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用心に越したことなし

 俺が会場に戻って少しすると、領主様の誕生パーティはつつがなく終了した。

 サリーに少し問いつめられたのと、フィルが結構注目を集めていたらしことくらいがほんのりとした出来事か。


 パーティの最中、領主様は一度だけ俺にカクテルを頼みに来た以外は、ひたすらに主催者として来賓と会話していたようだ。最後の挨拶を終えて会場を出るとき、表情はともかく、歩きに少し疲労が見えた気がした。

 来賓が帰るときは、結構な数の人達が俺達に声をかけていった。その瞳に宿っている色は様々だったが、カクテルそのものに興味を持っているのは確かだろう。

 その後、ほとんど済ませていたカウンターの片付けも終わり、他の使用人に手伝いを申し出たら断られたので、領主様に挨拶をして帰ることにした。



「やあ、夕霧君。ご苦労さま。今日は本当に助かったよ」

「いえいえ、こちらこそ、いつもお世話になっておりますので」


 いつも領主様と話している応接室に向かうと、正装を少し着崩した領主様がやあやあと手を上げた。

 応接室は、身分の高い人間を迎える立派なものとそれ以外の簡素なものがあり、俺が会うときは簡素なほうである。

 調度品は過度に派手ではないが品が良い。気取った感じもないので、俺としてはむしろこちら側でありがたい。

 その場に居るのは領主様と、お付きの護衛らしき騎士が一人だけ。

 奥様は既に寝室に向かったらしく不在。娘であるセラロイは体調不良で会そのものに欠席だったと記憶にある。ヴィオラは身体が弱いと言っていたが、大変だな。


「どうぞ座ってくれ。少し話をしたい」

「ではお言葉に甘えて」


 お互いに少しだけ砕けた笑みを浮かべ合ったあと、俺、フィル、サリーの三人は領主様が座っているテーブル席の向かい側に回る。一礼して、許可を貰い席についた。


「改めて、私の誕生会で腕を振るってくれてありがとう」

「当然ですよ。品評会からこの方、領主様には本当に色々と良くしていただいておりますので」


 本当に、今にして思ってもありえないほど便宜を図ってもらっている。

 まず大きなものとして、パルフェタムールを初めとした、漬け込むタイプのリキュールポーションに関する答えを貰ったこと。

 他にも様々だ。

 カクテルやその材料の研究のための土地を特別最優秀賞の景品に借り受け、その材料の調達に関しても色々と力添えを貰い、この地では比較的高価なコーヒーを代わりに購入してくれて、実験的に飼育したいといったアドヴォ鳥の飼育許可も頂いた。

 見返りとして、パルフェタムール量産のヒントを渡したが、それでは対価にならないほど色々と世話になっている。


「もちろん、この程度で領主様に受けた恩を返せたとは思えません」

「今は堅苦しくなくていい。さん付けで構わないよ」

「では、セージさん。本当に感謝しているんですよ」

「大袈裟だなぁ」


 俺が深々と礼をすると、領主様──セージ氏は苦笑いを浮かべた。

 そのあたりで、俺は一枚だけ丁寧さの皮を脱いだ。


「で、どうでした? 周りの反応は? どんな感じでした?」

「気になるかい?」

「はい。実は常々、未知のお客さんにどれくらいカクテルが通じるのかを、試してみたいと思っていたので」

「ふふ、正直だね」


 セージ氏は穏やかな笑みを浮かべ、それから少し考え込む。

 二、三回、言葉を出そうとしたところで止める。かと思うと、俺を真っ直ぐ見て逆に尋ねてきた。


「失礼だが、君は自分でどう思ったかな? 手応えはあったのだろう?」

「ええ。自分で言うのもなんですが、ほとんどの方は興味を持ってくれたかと」


 心証としては、そうだった。

 カクテル、炭酸飲料ともども、気になっている人は多かった。実際に炭酸の作り方を尋ねてきた方もいた。その時には『まだ企業秘密』とぼかしはしたが。

 領主様は、笑顔と困り顔を半々、といった感じで静かに言った。


「君は確か、カクテルを世界に広める。というのを目標として掲げていたね。その予定は今のところはどうだい?」

「一応、カクテルを広める下地作りとして、ひとつ。このフィルが懇意にしているクレーベル・サフィーナ嬢を通して、サフィーナ商会から炭酸飲料の大規模販売の計画を進めています」

