習のようにしたあと「よし」と小さく呟いて、言った。
「私は、賛成するよ。総……さんのこと」
可憐な笑みを浮かべ、ライは言ってくれた。
それに、不思議なほどホッとしている自分がいた。
「良いのか?」
「うん。悪い人じゃないって、分かるし、それにお父さんは心配しすぎだし」
「あはは、そうだな」
オヤジさんの過保護っぷりは俺にもよく分かる。
そんな感じだから、俺も間違いなんて起こさないという自信はある。
というか、そんなあっさり間違いを起こすような人間だったら、童貞でバーテンダーなんてやってないぜ……。
「……それにね」
「ん?」
俺が一人で勝手に沈んでいると、ライは一言付け足そうとした。
彼女の言葉を待つが、ライはそこで言葉を止める。
そして、誤摩化すように笑った。
「……ううん。まぁ良いや。だから、よろしくね」
「ああ」
一度心を許して貰うと、ライはとてもとっつきやすい少女であった。
暖かで、親しみやすくて、そして笑顔が可愛らしい。
少し気が強いところは姉妹揃ってなのだろうが、俺なんかよりもよっぽど接客に向いてそうだ。
「あ、そういやライ。一つ良いか?」
「……なに?」
俺はちょっとだけ気になっていた、彼女の態度にもの申す。
「その『総……さん』ってやつ、なんか違和感あるからやめてくれないか?」
「え、ご、ごめん」
「ああ、そうじゃなくて。言いにくいなら『総』で良い。スイなんか了承も取らずに呼んでるし、俺としてもそっちのがやりやすいからな」
ライは少し迷ったようだが、こくりと頷く。
「じゃあ、総! よろしくね」
「ああ、宜しく頼む」
ライは俺の意見を尊重してくれるようだった。
俺とライが、にこやかにこれからを笑い合っていたところ。
「わ、分かった! 認める! だから変なこと言うな!」
「当たり前」
スイとオヤジさんの口論にも決着が付いたようだった。
明らかにスイが勝ち誇り、オヤジさんが狼狽している。
俺はこれでもって、ヴェルムット家に居候することが決まったのだろう。
というか、オヤジさんが完全に謝る態勢なんだが、いったい何があったんだか。
※0805 表現を少し修正しました。
※0814 誤字修正しました。




