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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第四章

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222/505

ひとり言

「ふぅー……くそ」


 俺は身体を大の字にして、部屋の床に転がっていた。

 実験を失敗したその日。少しだけ一人になって考えたかった。

 まだ夕方だが、今日の勉強や研究は自主的に休むことにした。


 現在地はイベリスの部屋だ。

 自室に戻ったらもしかしたらギヌラがいるかもしれない。いつも会話なんてほとんどないけれど、それでも誰かと一緒には居たくない。

 そう思ったところで、イベリスが気を使って俺を部屋に入れてくれた。女性の部屋で勝手に一人になるというのにやや抵抗はあったが、イベリスは気にするなと言う。

 彼女はまだ、時間早送り君のさらなる調整を行うそうで、部屋には戻らないらしい。

 失敗した実験だが、イベリスは自分にできることがまだあると、そう思っているのかもしれない。


「……俺だって、諦めたくはない、けど」


 床に頬を付けて、横になる。

 いくら機械側を調整したところで、5,000倍に耐えられるようになるとは思えない。

 いくらかは出力を調整できるらしいが、それでも30倍のスピードを大きく越えることはあるまい。

 俺がここにいる間に『ウィスキー』を……いや、『第五属性ポーション』を拝むことはできないだろう。


「それだけだ。時間が解決してくれること。それだけなんだが」


 いずれ解決する問題。そんなことは分かっている。

 だが、言いようのないモヤモヤは、そんなことで解消できる気がしない。

 ふと、寝転がった視線の先に『音声送る君一号』の姿が見えた。


 現在時刻は昼の十五時前後。約束している日でもない。

 みんなは店の準備で忙しい頃合いだろうし、繋がるわけがない。

 そう思ったけれど、俺はふと思い立ってその装置の動力ユニットに触れていた。


《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》

《生命の波、古の意図、我定めるは現世の姿なり》


 見慣れた詠唱が浮かび、装置が起動する。

 だが、片方だけを起動したところで、なんの意味も無い。

 そんなことは、分かって──。


『……繋がらないよね。そりゃ』


 声が聞こえた。


『……総、大丈夫かな。無理してないかな』


 俺が良く知っている、青髪の少女の声に思えた。


『こんな機械に向かって、独り言なんて……私の方が無理してるのかも』


 スイは機械が繋がったことに気付いた様子もなく、一人で喋っている。

 俺は驚いて声をかけるのも忘れ、彼女の独白を聞いていた。


『やっぱり止めれば良かった。総がいなくなって、一ヶ月で、こんなに寂しいんなら』


 俺を笑顔で送り出した少女が、静かに弱音を吐いていた。


『でも、ううん。駄目だね。あんなに総が必死になってるのに。カクテル馬鹿の総を止められるわけない。それで悲しい顔する総なんて見たくないし』

「……………………」

『だから、さっさと『ウィスキー』ってやつを完成させて、戻ってきてよ総……あー、本当に、何を言ってるんだろう。私は。一人で馬鹿みたい』


 普段はわりと無表情で、言葉数の少ない少女だ。

 それでいて、言いたい事ははっきり言う、遠慮のない少女でもあった。

 そんな彼女が、研修を勝手に決めた俺を、無理して応援してくれていることは分かっていた。

 だけど、改めて彼女の本音を、こんな形で聞いてしまって。一度や二度の失敗でしょげそうになっている自分が、たまらなく恥ずかしかった。

 俺はいつの間に、そんなに弱くなってしまったんだろう。手を伸ばすことに、臆病になってしまったんだろう。


 記憶を取り戻して、俺はその根拠の無い原動力まで失ってしまったのだろうか。

 冗談じゃねぇ。


『お姉ちゃん! いつまで乙女チックな独り言言ってるの! そんなもん、直接言わないと分かんないでしょ!』

『聞かれたら困るでしょ!』

『というかキャラじゃないでしょ!』

『余計なお世話!』


 機械の向こうで、ライがスイを呼んでいる。

 もしかしたら、開店前に気合を入れるのに、ずっとこういうこと、していたのかもしれない。


『……まったく。……じゃ、総、また…………ん?』


 装置の向こうで、スイが通話を切ろうとして、あることに気付いた。

 恐らく、動力ユニットの、俺が理解できない感じの記述の何か。


『……双方向になってる……?』