「ほう。サフィーナ商会から」


 まだ大筋というか計画段階ではあるが、クレーベルをパイプに、サフィーナ商会とそういった話が水面下で進んでいる。

 今の所、お互いの要望の擦り合わせを行っているところで、双方に認識の違いが残ってはいるが、概ねこちらの要求を飲む形でまとまっている。

 独占的な販売で価格をつり上げる方向ではなく、なるべく安価で広く薄く利益を追及していくイメージだ。

 その先に続くカクテルのためにも、そこで高い飲み物と思ってもらっては困る。スイの理念からも、カクテルを広める下地作りとしての観点からもぶれてしまう。


「まずは炭酸飲料を親しんで貰い、その飲み方として『カクテル』の認識を広めていく予定ですね。そしてゆくゆくはその効能にも目が行って、貧困層の『魔力欠乏症』対策にも繋がっていければと」

「ふむ。そして今日は、ある意味ではその試金石のつもりだったと」

「はい。炭酸飲料に興味を持った人が、カクテルにも手を伸ばしてくれるか。そのあたりを見てみたかったんです」


 今日実感したことだが、やはり、いきなりカクテルに挑戦してくる人間はそう多くはない。ポーションを嗜好品として飲むという文化が無いのだから、仕方ない。

 だが、その少しの人がいてくれるおかげで、そこから波紋は広がっていく。誰かがカクテルを美味しそうに飲んでいれば気になる人が話しかけ、次の一杯に繋がっていく。

 炭酸飲料を気に入ってくれた人は、今度は他の炭酸飲料──そして、炭酸を使った『カクテル』である【ジン・トニック】にも流れた。

 全体で見れば、七割くらいの人間が、カクテルまで体験してくれただろう。

 流石に【ブルー・ムーン】まで試した人間は多くなかったが。ゼロでもない。


「感触としては、まずまずでした。少なくとも、炭酸飲料に関してはほとんど問題ないと思います。シャンパンの人気を食っている勢いだったと自負しています」


 実際、今日のために準備してきた材料は想定以上に捌けてくれた。

 それほどの人気なので、来賓の感心は高いと見て良いだろう。『バーテンダー』を初めて起用したセージ氏には、色々な意見が行っていることだと思った。

 俺の言葉に何度も頷いていた彼はふむと再び、少し嬉しそうでやや苦い顔をした。


「だいたいは、君の言う通りだよ。今日来てくれた来賓の方々も、ほとんどが君の持ってきた炭酸飲料やカクテルを絶賛していた」

「本当ですか!」

「ただし、ほとんどが、ね」


 喜びかけた俺に対して、セージ氏の優しい諌めの言葉が刺さる。

 彼は、言葉を選ぶように悩んでから、静かにひと言ずつ語る。


「今日、来てくれた人は、ほとんどが私と友好な人間だ。だから、私が君を応援していることもそれとなく知っているし、初めから好意的に見てくれている。しかし、そうでない人間も確かに居る。言葉ではっきりとは言わないが、『カクテル』を面白くないと思っている層が、確かにね」


 静かな言葉だが、それは、セージ氏なりの、優しい警告であることは分かった。

 少しだけ場に緊張が満ち、俺は彼の続く言葉に、覚悟を固める。


「私は当然君を応援している。君の『カクテル』を広めたいという意志も、スイ・ヴェルムット君の貧しい人達を救いたいという願いも分かる。私自身が、同じことを常に思っているつもりだ」


 領主様の辛そうな目が、少しだけ痛ましい。

 店では、たまに違う街から移ってきた人の話も聞く。この街は、領主様が相当な善政を敷いているという。

 貧富の差はいかんともしがたくても、どのような人も安心に安全に暮らせるよう、騎士団を手足として、領主様は働き過ぎるほど働いている。

 これほど、騎士団と領主の関係が深く、騎士団と民の距離が近い街はそう無いとか。

 しかしそれは、セージ氏の目指す方向と違う方を向いている人間には、疎ましく思われるということでもある。

 俺やスイの話も、そういうことではないだろうか。


「これから君達がやろうとしていることは、少なくない金が動くだろう。世の中には、貧しい人達から更に搾取し、ひたすらに私腹を肥やす輩も存在している。もちろん私は出来る限り君達を守るつもりだ。だけど、君達自身も、気をつけなければいけない所まで来ているかもしれない」


 俺は言葉を出せずに、領主様の言葉をじっと受け止めていた。

 領主様の心配の声が、じんわりと心に染みた。

 彼が決して、俺達の足をとめたくてこんな話をしているわけではないことは、理解できているつもりだ。


「君達のせいで不利益を被ったと逆恨みされたり、逆に君の存在を知って強引に手に入れようとしたり。そういう存在が現れる可能性は否定できない……とはいえ、『スイ・ヴェルムット』の名前が出ている今は、あまり心配はないかもしれないけれどね」


 重苦しい話を柔らかく締めるように、最後にセージ氏は言いながら苦笑した。


「かの有名な『二千年の魔女』と正面切ってやり合おうって輩は、そうそう現れないと思うからね……いや、この街では『群青』の方が有名だったかな?」

「セージさんって、意外とゴシップにも詳しいんですね」


 彼の冗談に、俺も釣られて苦笑を返す。

 もちろん話の内容は冗談ではないが、あまり深刻に捉え過ぎない方が良い。そういうセージ氏なりの優しさだろう。

 スイによる激しい言論統制によって『群青』の通り名を知らないフィルとサリーがきょとんとしているが、良い機会だから後で教えてやろう。

 そういや、その『群青』の片割れであるヴィオラには、今日は会ってないな。


「とりあえず、用心に越したことはない」

「わかりました。ご忠告感謝します」


 俺とセージ氏の堅苦しい会話は終わった。

 場の緊張は瓦解し、話し始めたときくらいの、やや緩い空気が戻ってきている。


「大丈夫ですわ。総さんがどれだけ貧弱でも、私やフィルが付いてますし」

「お前、曲がりなりにも師匠に向かって貧弱とかやめろよ。事実でも傷つくだろ」


 それまで行儀良くしていたサリーが、堅苦しい空気じゃなくなったと見て我慢できずに発言した。

 そりゃ吸血鬼のスペックと比較されて、貧弱じゃない人間がいるかよ。

 いや、周りの人間と比べても俺の方が貧弱かもしれないけどさ。


「いざとなったら、我がキリシュヴァッサー家も黙っておりませんわ」

「サリー。一応僕達は秘密裏にここに居るんだからね? そんな簡単に大事にしちゃいけないからね?」

「それじゃあフィル。総さんと天秤にかけても、そんな秘密を取るわけ?」

「それは……」


 フィル、そこで黙り込まないでくれ。お前がサリーを止めなかったら誰も止められないんだぞ。

 フィルが、それなら総さんを取ります、とか発言しないうちに俺が口を挟む。


「分かったよ。俺は大人しくお前らに守られてれば良いんだろ。だから物騒なこと言うな。お前らの存在にも便宜を図ってくれたセージさんに申し訳ないだろ」


 さっきのセージ氏に受けた恩のリストに、この双子の存在を見逃してくれている、というのを入れ忘れていたな。

 果たして、領主の目の前でいつも通りのやり取りをしている俺達を、彼は怒るでもなく楽しげに笑って見ていた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


更新遅れてすみませんでした……

このあと、ちょっと用事があって感想返しも遅れます。すみません。


※0609 誤字ならびに表現を少し修正しました。

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