 イベリスが改良したことで、両方の機械が繋がっている場合、通話はシームレスになっている。

 ので、これまで気付かれなかったが、ついに気付かれたということだろう。


「……あー、スイ?」

『っ!? だっっっ!???!!!?』

「いや、聞くつもりはなかったんだけど」

『い、いいいいあああ!?!!?』


 装置の向こうで、恐らくスイが顔を真っ赤にしながら、言葉にならない声をあげているのが分かった。

 独り言をずっと盗み聞きしていた罪悪感があるな。


「寂しい思いさせて悪かった」

『ち、ちがっ!? ていうか!? なに!? なんでなの?!?!』


 未だ混乱の収まらぬ様子のスイだが、俺は彼女に一方的に感謝を告げることにした。


「ちょっと落ち込んでたんだけど、吹っ切れた。スイがそんなに頑張ってるのに、俺が頑張らないわけにはいかないよな!」

『いや! ていうかなんで!? なにがどうなってるの!! 総!!』

「それだけだから! ありがとスイ!」

『なっ、そ、総!? か、帰ってきたら分かってるよね!?』


 俺は帰ったらどんな酷い目に遭わされるのだろうか。

 というかこれじゃ、次の定期連絡は繋がらないかもしれないな。


「それじゃスイ、またな! 独り言は程々にな!」

『総! 説明! こらっ切るなぁ!』


 若干焦りで口調がおかしくなっているスイだったが、俺は気にせず通話を切った。

 一方的で悪いが、まだまだやるべき事がたくさんあるんだ。ここで立ち止まっては居られない。

 あと、このまま話していたら、俺も恥ずかしくて仕方ない。


「……さて。ひとまず、アルバオをもう一度焚き付けないとな」


 俺はうーんと背伸びをして、考える。

 樽が耐えられないというが、それが耐えられるようになる方法だってどこかにあるかもしれない。

 それを探す努力もしないで、諦めるなんて早すぎる……あ。


「しまった。スイに何か心当たりがないか、尋ねておくべきだった」


 俺は急いで音声送る君を繋ぎ直したが、スイが出る気配は一向になかった。

 ……まぁ、今の彼女がまともに教えてくれるとも思えないから、冷却冷却。うん。

 ……くそ、しくじった。




 一度自室に戻ると、部屋の中には見慣れたくないのに見慣れた金髪の姿があった。

 ギヌラは俺の顔を見ると、つまらなそうに吐き捨てる。


「……ふん。随分と遅かったな」

「ちょっと寄り道してたからな」


 少し前と違って、今はギヌラと二人きりでも特に気にならない。

 俺は彼の存在をあまり気に留めず、荷物の整理をする。スイ製のサラムがなくなってしまったので、その分の穴埋めに、ポーチを少し整理しないといけない。

 そうゴソゴソしている俺の机に、パサリと書類の束が落ちてきた。


「……どうした?」

「不本意だが、僕は雑用だからな。たまに、焼却炉の前でそういうのを見つけることもある」

「……これは」


 あらためてその書類を見てみると、それはセシル研究室の実験メモのようだった。

 日付が少し古いが、彼が蓄積した実験の相関関係が、綺麗にまとまっている。


「……貴様があまりにも腑抜けた面をしていたから、エサでもやろうと思ったんだが……不要だったな、つまらない」

「……おいこれ。ゴミとして捨てられるようなものじゃないぞ。内部で厳重に保管される類の書類だ」

「知らん。ならば内部の人間が間違えたんだろう。僕はたまたま拾ったゴミで、お前に恩を売りつけられると思っただけだ」


 ギヌラはぶっきらぼうに言って、俺に背を向けた。

 あのとき去っていった彼は、どういう人脈を使ってか、これを用意してくれた。

 多分、俺やアルバオが落ち込んでいるのを見て、少しでも力になろうと思って。


「……はは」

「何を笑っている」


 思わず笑い声をあげてしまった俺を、ギヌラはギロリと睨む。

 あくまで、俺と仲良くする気はない。俺のことは嫌いだ、というスタンスだ。

 だったら、俺もその心意気に応えてやるのが道義か。


「分かった、礼は言わないぜ」

「いや、礼は言え。盛大に僕に感謝しろ。なに流そうとしているんだ」

「……そこはお前もかっこつけろよ」



 最後まで締まらない男、ギヌラの本領発揮であった。

 だが、このデータがあれば、セシルの実験の進み具合や、調査が済んでいる項目などもある程度推測できる。

 樽の問題を解決できれば、セシルに先んじる可能性は十分に残っている。


「よし」


 俺は一人拳を握りしめ、アルバオの姿を探しに行くことに決めた。



※0423 誤字修正しました。

※0425 誤字修正しました。

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